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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第三十二章 緑の闇の中で
705/1107

最奥地のキャンプにて

「まーた茂ってやがる。面倒っちい……チャック! ラーマ!」


 ゲランダンが号令すると、二人が鉈を手に前に出る。だが、二人ともどこか及び腰だ。

 ケフルの滝の拠点を出発して二日目の朝。テントを畳んで宿営していた小さな丘を降り、今は麓の沼沢地に差しかかっていた。遠くに途切れ途切れに緑の小山が見えるだけで、目の前にはひたすら灌木と丈の高い草が生い茂っている。

 理想的には、丘の麓からまたすぐ次の丘が始まっているポイントを選んで南下を続けたいところなのだが、俺達の場合、左手に例の岩山が見え続けることという条件が外せない。これほどの奥地だと、迷子になっても誰も救援にきてくれたりはしないのだ。


「腰が入っとらんのう」

「グル、お前は休め」

「こんなんじゃ日が暮れちまうわい」


 釣りと罠の名人、この集団で一番の高齢者であるグルが、ゲランダンの言うことも聞かずに前に出た。彼も腰の鉈を引き抜いて、視界を遮る雑草を刈り始めた。雑草とはいえ、その背の高さは一メートル半はある。さすがにこれをそのままにしては進めない。見えないところに踏み込んでいったせいで、足を毒蛇に噛まれるかもわからないのだ。


「ったく、雑魚どもと違ってお前には替えがいねぇんだ。気ぃつけろ」

「うーい」


 言葉は悪いが、つまりはグルのことを買っているということだろう。しかし、あんまりな言いざまに、チャックはおずおずと振り向いた。


「ボス、それって俺は雑魚ってことですか?」

「違うのか?」

「こっ、これでも読み書き計算ではお役に立ってるつもりなんですが!」

「あーはいはい」


 手をひらひらと動かしながら、ゲランダンは軽くあしらった。


「確かに、街に戻ってから物を売り捌くときにゃあ、お前は便利だ。けど、ここじゃあ一山いくらの雑魚。おら、休まず働け」

「ひどいです」


 それでも彼は逆らわず、目の前の雑草に鉈を叩きつけた。


「あの、僕がやりましょうか?」

「冗談じゃねぇ。主催者が死んだら全部台無しだろが」


 俺とゲランダン、それにディアラカンは、二十人からの集団の真ん中にいた。今のところ、後方の警戒はタウルが担ってくれている。

 あんな雑草、この剣で横薙ぎにすれば、あっという間に切り払えると思うのだが……しかし、異様な切れ味を見せつけるのもまずいか。


 結局、ゲランダンは後方の拠点を維持するのにたった三人を残しただけだった。それも一人はベルムスハン村で捕らえた女だ。単にペダラマンからの補給を受け取ればいいだけで、この先に築く予定の前線基地との行き来は、ゲランダン自身が担う予定になっている。


「でも、ここで人が減るのは、どっちにしてもまずいような」

「あ? いいだろ、んなもん」

「よくないですよ。昨日も」


 そう言いかけたところで、俺は口を閉じる。

 素早く弓を手に取り、抜き撃ちする。


「ヒッ!」


 ラーマが後ろに転びそうになりながら後ろに跳んだ。


 やっぱりまた出たか。濁った茶色の蛙だ。但し、横幅が一メートルもある。

 それが見えているだけで三匹ほど。


「うわっ!?」


 今度はチャックだ。急に何かに足を取られたかのように、その場に転んでしまった。いや、よく見ると、足が泥の中に食い込んでいる。すると無傷の蛙二匹が、鈍重そうな見た目からは想像もつかないほどの素早さで、そちらに這い寄った。


「ギッ」


 ゲコゲコ鳴く時間も与えない。そのうちの一匹に、俺とシャルトゥノーマの矢が突き刺さる。だが、もう一匹が口を大きく開けた。


「わあああ!」


 チャックの悲鳴が響く。だが、蛙はそのまま動きを止めた。

 彼が破れかぶれになって投げつけたナイフが、口の中に刺さったせいだ。そして、その刃にはたっぷりと毒が塗ってある。白兵戦では役に立たない彼だが、ピアシング・ハンドで確認した限りでは、あちこちの言語に商取引と、あとは薬調合のスキルを有している。背の低いハンファン人で風采もあがらないが、なんだかんだ精鋭揃いのゲランダンの配下なだけあって、決して無能な男ではない。


