イケメンが滅ぶのを阻止したい女神さま
「これは、先代の神の呪いなの」
綺麗な女神さまは悲しそうに言った。先代は容姿にコンプレックスがあってね、と女神さまはつらそうに目を伏せた。
わたしは、女神さまの悲しそうな表情を見て、自分が悪いわけではないが申し訳ない気持ちになる。はあ、と相づちをうつ。
「次から生まれてくる子供達には対処したのだけど、現在呪われている方たちの解呪は、先代から権利を移行できなかったの」
わたしまた、はあ、と相づちをうった。話がよくわからない。しかし話に口を挟むのは躊躇われて、大人しく聞いた。
「このままでは、イケメン達の魂が、来世でこの世界に生まれることを拒否してしまうの。そんなのってあんまりだわ。わたしの管轄からイケメンがいなくなるなんて、ひどい話だわ。そうならない為に、あなた方にお願いしているの。あなたのような、前世が日本人の女の子だった方々に。あなたたちの感性は、わたしの好みにとても近いから。お願い、エルオーネさん。彼に会って欲しいの」
女神さまは両手でぎゅっとわたしの手を握った。
「会って、恋をして欲しいの」
はらはらと美しい涙を流しながら、女神さまは言った。
ちちち…と鳥の鳴き声がする。なんだか変な夢をみたなあと起き上がり、今日は何曜日だっけ、と考えたところで、おかしいと気づいた。ルナ暦に曜日はない。ルーン王国の文官の娘エルオーネという自分の記憶とは別に、日本の高校生の木下りかという女の子の記憶が、違和感なく存在していた。
「神殿の司祭さまからお呼びがかかってな」
王城で文官として働いている父は、すこし言い淀んでから、続けた。
「女神アルテミス様からの神託があったらしい。それによると、カーラント様、ええと、魔法課の研究員さんなんだけどね、その人とエルオーネは会いなさい、とあったらしいんだ」
父はそこまで言うと、ふーと深いため息をついた。
「今までも女神アルテミス様から神託があることはあったが、今回の神託はよくわからなくてね、神官長様と、これはなんだろう?って頭を悩ませているんだ」
わたしは天井を仰いだ。女神さま。お見合いの斡旋を神託でするんじゃない。この世界の、妙に人に馴染んだ女神さまに思いを馳せながら、わたしはぼんやりと父の話を聞いた。
「あなた、断れないの?」
母は父に言った。母は、よりにもよってカーラント様はちょっとねえ、と困っている様子だった。
「いくら神託だからって、エルオーネをあの方に会わせるのは、何か問題があったら困りますし…」
母に言われて、父も、うーん、そうだよねえ、と唸った。
「カーラント様は危ない方なのですか?」
わたしは不安になって聞いた。危険な人とのお見合いは困る。父は慌てて首を振った。
「いや、危ない人ではないんだよ。研究所でも優秀な方だし、身分もちゃんとしている。性格だって真面目で誠実な方だよ。ただ…、容姿にちょっと問題があってね。彼と対面すると相手が怖がってしまうから、今は特別に研究棟を与えられていて、お一人で作業されているそうだよ」
父は、優秀な人なんだけどね、ともう一度言った。
母は不安げに言った。
「そんな人とエルオーネを会わせるなんて、心配でしょう。それに、エルオーネは、ほら、ぼんやりした子だけれど、これでも結構美人でしょう。会って、見染められてしまったら、エルオーネがかわいそうよ」
そんなことになったら、もちろんお断りしますけれど、と母は眉を寄せて言った。わたしは、夢でみた女神さまの話を思い出して、なるほどなあ、とひとり納得した。昨日までのわたしであったら、父や母の話に何も思わなかっただろう。しかし、前世の記憶がある今は、なんだかなァ、と思った。モデルや俳優ならともかく、容姿が関係ないような職でさえここまで言われるのか。この世界は、女性の見た目に関しては前世と変わらない。前世での美人が今世の美人だ。しかし、男性は前世で言うところの醜男が美形で、平凡は平凡、イケメンは底辺、となるらしい。