ミルークの郎党
「よく来てくれた」
「十分お休みをいただきました」
ティズの仕事用の幕屋に招かれた。天幕の中は薄暗く、机の一角に置かれたランプが静かに燃えている。既に太陽は橙色の輝きを放ち始めている。間もなく赤の血盟の作戦会議が始まる時間だ。
フィアナコンを陥落させてから、俺はずっとティズの近侍のような仕事をしてきた。すぐ近くにいて護衛する。天幕に立ち入る前に中の安全を確認する。個人としての戦闘能力がこれほどのものであると認識した以上、彼からすれば、それも当然の選択だったと思う。
だが、今日の昼を過ぎてから、どういうわけか俺には休みが与えられた。自分のテントに戻ってのんびりせよと。それが今になって急に呼び出された。室内には既に四人の男が控えている。彼らが護衛を務めていたのだろう。そしてここに招かれた理由は、恐らくは会議についての相談だ。
「ものは相談なんだがね」
「はい」
「この後の会議……」
もちろん、心配はいらない。
プノス・ククバンとして、ティズの方針に賛成の一票を投じるだろう。或いは俺の口から言わせたい提案でもあるのか?
「……の話ではないんだ」
「はい?」
「ファルス君、君に贈り物と頼みごとがある」
では、他に何の話があるのか。
そこで俺は、ティズの左右に侍る四人の男達に視線を移した。まだ年若いのもいれば、既に四十代後半に達したのもいる。一見してサハリア人とわかるのもいるが、明らかに混血らしいのもいるし、ルイン人らしいのも混じっている。
ティズは今、俺の名前を呼んだ。プノスではなく、ファルスと。つまりこの四人には俺の正体を知られてもいいらしい。
「この中に見知った方はいませんが」
「初対面だろう。いや、すれ違うくらいはしたのかな?」
「えっ?」
そこで俺は、彼らの顔をまじまじと見つめた。だが、確かには思い出せない。
「彼らは」
ティズは椅子から立ち上がり、机に手を添えた格好で言った。
「ミルークの郎党だ」
「えっ……じゃあ」
「そう、一人を除いて、君が兄と会う直前まで傍にいた」
それで俺は、改めて四人の姿をじっくりと確認した。
「彼らは一族の繋がりで従っているのでもなければ、金のやり取りだけで繋がっている傭兵とも違う。直接にミルークに忠誠を誓った男達だ」
まず左端の男。まだ若いサハリア人だ。細身で、顔立ちも美しい。それでいて精悍さもある。腰には曲刀を手挟み、上半身は赤く縁どられた深緑のチュニックを身に着けていた。
「紹介しよう。彼はフィラック、ムスタム出身だ」
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フィラック・タウディー (22)
・マテリアル ヒューマン・フォーム
(ランク7、男性、22歳)
・スキル フォレス語 5レベル
・スキル サハリア語 5レベル
・スキル シュライ語 5レベル
・スキル 指揮 4レベル
・スキル 剣術 4レベル
・スキル 格闘術 4レベル
・スキル 騎乗 4レベル
・スキル 操船 4レベル
・スキル 商取引 4レベル
・スキル 水泳 3レベル
・スキル 医術 3レベル
・スキル 料理 2レベル
・スキル 裁縫 2レベル
空き(9)
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見事に器用貧乏……もとい万能な男だ。俺の基準で考えるとおかしなことになるが、一般に貴人の従者として生きる限りにおいては、これだけできれば十分といえる。
「良家の生まれだが、十六の時、海賊に捕まって奴隷になった」
「なんと。それがどのようなご縁で」
「うむ。それから四年ほど、各地で使役されながら彷徨っていたのだが、二年ほど前、サハリアに戻ってきた兄がジャリマコンで見かけて、引き取って解放した」
では、彼にとってミルークは恩人だ。
「それから一度はムスタムに戻ったのだが、いろいろあってネッキャメル氏族に仕えることになった。だが、兄が去ってからはわしが身柄を預かっている」
ティズは次の男を指し示した。
打って変わって、こちらは見るからに品のない、いかにも粗暴という印象を与える男だった。年相応に皺の多い顔からは、滲み出る老獪さが見て取れた。人を嘲笑うような眼差しもそうだが、ふてぶてしい表情自体が顔にへばりついている。
体は大きく、横にも広いが、背もティズより一回り高い。肌はサハリア人の小麦色ではなくもっと白いものの、やはり年齢のせいか、斑になっていて見た目が汚い。髪も虎髭も黒い。あちこち白髪が混じってはいるが。明らかにいろんな人種の混血とわかる。
腰にはナイフを手挟んでいるだけだが、装備が普通のサハリア人ほど軽装ではない。クリーム色のマントに覆われた内側には、金属のリングで補強された革の鎧を身に着けている。