「いちいち大騒ぎすんな。ったく」


 スッとアーノが前に出る。続いてトンバとプングナも。数がいるかもしれないからだ。

 だが、今回はこれで打ち止めだったらしい。


「よし、鉈拾え。あとちょいだ」

「は、はい」


 泣きそうな顔でラーマがまた、前に出て雑草を刈り始める。なお、グルはというと、さすがは熟練のハンターなだけあって、彼ら二人より一足先に後ろに下がっていた。

 一方、俺はというと……


-----------------------------------------------------

 ファルス・リンガ (13)


・アルティメットアビリティ

 ピアシング・ハンド

・アビリティ マナ・コア・身体操作の魔力

 (ランク9)

・マテリアル プルシャ・フォーム

 (ランク9+、男性、12歳、アクティブ)

・マテリアル プラント・フォーム

 (ランク6、無性、0歳)

・スキル フォレス語   7レベル

・スキル シュライ語   6レベル

・スキル 身体操作魔術  9レベル+

・スキル 剣術      9レベル+

・スキル 格闘術     9レベル+

・スキル 弓術      8レベル

・スキル 隠密      6レベル

・スキル 料理      6レベル

・スキル 病原菌耐性   5レベル

・スキル 土魔術     5レベル


 空き(0)

-----------------------------------------------------


 ……着々と利益を確保していた。


 泥蛙と呼ばれるこの魔物、大森林の奥地、ケカチャワンの南岸には珍しくない。泳ぐのはあまり得意でなく、沼地の浅い所に潜んでいることが多いとか。跳躍力もたかが知れているが、その舌には毒があり、絡めとられると獲物はだんだんと痺れて動けなくなる。また、噛む力も相当にある。こいつらは普段、泥沼の中に潜んでいて、これはという獲物を見つけると、視界の悪いところから突然、奇襲を浴びせてくる。

 それだけなら、最初の一撃を避ければどうにでもなりそうなものなのだが、こいつを相手取ったハンターは、しばしば不運に見舞われる。急に足下の泥が底抜けして、身動きできなくなったりするのだ。そのせいで体を痺れさせる舌にやられてしまう。

 その不運の正体だが、要するに土魔術だ。以前、ビルムラールが俺に見せてくれたように、この系統の魔法は土を変形させたり、硬度を変えたりするのに活用できる。泥蛙も、これで即席の落とし穴を作る。


 昨日の朝にも出くわした。その時には、土の魔術核を得ることができた。人魚どもから奪った水魔術に続いて、今度は土魔術にも熟練できた、というわけだ。

 ただ、活用しようにも俺自身の能力の枠が足りない。ランクもレベルも5しかない、しかも使い慣れていない能力となると、状況からして、試しに使うにも及び腰になってしまう。


「よーし、そろそろいいだろう。行くぞ」


 下働きを務めるラーマとチャックが大方雑草を刈り終えたので、俺達はそこを通り抜けた。


「そこの坂を上がれば、前回、黄金を見つけた丘の上に着く。宿営できる場所だ」


 昼前に、俺達はその丘の上に到着した。ゲランダンの班が前回の探索で黄金とディエドラを発見したというポイントだ。そして、金になる獲物を手に入れたことで、彼らは撤退を決めた。だから、この先何があるかについては、ごく僅かなことしか知らない。三叉路の向こうには、ケカチャワンの支流が道を塞いでおり、そこには人面魚どもが犇めいている。それだけだ。

 大きな円形をしたその黒土の丘には、例によって丈の高い樹木が隙間なく生えていた。ただ、まるで頭頂部のハゲのように、丘の真ん中にだけは木が生えていなかった。


「そこだ。前回、俺達がテントを張った場所で、金が埋まっていたのは」


 ゲランダンが指差したところの地面を踏んでみると、感触が違った。これは、石?


「魔王の下僕でも暮らしていたのかもな。石の……建物の土台みたいなものがありやがる。そういう場所だと、金でできたものが見つかりやすい」


 彼は歴史には興味などないのだろうが、俺としては無視できない情報だ。ここに暮らしていた人達には、どんな背景があったのだろうか?

 この、土台の石のせいで大樹が根を張ることもできず、丘の中心が平らなままに保たれている。


 タウルが尋ねた。


「水は? どこから調達する?」

「それは心当たりがある。ここの丘から真南に進むと、すぐに四角い池がある。そこで汲んでくればいい」

「早速用意しよう。暗い時間になると魔物も出そうだ。クー、ラピ」

「そうした方がいいな……ああ、あと、水はきれいだが、泳がない方がいいぞ。蛭がいるからな」


 その一言に、ラピがビクッと肩をすぼませた。


「ノーラ」

「うん」


 彼女のことは、雑用係の枠で連れ歩いている。だからノーラも二人の奴隷と同じ仕事をするのが自然だろう。その能力については、アーノもシャルトゥノーマも、ディエドラも認識していない。当然、他の班にも知らせていない。イーグーだけは、目の前で人魚どもを殺すのを目撃してしまっているが、彼については今更だろう。これも俺なりの保険だ。


