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日常に溶け込んでいるその人

◇◇◇


今日も日常は、ボクにとって静かに送られていく。「静かに今日を消費しても明日には届かない」とか何処か哲学じみたことを考えながら、“仕事”へ向かう。

私の仕事は少し特殊で、一般世間に漏れてはいけない…否、あってはいけない内容なのだ。

指定された「標的」を見つける。

それから物陰に隠れて自分の手首をナイフで切りつける。

大量の血が腕を汚していく。

そして、とてつもなく「痛い」と思い込む。

そうすると、「標的」が悶え苦しみ、そして路上で突然にして息絶える。

服を着ているからわからないが、「標的」の体には無数の切り傷が刻まれ、中には内臓にまで達しているものもあるはずだ。


ボクの手首には先程まで真紅の血が滴っていたはずの傷が無くなっている。きれいなものだ。

どういう原理なのかは自分でもわからないのだが、ある時そう出来ると理解した。

その力は不都合な人間を殺してしまいたい人々に大人気だった。気づけば、そういった取引で生計を立てていた。

近くで「標的」を見張っているはずのクライアントにメールで成果と報酬の受け渡し方法を連絡してその場を立ち去った。

ボクがしたことと路上で「標的」が息絶えてしまったことの因果関係を勘づく人は凡そありえない。もちろん、クライアントにもどういった方法でそうしているか教えていなかった。

顔も見せないし、メール以外で依頼は受けないようにしている。

だから、万が一にも私自身の命が脅かされることはないだろう。そういうことがあっても私にとっては無意味だ。


なぜか?


受けた傷は全て相手に跳ね返るからだ。それが意味することが何なのか、先程証明してみせたはずだ。


◆◆◆


私、柏木文月には気になる人がいる。

大学も二年目になると、選択科目の効率的なとり方を学び、ほとんどのフリーな時間を遊びやバイトに注ぎ込んでいる級友達を見ると、私は中々に真面目だが効率の悪い生き方をしているものだと思う。

一番仲の良い子も似たような生き方を選択しているので、類は友を呼ぶというのか、何なのか……

ともあれ、学生の本分を大いに全うしていた。

そうした人種の中に、その人もいた。

始業の数分前に教室に気だるそうに入って来て、大抵後ろに座っている私達を一瞥しから律儀に前の方に座り、誰よりも真面目に授業を受けていたかと思いきや、授業の終了のチャイムが鳴ると、ふらりと姿を消してしまう。

高校時代のように点呼などしないものだから、前期が終わりそうな今でもその人の名前すら知らなかった。

授業以外で見かけたことはない、なんともミステリアスな人だった。

ある日、いつも校内で食事を摂っているお気に入りのテラス席が、ペンキの塗り替えとやらで封鎖されてしまい、仕方がなく本館の最上階にあるラウンジで食べることにした。

人はほとんどおらず、ラウンジに設営されているコーヒーショップの店員さんがコーヒーを淹れている音が微かに湯気と一緒に空気を満たしているだけだった。

コーヒーを一杯頼んで、窓際の席に陣取った。荷物を肩から下ろして、椅子に置く。

ここからは校内の様子が一望できる。たくさんの学部があるので自ずと学生の数は多いし、何より校内が一般にも開放されているため、ありとあらゆる年代の人が行き交い、まるで一つの街のようだった。

椅子を引く音が静寂を壊った。


......あの人だ。

音の方向を見ると、窓際の角の席に腰掛けているところだった。

私と同じように昼食を摂りに来たのかと思ったが、そうではないようだった。

こっそり、様子を窺う。

コーヒーをテーブルに置いて憂鬱そうに目を伏せて、鞄から携帯を取り出していた。

細い指で壊れ物を扱うかのように携帯を扱う、その所作に見惚れる自分に気づいた。

その人……彼はとても整った顔立ちをしている。

髪もほどほどに整えられているが、目元を隠すように前髪は少し長めだった。

その間から泣きぼくろが見え隠れしている。

体つきも細く、見ようによっては女性にも見える、そんな中性的な雰囲気だった。

こっそり窺っていたつもりが、うっかり目があってしまった。

彼は怪訝そうな顔をしている。

咄嗟に目を背けるのも変だ、と思い硬直してしまった。まるで蛇に睨まれた蛙のようだ、と謎の思考が脳をかけ巡る。

に、と彼は微笑み、視線を外してくれた。

そして、何事も無かったように携帯を扱い始めた。

少し胸が高鳴っている自分に気づくのに少しの時間もかからなかった。

顔が紅潮しているのを隠すように慌てて、文学史の資料を広げた。


……もう、ご飯どころではなかった。

ありがとうございました!

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