夢に見るあの日(前編)
ちょっとした暴力シーンがあります。
◆◆◆
その日は雨が降っていた。
雨は降らない予報だったので、傘を持って来ておらず、空模様を確認しながら授業を受けていた。
この日の午前中は、2コマとも専攻課程の授業だったので、あの人はいない。
午後からは同じ授業で見かけていたはずだ。少しワクワクしてしまう自分に気づいた。
単純なものですぐに傘の事も天候のことも気にならなくなった。
だが、どうだろう。その人は現れなかった。
そういえば、先週から見ていない気がした。
私があの日、ラウンジへ行ってしまったからだろうか?
いや、そんなことで必ず毎日のように見かけていた人が、一週間も現れないという事がありうるだろうか……。
ちょっとした胸騒ぎを覚えたが、教授が入ってきたので席に慌てて座った。
◇◇◇
“失敗”の日から一週間が経過した。
ボクはその間に五つの“仕事”を終えていた。
「標的」によっては罪悪感を感じることもあったが、あの日ほどではない。
“仕事”を行うのに程よい精神状態を得るに至った。
大学をサボった甲斐があったというものだ。
いや、あんな気持ちでは到底日常を送ることは不可能だったのだ。
その間に、何度も同じ夢、過去の反芻行動を行っていた。
その記憶は、ボクがこの力を初めて使った日のことだ。
母親は私が七歳の頃に姿を消した。
それから優しかった父は、酒に溺れ、吸えなかった煙草を嗜むようになる。
ボクに暴力を振るうようになるまでに、そう時間はかからなかった。
今になって思うが、外見が母に似ている私の存在が本心でた疎ましかったのだろう。
アルコールが抜けては、我に返り
「ごめんな、ごめんな。痛かっただろう」
と涙ながらに手当をして撫でてくれたが、再びお酒を呑み、気に入らないことがあれば私を殴る、ということを繰り返していた。
しかし、本を読み、静かにしていれば殴られることはなかった。
それは本来、父が読書を趣味としていたからなのかもしれない。
そういうことを繰り返していたが、学校に行かせてくれたりと、人として真っ当なことは一通り行わせてくれた。
痛いということが嫌なこと以外は、父のことを愛してもいたし憐れんでもいた。
ただ、父もボクも、その状況から逃げる術を知らなかった。
そんな生活を十年ほど繰り返していたある夏の日、高校から帰ったボクは、とある異変に気づく。
父の部屋から物音がしないのだ。
父はこの頃、転職活動を行い何とか夜勤の仕事を見つけ、相変わらず暴力はあるもののその頻度は減り、真っ当に生活をし始めていた最中だ。
夜勤を選んだのは、おそらくボクに対する暴力をなんとか抑えようとしていたのかもしれない。
通常であれば、ボクが家に帰る頃に父が支度をしているので物音がするはずなのだが、今日は静かだった。
慌てて覗くと、父が床に突っ伏して半身を痙攣させている。
明らかに通常ではない様子だった。
すぐに救急車を呼んだ。
だが、間に合うことなく父は帰らぬ人となってしまった。
脳溢血と診断された。
発見が早ければ助かったかもしれない。
そんな後悔も今となっては無意味だった。
過去編はもう一回続きます。