バイバイお姉ちゃん幸せになってね
それは静かな昼下がり。空気の流れは緩やかで、屋外の物音もあまり聞こえてこない。幾重にも重ねられた布越しに届く陽光が、この部屋をもぼんやりと照らしている。
古びた木のカウンターデスクは、とっくに水分が抜けきって、カラカラに乾燥している。長い年月にわたって使用され続けているにもかかわらず、ガタつきの一つもないところをみると、腕のいい職人が手掛けたものなのだろう。
そんなデスクの上に、普段、あまり見かけないものが鎮座している。それは今では声も出さず、瞬きもしない。
「だからよぉ」
受付嬢を睨みつけながら、キースが主張する。
「買い取れっつってんだよ。規約通りに」
「うっ、あうっ」
目を泳がせながら、彼女は台の上の窟竜の首と、俺達とを見比べている。
「でも、こんな高額なものとなりますとですね」
「は、ら、え。何のために冒険者が命賭けてると思ってんだ、ボケが」
言葉遣いは悪くとも、彼の述べるところは正論だ。
俺達は迷宮から帰還してから、丸一日以上、ひたすらに寝込んでいた。それだけみんな、疲れ果てていたのだ。あれから三日、みんなして、このギルドの建物の前で待ち合わせた。目的はもちろん、報奨金の受け取りと分配だ。これはきっちり五人で分配で、アナクには渡さない。ワームの尻尾以外は彼女が拉致された後に倒した魔物なので、本人の貢献がないからだ。それにまた、ドミネールから奪い取った金貨は長老に差し出した。彼女としても、だから、不満などない。
「これもな」
横から出てきたガッシュが、難しい顔で進み出て、大きな袋の中身をあけた。ボロボロと溢れ出てきたのは、リザードマンの尻尾。なんと三十一本。これにワームの尻尾も六十本。
実はリザードマンの尻尾については、キースやアルマスニンの仲間が倒したもののほかに、少しだけだが、なんとこちら側の犠牲者のものまで含まれている。仲間の遺体の一部を切り取って渡すなんて、と思わないでもないが、その辺、あまり気にしている様子はなかった。大切なのは命であって、遺体ではないのだ。
「んー、これでいくらだ?」
「はい、計算しますと、窟竜が金貨五百枚、リザードマンとワームはそれぞれ金貨十枚相当ですから、合計金貨千四百十枚です。これを五人で割りますと、一人二百八十二枚ずつですね」
暗算して答えたのはビルムラールだった。
なお、キースは自分がリーダーになると主張しているが、分配は全員均等にすると決めている。活躍を考えれば、取り分に差が出てもおかしくないのだが、あえてそうしている。
これは彼の傭兵としての経験があってのことかもしれない。誰しもより多くの金銭を得たいと思うものだ。しかし、それで功績を誇りあっていては、長期的には協調などしていけない。だから、誰から見ても最強であるはずの自分が、一番活躍した自分が、均等な配分を強制する。一見すると、割が合わないように見えるが、そうでもない。傭兵は命が資本だ。目先の利益のために、裏切りや士気の低下を招くような行動を選んでいたのでは、結局、長生きできない。
「ギルドの金庫にゃあ、いっつも一定額の備蓄があんだろが。知らねぇとでも思ってんのかよ」
「そっ、それがですね」
観念した受付嬢が、鍵と手紙をカウンターの上に置いた。
「実は……」
説明を聞く前に、俺は手紙をひったくり、広げた。
「なんと、これはひどい」
さっと文面を一読したビルムラールが嘆息する。
「何が書いてあるの?」
「このお嬢さん、もう受付担当じゃないんです。ギルド支部長代理です」
「へへっ、出世したじゃねぇか」
これで要求がエスカレートする。そう直感した彼女は、ビクッと身を震わせた。
ガッシュも身を屈めて、文面に目を通す。
「金庫の中の現金は、ドゥミェコンの情勢悪化に伴い、一時的にギルド支部長が管理するため……持ち去ったぁ?」
「火事場泥棒ですね」
「そんなものは、ギルドの中の都合だろが。俺らには関係ねぇ」
バンバンとカウンターを叩きながら、キースは催促した。
「とにかく払え。あと、こいつらの昇格の手続きもしろ。次、ガッシュとファルスはトパーズな。あと、ノーラとビルムラール? こいつらがジャスパーとかおかしいだろ。アクアマリンにしとけ」
「そっ、それは! 二階級特進は例外的措置で」
「なんとかしろ。もうお前、支部長代理なんだから」
もともとドミネールときっちり癒着していた支部長だ。実のところ、帳簿通りの現金が金庫の中にあったかどうかも怪しい。だから逃げ出したのだろう。
