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気がついたら女子短大生(JT?)になっていた  作者: 変形P
昭和四十四年度(短大一年生・夏休み編)
40/75

四十話 合宿の終わり

俺は野毛山動物園で俺の隣にいた十歳くらいの外国人少年に話しかけてみた。


「ハーイ」


「ハイ?」俺を見てこの女は誰だと思っているような顔をする少年。


そのまま少年としばらく見つめ合う。・・・この少年とは初対面のはずだが、どこかで見たような気もする。デジャヴか錯覚か?


俺は英研の合宿で横浜に来ていたことを不意に思い出し、もう一度この少年に話しかけた。「ディッヂューカムトゥーディスズー、アローン?」


少年は早口で何事かをわめきたてた。早口すぎて聞き取れない、と思っていると、少年はその場から走り去って行った。茫然とする俺。


「どうしたの?」と坂田さんが聞く。


「外国人の少年がいたから話しかけてみたら逃げられちゃった」


「人さらいかなんかだと思われたんじゃないの?」


「違うわよ!綺麗なお姉さんに話しかけられて、緊張して逃げちゃったのよ」と俺は言い返し、坂田さんと三谷さんに笑われる。


その後もしばらく動物を見ていたが、お昼近くになったので、植込みの縁石に三人並んで腰を下ろした。


ずっと持っていたシウマイ弁当の包装を開く。中には白飯と、おかずとしてワカサギ揚げ、鮪の漬け焼、タケノコ煮、シイタケ丸煮、大根漬、小梅、かまぼこ、福神漬と切り昆布が入っていて、メインのシュウマイは四個しか入っていなかった。


初めてシウマイ弁当を食べる俺は、弁当の半分がシュウマイで占められていると思い込んでいたのでちょっとがっかりした。


「シュウマイ、四個しか入ってないね」と坂田さんたちに愚痴ると、二人に笑われた。


「シュウマイばっかりじゃ飽きるじゃない?むしろ幕の内みたいにいろいろなおかずが入っている方が豪華よ」と坂田さんに言われる。


そんなものかと思ってご飯を一口ほおばり、間髪入れずシュウマイを一個口に入れる。ご飯の甘味とシュウマイの肉のうま味が口の中で渾然一体となっておいしい!


最初は不満に思ったが、ほかのおかずもなかなかおいしかった。さすがは横浜名物だ、長く愛されているだけのことはある。・・・欲を言えばシュウマイだらけ弁当も作ってほしい。・・・そんなのが既にあるのかな?


おいしく食べ終わったが、お茶がないのに気がついた。俺の時代と違ってお茶のペットボトルなど売られていない。缶入りのお茶もない。


「何か飲もうか?」と二人を誘って立ち上がり、弁当柄はゴミ箱に捨てた。


動物園の売店に行き、自動販売機で十円のオレンジジュースを買う。自販機の上についているガラスのドームにオレンジジュースが噴水のように吹き出していて、紙コップに注ぐあれだ。


冷たいジュースでのどをうるおすと、再び動物園内を散策した。しかし二時間ほど見て回ったらもういいやという気になったので、動物園を出て、昔遊園地があったという野毛山公園の方へ向かった。


公園に入ってすぐのところにコンクリート製の展望台があったので登ってみた。桜木町駅の方まで良く見える。すぐ眼下には五十メートルプールがあって、大勢の人が泳いでいた。涼しそうだ。


景色を眺めるのにも飽きて、桜木町駅まで戻ることにした。昨日と同じように桜木町ゴールデンセンターの和菓子屋に寄り、どら焼きを買って帰った。


ホテルに戻ると夕食の時間まで部屋でごろごろして過ごす。そして六時前に食堂に下りると、天野部長が仁王立ちをして待っていた。


「みんな、夕食の前に合宿の成果を報告してもらうわよ!」


一気にざわつく食堂内。「聞いてないよ〜」という声があちこちから上がる。どうやら例年は合宿の本来の目的はなあなあで済ませており、観光に勤しむだけの部員がほとんどだったようだ。


「天野部長はきちんとした人だから」と同じテーブルに着いていた祥子さんが言った。


「でも、あなたたちなら大丈夫ね」と俺に言う祥子さん。冷や汗が出る。


「まず、一年生の安藤、高橋、横田グループ!全員で前に出て、代表者が合宿成果を二、三分で話して」


一年生三人が前に出る。みんなの視線を浴びて緊張しているようで、顔が赤い。


三人のうち誰が発表するかでしばらくもめた後、ひとりがようやく口を開いた。


「わ、私たちは山下公園を中心に港沿いを巡り、・・・見かけた外国人に話しかけてみましたが、相手にされないことも多く、なかなか会話できませんでした」


これが発表の全てのようだ。一分もかからない。


「来年に向けて度胸をつけなさい」と天野部長が一言論評した。これ以上追求しても話せることはないと思ったからだろう。食堂内に拍手がまばらに鳴った。


「次!坂田、藤野、三谷グループ!」


名前を呼ばれて今度は俺たちが前に出た。部員全員の顔がこっちを向いていて、やっぱり緊張する。


誰か話すのかな?と思って坂田さんと三谷さんの顔を見たが、二人は俺の顔を凝視していた。仕方なく俺が話し始める。


「私たちもまず最初に山下公園に向かい、会話できそうな外国人を捜しました。幸い、日本人の奥さんと赤ちゃんを連れた外国人男性と出会えましたので、会話をお願いしました」


