魔性の布団は彼女を狂わす
「あれ? すいませーん」
私は授業の一環で借りていた本を返すために図書室に訪れたのだけど、変なことにそこには誰もいなかった。
正直3週間も前に借りていた本――それこそ三国くんと話をするようになる前に借りていたもので、すっかり忘れてしまっていた私は怒られるのを承知で来たのだけど……。
「それにしても……こんなに静かだったっけ、図書室って」
前に来た時はもっと人がいたというか、図書室の割に騒がしいって印象があったんだけど、もぬけの殻ってくらいの静寂が流れていた。
噂には聞いていたけど……三国くんが図書室で騒いだ生徒を血祭りにあげたっていう噂は本当だったのかな。
「いや、三国くんに限ってそれはないか、あっても見た目でビビって逃げただけな気がする」
ただ――その一件以外でもこの図書室で三国くんの噂は度々あった。
相変わらず変な噂は尾ひれに付いていたけど……、三国くんが図書室を出入りしている、この1点に限っては事実な気がしてならない。
「屋上の噂に関しても、あながち間違ってはいなかったしね」
まあ、そういった期待も抱きつつこの図書室に来たというのは否定しない、三国くんへの気持ちを確かめる為には出来る限り二人っきりになりたいし。
「でも誰もいないのは困ったなぁ……」
これだと本を返却すら出来ないし……と思っていると、カウンターの奥の扉から何か変な音がしたことに私は気づいた。
「……誰かいるんですか?」
でも返事は帰ってこない、それでも奇妙な音は鳴り続ける。
ううん、勝手に入っていいのかな……と思いつつもそっとカウンターの脇を抜け扉の前まで来ると、少しだけ空いていて、そこから僅かに声が漏れていた。
三国くんがいないは残念だったけど、それより返却期間が遅くなったことをちゃんと謝って本を返さなきゃ思い、私は2度ノックをして扉を開けることにした。
「失礼します……すいませーん、本を返しに来たんですけ……ど……?」
するとそこにいたのは、図書委員の人でも先生でもなく――
何故か布団をしっかりと首元までかけて、今まさに眠りにつこうとしている三国くんの姿だった。
ど、どういうこと……?
◯
どうして私はいつもこうなのでしょうか……。
予期せぬ事態に見舞われると、頭の中がキュっとするような感覚に襲われてしまって、冷静な判断が出来なくなってしまいます。
多分今までの人生の中でそういった境遇から逃げてきたからなのだと思います、直面してしまうとどうすればいいのか分からなくなってしまうのです。
なので――本来であれば先輩だけがこの布団の中に隠れて貰い、私が書庫から出て対応すれば良かった話だったのですが。
あろうことか私は先輩と一緒に布団に潜り込んでしまい、何なら隠れるのに遅れてしまった先輩が顔だけを出して来訪者と対応する事態になるのでした。
「先輩ごめんなさい……ごめんなさい……」
私は布団の中で縮こまると、そう小さく呟きます、申し訳ない気持ちで一杯で、思わずそれが声に出てしまいました。
でも先輩は布団の中で私の肩にそっと手を持ってきてくれると――優しく二度、ぽんぽんと叩いてくれました。
「せ、先輩……」
きっと先輩も余裕がない筈なのに――それでも私のことを気遣って下さる先輩に胸が締め付けられ、じんわりと暖かくなります。
私はその優しさを無駄にする訳にはいかないと、必死に息を潜めていると――布団で籠もっていて聞き取りづらいですが、先輩は書庫に入ってきた方とお話を始めました。
「や、山中……? ど、どうしたんだこんな所に来て」
「いや……それは私の台詞なんだけど……何してるの三国くん」
「え? 俺? 俺は何というか……そこに布団があるから」
「そこに山があるからみたい言わないで」
どうやら会話の相手はあの山中先輩――つぐ先輩のようです。
来訪者が先生でなかったことは一安心ですが……ですがどうして彼女が図書室に来ているのでしょう……?