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ムフタル・クロシナン (49)
・マテリアル ヒューマン・フォーム
(ランク6、男性、49歳)
・スキル フォレス語 5レベル
・スキル サハリア語 5レベル
・スキル シュライ語 5レベル
・スキル ハンファン語 4レベル
・スキル 戦斧術 6レベル
・スキル 盾術 5レベル
・スキル 格闘術 5レベル
・スキル 投擲術 5レベル
・スキル 騎乗 3レベル
・スキル 操船 6レベル
・スキル 水泳 6レベル
・スキル 商取引 5レベル
・スキル 指揮 5レベル
空き(36)
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「こちらはムフタル、サオー出身だ」
サオーは南方大陸西岸、真珠の首飾りを構成する都市国家の一つだ。住んでいるのはカチャンみたいな人種がほとんどのはずだから、現地の人間というより、居着いた余所者の子孫といったところか。
それにしてもこの人相。
「この人は……」
俺は顔が強張るのを感じた。
今まで伊達に死線を潜り抜けてきたのでもない。直感した。この男は危ない奴だ。
「傭兵、ではないですね。いいや、むしろ……」
「はっはっは!」
ムフタルはティズの許しもなく、遠慮なく口を差し挟んだ。
「なかなか見る目があるな。そうだ。傭兵まがいのことをしていたこともあるが、元々は海賊だ」
「どうしてこんな」
ティズが説明する。
「うむ。先の紛争の時から海峡を狭しと暴れまわっていた。南北の争いが終わってからも、懲りずに……三年くらいだったかね」
「そうだな。だいたいそれくらいだ」
「その後、兄が策略を用いて捕らえた。本来なら首を刎ねて終わりだったが、見どころありとして、兄が身柄を引き取った。それから手下ともどもネッキャメルのために仕えることになった。ハリジョンでも船を一隻任されていたが、あちらが落ち着いたのでアラティサールと合流したネッキャメルの兵に混じって今日、ここに到着した」
ミルークも、ベレーザに夢中になるだけじゃなくて、この頃はちゃんと仕事もしていたらしい。例の破局のちょっと前か、或いは直後くらいか?
「次はこちら」
三人目は、なんとルイン人だった。
「ディノン・カタフェン、シャハーマイト出身だ」
こちらは完全にサハリア風の服装だ。しかし、これがコスプレかというくらいに似合っていない。
四人の中では最も背が高いが、均整が取れた体つきをしているのでムフタルほどには太くない。髪の毛はほぼ坊主頭といっていいくらいに短く切り揃えられている。金髪の坊主頭がターバンを乗っけているのだ。
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ディノン・カタフェン (36)
・マテリアル ヒューマン・フォーム
(ランク6、男性、36歳)
・スキル ルイン語 5レベル
・スキル フォレス語 5レベル
・スキル サハリア語 4レベル
・スキル 格闘術 4レベル
・スキル 弓術 6レベル
・スキル 騎乗 4レベル
・スキル 大工 4レベル
・スキル 鍛冶 3レベル
・スキル 裁縫 3レベル
・スキル 料理 2レベル
空き(26)
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「なんと兄の弟子だ。弓の腕前ではなかなかの才能がある」
「いえ、まだ追いついた気がしません」
「兄が放浪中にマルカーズ連合国に立ち寄った際、実家の木工場が……なかなか大手だったらしいが、借金で首がまわらなくなっていたのを助けたのがきっかけだと聞いている。弓の腕を競い合ったそうだ。それで縁があって、数年前からアーズン城を守っていた」
こちらはベレーザを死なせた後に出会った人物ということか。
ジルの言うには酒浸りだったらしいが、ずっとそうだったのでもないのだろう。たまたま正気だった時に出会って、運よく救われたらしい。
「最後に彼、タウルだ。南方大陸の内陸、ウンク王国の出身だ」
ほぼ真っ黒な肌の色。前世で黒人といわれたら、彼みたいなのをイメージするだろう。
全体として華奢な体つきだった。四人の中で背が一番低かったが、手足がやたらと長い印象だ。まるで密林の蜘蛛を思わせる。暑いのが嫌いなのか、日差しを避けるためにクリーム色のローブを被ってはいるが、その内側にはくすんだ緑色のチュニックを身に着けているだけだった。
表情に乏しい。内気なのか、笑みの一つもなく、おずおずとこちらに目を向けた。
