四作目 ゲーマー女子の異世界英雄譚
閉め切った窓の向こう側から絶え間なく聞こえる蝉の鳴き声。真夏の陽光が燦々と降り注ぎ、窓を熱する。だが、冷房の効いた室内との温度差により、窓には結露が見られた。
その部屋の一室には、勉強机、布団、ぬいぐるみ、洋服と、様々な物が散乱している。中でも一際目を引くのは、デスクトップパソコン。
稼動音を唸りながらも、小さめの扇風機から風が送られているタワーは、良い環境で仕事をしている。例えそれが、連続68時間稼働中であろうと。
残業手当、休日出勤手当が付けばいいが、機械にそんなものはなく、持ち主が可哀想と思ったことにより設置された、小さめの扇風機だけが彼の癒しだ。
「えぇ!?」
画面を見て、突然驚きの声を上げる彼女の名は篠宮優。パソコンに重労働を科すブラック企業の社長だ。
その社長は、画面を食い入るように見つめ、何度もその一文を読み返す。だが、何度見てもその表示が変わることはなかった。
「これマ?」
信じられないのか、疑いの眼差しを向け続ける。それほど、そのゲームに愛着があるのだろう。
部屋に散乱しているぬいぐるみ、洋服は彼女の自作であり、現在プレイしているゲームで使用している衣装や、敵として現れる愛くるしいモンスターのぬいぐるみと言った、極度のオタク。
このゲームの名は《リミテッド・オンライン》と呼ばれる、MMORPGだ。人気はそこそこで、週間オンラインゲームランキングでは常にトップ10に入るものの、5位以上になることはない。
故に、このゲームはグッズを売り出さないし、売り出せるほどの余裕もない。とは言え、ゲームのグッズなど出ない方が普通で、出る物は限りなく少ない。
だからこそ、優は一つの選択肢を選ぶ。
「無ければ作ればいいじゃない」
その発想に至った時の彼女は、喜び勇んだ。
優はチャットを打ち込み、ギルドメンバーたちに確認を取るも、意味を成さなかった。全員に同じ通知が届いているのだから、当然だろう。
「はぁ〜、サービス終了早くな〜い?」
天井を見上げ、ため息を吐く。このゲームにはサービス開始当初から世話になり、それが4年前である。たった4年で、週間ランキングに載るほどの人気があるのにも関わらず、サービス終了と言うのは異例中の異例。
一度、ゲームを最小化してインターネットを開く。お気に入りにある公式サイトをクリックすると、読み込みにさほど時間をかけず開かれた。
見出しには大きく、サービス終了の文字。これを見て、本当なんだ、ともう一度ため息を吐く。
何度確認しても変わらない表示だったが、お知らせ欄にはサービス終了ともう一つ、ラストミッションのお知らせというものがあった。
彼女は目を輝かせ、そちらを開く。サービス終了のお知らせは、どうせ大したことは書いていない。
「え〜、なになに?」
開いてジャンプしたページに書かれていたのは、ラストミッションの詳細だった。
《ラストミッション〜世界平和を目指せ〜》
・この度、サービス終了に伴いラストミッションを開催します。
・参加人数:下限、上限無し。
・レベル制限:無し。
・職業制限:無し。
・推奨レベル:250以上。第5次転職済み。
・推奨人数:150以上。
・ミッション:世界平和を目指せ
突如として出現した邪神とその配下たち。彼らはリミテッドの世界を滅ぼすため、世界樹から現れる。
邪神と配下が世界各地に出没する前に全てを討つべく、勇者が集う。
詳細を確認した優は、驚きに目を見張る。
「え……なにこれ無理ゲーじゃん?」
記憶が正しければ、推奨レベル250以上というのは第4次転職時のレベルだ。そして、第5次転職済みというのは、第5次転職が終わった者となる。
職業は、第1次転職で大まかな職業を決め、第2次転職でさらに細かく分かれ、第3次転職でさらに細かくなり、第4次転職が一般的な最終転職で、強力なスキルを得られるようになる。
第5次転職と言うのは、250レベルに達したキャラクターを2体持っている者のことを指し、《女神の祝福》という全職業共通スキルを取得した者である。ちなみに、レベル上限は300である。
