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急変

◆◆◆



あれから数日、憂鬱な時間を過ごしていたが友人たちに励まされ、何とか立ち直ることができた。

しかし、どうしても神原くんを目で追ってしまう癖は抜けなかった。


大学のカフェテリアで親友の花乃子ちゃんに相談する。

例の私を着飾らせてくれた人物である。

彼女は世間的に言えば幼馴染である。

高校は別だったのだが、まさか大学で再開することになるとは思わなかった。

そんな彼女だからこそ色んなことを相談できるのだ。

当然この失恋のことも相談済みだ。


「やっぱりふーちゃん、その神原君って人がまだ好きなんだね」


こくり、と頷く。

ふーちゃんというのは私のことだ。

幼馴染なので昔の呼び方でいまだに呼び合っている。

ちなみに花乃子ちゃんは「かのちゃん」である。


「好きっていう気持ちは止めることなんてできないし、止められるものでもないから。

想うことは自由だよ。

どうせふーちゃんのことだから真面目に『もう想っちゃいけない、忘れよう』って思っていたでしょう」


図星だ。

無理にそうしようとすることがここ数日間私の心に軋轢を生んでいた。

なんとなく頬が赤くなっている気がする。


「でもなぁ…

一方向からの意見だから何とも言えないけど、私としては、

神原君はふーちゃんのこと好きだと思うよ?

