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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第三十二章 緑の闇の中で
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傾奇者、武功を立てんと欲す

「やぁやぁ、これも龍神の導きといったところか」


 アーノはさも愉快そうにそう言った。


「ここはおごらせてもらおう。遠慮なくやってくれ」


 さっきまで彼が足を置いていたテーブルの上には、人数分のジョッキと、肉と野菜を炒めた居酒屋料理が並べられている。あとは小皿とスプーンだけ。


「それにしても、十二の若さで大森林に挑もうとは豪儀なこと、知遇を得たるは欣快至極」

「は、はぁ」


 生返事をしながら、俺はちらと彼の胸に目をやった。


 真紅の陣羽織の内側には、煌びやかに飾られた朱色の甲冑を身に着けていた。とはいえ、防御されている範囲はごく狭い。体の前面、胸と腹だけで、肩も背中も無防備だ。必要ないのだろう。彼の技量を鑑みるに、動きの妨げになる方が問題なのに違いない。

 だが、これから行くのは闘技場でもなければ、サハリアの戦場でもない。大自然を相手どるのだ。こんな目立つ格好で森の中を歩き回るつもりなのか?


 できれば着替えて欲しいのだが、切り出しにくい。まずは世間話をしよう。


「それにしても、ヒシタギ家の方なんですね。今までも他所でお会いしたことがあるのですが」

「ん? 一族の者どもを知っておるのか?」

「は、はい。ええと、まずピュリスにいた頃、カクア家の」

「おお!」


 なんと、知り合いだったらしい。


「ユミか! そうか、お主はあ奴の知り合いだったか」

「冒険者で身を立てておいででした」

「昔から器用な奴だった」


 そう言いながら、彼はまた一口、椰子酒を飲んだ。


「それからスーディアでは、ヤレル様にお会いしました」

「ヤレル? なんだ、あれとも知り合いか」


 今度はあからさまに不機嫌になった。


「あれは何かと口うるさい。気が合わぬ」

「そ、そうですか」

「私と違って本家の人間でな。やれしきたりだの、やれ務めなどと言っては……ああ、思い出すだけで体が痒くなる!」


 ということは、アーノは分家の人間なのだろうか?

 疑問が顔に出たのだろう。彼は要求される前に説明した。


「ヒシタギ家は、東方大陸南部の広い領地を治めるスッケの名家だ。だが私は分家も分家、それも父は放蕩者よ。家を捨ててあちこちほっつきまわり、勝手にフォレス人の女を娶って子を産ませた。それがこの身よ」


 なんとコメントしたらいいかわからない。


「だが、父も母も早死にしたのでな。一時期、ワノノマの本土に引き取られて育った。他にやることもないので、その時、腕を磨いたのだ」


 とすれば、そこでユミとも顔を合わせたことがあったのかもしれない。


 ここではたと会話の流れが途切れた。

 さて、そろそろ切り出さねばならない。


「アーノさん、あの」

「何か?」

「なかなか見栄えのする鎧に陣羽織だと思いますが」

「ほう、嬉しいことを言ってくれる」


 彼の目つきが怖い。なんだろう、これは。まるで「お前が俺の気分を害するような発言をするはずがない、そうだな?」と言われているような気分になる。


「目立ちすぎやしませんか」


 しかし、言わねばなるまい。金はこっちで出すから、もう少し周囲の風景に溶け込めるような装備に取り換えて欲しい。

 だが、彼は首を傾げた。


「目立つ……いや、目立たぬほうがよいのだろう?」

「はい、そうです」

「ならばこれが一番であろうに」


 今度は俺が首を傾げる番だった。森の緑の中で赤い服。これ以上目立つ色があろうか。

 戸惑う俺の耳に、彼の哄笑が響く。


「だから、汚れが目立たぬ方がよかろうと言っている」


 やっぱり、そうか。

 キースといい、アネロスといい、イフロースといい。強い奴は大抵好戦的でもある。アーノも例外ではなかった。要するに、どうせ返り血で汚れるのだから、最初から赤いほうがいいと言っているのだ。


「あの、確かに命懸けの探索ですし、魔物と戦うこともあるかと思いますが」

「うむ」

「戦うだけではないんですよ? むしろ、面倒な魔物は避けて今後のためにも奥地を探索しようと、そういうことですから」

「ははぁ、なるほど」


 彼は一人合点し、大仰に頷いてみせた。


「それも納得できるな。だが、いざとなればなんとでもなる。もし足手纏いになったら私を捨てていくがいい。殿は引き受けた」

「はい? そんなわけにはいかないでしょう」

「私は大森林の奥地に用がある。ただ、一人では行ってはならぬというから、途中まででも同行させて欲しいというだけのこと」


 まるで俺みたいなことを言う奴だ。


「一応、班で行動するのに、あまり勝手なことをされるのでは困りますが」

「なに、そなたらの邪魔にはならぬ。できるところまではしっかりと役目も果たそう」


 椰子酒を一口飲んで、ジョッキを置いてから、アーノは言った。


「多少の我儘は見逃されたい。私が立つのでなければ、ワノノマの恥辱は雪がれぬゆえ。これもあえての装束と思って許されたい」

「では、わざと目立とうとしているんですね、やっぱり」


 いくら強くても、トラブルメーカーを招き入れる気にはなれない。表の男達にしても、何が原因で揉めたかはわからないが、ああしてあっさりぶちのめしてしまったわけだし。少なくとも、協調性には期待できない男だ。


