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毒りんご売りの魔女ちゃん

作者: 名紗すいか
掲載日:2016/06/27


「事故死判定間違いなしでございまーす!毒りんごはいかがですかー!」


 魔女ちゃんは声を張り上げ、いつものように毒りんごを売っていました。

 しかし街を行き交う人々は、流行遅れの毒りんごになど見向きもしません。なんとも酷い話です。

 籠の中にはまだ、溢れそうなほど毒りんごが残っています。

 伝説の魔女様を見習い、お姫様に毒りんごを食べさせたいものです。

 魔女ちゃんは尖り帽子の庇を見上げながら、自分の毒りんごをお姫様が齧る瞬間を思い描きます。

 そんな想像に耽っていると、身なりの良いおじ様が馬車から降りてこられました。

 魔女ちゃんはここぞとばかりに突撃します。


「毒りんごはいかがでしょうか?」


 赤くて艶々の毒りんごを、おじ様へと差し出します。

 しかしおじ様は眉を顰めてから言いました。


「間に合っておる」


「間に合ってると仰いますと……?」


「今の主流は、ーーーー白鳥だ」


「白鳥と仰いますと……?」


「何、知らんのかね?湖の畔にある悪魔の家に行けば、気に入らないやつを白鳥にしてくれるのだ」


 魔女ちゃんは愕然としました。

 まさかの商売敵の出現であります。

 手から毒りんごがぽとりと落ちて、石畳の道をころころと転がっていきました。

 戦慄く魔女ちゃんを置き去り、おじ様は高笑いをしながら行ってしまいました。

 こうしちゃいられません。

 魔女ちゃんは奮起して湖方面へと、黒いマントを靡かせ駆け出しました。



 魔女ちゃんが湖に着くと、白鳥たちがばさばさと空に羽ばたいていくのが見えました。

 きっと白鳥にされた人間たちでしょう。なんとも酷い話です。

 魔女ちゃんは自分のことを棚に上げてそう思いました。

 湖の畔には、煙突のついた赤い屋根のお家があります。

 あれが悪魔の家なのでしょう。

 周囲にご近所さんはいないようです。

 魔女ちゃんは意を決して、茶色の扉を叩きました。


「たのもー!」


 カチャリ。扉が外側へと開かれました。

 魔女ちゃんは伝説の魔女様の真似をして、籠から一つ毒りんごを掴み取りました。


「お嬢さん。りんごはいかがですか?」


 しかし顔を覗かせたのはお嬢さんではありませんでした。


「誰だお前。魔女みたいな格好をして」


 残念ながら、悪魔は男の人でした。


「魔女ちゃんは立派な魔女です」


「その年で魔女ちゃんとか……ないな」


 存在を全否定されたようです。

 魔女ちゃんの震える手から、毒りんごが落ちて転がっていきました。

 今日は毒りんごを落とす日なのでしょうか。


「まぁ、中には入れよ。話があるんだろう?」


 悪魔は魔女ちゃんを、室内へと誘いました。

 しかし魔女ちゃん、こう見えて年頃の娘。男の人と二人きりは抵抗があります。

 そうです。白鳥を一匹、間に挟みましょう。

 魔女ちゃんはその辺りで羽を休めていた白鳥を捕らえると、小脇に抱えて悪魔の家にお邪魔しました。


「適当に座りな」


 悪魔はそう言いましたが、来客用の椅子は一つしかありません。

 魔女ちゃんか白鳥、どちらかが椅子でどちらかが地べたです。

 さすがにテーブルの上に置くわけにもいかず、魔女ちゃんは仕方なく白鳥を床へと放しました。

 テーブルには毒りんごの籠を乗せておきましょう。


「魔女が用事なんて、理由は明白だな」


「白鳥の件で参りました」


 悪魔は二人分の紅茶を運んでくると、片方を魔女ちゃんの前へと置きました。

 悪魔は、魔女ちゃんの座る普通の椅子とは比べ物にならない豪奢な椅子へと掛けて、優雅に紅茶を啜ります。

 対面の悪魔がティーカップを持ったまま、魔女ちゃんへとにやりと笑って言いました。


「毒りんごなんてもう古い。時代は移り変わるものだ。糸車しかり、かぼちゃの馬車しかり」


「かぼちゃの馬車はまた別です」


 魔女ちゃんは訂正を入れました。それは魔法使いであって、魔女ではありません。

 

「悪魔からしたら、魔女も魔法使いも同じだけどな」


「人間からしたら違うものなのです」


 魔女ちゃんの言葉に被せるように、白鳥はばたばた走り回って悪魔が怪訝そうに眉を顰めました。

 

