表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気がついたら女子短大生(JT?)になっていた  作者: 変形P
昭和四十四年度(短大一年生・夏休み編)
36/75

三十六話 横浜の幽霊電車(美知子の妖怪捕物帳・什壱)

ホテルでの夕食が始まった。料理はどれもおいしく、ご飯も多すぎるくらいあった。


坂田さんたちは自分でコップにビールを注いで、ぐびぐびと飲んでいる。


「坂田さんはいける口ね」と感心する祥子さん。


一緒に飲み始めている天野部長に俺は「毎年横浜なんですね?」と聞いた。


「まあね。二、三回参加すればだいたい観光地を回れるけど、ついでに買い物をするからね、飽きないわよ」


「軽井沢とか箱根にも行ってみたいけど、ここよりお金がかかるからね」と言って祥子さんは肩をすくめた。


そのとき、ひとりの部員が俺のところに近づいて来た。


「藤野さん、ちょっといいかしら?」


顔は見たことがあるが、まだ名前を覚えていない人だった。


「二年生の羽田さんよ。羽田志乃さん」と祥子さんが俺の耳元に囁いてくれた。


「なんでしょうか、羽田先輩?」


「あなたは今年の春に泰子が電報料金をなくしたときにすぐに見つけてくれた人よね?」(「五十年前のJKに転生?しちゃった・・・」二百二十一話参照)


「はい。・・・妖怪の仕業だと騒がれていましたけど、そうではありませんでした」


「私も妖怪か幽霊の仕業じゃないかと思った出来事があるの。後で相談に乗ってくれる?」


「はい。わかりました」


「じゃあお風呂の後で部屋に行くからね」そう言って羽田先輩は去って行った。


「また妖怪ハンターの出番ですね」と顔を赤くしながら嬉しそうに言う坂田さん。


「今回も助手として手伝うからね」・・・東北では何もしなかったけど。


「今度は何かしら?私も美知子さんの活躍に期待するわ」と祥子さん。同席していた天野部長も興味津々だった。


夕食が終わるとお風呂だ。このホテルには大浴場しかないが、大浴場と言ってもせいぜい五人くらいしか一度に入浴できないので、部屋ごとに順番に入浴した。俺たちは天野部長がいるおかげか、最初に入浴させてもらった。


部屋に戻ってうちわで体を冷ましていると、天野部長が俺たちに横浜市地図を渡してくれた。


「ほかのみんなには明日渡すけど、あなたたちには先に渡しておくわ」


さっそく広げてみる。桜木町駅、山下公園などのおおよその場所が確認できるので助かる。しかし地図の端に「昭和三十五年」と印刷してあった。九年前の地図だ。大丈夫かな?


桜木町駅前の、俺の時代のみなとみらい地区にはやはり何もなく、ただの港だった。地図には横浜市電、つまり路面電車の路線も書いてあって、もしものときにはこれに乗って桜木町駅前まで戻れそうだ。


そのときノックがした。「はい」と答えてドアを開けると、羽田先輩が立っていた。


「部屋に入っていいかしら?」


「どうぞ」と招き入れる。


「私たちも話を聞いていい?」と聞く天野部長。


「かまいません。一緒に考えてもらうと助かります」と羽田先輩が答えた。


部屋の真ん中で五人で車座になると、羽田先輩はそこに置いてあった地図を広げた。


「実は去年の合宿の話なの。私たちのグループは三渓園に行ったの」


地図で三渓園を確認する。横浜市の南の方にある庭園だ。


「昔の茶人が作った日本庭園で、室町時代や江戸時代初期の建物が移築されているわよ」と祥子さんが教えてくれた。


「外国人はいましたか?」と聞く坂田さん。


「いなかったわ。・・・きれいな庭園と歴史のある建物を見ていたら、当時四年生だった北城先輩のグループと会ったの」


「北城先輩は元部長よ。長浜先輩の先代ね」と天野部長が教えてくれた。


「私たちは北城先輩のグループとは別行動で観光していたの。のんびり過ごしていたら夕方五時を回ったのに気がついたので、あわてて三渓園を出て市電の停留所に戻ったわ。そしたらちょうど桜木町駅前方面行きの電車が来たからそれに飛び乗ったの。そのとき北城先輩のグループが来るのが見えたけど、私たちの乗った電車には間に合わなかったわ」


俺が地図を見ると、三渓園の近くに本牧三渓園前電停という停留所名が記されていた。


「道路は渋滞していて、電車がなかなか進まなかったから、桜木町駅前に着いたときにはもう六時前だったわ。夕食が六時からだったから急いでホテルに戻ろうとしたら・・・」言葉が詰まる羽田先輩。


