エレナとクインのプレゼン
◇クイン◇
才能・・・それは物事をうまく成し遂げる優れた能力。
この世界で、この国で、この街で生きる人間はみんなそれぞれ才能を持っている。
こんな平凡な私でさえ。
そう。誰にでも才能はあるのだ。
ただ・・・
誰もその才能に苦労がないとは言っていない。
それだけのこと。
(なんてね)
クインは足をブラブラさせながら背の高い椅子に座り、コーヒーをすすりながらそんなことを思った。
カフェテラスを行き交う人々は皆、急ぎ足で通り過ぎていく。
ギターの弦をつま弾く音、その音に合わせて歌う澄んだ声。
その歌声に合わせて歩く人たち。
音楽を聴いているクインはそんな風に思いながら悠長に人々を眺めていた。
「クイン」
後ろから声を掛けられてクインは振り向いた。
「エレナ」
クインが耳につけていたイヤホンをとると、ギターの音も美しい歌声も一瞬で消えてカフェテラスの喧騒がクインの耳に飛び込んできた。
「クイン、耳悪くするよ」
エレナはクインの向かいに座り、机の上にバッグを置いた。
(ん?)
「エレナ、バッグ変えた?」
「うん。変えた」
(んー?)
エレナは怪訝そうにクインを見つめた。
「何よ?」
「このバッグ・・・どっかで見たことあるのよね」
「これ有名なの?」
「有名なの?って自分で買ったんじゃないの?」
「ううん。もらった」
「もらった?」
「ねえ、こんなバッグのことより、今日の課題」
「あ、ああ。そうね」
クインはじっとエレナを見つめた。
「クインが何を言いたいのかよくわかってる」
「本当にこの課題でよかったの?」
「私だからこそいいのよ」
「なんかやけになってない?」
「そう見える?」
「私にはね」
エレナは、微笑んだ。
「詐欺師の娘が歴史上の詐欺師たちを発表する・・・っておもしろいじゃない。ネタになるわ」
「私が言いたいのはそういうことじゃなくて」
「さ、いいから」
クインは小さくため息を吐いてわかったわ、とつぶやいた。
クインとエレナはカバンの中からノートやファイルを取り出すと、机の上で無造作に広げ始めた。
資料には古い白黒の写真から最近の写真まで様々な人物の性別年齢を問わない写真が載っていた。
「あいつの写真はないの?」
「ないわ」
「本当に?」
エレナはにこっと笑った。
「父の話はしないでくれる?」
「でも・・・」
エレナがにこっと微笑んだ顔を崩さないものだからクインは察した。
(あ、これ以上言ったら本気で怒りそうだわ)
「わかった。やめとく」
「ありがと」
クインとエレナの課題。
それは、週に一度ふたりのクラスで行われるプレゼンのことだった。
二人組を組まされて教壇の前に出てクラスメイトに発表をする。
テーマは何でも構わない。
二人が選んだ課題は、“歴史上の詐欺師”だった
「で、私たちが言いたいのは歴史上の詐欺師たちも私たちも同じだということです。
詐欺師たちは自分たちがどんな生き方をしているのか決して人に打ち明けることはなかった。そして、それは私たちも同じ。私たち、ひとりひとりにも秘密があります。それを隠して生きているということ。詐欺師も私たちも同じなのです」
マイクを握ったクインが教壇の前でそう言い終えると、教室はパラパラとした拍手で包まれた。
「えっと、では質問のある人いますか?」
「はい」
「どうぞ、そこのメガネの人」
「俺の名前知ってるだろ」
「いいから。プレゼンの雰囲気よ」
メガネの少年はコホンと咳払いをし、立ち上がった。
「じゃあ俺たちもエレナの親父も同じ生き方をしているってことですか?」
その質問に教室は少しざわついた。
小さな笑い声すら聞こえる。
「それは」
「クイン、代わって」
クインの後ろに立っていたエレナは、教壇の前に出るとクインからマイクを奪い取った。
「その質問ですが、私の父は詐欺師としてはあまりにも未熟です。みなさんご存知の通り、父は詐欺を全うする前に勝手に事故って勝手に死にました。彼は詐欺師ではなくもはやただの一般人なのです。そういう点では私たちと同じです。むしろ、私が言いいのは、みなさんも私の父のようになる可能性があるということ。あんな情けない死に方しないように。気をつけて生きていきましょう。これ、そのための発表なので」
教室にいた全員があっけにとられてた。
ただ、クインだけはこうなることをわかっていた。
最後のまとめの文章は、エレナが考えたのだ。
あんなにも適当に自分たちも詐欺師も同じだと言い切った最後の文章。
あれを聞いてエレナに質問しない人間はいない。
(影でこそこそされるより直接はっきり言えっていうところ、エレナらしい。それに、やっぱり・・・)