そして、その汚職の構造の中にいたのは、取り残された彼女も同じこと。
「は、はい……」
彼女自身、切り捨てられたトカゲの尻尾なのだが、いまや目の前に溢れるトカゲの尻尾を眺めながら、力なく頷くほかなかった。
「こりゃいいや」
建物を出ながら、キースは笑った。
「次はアナクを連れてくるか」
「冒険者登録させるんですか」
「おう」
「お尋ね者ですよ?」
「バァカ、そんなもん、もう関係ねぇんだよ」
そう言いながらステップを飛び降り、地面に着地する。そこにあったのは、横倒しになった赤い旗だった。
大攻勢開始時点には、ギルドの前に飾ってあった、アシュガイ隊の隊旗だ。それが回収もされずに放り出されている。これが示す現実は、つまり、キブラ直属の神官戦士がほぼ全滅したということだ。彼女には今、ドゥミェコンに影響を及ぼせるだけの武力がない。
街中に人影がないのも、無理はない。挺身隊員の半分以上が迷宮の中で死亡し、その大半は遺体の回収すらされないまま。生き残りも怯えきっていて、今や入口での座り込みさえしなくなった。またそもそも、ギルドもこの状態なので、日給すら怪しい。すると出歩く理由がなくなる。
稼げない以上、頼みの綱は挺身隊の給与だけ。先が見えない今、彼らは外出を控え、朝食だけを口にして、あとはなるべく動かず、寝床に横たわって、ただただ時が過ぎ去るのを待っている。
なるほど、キースの見立ては正しい。
これから、ドゥミェコンには空前の不景気がやってくる。
この分だと、色町のほうも閑古鳥だろう。大攻勢の前までは、むしろ活況を呈していたらしい。死ぬかもしれないという不安もあって、今のうちにと遊びに来るのが少なからずいたからだ。しかし、今では一番の大得意であったはずのドミネール達もいなくなってしまった。その他の客である挺身隊員も激減した。買ってくれる可能性があるのは、もはや外部からの物資搬入を引き受ける商人、冒険者くらいなものだ。しかし、わざわざ物価の高いこの街で遊ぶ理由も薄い。
同じことは、酒場などのその他の施設にも言える。最低限の飲食とか、宿の利用はもちろんするだろうが、ドミネール達がしていたような、娯楽的要素の強い消費は、今後大きく落ち込んでいく。
「ノーラ」
「なぁに」
「宿、替えよっか」
そもそも、挺身隊員が大勢死んだというのは、物資搬入の必要性も大きく低下するということを意味する。宿屋の数も過剰だ。となると、利権ビジネスの根元が揺るがされる。あちこち空き部屋だらけなのだ。どこでも安いところを選び放題だ。
そうなると、酒場の縛りも意味がなくなる。というか、もっと安く、もっといいものを出さなければ、客は逃げる。そのうち、採算が合わないからと、この街から撤退する事業主も出てくるだろう。すると、宿屋が空き家になる。
「大丈夫かしら。手持ちがあんまりないんだけど」
「ギルドにツケとけばいいよ。現金で払ってくれないんだし」
結局、受付嬢……支部長代理は、小銭の入った別の金属の箱から、残った金貨を分配するだけだった。残りは「ギルドの預かり金」ということで、他の支部から払い戻しを受けて欲しいという話になった。だから、俺達の手元に直接渡ったのは、それぞれたったの金貨三十枚ほど。ひどい話だ。
「この街もいつまでもつんでしょうか……」
ビルムラールも、なんとなく街の変化を感じ取っている。先行きの不安を、思わず口にしてしまう。
「んじゃ、今のうちだな」
「今のうち、とは」
「メシだメシ。おいファルス、ひとっ走りアナクも呼んでこい。ガッシュ、うまい店があんだよな?」
「あ? ああ」
「そこ連れてけ」
これから廃業する飲食店も増えることだろう。だから今のうちに、か。
いや、廃業で済めばいいのだが……
「あっ、おーい!」
広場の向こうで、声を張り上げる男がいる。浅黒い肌に黒い髪。サハリア人らしい。
「ガッシュー!」
「お? 俺の知り合いだ」
「どなたです?」
「傭兵だよ、キジルモク氏族の」
彼は一人進み出て、広場の中央に立った。
「なんだ? 何か用か」
「おう、ちょっとだけ、上から伝えろって言われてな」
そう言いながら、彼はガッシュに駆け寄った。そして、二人だけであれこれ話している。さほど長い時間もかけず、男は去っていった。
「なんだったんですか」
振り返ったガッシュの表情は、やや硬くなっていた。
「間が悪いというか、なんというか……黒の鉄鎖の傭兵団なんだが」
「はい」
「およそ半数がドゥミェコンから撤退、だそうだ」
「ええ?」
なんでまた?
