山中棗は起こしてあげたい
「三国くん! おーはよ! 寝てばっかりじゃ身体に良くないよ?」
俺の定位置はこの机である。
最後列窓際という、学生であれば誰しもが一度は憧れる至高にして最強の席だ。席替えの際にここを引いた時俺は心の中で強くガッツポーズをした。
何故なら俺は日々の生活の殆どをこの席で過ごすから、なので四辺の内二辺が壁であるということ程有り難いものはない。
何をしているのかだって? そんなの寝ているだけだ、授業中も眠くなったら教科書で顔を隠して寝るし、休み時間も大体寝ている。
まあ当然ながら友人と呼べる相手はいない。
だがそれを辛いと思ったこともない、特にこれといってリア充達が楽しそうに話をする姿を見ても羨ましいと思ったことがないし、それならスマホでゲームをしている方がよっぽど有意義な時間が過ごせるからだ。
家に帰っても大体夜遅くまでネット、読書、テレビ、ゲームと……とはいえ俺にとってそれが本分なのだから学校で眠いのは致し方ないというもの。
だが……高校2年生となってから、何かが少しずつ狂い始めている気がする。
「三国くん朝だよー! 起きて起きて!」
「……お前は最新の目覚まし時計か何かなのか」
「あ、やっと起きた、おはようございます三国くん!」
耳元でこう騒がれちゃ流石に目くらいは覚ます。
突っ伏したまま会話をするのもおかしな話なので顔を上げると、そこには山中棗が『よっ!』とでも言わんばかりに手を上げて前の席に座っていた。
「……というか、今はお昼休みなんだが」
「えー? でも起きた人に対してこんにちは! とか言わなくない?」
「言わないとは……思うけど……」
「じゃあおはようでいいじゃん! そんなの一々気にしない気にしない」
からっとした笑顔と共に、異論を唱える間もなくさらりと流されてしまう。
山中棗は2年生になってから同じクラスになったのであるが、まあ簡潔に表現するのであれば美女、である。
首下まで伸びたサラリとした黒髪に、整った端正な顔立ち、大人しくしていればクールとも取れなくもないが、その性格はリア充っぽい明るさ。
しかし一方で真面目で品行方正な面もあり、クラスメイトからの評判は中々に高い。
そんな彼女が、どういうことか最近俺に話し掛けてくるのだ。
「どうでもいいけど……俺になんか用なの?」
「んー? いや何ていうか、三国くんっていつも寝てばっかじゃん?」
「まあ……本当に眠いからな」
「そんな寝てばっかだったら学校つまんなくない? って思って、三国くんがもっとこう学校を楽しんでくれればと思ったワケですよ」
「それで……取り敢えず話し掛けてみました……と?」
実に余計なお世話だな……と辟易しそうになる、これならまだ罰ゲームで1週間話し掛けないといけなくなったと言われた方がマシである。
しかし人を選り好みしないのが彼女の性格って奴なのだろうか、きっと俺はさぞ面倒くさそうな顔をしていた筈なのに構わず話を続けてくる。
「三国くんはさ、寝てばかりだけど何か忙しいことでもあるの?」
「……別に何もないけど」
「ふーん…………はっ! じゃあもしかして眠り病って奴!?」
「は……いやそれは感染症、居眠り病というかナルコレプシーなら分かるけど、いや違うけどね?」
と言っておいて妙に博識ぶっている自分が気持ち悪いなと気づく。
どうも外で人と話さないとこういうことになるんだなと、少し反省。
やはり俺は人と話すのに向いていないらしい、大人になったら可能な限り人と話さないで済む職業に就くとしよう――などと思っていると、そんな俺の気持ちなど意に介さず彼女はホッとした表情になる。
「なーんだ、それなら良かったよぉ、てことは単に寝不足ってこと?」
「まー……そういうことになるのかな」
「でも授業中まで居眠りは感心しないかなー」
「え、何でそれを――」
「はい! だからこれ! ミントタブレットとフェイスシートあげる! これでバッチリ目を覚まして貰おうとしましょう」
「お、おう……よ、用意いいな……」
完全に彼女のペースに流されてしまっているが、受け取らない訳にはいかないので俺は渋々ながら貰うことにする。
どちらもコンビニとかで売っている奴だ、当然ながら既に使用されているものではあるのだが……それにしてはやけに軽い気がする。
その場で開けるのも如何なものかと思ったが、山中はニヤニヤしながら早く開けろよと言わんばかりの顔をするので恐る恐る開けてみる。
「う、うむ……?」
入っていたのはミントタブレットが2粒、そしてフェイスシートもまた1枚だけ入っていた。
使いさし、というよりは完全な残りカス……やっぱりからかわれているだけなのだろうかと少し顔を顰めてしまっていると、また彼女が口を開く。
「さ、どうぞどうぞ」
「どうぞ……って言われても……」
「あ――も、もしかして使いさしとか嫌だった……?」
「そ、そんなことはないけども……」
そんな落ち込んだ顔をされるといくら嫌がらせだとしても使わざるを得ない。
まあどうせ言われたとしても『本当に使ったよこいつ』とか『あ、そのゴミ捨てといてね』と言われるくらいのものだろう。
別にその程度でショックは受けないし、それならばら今後一切関係を絶つだけの話と、俺はえいままよ口にミントタブレットを放り込み、さっとフェイスシートで顔を拭いた。
さあ……どう来る山中!
「どう? 目醒めた?」
「……あ、はい、スッキリとはしましたけども……」
「良かった! これで午後の授業は眠れずに行けそうだね! あ、ゴミは私が捨てとくから」
「!? ……いや大丈夫だって、貰ったもんだし、俺が捨てとくから」
「遠慮しないでいいってー! ――あ、予鈴鳴っちゃった、じゃあまたね三国くん! ――午後もしまっていきましょう! おー!」
「お、おー……?」
結局想定していたことは何一つ起こらぬまま、ゴミもさらっと回収されてしまうと、謎の掛け声と共に、彼女は去っていってしまった。
ど、どういうことなんだ……? 何が起こっているっていうんだ?
全く以て訳の分からない彼女の行動に、完全に頭が混乱してしまっていたが、お陰で授業を眠らずに過ごしたのは僥倖と言うべきだろう。
内容は全く頭に入ってこなかったけど。