「そうまでして、何をなさりたいんですか」


 俺の問いに、彼はしばらくじっと沈黙し、それからジョッキを手に取ってゆっくりと喉を湿した。そうして中身がなくなって軽くなったそれを置くと、彼は静かに語り始めた。


「ファルス殿は、大森林の本当の歴史をご存じないか」

「本当の? 歴史?」


 世間一般の歴史認識では、大森林の歴史は世界統一期から始まる。それ以前はというと、魔王の飼う魔物の大群が棲みついているというだけで、歴史と言えるようなものなどない。

 さて、イーヴォ・ルーこそ倒されたものの、大森林にはいまだ数多くの魔物が犇めいており、制圧など到底不可能だった。それでギシアン・チーレムは、現在のキニェシに防衛軍の本拠を定め、更に最前線の基地として関門城を建設させた。これは偽皇帝に始まる動乱期を経ても維持されていたのだが、海賊王ルアンクーの活動時期に差しかかる頃、魔物の集団が押し寄せて関門城を攻め落としてしまった。

 魔物の集団の勢いは激しく、一時期はエシェリクの街をも支配下に収め、キニェシを窺う動きさえみせたという。だが、ルアンクーの帝国が瓦解し、南方大陸北部にベッセヘム王国が成立する頃には、人間側の反撃が始まった。関門城を奪還し更にその南へと、かつての皇帝の遺命を果たすべく、冒険者達は大森林に挑み続けている。


「実際にはそうではない、と?」

「では、この百年、大森林に魔物討伐隊がまともに派遣されていないと言ったら、どう思う?」


 それは奇妙な話だ。

 マルトゥラターレが故郷を失ったのも、ワノノマの魔物討伐隊が攻め込んできたからだ。彼らは問答無用で村長を斬り殺し、村を焼き払って霊樹を破壊した。


「正確には、二百年前には、魔物討伐隊を送るべしという命令は下されなくなった」

「じゃあ……あ、いや、でもその後も大森林に来てませんでしたか?」

「当時の討伐隊が勝手に自分で行き先を大森林にしたのであろうな。それぞれの隊長には裁量権がある。だが、百年ほど前に、討伐隊として大森林の奥地に踏み込むのは、明確に禁じられた。今もここまで来ることはあるが、やっていいのは関門城の防衛だけだ」


 してみると、マルトゥラターレは運が悪かった。彼女が遭遇したのは、魔物討伐隊の最後の集団だったのかもしれない。

 それにしても、ちょっとわけがわからない。魔物を討つから魔物討伐隊なのに、なぜ大森林に行くなと言われなければならないのか。


「それだけではない。世界統一から五百年、関門城の南には冒険者ギルドがなかった。つまり、魔物に攻め落とされる前には、ろくに戦ったこともないのだ」

「魔物に攻め込まれて、いつも防戦一方だったとかじゃないんですか」

「そうであればいいが、だとするなら、負けっぱなしでもあるまいに。世界統一から三百年、余裕があったはずの平和な時代に、なぜ攻め込もうとしなかったのか」


 では、魔境たる大森林を制圧すべしとする皇帝の命令は守られていなかったということになる。

 そうなると歴史の解釈に問題が出てくる。将軍セイはなぜキニェシに拠点を置いた? そして関門城は何のために建てられた?


「統一後の平和な三百年間、神官戦士団が各地を見張っていたのは知っているか」

「え、ええ、まぁ、一応」


 諸国戦争の初期でさえ、彼らはまだ、組織的に活動していた。実際、そのせいでリンガ村はシーラへの信仰を捨てたのだ。


「だが、妙ではないか。すべての魔王を討って世界が平和になったのなら、どうしてそんなことをする必要がある?」

「はい、それは確かに」


 つまり、世界に脅威が残っているから、武力を差し向けるのだ。だが、それであるなら、大森林こそ攻め滅ぼすべき魔境ではないか。現に人形の迷宮やムーアン大沼沢は、統一時代においても攻撃対象であり続けていた。なぜ大森林だけは除外されていたのか?