「そう、そう」とうなずくだけの坂田さんと三谷さん。


「その外国人男性は日本語もお上手でしたが、いざ英語を話されるととても流暢に話され、聞き取るのが大変でした。それでもなんとか会話を続け、しばらくしてお礼を言って別れました。坂田さんと三谷さんは赤ちゃんに話しかけていました」


食堂内に笑い声が起こり、坂田さんと三谷さんが頭をかいた。


「その後はなかなか会話できそうな相手に巡り会えませんでした。港の見える丘公園では男性三人組に出会いましたが、体が大きくて、ちょっと怖くて話しかけられませんでした」


賛同するつぶやきが食堂内に沸き起こる。良い言い訳になると思ったのかな?


「元町商店街ではマダムのような感じの女性がいましたが、相手にされませんでした。そして昨日は野毛山動物園に行き、外国人少年に話しかけてみましたが、私を怖がったのか、会話する間もなく逃げられました」


また笑い声が起こる。


「あまり成果が出せなくて申し訳ありません。うまく声をかける方法、声をかける相手の見分け方など、教えていただけたら来年に生かしたいと思います。以上です」


パチパチと拍手が鳴る。


「積極的に活動していたようね。横浜に住んでいる外国人が多いから、『私は観光客ですが、良い観光地を教えてください』的な切り口で話しかけてみるのもいいわね」


天野部長の論評が終わったので、俺たちはほっとして席に戻った。


「はい、次は・・・」と、全部で約十グループの報告が続いていく。大半は最初のグループと同じ程度しか話す内容がなく、俺たちの発表内容ですら長い方だった。


次は祥子さんたち二年生のグループだった。発表は当然祥子さんが担当する。


「私たちは伊勢佐木町の野沢屋デパートや松屋デパート、別の日には横浜駅のダイヤモンド地下街や高島屋を巡って会話相手を捜しました」・・・実際はウインドーショッピングが中心だったろう。祥子さん本人がそう言っていたから。


「高島屋でアメリカ人の女子大生と出会い、ファッションについて有意義な会話を行いました。その子と仲良くなって住所を教え合い、文通の約束をしました」


「おおーっ」と食堂内から声が上がる。さすがは祥子さんだ。合宿期間だけに留まらず、その後も英語での交流を続けるつもりだ。


「上手に結果を残せたわね」と高く評価する天野部長。「その女子学生との仲を深めてほかの外国人学生も紹介してもらえれば、英研全体で交流できるかもね」


最後は天野部長のグループの発表だった。


「私たちは初日と二日目は、伊勢佐木町のテアトル横浜、横浜日劇、横浜名画座などの映画館で洋画を観て、英会話に耳を慣らしたわ」


ものは言い様だな、と思った。ちなみに日劇は洋画、名画座は邦画の上映で有名だ。リスニングの予行練習でなく、単に映画好きなだけなんじゃないだろうか?


「普段英会話していないと英語を聞き取りにくいから、洋画で練習しておくことがポイントよ」と天野部長。外国人と会話したかどうかは触れられなかった。


「じゃあ、これで報告会は終わり。みんなお疲れ様。最後のディナーを楽しみながら、各自で今回の合宿の反省をしておいてね」


部長の締めの言葉を合図に俺たちは厨房に料理を取りに行った。最終日も中華料理だった。クラゲの酢の物、マトンの肉野菜炒め、ナマコとアワビの煮込み、エビのケチャップ煮、小さい肉まん、ゴマ団子などで、最終日なせいか少し豪華だった。


さっそく小皿に取り分けて食べ始めると、ビールの入ったコップを持った坂田さんと三谷さんが声をかけてきた。


「藤野さん、発表ありがとう。まあまあ好評で良かったわ」俺を褒める二人。


「実質的な成果はなかったけどね」と正直に答える。


「でも先輩方の行動がよくわかって参考になったわ」と三谷さん。


「来年はデパート巡りか映画館巡りがいいわね」と部長の方をチラ見して言った。


楽しく飲み食いし、みんなが酔い過ぎる前に切り上げ、お風呂に入って寝た。


翌朝、いつもの朝食を食べ終わった後、部長の終了のあいさつがあって俺たちは解散した。すぐに帰る人、もう少し横浜で遊ぼうとする人などいろいろだったが、俺は早々に帰宅することにした。坂田さんと祥子さんも一緒について来た。


