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突っ伏して寝ている場合じゃない

「あれ? 黒芽先輩いないのか……」


 校内で電話をする訳にもいかず、黒芽先輩の電話番号からメッセージを送ったものの返事が無かった為、昼休みに黒芽先輩のクラスを訪れたのだが、何処を見渡しても姿が見当たらなかった。


 修学旅行も終わり、生徒で溢れかえっている教室。それは当たり前の光景ではあるのだが俺には妙に違和感があるように見えてしまった。


「やっぱり、黒芽先輩を一人にしないで良かった」


 自意識過剰と言われても構わない、こんなに騒がしく明るい教室に彼女の居場所はなく、一人で教室を訪れてようやくクラスメイトになれるなんて、それはあまりにも悲しいものがある。


「にしてもあれだけ毎日連絡の来る黒芽先輩から一切何もないというのは……何だか不気味だな……」


 いやそこは心配しろよという話だが、一方で未遂事件以来どうにも黒芽先輩の行動には危機感を持たなければいけないと思うようになってしまっていた。


 ただ今日中に連絡が来なければ家を訪ねるくらいはした方がいいだろう。


『あの子誰?』

『2年生かな? 誰探してるんだろ』

『何か怖い雰囲気あるね、まさか喧嘩……?』


 そんなことを思っていると、何処からともなくひそひそ声が聞こえてくる。


 やはり3年生の空間に2年生がいるというのは異質なのだろう、変に注目が向かうのを嫌だと思い俺はそそくさとその場を後にした。


 階段を降り2年生のフロアに戻ると、自分のクラスには戻らず校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下を通ってまた階段を上る。


