第67話 〜円卓会〜 前夜
円卓会の前夜。
沙羅は現世界の海で魔王と二人でいた。
携帯で沙羅は魔王に会いたいと言い、
不安な夜を拭うためにお互いの心を確かめるために...
「明日はいよいよ円卓会だね」
夜の帳が空を深く染め、静寂の中に海の音がかすかに響いていた。薄暗い宿舎の一室で、沙羅は窓辺に立ちながら、遠くにまたたく星を見つめていた。
「ああ……俺も正直、受けたことがないからよくわからんが……帝魔王様もMKKとして一緒に同行してくれるから安心しろ。俺も、何かあったら守るからな」
魔王は、ベッドにもたれかかるように腰を下ろし、片腕を頭の後ろに回しながら言った。その声には、いつも通りの無骨さと、けれどどこか静かな優しさが滲んでいた。
沙羅は振り返り、小さく微笑んだ。
「ありがとう……魔王」
しばし、ふたりの間に静寂が落ちた。
夜の風が木々の葉を優しく揺らしている。
やがて、沙羅がぽつりとつぶやいた。
「あ、そういえばさあ……あの時、私とキスをしてくれたじゃない……?」
その言葉に、魔王の身体が一瞬ぴくりと動いた。彼は慌てた様子は見せないままも、目線をそっと逸らした。
「……ああ、あれか。まあ……そういう流れだったしな」
「ふふ、そういう流れ?」
沙羅は少しだけ口元を緩めて、魔王の方へ歩み寄る。彼の隣に腰を下ろすと、肩がふと触れ合った。
「ねえ、あれって……どういう意味だったの?」
「意味……?」
魔王はそのまま、目を閉じて少し考えるような仕草を見せた。だが、数秒後、ゆっくりと瞳を開けて沙羅を見つめ返す。
「お前を守りたいって思った。それだけだ」
「……それって、“仲間”だから?」
「……そう思いたいなら、そう思っておけ」
そう言って、魔王は少しだけ笑った。その笑みには照れ隠しのような不器用さがあった。
「でも私は……そう思いたくないんだけどな」
沙羅の声は、静かだけどはっきりしていた。彼女の瞳が、まっすぐに魔王を見つめている。その目には、迷いはなかった。
「魔王。私、あのキスのこと、ずっと考えてた。最初は不意打ちだったけど……でも、嫌じゃなかった。むしろ、嬉しかった」
「……」
魔王は言葉を失っていた。普段なら冗談で流すような話も、今の沙羅の真剣な声には、適当な返しはできない。
「私はね、きっと……未奈ちゃんがいなくなった悲しみを、あなたが隣にいてくれたから、乗り越えようって思えたの。あなたの言葉で救われた夜が、何度もあった」
魔王は視線を落とし、拳をそっと握る。
「……お前がそう言ってくれるのは、ありがたい。でも……俺は、誰かをちゃんと“守った”ことなんてない。未奈の時だって、力が足りなかった。俺が強ければ——」
「違うよ、魔王」
沙羅はそっと、彼の拳の上に自分の手を重ねた。
「私がここまで来られたのは、あなたのおかげ。未奈ちゃんが繋いでくれた縁も、今の私たちの想いも、全部……きっと、意味がある」
ふっと、魔王の肩の力が抜けた。
「お前って……ほんと、変わったよな」
「……私はまだ強くなんてないし...
正直、未奈ちゃんのことを拭えずにいる...