「いずれかの魔王はまだ、生き残っているのではないか。そういう恐れがなければ、わざわざ労力を割く必要などあるまい? それでこの、大森林の奇妙。してみると、だ。つまるところ……」


 彼は酒を飲もうとしてジョッキを持ち上げた。だが、中身が空っぽなのを思い出すと、すぐテーブルに叩きつけた。


「我らは勝ったつもりで負けているのではないのか? いつの間にか、魔王の毒が世界にまわって、人の世を動かすまでに至っているとすれば」

「そんな、まさか」

「ないとは言えまい。現に魔物討伐隊は、奥地に踏み込むことが許されぬ」


 アーノの推測は正しいのか、誤っているのか。今の時点の俺にはわかりかねた。

 なるほど、暗躍する連中はいる。使徒のように。だが、だからといって今も魔王が生き延びているかというと、それはわからない。一応、この世界の常識に照らせばシーラも魔王だが、アーノの想定が正しいなら、他にも誰かが生き延びていて、しかも世界に魔手を伸ばそうとしていることになる。


「では、正義を明らかにするために、大森林に挑みたいと」

「それが理由の半分」

「もう半分は?」


 すると、彼は狂気を感じさせる笑みを浮かべた。


「知れたこと。人など斬り飽きた。せっかく鍛錬を重ねてきたのだ。世を乱す魔物、とりわけ亜人、獣人を斬らねば、何のために今まで技を磨いてきたのかわからぬ」


 では、彼はかつての亜人狩りをしたくてここまできたのだ。しかも金目当てですらない。

 冗談じゃない。じゃあ、まさか俺が購入したディエドラや、ペルジャラナンまで殺そうというのか? シャルトゥノーマなんか、正体が知れたらバッサリやられかねない。


「ワノノマの男子に生まれたのだ。ならばこの手で奸邪を討ってこそ。ファルス殿ならわかろう」


 なんのことはない。あれやこれやと理由はつけたが、要は戦いたいだけだ。相手が人間では簡単に勝ってしまうから、亜人の特殊能力に期待して、強敵と出会うためにここまできた。

 キースもそうだったが、こいつはもっと純粋な戦闘狂だ。それとも傾奇者とか、そういう類か? わざわざ敵に見つけられたくてこんな格好をしているのだ。


「お話はわかりました」

「わかってくれるか!」

「ただ、それならやはり、装備を変えていただかなくては」


 断ろうかとも思ったが、ここはあえて受け入れる以外になさそうだ。ゲランダンと揉めたらしいと知られてしまっている今、こういう現地とのかかわりの薄い人物でなければ、味方に引き入れるのは難しい。それに、これだけの戦士がそうそう見つかるとも思えない。

 だとしても、敵を挑発するための装備で身を飾るなんて、さすがにそんなイカレた奴は連れていきたくはない。だいたい、俺達だってカリの武具屋でわざわざ装備を脱色したり、装飾を取り除いたりしているのに。

 彼は若干、興が削がれたといわんばかりに無表情になった。


「やっぱりだめか」

「赤一色では、ちょっと。人間同士の戦なら、それも見栄えがしていいかと思いますが」

「そうはいっても、この胴丸には替えがない」

「せめてその陣羽織だけでも、何か目立たないものを仕立ててもらうことはできないでしょうか? お金は出しますので」

「仕方ないのう」


 ホッと息をつく。

 人間性はアレだが、これだけの実力があれば、戦闘だけは頼れる。魔物を殺すだけならノーラが後ろから魔法を使えば簡単だが、何かで前衛の隙間を抜かれたら、それもできなくなる。だが、俺とペルジャラナン、そこにアーノまでいれば、余程の相手でもなければ、まず突破できまい。

 しかもこの分なら、使徒の息もかかっていない。それどころか、龍神その他ワノノマの組織とも繋がりは浅いとみていい。なぜなら彼は、組織上層部の禁令を破って大森林の奥地を目指しているからだ。

 要するに、人間関係は白紙。何か裏があるはずのシャルトゥノーマや、かなりの確率で使徒の手下とみられるイーグーと違って、本当の意味での人員補充ができる。


「一応、焦げ茶色の陣羽織も予備で持ってきたのだが……」

「それがいいです!」

「うむむ」


 店主が替えのジョッキを持ってくると、彼は不満とともに中身を飲み下したのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ギシアンチーレムを呼び出したとされる『時空の女神』クロノアの名前がないのは女神教の108柱だからですかね?
[一言] なんか新しい登場人物が増えてきて凄いな。 かつてない大所帯じゃないのか?これ…
[一言] アーノを引き入れるのは不和の種にしかならなさそう。ワノノマはエルフ、獣人、使徒の手下の全員と敵対してるし。実力はあっても価値観がここまで違うとなぁ
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