 フィラックが指示を飛ばした。


「アーノ、メニエ。念のため、丘の周囲に魔物がいないか、確認してきてくれないか」

「わかった」


 俺も残りの人員に指図した。


「ジョイス、イーグー、ペルジャラナン、ディエドラ。ああ、それとストゥルンも。宿営の準備を頼む」

「おう」

「ギィ」


 ディエドラは返事をしなかったが、特に逆らうでもなく、イーグーの言葉を聞いてその通りに動き始めた。ゲランダンの班もここに宿営するので、慌ただしく動き始めた。


「へぇ」


 その様子を眺めていたゲランダンが、感心したように声を漏らし、口角を挙げた。


「やるじゃないか」

「何が?」

「本当に首輪なしで獣人を操ってやがる。リザードマンも逆らわない。いったいどんな魔法を使ったんだ?」

「普通に接して、普通に話をしただけですよ」

「はっはは!」


 彼が真に受けるはずもなかった。嘘は一つも混じっていないのだが。


「で、まぁ、今のうちに先の話をしておきたくてな」

「ええ」


 でなければ、俺とフィラックがサボっていることの理由がない。


「前にちょっと話したが、こっからは道が二股に分かれる。この丘から、大昔の城壁みたいなのが突き出ていてな。ほら、前に……マンガナ村で見たのと同じようなやつだ。あれで、左と右と、進む先があるんだ」

「ええ」

「正直、どっちに渡れるところがあるかはわからん。俺達もお宝を見つけたせいで、さっさと引き上げちまったからな。で、そうなるとどっちに獣人どもの村があるか、河の向こうに行けるか、なんだが」


 これは困った。

 俺が欲しいのは獣人や亜人の捕虜なんかではない。ナシュガズや不老の果実の在り処まで案内してくれる協力者だ。だが、ゲランダンの立場で考えれば、大森林の開拓は、あくまでビジネスのため。多くの危険を冒してここまでやってきたのだから、しっかり儲けたいというのは、正当な主張だ。

 今のところ、あえて逆らわずにいてくれているディエドラも、森の向こうにいる自分達の身内を捕らえようとしてきたら、間違いなく敵対してくるだろう。どうやってごまかそうか。


「二つくらい、案がある」

「一つ目はなんですか」

「ここに宿営するのは今夜だけにして、全員で先に進む。西側から東側までぐるりと隈なく見て回る。そうすることの利点は、なんといっても人数だ。魔物が出てきても、全員で戦える」


 それは避けたい。


「もう一つは」

「左と右、それぞれに先遣隊を出す。まぁ、要するに偵察だな。俺としちゃ、こっちがいいかと思ってる。獣人を見つけたのも、この向こうの丘だった。それがここの二十人でドカドカ歩き回ってみろ。すぐに気付かれて逃げられちまう」

「そうですね」


 どちらかの案を取れと言われたら、断然こっちだ。

 できれば出先でディエドラを説得して、俺達の班だけで先に進む。最悪の場合でも、彼女の身内を逃がすなど、信頼関係を構築する。とすれば、俺と彼女で偵察に行く機会が絶対に必要だ。


「今回の探索は、お前らが主役だからな。かたや主催者、かたや隊長。ここまでは俺やペダラマンが前に立ってやったが、最後の最後で先頭に立つのは、お前らだ」

「確かにその通りです」

「ただ、どうにも戦える奴が少なそうだから、うちの人間を貸してやってもいいが」


 ゲランダンはチラリと後ろを見やった。


「トンバはなかなかの剣の使い手だし、プングナの槍も頼りになる。ま、うちで強いっていったらそんなもんしかいないが。あとは戦えるっていうんでもないしな」

「それは、ありがたいですが」


 できればその辺はノーサンキューだ。むしろうちは戦力過剰なのだから。


「アーノみたいにできるのもいますからね」

「そこだな。ただ、偵察するんだったら、物資も心許ない。だったら俺はグルとかチャックとかを連れて、一度ケフルの滝まで引き返す」

「大丈夫ですか?」

「お前の仲間で、戦えるのがいたら置いときゃいいだろう? 正直、危ないのは歩き回ってる連中じゃなくて、動かない宿営地にいる方だからな。お前、ここ潰されてみろ。食うもんもろくになくなって、逃げる場所もなんもねぇぜ」