「後は屋上……でも黒芽先輩鍵も無いのに一人で屋上にいることってあるのか?」


「よ、よっす、三国先輩」


 と、呟きながら階段を登ろうとした時、後ろから声を掛けられたので振り向くと、そこには川西が本を抱えてちょこんと立っていた。


「よっす――って、川西じゃないか、どうしたんだ?」

「え……えっと、その、ぐ、偶然通りかかったものでして……! そしたら先輩がいらっしゃったのでお声掛けを……あ、あの、今お時間はありますか?」

「ん? そうだな――大丈夫だよ」


 一応屋上だけでも見ておこうとも思ったが、黒芽先輩の机にはそもそも鞄すらかかっていなかったので、恐らくいないと見ていいだろう。


 それに後輩のお願いを断る訳にもいくまい。


「――! よ、良かったです、では図書室まで来て頂けませんか?」

「おう、分かった」


 少し不安そうな表情がぱあっと明るくなったので、俺も安心して彼女の後をついていく。


 とはいえ、川西の用事となると最近はもっぱら書庫に隠された布団で寝させて頂く話になってきてしまうのだが……。


 正直1回きりで終わる予定の筈が、ズルズルと布団の魔力に負けてしまい、共にグレーゾーンを突っ走っているのは少々まずい話ではある。


 彼女のお財布事情もかなり心配ではあるし……気持ちはとても有り難いのだが、今日もオフトゥンの進捗具合の話ならそろそろ暗に諭すことにしよう……。


「……おや?」


 と思っていたのだが、図書室に入り案内されたのは書庫ではなく、いつも川西が定位置としているカウンターの席だった。


「え、ええと、どうぞお座り下さい……」

「あ、ああ……では失礼して……」


 向かい合わせではなく隣り合わせというのが妙な感じだが……、川西も同様にいつもの席につくとコホンと一つ咳払いをした。


「え、えっとですね……実は先輩にお話ししたいことが2つあるんです」

「2つ?」


「は、はい……そ、その、まずはか、感謝を伝えたくて……」

「感謝?」


 それなら俺の方こそ感謝すべきことがある筈だし、なのにそれを彼女の方から言わせてしまうのは何だか申し訳ないと思うのだが、彼女は話を続ける。


「あの、私……先輩と出会ってから最近少し自分が好きになれたんです」

「自分を――好きに?」


 川西は俺の言葉に対して小さく頷く。


「以前の自分はただ本を読む以外に何の取り柄もなくて……そんな自分を嫌い寄りの好きでも嫌いでもないといった感じで――」

「そんなことは……ないと思うけど」

「ですが、今は楽しいんです。誰に話すでもなかった小説のお話が出来ますし、死ぬまで味わうことのなかったような経験も出来て――」


 川西は顔を合わせてくれなかったが、それでも言葉を紡ぎ続ける。


「こんな私でも誰かの為にいられることもあるのだと思うと、本当に少しずつですけど、悪くないと思うようになりました。それをずっと伝えたいと思っていまして」

「……そっか、そう言ってくれると嬉しいよ」


「だから――図書室に来て下さって本当にありがとうございました先輩」


 そう言って彼女は深々と頭を下げ、俺に優しい笑顔を見せてくれた。


「――こちらこそありがとうだよ、川西」


 ……決して自信がある訳ではないが、彼女の言葉が事実なら、多分俺は自分のしてきたことが間違っているなどと、思わないほうがいいような気がした。


 慣れないことの連続で嫌なことも、迷惑をかけてしまったこともあったかもしれないが、それでも、彼女達が皆笑ってくれていることが何よりもの証明である。


 色々と迷いが生じてしまっていたが、山中の言う通り――今は変わらず彼女達と接することが一つの正解であるのは違いないのかもしれない。


 時間は無いのかもしれないが、焦らず考えればいい、何よりも今は、俺が返せることで皆が嬉しくいてくれるのなら、それを優先するべきだ。


 急いで間違って、壊してしまったら、元も子もないのだから。


「あ……そ、そろそろお昼休みも終わりですし、戻りましょうか……片付けもしないといけないですし――あの、せ、先輩とお話が出来てよかったです……!」


「え、ああ、そうだな――あ、そういえば」

「はい、どうしましたか?」


「もう1つの話って何だったんだ?」

「――ああ、えっと、それに関してはですね――」


 予鈴が鳴り、慌ただしく戸締まり作業をする川西だったが、その言葉に振り向いた彼女はうっすらと目を細ませると――こう、答えたのであった。


「豊中先輩の家に泊まったって、本当ですか?」


       ◯


「昌芳くん!」


 そして放課後。


 まさか山中から川西へと黒芽先輩の話が通っているとはつゆ知らず、厳しい事情聴取を受けてしまった俺は覚束ない足取りで校門を抜けた。


 あんな怖い表情の川西は初めてのことだったので、それはもうこってり絞られてしまったのではあるが、何とかかんとか身の潔白を証明。


 一応信じて貰えたようで良かったが……おかしいなぁ? 俺本当にこのままでいいのかな?


「あれ? 黒芽先輩、学校に来ていたんですか?」


 そんな中でふと掛けられる声に振り向くと、そこにいたのは黒芽先輩だった。


 何処を探しても見当たらなかったのでてっきりお休みかと思っていたのだが――どうやら元気そうな表情ではあったので俺も少し安堵する。


「はい、少し用事があったので……その、昌芳くんごめんなさい、連絡をすることが出来なくて、もう二度とこんなことはしませんから――」

「いえ、忙しかったのなら仕方ないですよ、原稿は終わったんですか?」


「はい――ありがとうございます昌芳くん……お陰様で無事に間に合いました」

「それは良かったです」


「あ、あの……そ、それで、なんですけど、実は昌芳くんにご報告がありまして――」

「? なんですか?」


 そう言う黒芽先輩はやけにもじもじとするので、俺は不思議になりながらそう返答する。


 黒芽先輩のお願いであれば聞かない訳にはいかないが、一応、節度というものはある、それを学んでいる俺は少し身構えてしまっていると――


 彼女から放たれた言葉は、想像の遥か斜め上を行く発言なのであった。


「私――来年も3年生になることに決めたんです」


「…………はい?」

「だからそれを直接昌芳くんに、いち早く伝えたくて――今からとても待ち遠しいです……昌芳くんと同じクラスになれたらと思うと、心臓の鼓動が早まって――」


「ちょ……ちょっと待って下さい」

「はい」


「もしかして黒芽先輩……留年をするつもりだと、そう言っているんですか?」

「はい!」


 彼女の見せた笑顔は、それはもうとてつもなく可愛らしいものであったのは他ならぬ事実で、それは俺の求める道にあるべきものであったが――


 全てをぶち壊して本流に逆らう彼女に、俺は愕然としてしまっていた。


 おいおいおい……、本当にこれで大丈夫なのか……?



「これで一緒に修学旅行に行けますね、昌芳くん!」

少し駆け足になってしまいましたが……これで第一部終了です!

ここまで読んで下さった読者の皆様本当にありがとうございました!


活動報告にて少しだけ今後のお話もさせて頂く予定です。


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