三十九話 横浜の観光地巡り
「あの言葉が見つかったわよ!」と俺が叫ぶと、坂田さんと部屋に来ていた三谷さんが俺のそばに寄った。
そのときドアが開いて、天野部長が入って来た。
「あら、あなたたち、何をしているの?」
「実は、自殺の名所と噂されている打越橋というところに行ったんです」と坂田さんが説明した。
「その橋の手すりにこういう碑文があって、どういう意味か藤野さんに調べてもらっていたんです」
坂田さんは三谷さんの手帳に書かれた碑文の内容を天野部長に見せた。
「『すべて重荷を負うて苦労している者はわたしのもとにきなさい。あなたがたを休ませてあげよう』?・・・どういう意味なの?」と聞く天野部長。
「その碑文に共立聖書学院と書かれていたので、おそらく聖書からの引用だろうと思って調べてみたんです。そしたらありました」そう言って俺は聖書の一ページを三人に見せた。
「新約聖書の中の『マタイによる福音書』の十一章二十八節にありました。・・・この前後を読むと、心に重荷を負っている、つまり精神的な苦痛がある人は私のもとへ来てキリスト教の教義を学びなさい。そうすれば気が楽になって平穏に生きられるようになる、という意味のようなんです」
「自殺を促す言葉じゃなかったのね」と坂田さん。
「むしろ、自殺を止めるような言葉だったのね。死にたいと思っている人に、聖書を読んで落ち着きなさいと言ってるようなものね」と三谷さんも言った。
「なるほど。・・・でもその橋って公共の橋で聖書学院とかの私有地にある橋じゃないんでしょ?なぜ聖書学院がこんなものを公共の橋に取り付けたの?」
「・・・やはり過去に自殺しようとした人がいて、それを見かねた聖書学院の牧師さんか誰かが市に頼み込んでこの碑文をつけたんじゃないかしら?」と想像で言った。
「でも、あの近所のおばさんは、聖書学院という校名になったのが今から十二年くらい前で、十年前から今まで自殺者はいなかったって言ってたわよね?十年前から十二年前までの二年間に自殺騒動があったのかしら?」と坂田さんが聞いた。
「あのおばさんの言葉が真実かわからないけどね」と俺は言った。
「どういうこと?」
「自殺事件があったのを知ってるけど、噂がこれ以上広まってほしくないと思ったから、少なくとも十年間は起こっていないって言い張ったのかもしれないわ」
「なるほど」と感心する坂田さん。
「ほんとうに事故か事件があったのなら、警察に記録が残っているのでしょうけど、わざわざ確かめに行くことはできないわね」
地元の新聞の縮刷版を調べれば記事が載っているかもしれない。しかし過去十二年分の新聞記事を調べる暇はない。
「そう言えば、噂では打越橋の下を車で通ると、ハンドルが取られたりすることがあるって聞いたこともあるわ」
「市電の線路が通っているからね。坂道を上がって来たところでタイヤがレールに引っかかって、ハンドルを取られただけなんじゃないの?」と俺は言った。
いずれ市電は廃止され、あの道のレールの上はアスファルトで舗装されるだろう。見た目は平らになるかもしれないが、レール跡の凹みがアスファルトの表面にもかすかな凹みをもたらし、市電が廃止された後でもハンドルが取られるような感覚が起こるかもしれない、と俺は想像した。
「話はちょっとおもしろかったけど、妖怪ハンターが活躍したってほどじゃなかったわね」と天野部長。部長まで俺を妖怪ハンターと呼ぶんですか?
「また何かあったら話を聞かせてね」・・・だからフラグを立てないでくださいっ!
その後全員で夕食を食べに食堂に下りた。今日も中華料理かなと思っていたら、大皿にエビフライ、白身魚のフライやポテトサラダが山盛りになっていた。大鍋にはたっぷりのハヤシライスのルーが作ってあり、俺と坂田さんと三谷さんはお互いの顔を見合わせた。
まもなく祥子さんもやって来た。「美知子さん、今日は英会話ができたの?」
「適当な相手が見つかりませんでした」と俺は答えた。
「ただ歩き回って、足が疲れました」と言ったら笑われた。
その夜は早々に眠り、翌朝起きて食堂で三谷さんと会った。
「今日はどこへ行く?」と聞く。あまり遠くまで歩きたくはない。
「今日は港の見える丘公園へ行きましょうか?」と三谷さん。
港の見える丘公園なら聞いたことがあるが、昭和三十五年の地図には載っていなかった。「どこにあるの?」
「山下公園のちょっと向こう側よ」・・・ちょっと向こう側ならたいして歩かないだろう。
朝食後、三人でホテルを出た。まっすぐ山下公園に向かい、公園の向こう端まで歩く。けっこう距離がある。そして右手に曲がって・・・坂を登るはめになった。
やっと公園の入口までたどり着いて、まっすぐ進むと有名な展望台があった。土台がゆるやかな曲線を描いており、その上に同じ形状の屋根がかかっている。展望台からは港がよく見えた。・・・が、言っちゃあ悪いがそれだけだった。
俺の時代に見たアニメにこの展望台が出て来た気がする。何のアニメだったかな?