「ちょっと待ってくださいよ。確かそっちの傭兵は、迷宮には潜ってないでしょう、今回は」
「ああ。無傷なはずなんだが」
「どうしてこんな時に」
「わからんよ。そこまでの説明はない。だから、雇われてる連中の半分は、あっちの南部の都市のジャンヌゥボンまで移動なんだとさ」
ビルムラールが首を振った。苦笑いしながら。
「ああ……あっちは暑いですよ。ここもですけど。金属の鎧なんか、着ていられないくらいです」
南方に送られる傭兵が暑がろうがなんだろうが構わない。それより、黒の鉄鎖の内部で、どんな事情があるのかはわからないが、このタイミングというのがまずい。
今にも地中から、レヴィトゥア率いるリザードマンの軍勢が這い上がってくるかもしれないのに。ただでさえ手薄な戦力がもっと少なくなれば、もう、地上は蹂躙されるしかない。アルマスニンが戦わずに服従を選んだら、サハリア中央部は一挙に魔境と化してしまう。
「もしかすると、もっとこっちは減らすかも、と」
「通商路を守ってるんでしょうに」
「知らんよ。最近は赤の血盟と衝突してるってこともないみたいだし。二年位前? に一度、戦争しそうなところまでいったらしいけど、最近は何もないしな」
戦争になったらなったで、こちらのルートは維持したいものだと思うのだが。
ただ、これも大攻勢を受けてのことかもしれない。挺身隊員も大勢死んだが、きっと地下の魔物もかなり減っただろう。それなら、常駐させる戦力を削ってもよかろう、と。
だとすれば、まったくの計算違いだ。
今、この迷宮都市は、崩壊寸前の危機にあるのだから。何も知らない黒の鉄鎖が戦力を引っこ抜いていくことで、この危機は更に深刻なものとなりつつある。
「で、そういうことだから『カース』の説得を急げってさ、ははっ」
「ふん」
キースが鼻を鳴らした。いつの間にか真顔になっている。
どう転んでも、雇われてやるつもりなんてなさそうだった。
「それよりメシだ。ガッシュ」
「あっ、ああ」
「じゃ、アナクを呼んできますよ」
「おう、先食ってるからな」
「あ、私も行くわ」
俺とノーラは、広場から西の街区に向かって歩き出した。何度も通ったはずなので、道くらいわかるだろうと適当に考えていた。
だが、迷宮都市は、地上もある種の迷宮みたいなものだ。広場から一本奥に入った道からであれば、迷わずアナクの隠れ家まで行き着けるのに、大通りから西に向かうと、全然それらしい場所に出られない。それであれよあれよという間に、気が付けばこの街の西門に辿り着いていた。
「あれぇ……」
「戻る?」
「まぁ、右に入れる小道もあるし、素直に人に尋ねれば、アナクの方が見つけてくれるかなぁ」
俺達は右往左往しながら、周囲を見回した。
人の往来、物資の輸送は、ムスタムとだけ行っているのではない。ジャンヌゥボンから持ち込まれるものは決して多くないが、六大国の一角を占めるワディラム王国からは結構な量の援助がある。この西側の大通りは、その通商路の始発駅だ。
しかし、よくよく見ると、少し様子がおかしいことに気付く。基本、物資を消費するだけのこの街なのに、駱駝の背には山と荷物が積まれている。途中の食料や水のためでもあろうが、少々多すぎやしないか。荷車もある。こちらにも貨物らしきものが満載だ。上から麻布を被せてあるので、中身は分からないが。
「ねぇ、ファルス、あれ」
「ん?」
ノーラがいち早く気付いた。
そこには、微笑みあう一組の男女が立っていた。結ばれたばかりの新婚夫婦、でなければ恋人同士のような、甘い甘い空気が漂っている。あっ、今、人目を憚らずにキスをした。
