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気がついたら女子短大生(JT?)になっていた  作者: 変形P
昭和四十四年度(短大一年生・夏休み編)
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二話 目新しい料理

レポートのことをいろいろ考えながら講義を聞いているうちに昼休みになった。そこで女子大の学舎内にある学生食堂に佳奈さんと芽以さんと一緒に向かった。


学生食堂は安いし、いろいろなメニューがあるのがいい。だから家事を担当していても、祥子さんたちが弁当がほしいと言ったことはなかった。


今日は百五十円の定食を選んだ。トレーに盛られたおかずを取り、ご飯をよそってもらって、レジで代金を払う。日替わりのおかず(主菜と副菜にみそ汁)がつくのでよく利用している。


手を合わせてから食べ始めると、俺は二人に「ホーソーンの短編は何を選んだの?」と聞いた。


「私は『Wakefield』よ」「私も」と答える佳奈さんと芽以さん。


「なぜそれにしたの?」


「一番短かかったからよ」とあっさりと答える佳奈さん。なるほど、と思う。


「どんなお話だった?」


「えっと、ある男が妻を残して失踪するんだけど、実は隣の家に住んでいて、自分がいなくなって気に病む妻の姿を二十年もずっと見守るって話よ」


「何、それ?」俺は驚いて聞き返した。


「ホーソーンって百年以上前の人だけど、現代人も考えないような話を書く人だって逆に感心したわ」と芽以さんも言った。


「意味がわからない話だったから訳しにくかったけどね、それでも短い分早めに訳せたわ。・・・もちろんお互いに見せ合ったりなんかしなかったわよ」


写しが残っていたら「参考までに」見せてもらいたいと思ったけど、コピー機のない時代じゃ無理な話か、と俺は思ってあきらめた。


「私もその小説にするわ。時間がないから」と俺は言った。


「小論文の方はまだ書く内容が決まってないようだけど、例の目新しい料理は何か思いついたの?それともこれから調べるの?」と聞く芽以さん。


「実はひとつ思いついたのがあるの」


「なに、なに?」と身を乗り出す二人。


「イカスミパスタのことを書こうと思うの」と俺が言ったら二人は目を大きく見開いて驚いていた。


「何なのそれ?・・・イカスミってイカが逃げる時に吐く墨のこと?」と佳奈さん。


「そんなの食べられるの?」


やっぱりこの時代の日本ではまだ馴染みがないようだ。


「イカスミはけっこう栄養があるしおいしいのよ。確かイタリアの名物料理よ」と答える。


「パスタって何?」と聞く芽以さん。


「パスタとはスパゲッティやマカロニのことだけど、イカスミパスタはイカスミを混ぜたスパゲッティのことね」


「食べたことあるの?」


「確か一度ある・・・」俺は口ごもった。男だった頃はあまりおしゃれなレストランなどには行かなかったから、イカスミパスタは一度か二度食べたことがあるだけだ。味は・・・正直言ってあんまり覚えていない。


「でも、作ったことないから、一度挑戦してみるわ」


そのとき学生食堂に坂田さんが家政学科の友人たちと一緒に入って来た。俺に気づいて手を振る坂田さん。坂田さんは女子高時代からの友人だ。


トレイに定食を載せてテーブルに移動するときに俺の後を通りかかったので、


「坂田さん、食生活論のレポートはもう書いたの?」と聞いた。


「私は藤野さんに教えてもらった焼きうどんについて書こうと思うの。何回か作ってみておいしかったから」


焼きうどんもこの時代ではあまり知られていない料理だった。簡単に作れておいしいのに。


「しょうゆ味とソース味があるから、味の比較を書いてみたら?」


「それはいいわね」と坂田さんはうなずくと、俺の顔をじっと見つめた。


「どうしたの?」


「ううん。・・・ただ、藤野さんの顔を見たら久しぶりに活気がみなぎっているように思えて。生徒会長だった頃みたいに」


坂田さんはそういうと微笑みながら家政学科の友人たちの席に去って行った。


「そう言えば、藤野さんは女子校の三年生のときに生徒会長をしてたんだったわね?」と芽以さんが言った。


「そのことを初めて聞いたときは、『仕事できたのかな?』って疑問だったけど」と佳奈さんも言った。


「確かに生徒会長って器じゃなかったけど、なんとか務め上げたわよ」と俺は言ってみそ汁をすすった。


午後の授業が終わってマンションに帰宅する途中でスーパーに寄り、新鮮な刺身用のスルメイカを二杯買った。オリーブオイルは売ってなかったので(おそらく日本ではまだ普及していないのだろう)、マンションにあるサラダ油で代用しようと思った。スパゲティの乾麺も買い、ほかにタマネギ、ピーマン、ニンニクを少し買い足した。