前世でのイケメンは今世では蔑まれ、人々から敬遠される。しかし、イケメンに厳しい反面、前世では敬遠されそうな怪我や病気による見た目の悪さには、今世の人々はひどく寛容だ。父は小さな頃に顔にやけどをおい、今も頬に大きくやけどが残っているが、そういうのは容姿面でのマイナスにはまったくならない。母は額に大きな傷痕があるが、それも容姿面ではまったくマイナスにならない。今世の方がいい部分もあるなあ、前世の価値観はなんだかなァ、とも思う。この世界は、前世で言うところのイケメンにのみ、厳しいのである。イケメンの顔は、直視できないくらい、おぞましく、気分が悪くなるもの、であるらしい。先代の神のイケメンに対する恨みはすさまじい。何があったんだろうか。
父から神託を聞いた次の日。父とわたしは王城の一角、魔法課棟の応接室で出された紅茶を飲みながら、カーラント様を待っていた。
「アルテミス様の神託では、どちらかが嫌がったら無理強いは厳禁、とあったらしいから、嫌だったらすぐに言うんだよ」
「はい」
昨日から何度も同じ話を聞いてちょっとうんざりしながら返事をした。女神さま。そういう気遣いはとても嬉しいですが、できれば、もうちょっと良い感じの出会いをプロデュースして欲しかったです。街角で偶然ぶつかるとか、本屋さんでたまたま同じ本を手に取るとか。前世から今まで恋愛をしたことがない私が言うのもなんですが。親同伴でお見合いは非常に胃が痛いです。
わたしは夢で聞いた女神さまの話を、父には言っていない。来世の魂のことや恋のことを女神さまが神殿への神託で言わなかったのは、おそらく、わたしやカーラント様への配慮だろう。前世含め恋愛をしたことがないわたしは、これから会うカーラント様と恋ができるのか非常に不安です。魂を世界につなぎとめる方法は本当に恋しかないのだろうか?そういえば、女神さまは、カーラント様にはこのことを伝えているのだろうか?なんとなくだが、本人には言わない方が良い気がする。今まで嫌な目にあっているのに、来世もこの世界にいて欲しいから恋をしてくれ、と言われたら、わたしだったら断固拒否する。
「お待たせいたしました」
神官長さまと、もうひとり男が応接室にやってきた。この人がカーラントさまか、とつい顔を見てしまった。
艶のある黒く長い髪と、赤い瞳がまず目に入った。美貌、と言う言葉がしっくりくる、とんでもなく美形な男がそこにいた。なるほど。たいそうなイケメンである。しかしこの世界ではおぞましいと言われる容姿である。切れ長の目、すっと通った鼻筋は女性だと美しいと言われる容姿なのに、何故か男性では醜男と言われてしまう。血のように紅い瞳は不吉の象徴とされている。呪い、と女神さまは言った。この世界はイケメンは嫌われる呪いがかかっているのだ。わたしは女神さまがひどく嘆いていたのを思い出した。これはたしかに、いなくなってしまうのは、世界の損失だ。女神さまの言うこともわからなくもない。
前世の記憶のせいか、カーラント様の顔の造形も、瞳の色も、美しく感じる。今世のわたしはもともと美醜にとても疎かったが、前世の記憶込みで彼をみると、なんだ、ものすごくときめいた。わたしは面食いだったのか。
神官長と男が私たちの向かいのソファーにつき、お互いに自己紹介をした。ノア・カーラント様。魔法課の研究員。神官長は前に会ったことがあったが、カーラント様とわたしは初対面だった。父はどちらとも面識があるようだった。
神官長が今回の神託について改めて説明して、わたしとカーラント様に了解を得たあと、神官長と父は別の部屋で待機となった。神託で2人きりで会うことを指定されているからだ。脳内に「あとはお若い二人で」と女神さまの幻聴が聞こえる。心配そうにこちらをみる父の背を神官長が押して退出し、二人きりになる。応接室が急に広くなったように感じた。
