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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

菊と鬼

作者: NiO

今年も参りました、夕涼み重陽会の季節でございます。

テーマは「菊と鬼」なので、タイトルもそのまんま。

この作品は 九JACKさま主催の『夕涼み重陽会』参加作品でございます。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/541354/blogkey/2640108/

 今日も赤鬼は、地獄で目を覚ましました。


「ああ……眠くて、死にそうだ」


 赤鬼はそんな言葉を発しますが、当然、鬼は眠くて死ぬことはありません。


 それどころか、誰かに殺されない限り、決して死ぬことは無いのです。


 何度か寝がえりをうった後、ゆっくりと頭を持ち上げて、伸びをします。


「ふぁ……おはよう」


 赤鬼が声を掛けると、足元にいた手の平くらいの大きさのアリも、眠たげに首を持ち上げます。


「さて、そろそろ、行こうか……」


 赤鬼は、熱灰の床……今ではすっかり草の生い茂り、居心地の良くなった寝床から立ち上がるのでした。



###



 赤鬼は、灼熱の石の前へやってきました。


「さてと……」


 赤鬼は、のそのそと、灼熱の石……もうすっかり冷えてしまっている岩に向かって、歩き出します。


 そして手近な小石を掴むと、岩に今日の日付を刻みました。


 日付は、9月9日。


 9月9日は、重陽と言って、菊の節句になります。


 赤鬼は、菊の花が、大好きでした。


 赤鬼が、岩のそばにある大きな袋を、いそいそと開けると。


 そこには昨日、自分で摘んできたばかりの菊の花が、たくさん詰め込まれていました。


 辺り一面に、とてもいい香りが漂っています。



「……うん。


 いよいよ、今日か」



 赤鬼が嬉しそうに呟くと、肩に乗ったアリは、少し寂しそうに震えるのでした。



###



 赤鬼は、釜茹で地獄につきました。


 持ってきた袋いっぱいの菊の花を、手近な場所に置くと。


 今度は、釜茹で地獄の……中の油が蒸発しきったその釜を持ち上げます。


「地獄の業火も、可愛らしいものだな」


 釜の下で燃える炎を見ながら、赤鬼がそんな言葉を呟くと、アリも同意するように首を上下しています。


 赤鬼は釜を持ったまま、のしのしと血の池地獄へと向かうのでした。



###



 赤鬼は、血の池地獄につきました。


 血の池……しばらく罪人を入れていなかったためか、すっかり綺麗に澄み切ったその池の水を、赤鬼はゴクゴクと大口を開けて飲んだ後。


 竹槍地獄で作った竹筒に、水を汲み入れます。


 1本だけ持ってきた菊を、筒の中に詰め込むことも、忘れません。


 いつの間にか肩から降りたアリも、美味しそうに水を飲み始めています。


 2匹とも、すっかり喉の渇きが癒えた後。


 赤鬼は、持ってきた釜いっぱいに、水を汲み入れたのでした。



###


 

 赤鬼は、釜茹で地獄へ戻ってきました。


 そして、池の水を汲んできた釜を、地獄の業火にかけます。


 更に、釜の中に、摘んできたたくさんの菊の花を、投げ入れるのでした。


 赤鬼は、少しだけ釜の様子を見ていましたが、まだまだ全然、お湯は沸きそうにありません。


「少し、時間があるかな」


 赤鬼が呟くと、アリが何を考えたのか、涎を垂らしました。


「食いしん坊め」


 赤鬼は笑うと、刃の林地獄へと向かうのでした。



###



 赤鬼は、刃の林地獄につきました。


 刃の林は……誰も管理していないせいで、ただの立ち並ぶ鉄の棒になっていました。


 そこに、たくさんの植物やらキノコやらが蔓延っています。


 赤鬼は林の中をすいすいと進むと。


 一番奥に()っていた美味しそうな木の実を、いくつか回収するのでした。


「……もう食べるの?」


 赤鬼が先ほど手に入れた木の実を渡すと、アリは嬉しそうに齧りだしました。


 

###


 

 赤鬼は、血の池地獄につきました。


 釜の湯は、すっかり温かくなっています。


 赤鬼が、ぐんっと息をいっぱい吸い込むと、菊の花の良い香りが、湯気と一緒に体の中に吸い込まれていきます。


 赤鬼は嬉しくなって、虎模様のパンツを脱いで、すっぽんぽんになりました。


「……お前も、入るか?」


 赤鬼がアリに声を掛けると、アリはフイッと首を横に向けました。


 赤鬼はその様子に少しだけ苦笑すると。


 温かくなった湯船の中に、ざぶんと飛び込んだのでした。



###



 赤鬼は、パンツを履きなおしました。


 体は、すっかりポカポカになっています。


「ああ、とっても、いい気分だ」


 赤鬼は満足そうに、ほう、と溜め息を吐くと。


 アリが背中から、肩に乗っかってきました。


 赤鬼は、アリの頭を優しく撫でた後。


 木の実と水筒を持って、針の山へと、向かったのでした。



### 



 針の山は……誰も管理していないせいで、すっかり先っぽがまん丸くなって、ただの山になっていました。

 