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タウル・エッファ (28)
・マテリアル ヒューマン・フォーム
(ランク5、男性、28歳)
・スキル シュライ語 5レベル
・スキル フォレス語 4レベル
・スキル サハリア語 4レベル
・スキル 格闘術 4レベル
・スキル 軽業 5レベル
・スキル 隠密 5レベル
・スキル 罠 5レベル
・スキル 水泳 4レベル
・スキル 医術 4レベル
・スキル 薬調合 4レベル
空き(18)
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これまた一芸に秀でた男だった。
偵察要員としてはうってつけだ。
「彼も兄が放浪していた時に出会った人物だ。当時、ウンク王国の最前線、大森林の入口で、子供ながらに案内人をしていた」
「案内人? ですか?」
「冒険者証はないが、大森林に分け入る手伝いをする……荷物持ちだけでなく、まぁ、現地の案内とか下調べをする仕事だね」
そういうのがいるのか。
しかし、だとすると彼の能力にも納得だ。大森林にはさまざまな魔物が跋扈しているという。冒険者達の道案内として働くうち、自然と先に立って危険を見つける能力を磨いていったのだろう。
「なぜミルークさんに仕えることに?」
「こちらもきっかけは金だな。幼い弟や妹が売り飛ばされるくらいならと、自分から身柄を買って欲しいと申し出てきた。それで引き取ったのだが、真面目でよく働くのもあって、奴隷からは解放した。内気すぎるのが玉に瑕だがね」
なるほど、よくわかった。
とにかく、みんなミルークに借りがある。
「実はあと二人ほどいるんだが、そちらは戦場に引っ張り出せるような男達ではないからね。アーズン城にとどまってもらっている。他はシジャブと共にこちらに来た」
「それで、どうして僕に紹介したんですか」
「君の郎党ということにしたいのさ」
俺は眉根を寄せたが、ティズのことだ。ちゃんと考えあってのことだろう。
「まず、ラークだが、引き続き君の傍には置く。だが、あれはネッキャメルの頭領の一人だとみんなが知っている。ニザーンまで合流した今、人の目もある。いつまでもあれにククバンの旗を持たせておくわけにもいかない。といって、それをジルに任せるのもどうかと……女しか家来のいない族長なんて、笑いものにしかならない」
「そういうことですか」
「その点、この四人はそこまで名を知られてはいないし、腕前も確かだ。うってつけなんだよ」
俺が納得して頷くと、ティズは更に説明を付け足した。
「もう一つ。彼らには立場がない。兄個人に従っていただけの人間で、つまりは全員余所者だ。もちろん、何年間もネッキャメルのために尽くしてきた実績があるのもいるんだが……それもあくまで兄に仕えていたからでしかない。兄が死んだからそのままわしに仕える、という話ではないのだよ」
「僕に仕えるという理由もないのでは」
「そこはそうなのだが」
「んな言い方じゃ伝わんねぇだろがよ」
ムフタルが割り込んだ。しかし、この言葉遣いときたら。
「鼻つまみ者ってこった。俺を見りゃわかんだろ」
「わかりません」
ムフタルの粗暴な振舞いが嫌われる、というのならわかる。仮にも族長に向かってあの物言いはないだろうに。しかし、他の三人がそこまで非常識とも思えない。
「じゃあ説明するとな。こん中じゃ、俺が一番古株で出世もしてる。けど、居心地悪いったらなかったぜ。こいつらも多かれ少なかれそうだ」
そこへ最初のムスタム出身の男、フィラックが口を挟んだ。
「ミルーク様は、俺が仕えたいと申し出たとき、一度断っているんだ」
「なぜです?」
「身分は頭領、それも族長に最も近しい立場だが、ネッキャメル氏族の中では完全に孤立している。自分についてきても先はないから、とおっしゃっていた」
フィラックを押しのけて、またムフタルが説明を続ける。
「要するによ。俺が捕まって手下にされた時にゃあ、ミルークはネッキャメルで一番偉い奴だった。前の族長のクリムが寝たきりだしよ……なんだかんだ頼りにされてたもんだから、俺みてぇな海賊を家来にしても、みんな何も言わなかったんだ。けどその後、あの野郎、全部ほっぽって遠くに行きやがったろ」
「ええ」
「最初はそれでもまだ、期待してたのがいたんだが……他の二人も、旅の途中で召し抱えてんだろ? けど、結局帰ってこねぇでフォレスティアに居着いちまった。あれでかなりの連中が見放したんだ」
「えっ? でも……」
俺は左右を見回した。
じゃあ、ムフタルは別として、あとはみんな、ずっと冷や飯食らいに甘んじていた?