何か理由があってそういうこと言ったんだと思うな。

振られた後でこんなこと言うのは酷だろうけど…。」


歯切れの悪いコメントだ。

しかし数年の付き合いがある為、彼女が心からそう思っているのは分かった。


だが彼から発せられたのは、明らかに拒絶の言葉だった。

そういえば私の話ばかりで彼は自分の話をしたがらなかった。

育った環境が彼にそうさせるのだろうか。

それを闇だと喩えるならば、そこからわたしが救えるなんて烏滸がましいことは言えない。

ただ少しでも彼の幸福を願うことは罪なのだろうか。


一先ず花乃子ちゃんにお礼を述べて、この日は解散となった。



―――



その日は穏やかな気候にそぐわない感情を抱えていた。

あまりに突然の出来事で思考がまとまらない。

普段使わない四字熟語について考えることで気持ちを落ち着ける。


神原君は大学を中退してしまったという風の噂が耳に入ったのだ。

風の噂というのは正確ではない。

花乃子ちゃんのネットワークに引っかかったのだ。

通りでこの一週間見かけないわけだ。

しかし、誰もそのことについて触れない。

あんなに端正な容姿をしていながら、誰の目にも止まらなかったのだろうか。

それとも神原くんは意識的に気配を消していたのか。


単純に大学がそう言った場所だという話なのだが、真面目に授業に出席していた彼が誰の目にも留まらず「透明な存在」であったことが、私には不思議でならなかった。


ただそのことを問うても無意味だとわかっていた。


何とも言えない気持ちで校内を歩く。

いつものルーティンで大学事務所の前にある掲示板で授業の確認をする。

そして学生呼び出し欄をなんとなくチェックする。

大学の呼び出しや連絡は基本的にここで行われる。

急ぎの場合は電話がかかってきたりするそうだが、私はその経験がなかった。


『文学部○○学科 柏木文月さん』

その記述にギョッとする。

その欄の備考を見る。

大学事務所からの呼び出しだった。



慌てて掲示板横にある事務所のカウンターから声をかける。

パタパタと初老の桃色のカーディガンを羽織った事務員さんが出てきてくれる。

学生証を見せると頷いて、

「預かっているものがありますので、少しお待ちください」

と奥へ戻っていった。

しばらくすると白い封筒を持って現れた。

礼を述べて、その場を後にする。


掲示板の前にあるベンチに座り、荷物を置く。

…いつかここで神原くんに声をかけられたんだっけ。

たった3週間ほど前の話なのに遠い記憶のように思える。

気持ちを落ち着け、封筒に向き合う。


白い洋封筒の表には私の名前が端正な筆跡で書かれていた。

かなりの分厚さだ。

裏を返すと神原くんの名前が書かれていた。

どくん、と体全体が心臓になってしまったかのように震えた。


筆箱の中から小さい鋏を取り出し、丁寧に封を切った。

中にある紙の束を広げてみるとこれも封筒同様、白い便箋で統一されていた。

きれいな字でびっしりと文章が記されている。

その枚数は15枚にも及んでいた。

内容は、先日のお礼と謝罪から始まり、大学を中退したこと、詳細には語られていないが多くの命を奪った事実が記されていた。

俄かには信じられない内容だ。

だが、彼が別れ際に言っていた言葉と辻褄が合うのだ。

最後のページの真ん中に電話番号が記されている。

ここに電話をしろということだろう。

残りの授業も気になるが、それどころではなかった。

私は初めて授業をさぼることにした。


大学の構内で一番静かな場所を探し、中庭のベンチに場所を定めた。

荷物を置き、恐る恐る記された電話番号を押す。

指が緊張で震えている。


何回かのコール音の後にどこかの空間と繋がったような、くぐもった音が聞こえる。

繋がったことに驚いて、慌てつつも冷静に「もしもし」と相手に投げかけた。


ややあって、

『柏木さん…だね。この番号にかかってくるということは、あの手紙を読んでくれたんだね。』

と懐かしい人の声が聞こえた。


彼の名前を呼ぼうとすると、電話の向こうから制止される。


『最近つけられている雰囲気があるんだ。万が一、柏木さんに危害が加えられてもいけない。何も言わずに、これからボクのいう場所へ来てほしい』


示された場所は例の博物館の庭園だった。

なるべく迂回をして、との指示だったがやはり「つけられていること」への対策だろう。

そして静かに電話を切って、大学を後にした。



電車で数駅のところをバスや電車を使って、とにかく考え付く限りの迂回方法を行った。

こんなに公共交通機関を駆使するのは後にも先にも今日を最後にしたい。


庭園のほうへ向かうと東屋に人影が見えた。

あの雰囲気は神原君以外ありえなかった。

静かに歩み寄る。

すると、彼は気配に敏感に反応して、私の姿を認めると安心したように手招きをした。


「おまたせ…」


なんとなく小声で私がそういうと、彼は頭を横に振った。


「いろいろ指示なんか出してごめんね。そして来てくれてありがとう」


にっこりと微笑む。

どこかやつれた印象があるけれど、見れば見るほど美青年だ。

しかしあの日よりも穏やかそうに見える。

隣に座らせてもらう。

そしてやっとのことで、ずっと心に引っかかっていた疑問を口にした。


「どうして…大学やめちゃったの…? もしかして…私の、せい?」


驚いたように目を見開き、そして笑い始めた。

一頻り笑うと、晴れやかでいてどこかさみしそうな笑みを浮かべた。


「…違うよ。分不相応な夢を見させてもらったから、目覚める時が来ただけなんだ」


比喩的と捉えるか、事実そうなのか判断に困る一言だ。

でも私を慰めようとしていることだけは伝わってくる。

こんな人が大勢の人を殺したなんて、まるで信じられない。

手紙に書いてはあったけれど、その場を見ない限り信じることはできないだろう。

それに真実だとしても、これ以上彼に罪を重ねるようなことはして欲しくはない。

思わず手を握る。

神原くんは困ったように微笑んだが、そのまま握らせたままにしてくれた。


「これから、どうするの…?」


どうしようかなぁ、とため息と一緒につぶやくように言う。


「旅をするのもいいかもしれない。また別の勉強をするのも楽しいかもしれないな。

そもそも根無し草なんだ。それくらい許されるだろう?」


にこりと微笑む。

またしても惚れてしまいそうになる。


「きっと今日で最後だ。君に会えてよかったと思う。

だから、柏木さんには幸せでいてほしいんだ。

……ボクではきっと難しいからね。悔しいけれど」


その言葉を理解しようと懸命に頭の中で考える。

最後って。

どういうことなんだろうか。


その意味を問おうとした時、神原君は突然立ち上がり、そして私を抱きしめた。

突然のことでびっくりした。

でも、トキメキとかそういうものを感じる場面ではないことがすぐに分かった。


「ずっとボクをつけていたのは君だね。その手に持っているモノでどうするつもりかな……」


聞いたこともないような低い声でわたしの背後にある気配に尋ねていた。

後ろを見たくても抱きしめられて見えない。

というより見せないようにしているのだ。


「……なんだ、ばれちゃってたか」


聞き覚えのある女性の声だ。

小さいころからなじみのある、声。


「え、かの……ちゃん……?」


やっとその名前を口にする。

「ふーちゃん、そう。私だよ」


隠されていてどんな表情をしているのか皆目見当がつかない。

だけれど声のトーンが怒気を孕んでいることだけはわかる。


「神原くん。その子が好きだと言っているのにまた、振ろうとしているの?

またふーちゃんを悲しませる気?

貴方が受け入れてくれて、ふーちゃんが幸せならそれでよかったのに。

ふーちゃんが振られて慰めるのは私の役割で、

その時だけはふーちゃんは私を見てくれていたのに。

……大学を中退して、もうふーちゃんに接触することが無くなったと思ったのに、つけてみたらまた会っているなんて。

どういうことなの。私からふーちゃんを取らないでよ!!」


さっぱり何を言っているのかわからない。

神原君はひとまず危害を加えないことを確認したのか、わたしを解放して彼の背後に避けさせた。

改めて花乃子ちゃんを見ると右手にはナイフを握っている。

血の気が引いた。

だけど神原君は慣れているのか微動だにしない。


「柏木さん、彼女の動機はさておき。君は逃げることを勧めるよ。

あとで落ち合おう」


にこり、と微笑む。

だけれどそうすること以外認めないという気迫があった。

慌てて頷いて、博物館の方へ走る。


穏便に済ませることはできるのだろうか。

嫌な予感が胸に広がっていた。




ハラハラ…


随時修正します。

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