 赤鬼は、ひょいひょいと針の山を登ります。


 頂上近くに行くと、そこには、巨大な黄色い絨毯がありました。


 赤鬼が、賽の河原から持ってきて、植え直した、一面の菊の花畑です。


 赤鬼は、菊の花畑の真ん中に座って。


 木の実をもぐもぐ。


 お水をごくごくと。


 お昼ご飯を、食べ始めました。


 肩に載っているアリが、怒ったように赤鬼の頬っぺたに頭突きするので。


 赤鬼は笑いながら、アリにも食事を食べさせています。


 食事を食べ終えて一息つくと、赤鬼は、針の山の上から、地獄を一望しました。


 そこには、すっかり緑に覆われた、昔の面影を全く残していない……。



 ……寂れた廃墟が(・・・・・・)ありました(・・・・・)



「……なんで絶滅、しちゃった、かねえ……」



 赤鬼は、虚空に向かって、ぽつりと呟きます。



###



 人間たちが絶滅した後(・・・・・・・・・・)の地獄は。


 ……まさに、地獄(・・)、でした。


 人間が、地獄に来なくなったことで、存在意義を無くした鬼たちは。


 誰もが(・・・)自殺しようと(・・・・・・)したのでした(・・・・・・)


 けれど、鬼は自殺して死ぬことはありません。


 それどころか、誰かに殺されない限り(・・・・・・・・・・)決して死ぬことは(・・・・・・・・)無いのです(・・・・・)


『お願いだ、俺を殺してくれ』


 もう、何匹目からのお願いだったでしょうか。


 お人好しだった赤鬼は、家族や友達の鬼たちを、殺して、殺して。


 殺して。


 殺して。


 殺して。


 殺して。


 殺して。


 殺して。


 殺して。


 殺して。


 殺して。


 殺して。


 殺して。


 殺して。




 ……気づいたら、最後の一匹に、なっていました。


「さあて、みんないなくなったことだし、俺も死ぬか」


 そんなことを考えていた赤鬼は、今更ながら、気が付いたのです。


 誰かに殺されない限り(・・・・・・・・・・)決して死ぬことは(・・・・・・・・)無いのに(・・・・)


 赤鬼を殺してくれる(・・・・・・・・・)鬼が(・・)もう(・・)どこにも(・・・・)いないことに(・・・・・・)



 それから赤鬼は、狂ったように地獄を走り回りました。


 大声で叫んで、気が狂ったように髪の毛を引き千切り。


 号泣しながら金棒を振り回して、凍柱地獄の柱を叩き壊して。


 無限の様な孤独の生き地獄を、今まで生きてきたのでした。



###



 ……蛇蝎(だかつ)地獄でアリを見つけたのは、数か月ほど前のことでした。


 食料(・・)の無くなった蛇蝎地獄の虫たちは、お互いを捕食し始め、さながら蟲毒の様相を呈したのです。


 最後に生き残ったアリは、どんな生き物でも(・・・・・・・・)殺せる程(・・・・)、強い毒を持った生き物になりました。


 そう、この、アリこそが。


 赤鬼を終わらせることが(・・・・・・・・)出来る(・・・)、最後の、生き物、だったのです。


###



「重陽の日、菊のお風呂に入って、菊の水を飲んで。


 登高(ピクニック)もして、菊の花に囲まれて。



 ……もう(・・)満足だよ(・・・・)



 赤鬼が、幸せそうに、菊の花の中で、寝そべりました。



 そんな赤鬼の首筋を、アリが、悲しそうに、見ています。


 赤鬼は、目を閉じて、呟きました。


「ありがとう……そして。


 ……ごめん(・・・)()



###


 

 そこにはかつて、地獄が、ありました。

 

 だけどもう、そこには、一匹の動物も、残ってはおらず。



 ただただ山の上で、菊の花たちがゆらゆらと。




 ……何かを(いた)むように、揺れ続けているだけ、なのでした。

ま、間に合った! 今年も参加できてよかった~!

一応、以下は今までのNiOさんの『夕涼み重陽会』参加作品です。

宜しければ是非~。


2016 河原にて。 https://ncode.syosetu.com/n9324dm/

2017 エヌ氏のショート・ショート https://ncode.syosetu.com/n0666eg/

2018 ガラパゴスより愛を込めて https://ncode.syosetu.com/n8427fb/

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― 新着の感想 ―
[一言] 朝酒が喉に染みたので涙が出てきました。あ、関係ないけどいい話ですね。悲しくなったとかじゃないけどさ。別に意地とかはってねぇから!()
[一言] 争いのない世界は静かで穏やかな世界。 けれど孤独なままでは、生きていくことはできないのですね。 誰もが苦しむことのない理想を追い求めるならば、知性を持った生き物がすべて死に絶えてしまうより…
[一言] NiOさんの小説独特の雰囲気?みたいな…………それが満ち溢れてて好きです! 蟻は寿命で死ねるんですねぇ。
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