料理用のワインもいるかと思ったが、適当な安いワインがなかったので、ワンカップ大関を二本買った。味が和風になるが、致し方ない。


マンションに帰ると、イカとワンカップ大関を冷蔵庫に入れた。まだ作り始めるには早かったからだ。


小テーブルの周りを簡単に片づけ、掃除機をかけてから、俺は食生活論のノートを出した。そして適当に考えたイカスミスパゲッティの作り方をメモっておいた。後でこのメモを見てレポートを書くのだ。


料理のアウトラインを書き終えると、俺は鞄からホーソーンの短編小説が載っている英文学論の副読本を取り出した。そして目次を見てページをめくる。


確かに「Wakefield」という短編小説は短かった。十ページもない。これなら毎日頑張れば・・・土日も含めて・・・一週間もあれば訳せそうだ。


ただ、最初の一文を読んでみると、文の途中にコンマやハイフンで挟んだ語句や文節が挿入されており、頭から素直に訳すのが難しそうだった。


文学作品だから、持って回った言い回しが多いのかな?と俺は思った。もう少し単調な文章の方が訳しやすいのに。


「『古い雑誌や新聞の中の一つのお話を私は思い出した』・・・?これで訳があってるの?」と俺は独り言を言った。英単語を適切な日本語に置き換えないと、意味がわからなくなる。適当に意訳をするという手もあるが、元の文章の意味を誤って解釈してしまうと、意訳もおかしくなる。


辞書を片手にうんうん唸っていると、祥子さんが帰って来た。


「ただいま。・・・あら、珍しく勉強をしてるわね?」


「お帰りなさい、祥子さん。恥ずかしながら、レポートがいくつか手つかずだったことに気づいたんです」と俺は答えた。


ここで英語が堪能な祥子さんに訳を聞くことはできない。一通り訳し終わってから意味がわかりにくい箇所を質問するのならまだしも、まだ一文も訳していない状況では頼んでも教えてくれないだろう。


俺は副読本とノートを片づけると、イカスミスパゲッティの作り方をメモしたノートを取って台所に移動した。


「今日は新しい料理を作りますから、食べて忌憚のない感想を聞かせてくださいね」と俺は祥子さんに言った。


「いつもおいしい食事を出してもらってるけど、今日はいつも以上にやる気に満ちているわね」と祥子さん。


俺は洗ったタマネギとピーマンとニンニクをまな板の上に置くと、手際よく薄切りにしていった。


そこへ杏子さんも帰って来た。


「今日見た漫才もおもしろかったわよ。美知子さんも来られればよかったのに」と、見た目は寄席よりも美術館の方が似合いそうな杏子さんが言った。


「よかったですね。すぐに夕飯を作りますから、テーブルで待っていてください」


次に二杯のスルメイカを出すと、ゲソをゆっくりと引っ張って内臓ワタを取り出した。内臓ワタには墨袋がついているので、つぶさないように引き千切って、小皿の上に置いておいた。・・・思っていたのより墨袋が小さい。これで間に合うのだろうか?と俺はちょっと不安になった。


真っ黒にならなくてもいいか、と気を取り直してイカの皮をむき、薄切りにしていく。さらにゲソと内臓ワタを切り離し、ゲソも短く切っておく。


大きめの鍋に水を入れて火をかけ、スパゲッティの乾麺も出すと、その横でフライパンをガスレンジの上に置いた。


火を着けてからサラダ油を少々垂らし、ニンニクの薄切りを投入して炒める。じきにニンニクのいい香りが漂ってきた。


次はタマネギとピーマンを投入し、少ししんなりするまで炒めた。


さらにイカ(ゲソを含む)をフライパンに入れ、少し炒めてからワンカップ大関を少量加え、アルコールを飛ばしてから塩コショウで味を整える。・・・整ったのかどうか、この時点ではわからないけれど。


横の鍋でお湯が沸いたので、スパゲッティの乾麺を投入する。あまり茹で過ぎるとうどんみたいになってしまうので、ここからは時間との勝負だ。


フライパンに墨袋を一個投入し、潰してよく混ぜ合わせる。・・・真っ黒というほどではないが、具材がけっこう黒く染まってきた。


茹で上がったスパゲッティをフライパンに移し、黒さが全体に均一になるまで混ぜてから皿に盛った。


残った内臓ワタと墨袋とイカの身は、空いているガラス瓶に移して冷蔵庫にしまった。これは後で黒作りという塩辛を作るのに使おうと思う。


ワンカップ大関の残りをとっくり二本に移し、おちょこと一緒に小テーブルの上に置く。そしてスプーンとフォークとお箸を三人分出し、小テーブルに置いてからイカスミスパゲッティを盛った皿を祥子さんと杏子さんの前に置いた。