「したら?」と先を促す坂田さん。


「私たちの目の前を北城先輩たちが歩いていたのよ!」


「・・・いつの間にか追い越されていたんだ」とつぶやく坂田さん。


「それが不思議なのよ!私たちが乗った電車に乗り遅れたのに、私たちより先に着くなんてことがあるのかしら?」


推理小説の時刻表を使ったアリバイ工作みたいだな。確か松本清張の『点と線』という作品が代表的だ。


「北城先輩にどうやって帰ったか聞きましたか?」と俺は聞いた。


「聞いたわよ。そしたら電車だけ(・・)に乗って普通に帰って来たって言われたのよ」


俺は地図の市電の路線図を確認した。三渓園前電停は桜木町駅前方面だけでなく、逆方向の間門、根岸方面にも線路が延びている。しかしそちらに行っても、桜木町駅には大回りしないと戻れない。後発の桜木町駅前行きの電車に乗れば、当然のことながら、羽田先輩の乗る電車を追い越すことはない。


「疑問に思ったけどそのときはそれ以上聞けなかったわ。四年生だった北城先輩はその後あまり英研に顔を出さず、とうとう詳しいことを教えてもらう前に卒業されたの」


「バスかタクシーに乗って先回りしたんじゃないの?」と坂田さんが言った。


「バスやタクシーも路面電車と同じ車道を通るから、渋滞していたら電車を追い越せないわよ」と祥子さんが指摘した。別の道を通ったとしても、どこも渋滞していただろうから、先回りはできないはずだ。


「だから幽霊電車みたいなのに乗って一瞬で帰ったんじゃないかと怖くなったの」


「そう言えばそんな怪談があったわね。玉川電車だったかしら?乗客を乗せた路面電車が停留所で突然消え失せたって・・・」と坂田さんが言って、羽田先輩が震え上がった。


「確か大阪や東北にも同じような話があったはず。列車に突進して来る別の列車があって、運転手が列車を停めたら、そばに狸か狐の死体があったって」と祥子さんが言って、羽田先輩がさらに震え上がった。


俺はそんな怪談には耳を貸さず、別の帰路がないか考えてみた。


船や飛行機に乗るというのは現実的ではない。国鉄が走ってないかと思って地図を見たら、桜木町駅が終点で、その南に線路は延びていなかった。


「あれ?」と俺は思った。今日桜木町駅に着いたとき、終点ではなかった。高架がさらに南に延びていたように思う。


「このホテルに新しい地図、特に路線図はあるかしら?」とつぶやいたら、


「ホテルのロビーに置いてあったはずよ」と天野部長が言った。


「じゃあ、取って来るわ」と坂田さんが立ち上がって部屋を出て行った。今回は助手として働いてくれるようで助かる。


「何かわかったの?」と聞く祥子さん。


「この地図は古いから、国鉄の線路がもっと南に延びているかもと思ったんです」


「なるほど!国電に乗れば、線路上に邪魔な車は走ってないし、信号もないから、桜木町駅まで早く帰れるわね!」と納得する羽田先輩。


まもなくどたどたと走って坂田さんが戻って来た。階段を駆け上がってきたらしく息を切らしていて、何も言わずに何かの紙切れと国鉄の時刻表を俺に差し出した。


「お疲れさま、坂田さん」


坂田さんをねぎらってから持って来てくれたものを受け取ると、まず時刻表で国鉄の路線図を確認した。やはり桜木町駅から南へ根岸線というのが延びていて、三渓園前は通らないが、その西側にある根岸駅に通じていた。


「見て、羽田先輩。三渓園の西に国鉄の根岸駅があるわ。根岸駅まで市電に乗って、根岸駅で国電に乗り換えれば桜木町駅に帰れるわよ」


俺はさらに時刻表を調べた。


「根岸駅から桜木町駅までは電車で約十分よ。三渓園前から根岸駅前の中根岸町二丁目電停までは、この距離なら道が空いていれば十分少々で着くでしょうから、道が混んでいたり、乗り換えに時間がかかったとしても、一時間近くかかった羽田先輩たちより先に桜木町駅に着く可能性が高いわ」と俺は羽田先輩に説明した。


「なんだ、そんなことなのね」と肩を落とす羽田先輩。


「この古い地図にすっかり騙されていたわ」と言い、それを聞いた天野部長が頭をかいた。部費の問題で、最新版の地図をなかなかそろえられないのだろう。


俺は坂田さんが持って来た紙切れを見た。横浜市内の市電や国鉄のおおまかな路線が図示されているガリ版刷りの紙だった。昭和四十四年四月と印刷されているから、ほぼ最新版だ。


「あれ?」俺は思わず唸った。俺の方を見る羽田先輩たち四人。


「どうかしたの、藤野さん?」と坂田さんが聞いた。


「見て。・・・横浜市電は本牧三溪園終点で終わっていて、根岸駅まで延びていないわ」


俺は天野部長にもらった地図を見た。昭和三十五年には市電は根岸駅の西の八幡橋まで延びている。しかし今ではこの区間は廃線になったようだ。


「市電で三溪園前から根岸駅に行くことはできないのね?・・・だったらバスに乗って行ったんじゃないの?市電がなくなったのなら、当然バス路線が作られるはずよ」と坂田さんが言った。


「そうね。バスも市電も乗っている時間はそう変わらないだろうから、バスで根岸駅に行って国鉄に乗り換えたのかもね」


「でも、北城先輩は『電車だけ(・・)』って強調して言ったわ。その言葉がはっきり記憶に残っているのよ。少しの区間でもバスに乗ったとしたら、そんな言い方はしなかったんじゃないの?」と羽田先輩が異議を唱えた。