荷物を持って桜木町駅まで歩く。そして切符を買って改札を抜けると、駅の売店でシウマイ弁当をおみやげ代わりに買った。


最初は家族四人分として四個買おうと思ったが、明日香と真紀子がまだ家に宿題を習いに来ているかもしれなかったので六個にした。千二百円といい値段になった。


祥子さんと坂田さんはハーバーという洋菓子を買っていた。


合宿での出来事などを思い出して話しながら、実家近くの駅までたどり着く。そこで祥子さん、坂田さんと別れ、約一週間ぶりの我が家に向かった。


家の近くまで来たところで、俺の前をひとりの少女が歩いているのに気づいた。


見たことのある子だなと思って少しずつ近づいて観察する。その子は弟の彼女の美佐子さんだった。


「美佐子ちゃん!」と俺は後から声をかけた。はっとして振り向く美佐子さん。


「お姉さん!お久しぶりです!」


「ほんとうにお久しぶりね。・・・ひょっとしてうちに来るところなの?」


「はい、そうなんです。武くんとなかなか会えなくて。・・・田舎にいたそうですね?それでようやく帰って来たって連絡があったから、遊びに行くところです。お姉さんは?」


「私は短大で所属している英語研究会の合宿からの帰りなの。横浜に行ってたのよ」


「へ〜、横浜ですか?いいですね。私もいつか行ってみたい」


「時間があれば横浜の様子を話してあげるわ。・・・でも、ようやく武は帰って来たのね?」


「ええ。・・・予定より一週間以上も長く田舎にいて、何か楽しいことがあったのでしょうか?最初はお姉さんも一緒だったんですよね」


「実は向こうで武が小さい子に慕われてね」と、俺は美佐子さんに照子ちゃんの話をした。


「おばあさんの家に帰省していた子で、周りに友だちがいなかったから、遊び相手になってくれた武にもう少しいてって泣きついてきたの。私も武にもう二、三日いなさいよって言ったんだけど、結局一週間以上いたわけなのね」


「武くんがそんなに子ども好きだったなんて、知りませんでした」


「子ども好きって言うより、年下の子の面倒見がいいってことかな?私も意外だったわ。あの武がねえ、なんて思っちゃって」


俺の言葉に美佐子さんが笑った。「でも、子ども好きな男性はいいと思います」


武が将来結婚して、子どもができたらいい父親になるのかな?・・・さすがに美佐子さんはそこまで考えていないと思うけど。


家に着くと玄関戸を開けて声をかけた。「ただいまっ」


するとすぐに母が顔を出してきた。「お帰り、美知子」


「武はいるの?」


「いるわよ」


「じゃあ、美佐子ちゃんが遊びに来たって伝えて」


母は俺の後にいる美佐子さんに気づいて微笑みながら頭を下げた。美佐子さんもあいさつを返す。


母に呼ばれて部屋からすぐに飛び出して来る武。「お、おう・・・久しぶり」と武がしどろもどろに言った。


「そうね。久しぶりね、武」と俺が返すと、


「姉ちゃんに言ったんじゃないよ」と言い返されてしまった。


美佐子さんは武の部屋に招き入れられ、俺はお茶の間に座って荷物を開けた。


「おみやげ代わりに横浜名物のシウマイ弁当を買ってきたわ。・・・ところで明日香ちゃんとマキちゃんは?」


「昨日宿題が終わったから今日は来てないわ。また美知子にあいさつに来るって言ってたけど」


「そう。シウマイ弁当を二人の分も買って帰ったけど、置いておいたら傷むから、美佐子さんに食べてもらおうかな?武なら二個食べられるでしょ。お父さんももうすぐ帰るだろうから、弁当を二個あげようかな?」


「あなたの分がなくなるじゃない?」


「私は横浜で食べたからいいの。お母さんの煮物でお昼は食べるわ」


「そう言えば、昨日一色さんから電話があったわよ」


「そ、そう?」俺はちょっと焦った。神田君の件じゃないだろうな?


四十話登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺) 主人公。秋花しゅうか女子短大英文学科一年生。英語研究会(英研)部員。

坂田美奈子さかたみなこ 秋花しゅうか女子短大家政学科一年生。英研部員。

三谷美江子みたにみえこ 秋花しゅうか女子大学一年生。英研部員。

天野有美子あまのゆみこ 秋花しゅうか女子大学三年生。英研部長。

黒田祥子くろだしょうこ 美知子の先輩。秋花しゅうか女子大学二年生。英研部員。

水上明日香みなかみあすか 松葉女子高校二年生。美知子を慕う後輩。

内田真紀子うちだまきこ 松葉女子高校二年生。美知子を慕う後輩。

芳賀美佐子はがみさこ 市立中学二年生。弟の武の彼女。

藤野 武(ふじのたけし) 美知子の弟。市立中学二年生。

中田照子なかだてるこ 小学校低学年の女の子。

一色千代子いっしきちよこ 明応大学文学部一年生。

神田一郎かんだいちろう 明応大学商学部一年生。


横浜おみやげ情報


崎陽軒/シウマイ御弁當(1954年4月1日発売)

有明製菓/ハーバー(1954年発売、1966年まではロマンという商品名だった。有明製菓は1999年に倒産するが、2000年に(新)有明製菓が設立し、再販売された)


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