これは全サーバーを通して僅か20名にも満たない、たった17名しかいない。もちろん、彼女はこの中に入るのだが。
これが推奨レベルというのだから、ラストミッションの難易度は凄まじく高い。間違いなく、過去最高難度を誇るだろう。
しかし、推奨人数の方も、これまでのミッションと比べた場合、3倍ほどである。通常、ミッションは50人以下というものが多く、最大でも70人だった。それが、今回は150人以上。
とは言え、この全員が第5次転職を済ましていなければ勝てないというわけではなく、推奨人数は、推奨レベルマイナス50レベル帯の者で計算されているため、それほど難しいことでは無いと思われる。
優は早速、プレイ画面に戻す。プレイ画面では、同じように公式サイトを見てきた仲間たちが騒いでおり、チャットが素早く流れた。
そこに彼女も加わろうとするが、一つのメッセージが届いたことに気付く。
「んー……? 私への依頼?」
ギルドメンバー以外からの依頼とは、相当珍しい。ギルメンからであれば、幾度となく助けてコールなどもらったことはあるが、フレンドでもなく、ギルメンでもない者からメッセージが届くというのは、彼女としては初めての体験だった。
「差出人は、《ゆいまろ》……って、この人最強ギルドのギルマスじゃん」
なんで私に? と思ったが、《ゆいまろ》が優の正体を知っているとすれば、このメッセージの内容も頷ける。
ゲーム内最強ギルド――《聖刻の騎士》は、誰もが知っているほど規模が大きく、またPVPランキングでも常にトップを取るギルド。そこのギルマスから届いたメッセージの内容は、
「突然のメッセージ、申し訳ない。
貴殿も読んだだろうが、公式サイトのラストミッションに来てほしいと思っている。貴殿がいれば、補助スキルに使うMPを攻撃スキルに使用でき、貴殿以外の者を全て戦闘員にさせることが可能だからだ。
どうか、頼む」
と言ったもの。
これはまず間違いなく、正体を知られている。
そう判断した優は、最後だから露見しても問題ないと思い、依頼を受けることにした。
メッセージの返信をすると、僅か数秒で返事が返ってくる。内容は、ラストミッションの打ち合わせ会場の場所と時間。場所は予想通り、ゲーム内にある《メイネア》の街の噴水広場だった。時間は、1時間後と書かれている。恐らくそれまでに人数を揃えるのだろう。
それに――《ゆいまろ》の言っていることも理解できる。
何しろ優は、全プレイヤーの中でも変わり者。本来であれば、メインで鍛えるはずのない補助スキルというものに全てのスキルポイントをつぎ込んだ、己の趣味全開キャラクターがいるからだ。
全員で17人いる第5次転職者の内、優だけが、その正体を知られていない。このゲーム最大のトップシークレットと言われているほどである。それなのに――《ゆいまろ》は知っていた。
当然だが、フレンドやギルメンたちは知っている。だから、そこから漏れるのが自然だと考えるのだが、彼女は一人で、第5次転職の結果を楽しんでいた時期があった。きっと、その時に見られていたのかもしれない。いや、そうなのだろう。フレンド、ギルメンともに口は堅いし、少数しかいないから、そう考えてしまう。
つまり、彼女はゲーム内最弱プレイヤーであると同時に、最高位の補助特化プレイヤーということだ。
本来であれば、ボス戦などでは、補助スキルを扱う少し弱い人と、攻撃スキルで敵を叩き潰す同職業の強い人がセットで参加する。それをなくすため、《ゆいまろ》は優に依頼してきた。
それが出来るのが、優しかいないからだ。
「うちはランキングにも参加しないくらい、知名度低いギルドなんだけどなぁ。やっかみを言われたりしないか、心配だなぁ」
ラストミッションとなれば、間違いなくインターネットに動画がアップロードされる。そうして、もし、知名度の低いギルドに所属する優が非難されでもすれば……。そうならないよう、《ゆいまろ》の方から言っておいてもらうべきだろうか。