 そうなると、どう割り振るべきか……

 組ませる相方を誰にするか、案外選択肢がない。ここに至るまでの探検で、水面下ではどうも仲間内の人間関係が少しずつ悪化してきているようなのだ。


 これはまったく皮肉というしかないのだが、あらゆる命令がトップダウン、参加者はみんな金目当てのドライな関係、死人が出ても淡々としているゲランダンの班の方が纏まっている。逆に個々人の自由意志で集まったはずの俺達の方が、感情的な問題でこじれやすい。

 特にフィラックとタウルの間には溝ができているような感じがある。俺がしっかりしなくてはいけないのだが。


「それに」


 ゲランダンは後方に立つディアラカンをちらと見た。今はチャックとラーマが相手をしているようだ。


「監督官、あの腹で魔物から逃げ切れると思うか? ハッ」


 俺にとってはどうでもいい人物とはいえ、死なせてはまずい、か。

 まず、宿営地にはクーとラピを残す。連れて行くのは無理だ。その流れでいくと、ノーラを置いていくのも自然だ。護衛としては最強と言えるだろう。ただ、それは起きて活動できている場合に限る。それに、ノーラはキースみたいな生粋の戦士とは違う。俺が能力を付与しただけの少女だ。

 してみると、彼女が応戦を開始するまで、持ちこたえるだけの能力を持ったのがいないとまずい。ペルジャラナンはもう信頼できるし、ノーラなしではコミュニケーションに支障も出てくるから、残すという選択しかない。

 あとは二つの方面の探索だ。俺とフィラックとタウル、これをどう仕分けるか。


 ゲランダンが口を開いた。


「俺はタウルをここに残すのがいいと思う」

「タウル? なぜだ?」


 フィラックが、初めてここで口を挟んだ。


「いや、俺が前に出たくないというわけじゃない。怠けたくはない。でも、一応ここの隊長は俺だ。それに大森林の探索なら、やっぱりタウルのが経験はある」

「遠慮なく言っていいか」

「なんだ」

「お前だけだと、監督官を怒らせかねない」


 そういう理由か、と俺達は思わず黙り込んだ。


「ここは南方大陸だ。偉そうに見えるサハリア人なんか、目障りでしょうがない」

「だが、そんなことを言われても」

「タウルなら、あれとどう付き合えばいいかも心得てる。こっちの人間に任せるのが間違いないと思うぜ」


 確かに一理ある。


「だいたいな、なんで俺がずーっとあの……屁コキ虫の監督官様の相手をずーっとやってたと思うんだ? 最初からお前らじゃ無理だって思ったから、引き取ったんだろが」

「それは、確かに手間が省けたが」

「正直、権限だけは持ってやがるからな。俺としても変に怒らせたくねぇんだよ」


 してみると、探索隊の一方にフィラック、もう一方に俺。タウルはノーラと同じく、宿営地に待機する。

 ここまで決まると、残りも割と自動的に割り振れそうだ。こっちは俺がいれば戦力的な問題はないから、フィラックの側を手厚くするべきだ。


「こっちに残すのは、誰に?」

「ラーマと……タウルの補佐だな、それとトンバ、プングナだ。あとは俺、アフリー、グル、チャックが四人でまた滝に戻る」


 となると、こうなるか。


「じゃあ、フィラックの方にジョイスをつける。あと、借りていいならトンバとプングナも、二人に」


 ジョイスがいれば、透視もできるし心も読める。しかも詠唱も不要だ。余程でなければ、危険に直面することはない。何かあっても逃げ帰ればいいのだし。


「わかった。指示に従うよう、俺から言っとく」

「僕は、メニエとストゥルンを連れていく。あとは獣人も」


 それぞれ四人ずつで偵察だ。

 正直、ストゥルンが邪魔ではある。シャルトゥノーマが正体を隠している件も気になっているし、ディエドラとも話をしておきたいし。


「いい判断だと思うぜ。じゃ、そういう手筈でいこう」


 こうして、明日からの活動方針が決まった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >「うわっ!?」 >今度はチャックだ。急に何かに足を取られたかのように、その場に転んでしまった。 他の方のコメントにもありますが こういうのは川□浩(伏字)の番組を思い出しますね アマゾ…
[良い点] うまいこと獣人の村人を逃げさせられるかな [一言] >質問なのですが、今のファルスの剣はどこで手に入れたものでしたっけ? 魔宮で拾ったやつですね、421話かと
[良い点] 更新してくださりありがとうございます。 [気になる点] ゲランダンは戻り、偵察班のメンバーは決まっていい感じに物語が進んでいる気がしますが…。ストゥルンは略奪を好まないようですが、獣人に…
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