「事実の一部を隠して、羽田先輩をからかったんじゃないですか?」と坂田さん。


「そうかもしれないけど・・・」と、まだ腑に落ちない様子の羽田先輩だった。


「それにしても、市電の路線はだいぶ減ったんですね」と俺は今年と昭和三十五年の路線を比較してつぶやいた。


「自動車が多くなると、同じ車道を走る路面電車は邪魔者扱いされるからね。利用者も減って廃止されるところが全国的に多いみたいよ」と天野部長が言った。


それでも俺の時代に路面電車が走っている都市は全国にけっこうあった。しかし横浜に路面電車が走っていたという記憶はないから、近いうちに全廃されるのだろう。


そのとき俺の頭にひとつの疑問がわいた。「三溪園前と根岸駅の間の市電が廃止されたのはいつなんでしょう?」


「調べればわかると思うけど、どこに聞けばいいかしら?・・・市の交通局?」と首をひねる祥子さん。この時代はネットで簡単に調べ物ができない。


「そう言えば一年の三谷さんが横浜出身だったわね。知ってるかも」と天野部長。ちなみに実家が近所にあっても、部員は全員このホテルに泊まるのが原則だ。


「三谷さんね?呼んできます!」と言ってまた坂田さんが部屋を飛び出した。よく動く助手だ。


しばらくすると坂田さんが三谷さんをつれて戻って来た。突然呼び出されて何事かと心配そうな三谷さん。


「な、なにかご用でしょうか?」と、部屋にいた天野部長に驚いておそるおそる聞く三谷さん。坂田さんは何も事情を話していないようだ。


「ちょっとあなたに聞きたいことがあるの。あなたは横浜出身だったわね?」と天野部長が聞いた。


「はい。市内です」


「国鉄の線路が桜木町駅から根岸駅まで延びたのはいつか覚えてる?」


「確か五年前です。磯子まで開通しました」昭和三十九年か。去年は既に路線があった!


「じゃあ、横浜市電の根岸あたりの路線が廃止されたのがいつか知ってる?」


「え〜と、確か去年の九月一日だったと思います。当日は日曜日で、夏休みの最後の日に何路線か同時に廃止されて、両親が寂しいなと言っていたことを覚えていますから」


「去年の九月一日に廃止されたのなら、八月の合宿のときにはまだ市電で根岸駅まで行けたのね!」と俺はつい叫んでしまった。


「市電と国電を乗り継いで来たから、『電車だけ(・・)』という北城先輩の言葉に嘘はなかったんだわ!」と、羽田先輩も叫んだ。


「これで納得したわ。藤野さん、どうもありがとう」と俺に感謝する羽田先輩。


「いいえ、どういたしまして」と俺は答え、隣でわけがわからず目を丸くしている三谷さんに、


「わざわざ来てくれてありがとう」とお礼を言った。


「役に立ったのなら嬉しいわ」と三谷さんはそれだけ答え、


「もう帰っていいわよ。詳しいことは後で説明するから」と坂田さんが言って部屋から追い出した。


羽田先輩もすっきりした顔で自分の部屋に帰って行った。


「説明を聞けばなんてことなかったけど、さすがは妖怪ハンターね。謎が解けて良かったわ」と坂田さんが俺を褒めた。


天野部長も祥子さんも俺の活躍?を喜んでいるようだったが、夜も更けてきたので、俺たちは歯を磨いてから布団を敷いて就寝した。


★横浜市の鉄道路線図(昭和四十三年八月時点:本作に関係する路線のみ)


挿絵(By みてみん)


昭和三十九年五月十九日、国鉄桜木町駅〜磯子駅間が延伸開業。

昭和四十三年九月一日、横浜市電の本牧三溪園前電停の西側に本牧三溪園終点が新設され、それより先の本牧三溪園終点〜八幡橋間が廃止となる。


三十六話登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺) 主人公。秋花しゅうか女子短大英文学科一年生。英語研究会(英研)部員。

坂田美奈子さかたみなこ 秋花しゅうか女子短大家政学科一年生。英研部員。

黒田祥子くろだしょうこ 美知子の先輩。秋花しゅうか女子大学二年生。英研部員。

天野有美子あまのゆみこ 秋花しゅうか女子大学三年生。英研部長。

羽田志乃はねだしの 秋花しゅうか女子大学二年生。英研部員。

北城峯子きたしろみねこ 先々代の英研部長。

長浜民子ながはまたみこ 秋花しゅうか女子大学四年生。先代の英研部長。

三谷美江子みたにみえこ 秋花しゅうか女子大学一年生。英研部員。


書誌情報


松本清張/点と線(光文社、1958年2月1日初版)

音代湘園/枚方の狐狸譚(郷土研究上方、9巻100号72〜73頁、1939年)

音代湘園/狐狸の民俗(風俗、2巻4号45〜47頁、1962年)

宮城縣/妖怪変化・幽霊:事例篇(宮城縣史 民俗3、21巻471〜562頁、1956年)

上野勇/利根の妖恠・幽霊(上毛民俗、通巻40号34〜42頁、1966年)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