第三の刺客
自分を優秀だとも天才だとも思ったことはないというか、一言でいえば普通程度には思っているのだが、流石に何かがおかしいことくらいは俺にも分かる。
偶然のように見えているけど必然というか……それだというのに誰も彼も表情に分かりやすい変化が見受けられないのである。
それが逆に不自然でしかなく、俺は困惑しきってしまっていた。
「そうです。そちら右に曲がって頂いて、その後すぐ左です」
「ありがとうございます」
「やっぱり温泉街に来たんだから温泉に入るのがマストだよねえ」
「は? 洋食店に来て寿司でも頼むんですか貴方は」
「三国くんはさ、何処か入りたいと思ってる温泉はないの?」
「え? うーん……やっぱり金泉は浸かっておきたいかな」
「独特な硫黄の匂いが気になる所ではあるけど、確かに色んな種類の温泉には入っておきたいよねえ、あ、ほらこの銀泉とか」
「ちっ……あのホテルが取れていれば今頃私は昌芳くんと混浴を――」
「えっ、凄い三国くん見て、ジェラートのお店もあるんだって」
「へ、へえ……そ、それは凄いな……」
「夜になったらお祭りもやってるみたいだし、案外色々あるんだねえ」
「昌芳くんの為にスク水も準備してきたのに……本当に邪魔な――」
「…………」
川西は助手席で服部さんの道案内をしてくれているが、一方後部座席では俺を挟んで左右に座る黒芽先輩と山中はまさに陰と陽と言った様相。
黒芽先輩のこの落差を見れば明るくいるのも違う気がするし、かと言って意気揚々としている山中を蔑ろにする訳にもいかず完全に八方塞がり。
無論皆が楽しくこの旅を終えてくれればそれが一番ではあるのだが……そう簡単に済むのであればここまで頭を抱えることもないだろう。
取り敢えず、まずは別荘に着いてからだ……人心地つけばもしかしたら何かしらのアイデア一つ思いつくかもしれない。
「二人で温泉」
「貸し切り」
「混浴」
「ラッキースケベ」
な、何かが思いつく筈なんだ……。
◯
温泉街を外れて、住宅地らしき場所へと出たその突き当り、観光客もまばらになり始めた奥地にその家はあった。
「ほお……これが川西の別荘か」
「私、ではなく両親ですけどね、どうぞお入り下さい」
別荘と言われると豪邸を想像してしまいがちだが、我が三国家より少し大きいくらいだろうか、2階建ての横に長い民家がそこにはあった。
隅に原付が止まっているものの、2台は十分に停められるサイズのガレージに車を入れ、俺達は下車すると、川西の案内で家の中へと入る。
「おじゃまします」
そう言って足を踏み入れると、目の前に広がるのは二十帖はある広いリビング、窓からは眼下に温泉街を見下ろすことができ、一見すると普通の家ではあったがやはり別荘に来たんだなという雰囲気がありありと漂っていた。
ううむ凄い。川西のお金事情には心配を覚えていたのだったが、成る程黒芽先輩ほどでないにしろ資金的余裕はあったということか。
ついつい呆気にとられながらも、周囲を見渡し続けていると俺達の様子を後ろから観察していた川西が口を開く。
「基本的にはこのリビングがメインになると思います、テーブルでも、ソファでもご自由に使って頂いて構いません、トイレはリビングを出て廊下左手突き当りにありますので――次はお部屋をご案内しますね」
「お部屋……ですか?」
「はい。2階に個別にお部屋を用意――いえ、いくつか空き部屋がありますので、荷物を置いたり就寝の際はそのお部屋を使って頂ければと」
「ははあ、それはまた恐縮です」
言い直しをする前の言葉が妙に引っ掛かるが、川西は特に表情を変えずにサクっと話を打ち切ってしまうと、廊下右手にある階段へと案内される。
まあ……招かれる身として突っ込みを入れるのも野暮だろうと、促されるままその後を着いていく。
2階に上がると同様に廊下と、今度はいくつか扉があり、川西が順々と指をさして説明し始めた。
「ええと、左手の一番奥はトイレでして、そのすぐ手前の部屋は物置部屋ですね、そしてその手前が豊中先輩のお部屋で、更にその手前が服部さんの部屋、つぐ先輩の部屋となって、右手一番奥が先輩の部屋です」
「川西は何処で寝るんだ?」
「私はリビング奥にある畳の部屋を使いますので大丈夫ですよ」
「部屋には何か触ってはいけないものはあるのでしょうか」
「基本的には布団しか置いていないのでご安心下さい。ここ数年は父親以外ここに来ることはなかったので、あまり物を置いていないんです」
「そうでしたか、ありがとうございます」
「では大体10分後くらいにリビングに集合ということにしましょうか、すぐにでも温泉に――ということであれば源泉も引いてありますが」
「え」
「それは……」
思いがけない川西の言葉に、俺は流石温泉街というだけあるなと感心したくらいだったのだったが、主に黒芽先輩と服部さんがピクリと反応を示す。
うむ……そんなに温泉が楽しみなのかな? と今はすっとぼけておこう。
◯
「結構広い部屋……だな」
人様の家に泊まらせて貰い、各自部屋まで用意して貰えるだけでも大分贅沢だというのに、俺が充てがって貰った部屋は中々の大きさだった。
多分俺の部屋の2倍くらいはあるだろう、物も少ないせいかかなり広く感じる。
「ただこれは……」
鞄を降ろした俺は、戸惑い混じりに中央に鎮座するベッドに目をやった。
「流石に元からあったもの……だよな? キングサイズって――」
自室のシングルの小さいベッドか、川西が書庫に用意してくれていた布団以外で寝たことのない俺としては、中々どうして落ち着かないものがある。
「睡眠を配慮してくれるのは有り難いんだけども……」
いっそのことはしゃいでやろうと思ったが、人様のベッドに飛び込んで跳ねるなんて真似も出来ないし、普通に敷布団で良かったのにな……。
と、少し溜息が出そうになっていた時だった。
「ん……?」
最初から開かれていた窓の外から何やら足音が聞こえたので、俺は川西でもいるのかと、何気になしに庭へと顔を覗かせる。
すると。
「え――……?」
そこには見知らぬ女性が立っていて、しかもあろうことか今にも俺を殺さんと言わんばかりの形相で、睨んでいたのであった。
恥ずかしながら悲鳴を上げたのは言うまでもない。