俺の疑問を察して、ディノンが控え目な口調で言った。
「はは……本当はもうちょっといたんですよ、私達みたいなのが。でも、ミルークさんも、その……行く場所のある人には、支度金を持たせて暇を与えたりしてですね……」
「で、でも、引き続きティズ様に仕えれば」
と言っておいて、それが微妙な問題を含むことを察した。
ミルークがすべてを捨てて旅に出た経緯は理解できる。たった一つの愛すら許容してくれなかった氏族のために尽くす気力なんて、湧いてこないだろう。だが、彼の身分でそんな我儘が許されないのもわかる。人は高い地位を羨むものだが、皮肉なことに、自分の裁量が増えれば増えるほど、選択肢は狭められていくものなのだ。
そして、そんな無茶をしでかしたミルークの郎党をティズが抱え込むことは、つまり、氏族内での突き上げを食らう可能性を高めることに繋がる。
「今回の戦で大勝利して、有無を言わせないほど立場がよくなれば、どうとでもなるのかもしれないがね。なんにせよ、ここの四人は兄との繋がりでここにいるだけだ。わしに仕えたくているんじゃない」
なるほど。
自身の立場悪化から先を見越して、既にミルークは自分が手引きしてネッキャメルに仕えていた人達に、退職金を出して暇を与えてきたわけだ。それでも居残ったのが彼ら、と。果たしてそれは忠誠心からなのか、居場所が他にないからなのかはわからないが。
「君がこの前の戦いで大手柄を挙げたのをみて決めたんだよ。つまり、君が引き続き結果を出し続けるとするなら、ただ横に置いておけば、戦が終わった後もよりよい条件を与えることができる。こちらに留まるにせよ、去るにせよ」
「はぁ、まぁ」
逆に周囲に人が増えれば増えるほど、秘密を保つためにも力を使いづらくなるのだが。
「だが、本当の理由はこの三つ目だ。ジルを死なせたくない。護衛をつけたい」
「なるほど、それでやっと納得できました」
一時的にククバンの郎党ということにするだけなら、わざわざファルスと呼びかける意味はなかった。ジルの正体から事情まで、彼らは知っているのだ。
「要するに、これが君への贈り物であり、頼み事でもあるんだよ。彼らはそこらの雑兵とは違う、ひとかどの男達だ。その手を借りて、ジルを守って欲しい」
確かに能力的には、ある程度は頼れそうな気もするが……
「使い方はよく考えてくれ。改めて一応言っておくと、タウルは物見としての才能がある。ディノンは射手としてなかなかのものだ。ムフタルは歴戦の勇士で、以前はファフルと共に、ティンプー王国の要請を受けて未開地域の魔物討伐に出向いたこともある」
ファフルとも接点がある、か。いや、付き合いの長さを考えると、ほとんどの頭領と交流があったはずだ。果たしてどんな関係なのか。
「フィラックも一人前といえるだけの戦士ではある。元々ムスタムでもそれなりの家の出だけあって礼儀作法も弁えているから、表の顔として連れ歩くには便利だろう」
「わかりました」
と頷いてみたものの、内心不安ではある。
みんなそれなりの男達だ。俺の実力もわからないのに、黙ってついてくるものだろうか? 特にムフタルあたりは本当にどう転ぶかわかったものじゃないのだが。
「あの」
「なんだね」
「皆さんは、こんな少年の家来という立場で平気なんですか」
この辺は確かめておきたい。互いに縁もゆかりもない相手だ。何か感情面でネガティブなものがある場合、行先が戦場なだけに、何が起こるかわかったものじゃない。
「そいつぁ俺に言ってんのか」
「皆さんにです」
「けっ」
ムフタルが舌打ちした。やっぱり断ろうか。彼は有能な男だが……
「俺は文句ねぇぜ。お前が足手纏いになったら、放り出していきゃ済むんだしな」
「わかりやすい……」
俺が呆れ顔になったのにも構わず、彼は続けた。
「それに次に行くところはバタンなんだろ」
「そのはずです」
「だったらそこで大暴れしてやるさ。セミンのクソどもをブッ殺せるんなら、文句なんざねぇ」
恨みでもあるのだろうか? まぁ、それは彼の都合だ。
「俺も不平なんてない」
フィラックが言った。
「それにミルーク様の娘を守る仕事でもある。やっと役目らしい役目をもらった気分だ」
ディノンも同調した。
「別に貴族の護衛のようなものと思えば、主人の年齢など、問題にはなりません」
そしてタウルも黙って頷いた。
「そういうことなら、力になってもらいます」
「そうしてくれ。人前では主従関係を意識してくれると助かる」
そうしてティズは話を締めくくった。
「では、よろしく頼む。で、そろそろ会議だ。ファルス君、君もプノスとして出席して欲しい」