「何で白鳥が家の中に?」


「そこにいたので拾って参りました」


 悪魔は不服そうでしたが、テーブルに鎮座する毒りんごの籠を目にすると一つ手に取ります。

 そして白鳥の嘴へと毒りんごを差し出しました。

 白鳥は毒りんごをぱくんと食べると、ぱたりと倒れてしまいました。


「ふぅん。白鳥にも効くんだ」


 実は魔女ちゃんも初めて知りました。

 このままだと、白鳥は冬眠ならぬ永眠をすることになるでしょう。


「この白鳥はどうなさりますか?」


「晩飯かな」


「元は人間なのではないのでしょうか?」


「白鳥は白鳥だ。これが人間に見えるか?」


 魔女ちゃん白鳥をじっくりと観察してから、首を横に振りました。

 どこから見ても、白鳥は白鳥です。

 魔女ちゃんは白鳥のことを、一時忘れることにしました。


「毒りんごが売れないので、白鳥を作るのは止めて頂けませんか?」


 魔女ちゃんは単刀直入に告げました。


「毒りんごが売れないのは自分のせいだろう」


「自分のと仰いますと……?」


「例えばその毒りんご、美味しいのか?」


 魔女ちゃんは首を傾げました。

 食べたことはないので、美味しいのかどうかわからないのです。


「美味くないものを誰が買う?」


 言われてみればそうでした。

 魔女ちゃんも同じりんごなら、美味しい方を買います。


「俺はこの白鳥を食べるが、お前はその毒りんごを食べない。これが俺とお前の、差だ」


 突きつけられた真相に、魔女ちゃんは目から鱗が落ちそうです。

 今日は本当に、落としてばかりです。


「この毒りんごが美味しいかどうかを確かめてから、いちゃもんをつけるんだな」


 確かに一理ある意見です。

 しかしこれには重大な問題があるのです。

 何を隠そう、これは毒りんごなのです。

 食べたら死んでしまいます。

 さすがの魔女ちゃんでも、甦りは不可能なのです。


「俺が甦らせてやるから、ほら。食べな」


 りんごを放られ、慌てて受け止めました。


「悪魔には甦りまで可能なのでしょうか?」


「上手くいくかはわからないがな」


 悪魔は白鳥をキッチンへと運びながら、適当にそう言いました。

 このままでは魔女ちゃんの商売はあがったりです。

 魔女ちゃんは手にしている毒りんごを、まじまじと見つめました。

 見た目はとても甘そうです。

 蜜が入っていそうですが、果たして一口でそこまでいけるでしょうか。

 悪魔は縄で白鳥の足を括り、天井から吊るすと、魔女ちゃんに言いました。


「早く食べろよ。白鳥の丸焼きが出来る頃に起こしてやるから」


 おざなりな感じは否めませんが、魔女ちゃんは死ぬ気で毒りんごを一口頬張りました。



            ♢



「本気で食べたな。あほなのか、こいつ」


 悪魔はテーブルに突っ伏す魔女ちゃんをつつきました。

 傍らには齧りかけの毒りんごが落ちています。

 残念ながら、蜜までは届いていませんでした。


「甦りなんて出来るわけないだろう」


 悪魔はからから笑って、魔女ちゃんの体を起こして椅子の背凭れへと預けました。

 尖り帽子は帽子掛へと持っていきます。


「さて。白鳥を食べるか」


 そうして悪魔は夕食の準備に取り掛かり始めました。

 まずは白鳥の羽をむしります。

 それはもう、盛大にむしり尽くしました。

 キッチンが白い羽だらけです。

 それから白鳥をさばくと、塩胡椒を振り、オーブンへとぶちこみました。

 後は焼き上がるのを待つだけです。

 悪魔は暇になったので椅子に座り、頬杖を突いて魔女ちゃんをながめました。

 魔女ちゃんの顔は、まだ生きているかのように血色がいいです。頬も淡い紅色をしています。

 長いまつげの伏せられた瞳は黒かったと、悪魔は記憶しています。

 髪は艶やかなブロンドで、一束顔に掛かってしまっていました。

 悪魔は重たい腰を上げて、魔女ちゃんの頬を隠す髪を横へと流しました。

 すると赤くて柔らかそうな果実……いいえ、唇が現れました。

 悪魔はこくりと息を飲みました。

 魔女ちゃんの唇が、悪魔を誘惑しています。

 毒りんごよりも、よほど毒のある果実です。

 悪魔は雑念を振り払い、白鳥の丸焼きへと意識を向けました。



            ♢



 とても芳ばしい香りで、魔女ちゃんは目を覚ましました。

 白鳥の丸焼きが出来たようです。

 甦りは成功したのでしょうか。

 悪魔はなぜか、魔女ちゃんのそばでしゃがみ込んでいます。


「白鳥の丸焼きは、魔女ちゃんも頂いてよろしいのですか?」


 悪魔は恨めしそうに魔女ちゃんを見上げ、言います。


「白鳥は食べてもいい。品質管理は大切なことだ」


 ならば魔女ちゃんも、日々品質管理を心掛けなくてはなりません。


「毎日毒りんごを一つずつ食べて確認するので、甦らせてくれたら幸いです」


 悪魔は目を見張りました。

 不思議と魔女ちゃんの唇ばかりを凝視しています。


「毎日?」


「毎日です。魔女ちゃんは伝説の魔女様のように、お姫様に毒りんごを食べて頂きたいのです」


「それまで、毎日?」


「毎日です」


 悪魔はそそくさとキッチンへと行き、白鳥の丸焼きを取り出すと大皿へと乗せました。

 その大皿をテーブルへと運びます。

 こんがりと狐色に焼き上がった白鳥は、とても美味しそうです。

 悪魔がナイフで取り分けた肉を、小皿へとよそいました。

 じわりと肉汁の滴る白鳥肉を、魔女ちゃんは嬉々として頬張りました。

 初めて食べる白鳥肉は、ほっぺが落ちるほど美味しいです。

 やはり今日は、落ちてばかりの日なようです。


「毎日か……」


 悪魔がぽつりとつぶやきました。

 まだ言っています。


「毎日だと、何か問題があるのですか?」


「……に落ちそうだ」


 初めの言葉は上手く聞き取れませんでした。

 悪魔も今日は、落ちる日なようです。

 魔女ちゃんはいつの日かお姫様が毒りんごを食べる日を夢見て、白鳥肉を完食いたしました。



悪魔が恋に落ちそうな話というオチです。

ちなみに、魔女ちゃんがすでに姫役を知らない内にこなしていた、というお話でもあります。

魔女ちゃん、たぶん十代後半ぐらいじゃないでしょうか。なにせ魔女なので、年齢不詳です。

白鳥ですが、食べれるらしいです。……たぶん。

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