祈り
彼女は、広い海の片隅の小さな島に暮らしていた。
空は高く、草木は繁り、
それはそれは美しい島。
彼は、広い海の真ん中の小さな島に暮らしていた。
彼女は丘の上にのぼる。
陽射しを浴びた海はきらきらと光り、彼女はまぶしそうに目を細めたが、水平線の向こうは見えなかった。
それでもこの空の下には彼がいる。彼女は微笑む。
海を臨むその丘が大好きで、緑の絨毯を駆けた。
空を掴みたくて、高く高く何度も跳ねた。
僅かに掌に掴んだ風を大事そうに胸に抱いた。
海が荒れた。
空が泣いた。
彼女は彼の悲しみを見た。
彼女は丘の上にのぼる。
強い冷たい風が吹き付け、
彼女は目を細めたが、水平線の向こうは見えなかった。
それでも海を臨んで丘の上に立った。
進むことも、戻ることさえもできないまま。ただそこに立っていた。
疲れた鳥を運んできた風に言葉をのせてみることもあった。
しかしそれになんの意味があるのだろう。それは奢り。幾程のものが零れ落ちるのだろう。
この手が風を掴む、
この手で何かを愛する。
そこになんの意味があるというのだ。
この足が丘を駆ける、
この足が私を支える。
そこになんの意味があるというのだ。
この手はあなたを守れず、
この足はあなたのもとへ駆けらず。
それならばいっそ、この手もこの足も海に深く沈んでしまえばいい。
頬を伝う涙は、海に呑まれた。
彼の手に触れたいと、
彼の手を強く握りたいと、
せめて
彼女の手と彼女の手が
強く強く繋がった。