だけど、あんたの気持ちは本当だって信じてるよ」
沙羅が小さく笑うと、魔王はそっと肩を寄せた。風が窓から差し込む。ほんの少し、心の温度が上がるのを、ふたりとも確かに感じていた。
「明日、ちゃんと支えてくれる?」
「当たり前だろ。お前がどこへ行こうと、俺は隣にいる」
「じゃあ……もう一回、信じてもいい?」
「……俺のことか?」
沙羅はうなずいた。そして、そっと魔王の肩に頭を預ける。
「うん。……信じたい。これから、何があっても」
魔王は、何も言わなかった。ただ、沙羅の手をそっと握り返す。
その手の温もりが、今夜だけは全ての不安を包んでくれるように思えた。
「もう俺は...お前のことを裏切ったりしないから」
水陽のゆすりで裏切りを余儀なくされ
心が水陽に寄ってしまう自分の苛立ちや葛藤を
拭い払い、魔王は沙羅のことをもう一度真剣に見つめ直そうと思っている。
円卓会でMKKは今後どうなっていくのか。
魔王自身もまだあまりわかっていないが
現世界の侵攻は、過去に見ない紛争だった。
これをどう対処するか、水陽の起こした一連の争いは
MKKでも不安に感じる節があるだろう。
デストラ皇帝というMKK最上位に着く者の
傾向と企みについても聞きたいところだろう。
一方その頃
美音と杉浦は...
夜の校舎を後にして、二人は並んで歩いていた。
部活帰りの人気もすっかり途絶え、通学路は静寂に包まれている。遠くから犬の鳴き声が聞こえる以外、聞こえるのは足音だけだ。
美音は、ちらりと横にいる杉浦の顔を見た。彼は何も言わず、前を向いて歩いていた。
「……橋川のこと、まだ覚えてる...?」
ぽつりと、杉浦はがつぶやく。
「あいつは……本当に最低だった。何度も私にちょっかい出してきて、断っても全然諦めなくて……」
「……美音ちゃん、怖かったよな。君が我慢してたの、ずっと気づいてた。俺、ほんとはもっと早く、君を守りたかったんだ」
杉浦の声は、どこか悔しそうだった。
「でも……守ってくれたよ。最後まで……私が怖がってるとき、そばにいてくれた。あのとき……君の言葉がなかったら、私は……」
美音はふと、足を止めた。街灯の下、ほんの少し顔を伏せたその表情に、微かな震えが見えた。
杉浦も立ち止まり、彼女を見つめた。
「……俺さ、ずっと言えなかったことがある」
「え?」
「美音ちゃんのことが……ずっと好きだった。最初は君のことを“守ってやらなきゃ”って思ってたけど、それだけじゃなくて……。気づいたら、いつも君のこと考えてた」
美音は驚いて、ぱっと顔を上げた。瞬間、その頬に色が差す。
「えっ……うそ……」
「ほんとだよ。橋川のことがあった時も、異世界のことが話題になった時も……何より怖かったのは、君のそばにいられなくなることだった」
美音の目が潤む。
「……そんなふうに思ってくれてたんだ……」
小さな声だった。でも、それは確かな喜びの響きを持っていた。
「私も……実は、杉浦くんのこと……前から気になってた。怖いことがあったとき、いつも君が助けてくれて……頼りになって……」
彼女は言葉を詰まらせながらも、頬を赤く染めて続けた。
「……でも、亜瀬さんのこととか、異世界のこととか、色々あって。こんなときに好きだなんて思っちゃいけないって……」
「でも、思っちゃうよな。俺もそうだったから」
杉浦は、そっと美音の手を取った。
「だから今、ちゃんと伝えたかった。円卓会が明日あって……何が起こるかわからない。だから今だけは、ちゃんと君のこと、大切に思ってるって伝えたかったんだ」
美音は、小さくうなずいた。
「……うれしい。ありがとう、杉浦くん……」
二人の間を、夜風がそっと吹き抜けた。けれど、それはもう寒くなかった。
「亜瀬さん……大丈夫かな。あの子、本当はずっと未奈さんのことで傷ついてて……それでも前に進もうとしてる。強いよね」
「うん。沙羅さんは、強い人だ。黒木さんも……あの人なりに、沙羅さんを支えようとしてる」
「……きっと明日も、危ないことがたくさんある。でも……私たちも行かなきゃ。あの世界を守るために」
「うん。これからの争いを、俺たちで止めてみせよう。俺が君を守るから……美音ちゃん」
杉浦の言葉に、美音は微笑んだ。そして、そっと手を握り返す。
「うん……私も、君を守るよ。これから、何があっても」
月明かりが、二人の影を長く伸ばしていく。
その影が交わった先に、新たな夜明けが待っていることを、彼らはまだ知らなかった。
続く!




