六作目 こんなはずじゃなかった!
蛍光灯がちかちかと点滅を繰り返す。かつては栄えていたであろうビル群は植物に侵食され、一種のオブジェのようだ。
東京・新宿ダンジョンは、文字通りのダンジョンと化したのだ。それは現在の日本であれば、どこに行こうとそうなっている。
それに加えて、創作の世界でしか出ないような化け物――ゴブリンやオーガなどの人型から、東洋、西洋それぞれのドラゴンを目にすることもあった。災厄と恐れられるそれらに、現代兵器は通用しない。
「あのときは本当に、やっちまったなぁ……」
上等な漆黒の法衣を纏い、いくつもの装飾品をつけている骸骨――初代統一王・コウこと綾辻 光はつるつるの骸骨のでこを撫でる。
ふと、あの時のことを脳内に浮かべた。
あの時とは、そう。
彼がこの地球に帰ってきたときのことだ。
新宿ダンジョンの最奥部、ボスの間の様々な骨でできた玉座に座りながら、本来のボスに話しかける。
「なあ、お前もそう思うだろ?」
前世界では一般的に、地獄の炎を自由自在に操り、人を恐怖に陥れていた獄炎の竜と呼ばれていた。紅蓮の鱗で体を覆う、体長二〇メートルはあろうかというドラゴンが体を震わせた。
「は、はい。まさに、その通りかと!」
「だよなぁ。世界統一して、隠居して千年ぐらい放浪して。転生する前にいた地球に帰る魔法を編み出してさ」
「……はい」
「実際に使ったら、あっちの世界とこっちの世界が融合するなんて思わないだろ?」
失態だ。
ゲームをプレイしていたら異世界にキャラクターとして土を踏み、帰ってこればゲームキャラのままで世界を融合させてしまった。
挙句の果てに、骸骨だから人間と仲良くできない。
「どうしたもんかなぁ……」
新宿ダンジョンを、油断なく前進する一団があった。
全員が光り輝くような全身鎧と身に着け、杖や剣、槍など様々な武器を持っている。……一人を除いて。
「おい! 本当にいるんだろうな!?」
「はい! 智の結晶はこちらだと言っております!」
その返答に、武器を持っていない唯一の二〇にも満たない人間――第六二代統一王の孫、レイセルは安心する。
このよくわからない世界になってから、統一王は日本とかいう新興国家の相手をしているのだ。しかも相手は、科学という武器を持っているため、こちらと戦力が同等なのだとか。
そこで統一王が考えたのが、初代統一王の帰還だった。
統一国・バシュローゼ神聖帝国の歴史書では、初代統一王は圧倒的な力で瞬く間に世界を統一したとある。その力は神にさえ至るのではないかと言われたほど。
「国宝まで持ち出しているんだ。必ず、国に連れて行かねば。お爺様を、国を守って見せる」
日本という国は、統一国民やその土地を日本に吸収すると言っているのだ。世界に冠たるバシュローゼ神聖帝国が、そんな要求をのめるはずがない。
レイセルの祖父である統一王は、全面戦争になることさえ考えているらしい。
「最奥に到着しました」
声をかけられ、考え事をしていたレイセルは顔を上げる。
目の前には巨大な扉があり、凄まじい存在感と重みを感じさせた。
「開けろ」
「はっ!」
一声かけ、部下に開けさせる。
ここまでの道中、さすがは近衛兵というべきか、地獄の番犬や地獄の餓鬼といった強力な化け物を相手にしても、死者を出さずに来られた。
……が。
やはり、レイセルには一つの疑問があった。
魔法や文化は、常に進化する。初代統一王は千年も前の人物だ。当時の技術力は相応に低いと考えるべきであり、当時の圧倒的な力は、現代の一般的な力なのではないか。
実際に会ってみなければわからない堂々巡りの疑問が、とうとう解消されるのだと。レイセルはあまり期待しすぎないよう、高揚を抑える。例え一般的な力だとしても、初代統一王は誰もが憧れる人物。ドキドキしながら、彼は開いて行く扉の先を見つめた。
音を立てて少しずつ開いて行く扉を、コウは眺めていた。融合後二ヶ月、ここに攻略者が来るのは初めてのことだった。
「モンスターであれば狩れ。人間であれば、話し相手に連れて来い」
彼はずっと、獄炎の竜としか話していなかった。ここに来て話し相手が増えるのは、とてもいいことだ。退屈でなくなるし、人間と話せるし。もしかしたら遊び道具も持っているかもしれない。
「かしこまりました!」
獄炎の竜は脱兎の如く、扉までの距離五〇メートルを一秒かからず走破する。
開いている途中の扉の動きが止まる。
「お、おい! 獄炎の竜だ! 隊列を組め!」
「待て! それが初代様かもしれないだろ!」
「しかしレイセル様! もし違えば、我々の被害は計り知れません!」