沈黙が続くなか、わたしはそっとカーラント様を観察した。彼は、まるで死刑宣告を受けようとする罪人のように、絶望した面持ちで、体を緊張させ、視線はテーブルの上で、息を潜めているようだった。なんだかなァ、とまた思った。
「あの、カーラント様。大丈夫ですか?」
彼があまりにも気の毒な状態だったので、思わずそう言ってしまった。カーラント様はびくりと肩を揺らして、少し目線を彷徨わせて、何かを言いそうだったが、結局、口をつぐんでしまった。返事がないようなので、わたしは仕方なくこちらの要件を伝える。
「女神アルテミス様から、夢でお告げがありました。あなたと、ええと、なかよくするようにと」
恋をして欲しいの、はなんとなく恥ずかしくて言えなかった。
「カーラント様は、女神さまから何か聞いていますか?」
「……。聞いているよ。あなたの言うことをよく聞くように、とそれだけ。すまない、状況をよくわかっていないんだ。妙な夢を見たと思ったら、神官長から神託だから会えと言われて」
カーラント様はそこまで言うと、また黙ってしまった。なるほど、彼の言葉を信じると、来世云々、恋をしろ云々については、女神さまは彼には言わなかったようだ。
「わたしも同じような感じです」
女神さまは何を考えているんでしょうね、と、なるべく優しく聞こえるように気をつけて言った。お互いに困りましたねえ、と。
苦笑いするわたしの顔を、カーラントさまは不思議そうに眺めていた。
「女神さまから、何か続報はあった?」
先日のお見合い(仮)から3度目の親睦会(仮)で、カーラント様は聞いた。最初に比べると、打ち解けてきたように思う。
「いえ、特には。カーラントさまにはお告げはありましたか?」
「なかった。今のところ、君が最初に聞いた、このままでは女神アルテミスの望まない世界になってしまうから、君と僕は仲良くしてほしい、っていうことしかわからないようだ。どうもふわっとしたお告げだな」
仲良くってなんだ?とカーラント様は首を傾げた。綺麗な黒髪がさらりと流れる。今日もカーラント様はとても綺麗だ。わたしは綺麗だなあとカーラント様を見つめていると、カーラント様は不安げに、どうした?と聞いてきた。わたしは彼にも、恋をしてね、の部分は言っていない。わたし自身、いきなり恋をしろと言われて、そんな無茶なと戸惑っているので、言ったほうが良いと思えるまでは胸にしまっておこうと決めた。
最初に彼と会ったあと、わたしは女神さまから彼と仲良くなるように言われていると両親に伝えた。恋をして欲しいの、は結局誰にも伝えなかった。両親は心配そうではあったが、この国の住民が全てそうであるように、女神アルテミス様の幸運への導きを知っているため、カーラント様と会うことは両親からはとめらられなかった。
「仲良くしてね、と女神様から言われていますので、とりあえず仲良くしてみましょう。そのうち、何かわかるかもしれませんし」
わたしが言うと、カーラント様は困っているようだった。どうも、容姿のせいで、誰とも親しくなったことがなく、仲良くせよと言われても何をして良いかわからないらしい。
「なるほど、私がはじめての友人なんですね」
わたしが言うと、カーラント様は目を見開いて固まってしまった。本当に慣れていないんだなあ、と少し可愛いと思いながら、わたしはカーラント様の両手をとって、私たち友達になりましょうね、よろしくねの握手をした。友人のリリーやシャーネとはこうやって仲良くなった。きっと彼とも良い友人になれるだろう。
「よろしくね、ノアさん」
私がにこにこしていると、ノア・カーラントさんは不思議そうに、わたしや、握手している手を眺めていた。うん、と言った時の彼の少しはにかんだ表情は、もう、どうしてわたしの目には録画機能がついていないのだろうと心から思うほど、それはもう美しかった。頬をうっすらと赤くして、わたしからされるがままに握手しているノアさんはすごく可愛い。今日もわたしは良い仕事をした。
いきなり恋愛をするのは、わたしにも彼にも難しいだろう。まずはお友達から。