「いしだあゆみの『ブルー・ライト・ヨコハマ』って歌謡曲があるでしょ?その歌詞に描かれたのはここから見た景色だって言われているわ」と三谷さんが教えてくれた。
しかしまだお昼前だ。ブルーライトなどどこにも見えなかった。
この公園にも観光客が大勢いる。その中に背が高くがっしりした体型の外国人男性が三人くらいで歩いているのを見たが、体がでかすぎて話しかけるには躊躇した。・・・坂田さんも三谷さんも話しかけようとは言わなかった。
「これからどうする?」と二人に聞く。
「元町商店街に行こうか?」と三谷さん。
「お腹がすいたからどこかで何か食べたいわね」と坂田さんが言った。
港の見える丘公園を出ると、登って来た右手の坂道ではなく、まっすぐ進んだ。まもなく外国人墓地の前に出る。ここも有名だが、正門前からちょっとだけ中をのぞき、入りにくい雰囲気だったので入らずに右に曲がり、細い坂道と石段を下りて行った。
下りたところが元町商店街の入口あたりになる。その手前にパン屋さんがあったので、
「パンでも買って食べてみない?」と俺は二人に言った。
店の中に入ると、食パンやフランスパンなどがたくさん売られていた。俺たちは相談して三人でフランスパン(バゲット)を一本だけ買った。
店内には食べるところがなかったので外に出ると、俺はフランスパンを三つに分けて、二人に一切れずつ渡した。
「え?歩きながら食べるの?」驚いている二人。
「お祭の縁日でも食べ歩きするでしょ?観光地なら人目を気にする必要はないわ」
そう言いながらフランスパンを一口かじって歩き出した。
あわてて俺の後を追う二人。通行人の視線が若干気になるが、俺の平然とした態度を見たせいか、坂田さんと三谷さんも歩きながらフランスパンをかじり始めた。
パンはおいしかった。しかし元町商店街に入って俺は目を見張った。
俺の記憶では元町商店街は車道や歩道が石畳で舗装され、異国情緒あるおしゃれな通りだった。京都アニメーションが制作したあるアニメではこの商店街が舞台のひとつになっていた(たいやきを持った少女が主人公にぶつかるという話だ)。
しかし俺の目の前にはアスファルトで舗装したごく普通の道路しかなかった。歩道すらない。
それでも顔には出さず、パンをもぐもぐしながら商店街の中を歩いて行った。
左右には洋食器店やら洋服屋やらおしゃれな店が並んでいるが、おしゃれすぎて中に入りにくい。
主婦らしき外国人女性が歩いて来るのに気づいた。上品な服装をしている。しかし俺たちが歩き食いをしているのを見ると、その女性は俺たちを見ないようにしてさっさと去って行った。・・・ファストフードはアメリカが発祥だろうに。
パンを食べ終わる頃にはのどが乾いてきた。この通りに喫茶店もあるみたいだが、何となく高そうだ。どうしようかと思っていたら、小物を売っている店の入口付近にコカコーラの自動販売機があるのに気づいた。
「コーラでも飲まない?」と、まだパンを食べ切っていない二人に聞く。
「ちょっと待ってね」通り沿いの建物の壁を向いて急いで食べる二人。そんなに抵抗があるのかな?