もしかして……先輩を……? だとしたらやはりつぐ先輩は三国先輩のことを――
そう思うと一層どんな話をしているのか気になり始めますが、布団の中は徐々に空気が薄くなり始め、二人分の熱が籠もって身体も熱くなるせいで、それが私を邪魔します。
……それに何だか……頭がぼんやりと……。
「いやーその、なんて言えばいいのか……そ、そう! 俺も用があったんだが誰もいなくてさ……それで書庫を覗いたら何故か布団があったから、ちょっとだけ入ってみようかなと……」
「……ぷっ、なにそれ、いつもおねむさんなのは分かるけど、いくら布団があったからって寝ようとするのは睡眠を欲しすぎだよ、毎日ちゃんと寝て下さい」
「ははは……ご、ごもっとも……」
「それにしても何でこんな所に布団が置いてあるんだろうね――」
……何だか楽しそうな声が布団越しから聞こえてきます。
つぐ先輩と三国先輩は同じクラスなので、会話に多少なりとも花が咲くのは当然のことだとは思います……。
でも……どうしてでしょう。暑さと空気の薄さが原因なのか、何だか複雑な感情が私の中に駆け巡り始めました。
加えて先輩の匂いも狭い布団の中で一杯になり始め――気がつくと私は何を思ったか、後ろから先輩にしがみついてしまっていました。
「ふおっ! か、かわに……?」
「? 三国くんどうしたの?」
「い、いや何でも……ちょっと本棚の角に足が――」
私は感情の昂りを抑えることが出来ず、ぐいぐいと、何度も先輩に自分の身体を押し付け、そして顔をぐりぐりと背中へと擦り付けます。
その度に先輩の匂いが身体に染み付いてくるような感じがして――ふわふわと、非常に心地よい気分になってくるのでした。
はあ……せ、先輩……。
「まあいいや――と、ところでさ……こんな状態で言うのもなんだけど……み、三国くんって今週の土日って……その、暇だったりする……?」
「へっ……? そ、そうだな……多分日曜日なら時間はある……と思うけどもっ」
「ほ、本当に? じゃ、じゃあさ……三国くんが、よ、良かったらなんだけど……今度こそ二人で遊びに行かない? 実は行きたい所があって――」
「そ、そうか、ぜ、全然大丈夫……じゃあ何時にいいいいいいいいいいいっ!?」
「三国くん!?」
私の思考は最早完全に停止してしまっており、ただ1つ、もっと先輩を身近に感じたい、それだけが己を突き動かし、ひたすらに先輩の制服を舐めていました。
あの時――舌に感じた塩分を、思い出すようにして。
「ほ、本当に大丈夫……? どう見ても変だけど……」
「な、なんてことはない……ただこの布団はまだ俺には早かったかもしれない」
「はい……?」
「ちょっと足が攣りかけただけだ、も、もう大丈夫だから……それで何時の約束にする?」
「えっ……あ、あの……じゃ、じゃあさ、また時間が決まったら連絡したいから……出来ればチャットアプリのIDを……お、教えて欲しいんだけど……」
「あ、ああ……お、教えたいのは山々なんだが……実はスマホを教室に忘れてきてしまっていてな……あ、後ででも構わないか……?」
「あ、そ、そっか……いやぜ、全然いいよ! なら後で訊くからその時にお願いね! じゃ、じゃあもう私は戻るけど、三国くんはどうする?」
「そ、そうだな……俺はもう少しだけこの布団の謎に迫ってからにするよ……」
「……三国くんは本当に寝るのが好きなんだね……ま、まあ何にせよこれで決まりってことで! 絶対だからね! じゃあまた後でね!」
「お、おうふ……か、川西――」
「ふぇ、ふぇんぱい……」
――――そうして。
いつの間にか三国先輩とつぐ先輩と会話が終わっていることにも気づかず、ただひたすらに先輩を感じようとすることだけに熱中してしまっていた私は。
先輩に布団を剥がされ、身体を起こされ、声を掛けられていたそうなのですが、何故かずっと上の空で、前後の記憶がかなり曖昧なのでした。
後輩ちゃんが悪いのではなく布団が悪いのです……多分。
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