「……くそ。一度扉を閉じろ! 協議するぞ!」
扉向こうから喚く人間の声が聞こえる。獄炎の竜は慌てて口を開く。
「主人が話し相手を所望している!」
一度扉を閉められては、どれだけの時間がかかるかわからない。
今も殺気を放たれている獄炎の竜としては、なんとしてでも連れて行きたかった。一人でも多く。
「おい、主人だってよ!」
「獄炎の竜の主人ってなんだよ聞いたことねぇよ!?」
「むしろ獄炎の竜が主人じゃねぇの!?」
「みんな、静まれ! ――獄炎の竜に問う。主人とは誰のことだ!」
扉向こうでの騒がしさがなくなり、凛とした通る声の問いかけに、獄炎の竜は至極単純に答えた。
「死の神であるコウ様だ!」
それを聞き、扉向こうはまたしても騒がしくなった。
「待てよおい! 死を司る神がなんでこんなところにいるんだよ!?」
「て、撤退しましょう!!」
「殿下! 撤退の許可を!!」
早くそちらの話を終わらせて、こっちに来てくれ! と、背後からビンビン感じる殺気を受けながら思う獄炎の竜であった。
扉を開けている最中に、おそらくボスであろう獄炎の竜が走ってくる。そんな恐ろしい事態に遭遇すれば、すぐに扉を閉じて逃げるか、討伐したくもなるだろう。
レイセルにもそれはよくわかる。が、初代は人間ではなかったと言い伝えがある。だから二代目は養子だし、なんなら血の繋がりは皆無だ。
「死の神……」
彼は呟く。
圧倒的な力と、初代がこれまで生きながらえていることを踏まえて。
超長命種であれば、ドラゴンが一番可能性としてはあった。だからレイセルは、獄炎の竜が初代かもしれないと思ったのだ。
だが、死の神ならどうだ。
歳をとることなく、姿形はそのままで、圧倒的な力もあり、人間ではない。
ドラゴンと同じように、条件をクリアしている。
「これより、王子として、神帝の孫として、お前たちに最終任務を言い渡す」
王位正当継承者であり、継承順位七位のレイセルが口を開いたことによって、場はシンと静まり返った。
「全員、国へ帰れ。これより先は、生きて帰ることができない可能性が著しく高い。相手は死の神であり、獄炎の竜までもがいる。先へ進むのは、俺一人でいい」
「そんなことはできません!」
レイセルの宣言に、すぐさま反論する。
「ここで統一王陛下から言い渡された、殿下の守護を放棄するわけにはいきません。お供致します」
全員が膝をつき、頭を垂れる。
それを見て、くつくつと笑った。レイセルは懐から短刀を取り出し、胸の前で掲げた。
「わかった。みなの心意気、感謝する。では、覚悟を決めろ。喚くな。騒ぐな。――行くぞ」
人一人通れる幅の扉を、レイセルが先頭に立って進む。
扉をくぐり、開けた視界――ではなく、目の前には獄炎の竜。ここに統一王がいなければ、彼らは全員、死ぬ。
やっと来たか! と歓喜し、獄炎の竜はその数を数える。およそ三〇人もいる……ということは、三〇日ほどは安心して眠ることができそうだ。
ホッとして、思わず息を吹きかけそうになる。
吐息が地獄の炎なため、慌てて顔を上に逸らした。こんなところで灰に変えるわけにはいかないのだ。
「よく来た。攻略者たちよ」
コウは、思ってもいないことを言う。
獄炎の竜が連れてきた人間、総勢三〇人を鑑定したところ、自分に関わりがあった。それはもう、とても。
まさか子孫を見るとは思っていなかったが……彼は骸骨に浮かぶ瞳の光を集団の先頭に立つ、レイセルに向けた。
「で、俺の作った国の王子がこんなところまで、どうしたんだ?」
瞬間――集団は歓喜に包まれた。来てよかったと涙を流し始め、先ほどまで恐怖で漏らしていた兵は、緊張の糸が切れてさらに濡らす量を増やしている。
先頭に立つレイセルが、一歩前に出た。膝をつき、頭を垂れる。
「お初にお目にかかります。私は第六二代統一王の孫、レイセルと申します。この度は突然のご訪問、お許しください」
「許す。立て」
コウは、面倒なことが置きそうだと思いながらレイセルを立たせた。人に頭を下げさせるというのは、気まずさがあった。
「現在、日本国と我がバシュローゼ神聖帝国は全面戦争の危機に陥っております。そのため、初代様の御力を貸していただきたく馳せ参じました」
驚きに目を見張る。コウはそんなことになっているとは思わず、深いため息を吐いた。
いっぽう、ため息を吐かれたレイセルは気が気ではない。彼は初代の言葉を待つ。
「……これも俺の責任、か。仕方ない」
世界を融合させた後始末をしなければならない。
それが、コウは自分の義務だと考えた。
「行こう。連れて行ってくれ」
第4回書き出し祭りで書いた作品の一つ