ようやく食べ終わった二人を連れて自動販売機の前に立つ。なんと瓶コーラの自販機だった。
代金を投入口に入れて、自販機前面左側の縦に細長いガラス戸を開けると、上下に八個の穴が並んでいて、その中からコーラの先端が飛び出ていた。一本を引き抜く。
自販機の前面に栓抜きが付いていたので栓を抜いた。坂田さんと三谷さんも同じように買って、その店の前で通りを見ながらコーラをちびちびと飲んだ。
「ねえ、コカコーラやファンタって甘口と辛口があるのを知ってる?」と突然坂田さんが言った。
「なんか聞いたことがある〜」と三谷さん。
俺は全く聞いたことがなかったので、「そうなの?」と聞き返した。
「瓶の側面の下の方に小さな凹みがあるでしょ?この凹みの形が四角なら辛口、丸なら甘口なんだって」
「ほんとなの?」俺は自分の瓶を調べた。確かに一辺数ミリの四角い凹みがある。
「私は・・・辛口だわ」「私も」
「私も辛口だわ。残念ね。飲み比べができたのに」と坂田さんが残念そうに言った。
俺の時代にはコカコーラは缶かペットボトルがほとんどだった。甘口、辛口の違いなど聞いたことがない。ほんとうに味を変えていたのなら、ラベルに明記すればいいのに。・・・ひょっとしたら、瓶の製造工場の違いとかによるもので、味の違いはないんじゃないだろうか?そう思ったが、真相がわからないので何も言わなかった。
コーラを飲み終え、瓶を自販機横のケースに返す。そしてまた元町商店街のぶらぶら歩きを再開した。今度は多少度胸もついて、いろいろな店に入って買う気がない商品を吟味し合った。
やがてまた足が痛くなってきたので、「そろそろ帰ろうか?」と二人に聞いた。
「もう帰るの?」とまだまだ元気な坂田さん。
「私も足が疲れてきたかも」と三谷さん。おかげで早めに帰れることになった。
「足が痛いから、今日も市電で帰らない?」
「いいわよ。パンしか食べてないから、駅の近くでおやつでも買って帰ろうか?」
そんなことを話しながら、元町近くの電停で市電に乗った。ここを通る電車は桜木町駅前に行く。ワンマン運転で、降りるときに運転席後の料金箱に二十円払った。
駅前に去年できたばかりの桜木町ゴールデンセンターという大きなビルが建っていたので、そこに寄ってみた。上層部はオフィス、下層部はショッピング街、地下は飲食街となっている、この時代には珍しい複合施設だ。その地階に和菓子屋があったので、大福餅を一個ずつ買って、ホテルに戻って三人で食べた。
「明日はどこに行こうか?」指についたあんこをなめながら坂田さんが聞いた。
「あまり歩かないで行けるところがいいわ」と年寄り染みたことを言う俺。
「昨日降りた野毛坂電停の近くに動物園があるから、そこへ行ってみない?入場無料なのよ」と三谷さんが提案した。
「いいわねえ。特に無料なのがいいわ」「ホテルから近いのもいいわね」と坂田さんと俺はすぐに賛成した。
翌朝、朝食を終えると坂田さんと三谷さんと一緒にホテルを出た。野毛山動物園はホテルの西側にあるが、三谷さんに連れられてまず反対方向の桜木町駅に向かう。
「駅でお弁当を買って行きましょう」と三谷さんが言ったからだ。
桜木町駅は九時を過ぎても大勢の通勤客が歩いていた。三谷さんはその中を縫うように進んで、切符売り場で駅の入場券を三十円で買った。駅の改札内で駅弁を買って来るということで、俺と坂田さんは弁当代として二百十円(入場券代の折半分を含む)ずつ出した。駅の中に入ってまで買うほどの弁当?と思ったが、戻って来た三谷さんの手の中にある弁当を見てそんな気持ちは吹っ飛んだ。
横浜名物のシウマイ御弁當だった。まだ出きたてだ。一個ずつ渡してもらう。
手ぶらで来たので手に弁当を持って、うきうきしながら駅を出た。
駅の西側に進み、車道を横断し、緩い坂道を登る。大勢の家族連れが同じ道を歩いていたが、半分は野毛山動物園の入口の手前で南に曲がった。
「あっちは今は野毛山公園だけど、昔は遊園地があったのよ」と三谷さんが南側を指さして言った。
「遊園地はなくなったの?残念ね」
「ただ、五十メートルプールがあるわよ」と教えてくれた。なるほど、さっき曲がって行った人たちはプールに行ったのか。
野毛山動物園は確かに入場無料で、俺たちは入口ゲートをくぐり抜けて中に入った。
入場無料だから、ウサギやヤギなど、申し訳程度の動物しかいないのかと思ったら、中はけっこう広く、ゾウ、キリン、トラ、ヒョウ、ラクダ、シロクマ、アシカなどが飼われている立派な動物園だった。
「この動物園、すごいわね。なんで無料なの?」と三谷さんに聞く。
「貯水池を作るために遊園地を閉園した際に、この動物園は市の所有になったの。当時の市長さんが、動物園は子どもたちの教育施設だから無料で開放しようと決められたのよ」
「偉い市長さんだったのね」と坂田さんも感心していた。
園内はやはり親子連れが多く、その中に紛れて俺たちは動物を順に見て行った。
アシカを見ているときに俺の隣に欧米人風の少年がひとりで立っているのに気づいた。そして俺たちが英語研究会の合宿で来ていたことを思い出した。
俺は思い切ってその少年に話しかけてみた。
三十九話登場人物
藤野美知子(俺) 主人公。秋花女子短大英文学科一年生。英語研究会(英研)部員。
坂田美奈子 秋花女子短大家政学科一年生。英研部員。
三谷美江子 秋花女子大学一年生。英研部員。
天野有美子 秋花女子大学三年生。英研部長。
黒田祥子 美知子の先輩。秋花女子大学二年生。英研部員。
TVアニメ情報
TOKYO MX/君が主で執事が俺で(2008年1月7日〜3月31日放送)
BS-i/Kanon(2006年10月5日〜2007年3月15日放送)
歌謡曲情報
いしだあゆみ/ブルー・ライト・ヨコハマ(1968年12月25日発売)
駅弁情報
崎陽軒/シウマイ御弁當(1954年4月1日発売)