「な、何なの、これ!?」驚く二人。


「これはイカスミスパゲッティです。イカの墨は味がいいので、イタリアではこういうスパゲッティ料理があるんですよ」


「・・・どんな味だか想像ができないわね」とおそるおそるフォークでスパゲッティを突つく祥子さん。


「冷酒を飲みながら食べてください」と俺は言って、二人のおちょこに冷やした日本酒を注いだ。


「ありがとう」と言っておちょこに口をつける杏子さん。


「冷たくておいしいわ」最近蒸し暑くなってきたからね。もっとも俺は・・・美知子はまだ未成年だから、コップに注いだ麦茶を飲む。麦茶はやかんで沸かして、室温で置いていたから冷たくはない。


「フォークとお箸はわかるけど、スプーンはどう使うの?」と祥子さんが聞いたので、


「スパゲッティをフォークで刺し、スプーンの上でくるくる回すとまとまって食べやすくなるんですよ」と教えた。


黒いスパゲッティをおそるおそる口に運ぶ祥子さん。しばらく味わってから、


「確かにまったりしておいしいわね」と感想を述べた。


「祥子のくちびる真っ黒よ」と杏子さんが言って笑った。その後で自分もスパゲッティを食べ、くちびるを真っ黒に染めていた。


「黒くなるのは気にせず、お酒で流し込んでください」と言っておく。明日の朝、トイレで黒いものが出て驚くかもしれないけど、それは言わないでおく。


「なかなかおいしかったけど、どこでこんな料理を知ったの?」と聞く祥子さん。


「知ってても、なかなか作ろうと思わないんじゃない?」と杏子さんも言った。


「ま、前に何かの料理本で読んだことがあったんです」とごまかす。


「それに食生活論のレポートに、何か目新しい料理のことを書かなくちゃいけなかったから、思い切って作ってみたの」


「博識ね」と感心する二人。俺は褒められていい気分になって食事を終えた。


二人に麦茶を出し、食器を洗い終わると、冷蔵庫からイカの内臓ワタを入れた瓶を取り出した。


瓶の中で内臓ワタと墨袋をスプーンですりつぶし、イカの身を混ぜ、塩小さじ一杯と砂糖少々を加えてよく混ぜた。これを冷蔵庫に戻しておく。明日の夕飯の一品だ。


そしてまったりしている祥子さんと杏子さんのところへ行くと、俺はすぐにさっきの副読本とノートを出した。


「あら、これから勉強するの?」


「はい。入学してから今まで勉強をさぼっていたので。・・・本当に私は何をしていたのかしら?勉強してた気が全然しない・・・」と俺は答えた。


「英語が上達するにはどうしたらいいか、祥子さん、教えていただけませんか?」


「英語はやっぱり習うより慣れろだから、普段から英語を使うように心がけてみたらどうかしら?」と祥子さんが言った。


「普段から英語を使う?・・・具体的にはどうすればいいんですか?」


「とりあえず英研に入りなさいよ。英研の部員になれば英語を使う機会が増えるから、自然と英語も上達するわよ」


祥子さんの言葉を聞いて杏子さんがのんびりした口調で口をはさんだ。


「ちょっと、祥子。美知子さんは落研おちけんの部員で、落研おちけんの活動で忙しいのよ。勧誘しちゃだめよ」


・・・落研おちけんの活動はそれほど忙しくありませんが?


二話登場人物


藤野美知子ふじのみちこ(俺) 主人公。昭和二十五年五月十日生まれ。秋花しゅうか女子短大英文学科一年生。平成時代の男として生きた記憶がある。

丹下佳奈たんげかな 秋花しゅうか女子短大英文学科一年生。

嶋田芽以しまだめい 秋花しゅうか女子短大英文学科一年生。

坂田美奈子さかたみなこ 美知子の女子高時代の同級生。秋花しゅうか女子短大家政学科一年生。

黒田祥子くろだしょうこ 美知子の女子高時代の先輩で同居人。秋花しゅうか女子大学二年生。英語研究会(英研)に所属。

水上杏子みなかみきょうこ 美知子の女子高時代の先輩で同居人。祥子の従妹。秋花しゅうか女子大学二年生。落語研究会(落研おちけん)に所属。


カップ酒情報


大関株式会社/ワンカップ大関(1964年発売)


パスタ情報


マ・マーマカロニ/マ・マースパゲティ(1956年発売)


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