男の見た目は、どちらかというと商人だ。砂漠を渡るのに適した白いダボダボの服。これに対して、女の方はというと、陽光を避けるためのサーコートのようなものを羽織ってはいるものの、その内側には革の鎧を身に着けている。
というか、この女……
「あっ」
あちらもこちらに気付いた。
「ファルスくぅ~ん」
さも親しげに、ラシュカは手を振ってきた。
「無事だったんだぁ。元気?」
いかにも普通のお姉さん、といった雰囲気で話しかけてきた。コソコソするより、そちらのほうがボロを出さずに済むと、そう考えたのかもしれない。
「え、ええ」
いささか面食らいながらも、言葉を返した。
「ラシュカさんは、どうされていたんですか?」
オルファスカが死ぬ前に、運よく別行動していた。或いは死の直前のザイフスと一緒に動いていたのかもしれない。だが、とにもかくにも彼女は命を迷宮から持ち帰ることができた。
「うん、大変だったよね、迷宮」
「はい」
「怖い魔物にいっぱい殺されて……」
いつの間にか横に立っていた、さっきの恋人らしき男が、バンと彼女の肩を叩き、乱暴に引き寄せる。
「安心しろよ。これからはそんな危ないところに行くことはないんだ。僕とワディラム王国で暮らすんだから」
「きゃん」
かろうじて平静を装ってはいたが、何とも言えない気持ちになった。多分、ノーラも同じ気持ちだろう。
「やぁ。君らも冒険者かい」
「は、はい。ファルスって言います」
「そうか。詳しくは知らないけど、ラシュカの知り合い?」
「え、ええ、まぁ。サハリアに来てから、ですが」
彼はニカッと笑った。
「そうか。僕のラシュカがお世話になってたんだね。ありがとう!」
爽やかな笑顔を浮かべると、彼は俺の肩を軽く叩いた。
「いいえ」
ふと疑問に思ったので、俺は彼に尋ねた。
「ええと、お名前は」
「ああ、ライっていうんだ」
「ライさん。では、ライさんはどこでラシュカさんとお会いに? 前からのお知り合いとか」
「ううん」
これに答えたのは、ラシュカの方だった。
「会ったのは、一昨日なの」
「ええっ!?」
少し驚いた。
大方、彼女が売春していた時のお得意様とか、その辺が身請けでもしたのかと思っていたのに。
「嬉しかったわ。ライったら、私に一目惚れだっていうんだもん」
「やめろよ。恥ずかしいじゃないか」
「うふふ。私もなんだけどね。きゃっ」
気持ち悪い。凄まじく。
絶対これ、わざと捕まえたんだろ。好きです、愛してます、という色恋営業。目的はもちろん、この街から生きて脱出するため。
既に元仲間が全滅したラシュカには、冒険者を続けていける見通しがない。独力ではアメジストどころか、ガーネット相当の実力すら怪しいものだからだ。それに手元の資金も、多分、俺が恵んでやった数枚の金貨くらいしかない。だから、たまたま見つけただけの男に、全力で媚びてみせたのだ。
「おっ」
ライは仲間から差し招かれて、背を向けた。
「悪いね。荷物の点検があるから、僕はこれで」
「はい。女神があなたの旅を見守ってくださいますように」
「ありがとう! じゃ!」
彼が去った後、ラシュカはほっと息をついた。
「あれこれバラされるんじゃないかと思ったわ」
「そうしてもよかったんですが、まぁ、お会いするのもこれが最後でしょうし。逆にここで邪魔したら恨まれて、後々まで嫌がらせされそうですからね」
「理解があって助かるわ。けど残念ね。彼に見られてなきゃ、お礼に楽しませてあげてもよかったのに」
「遠慮します」
念のために、もう一度彼女に尋ねた。
「ところで、一昨日出会った、というのは本当ですか? それとも……方便?」
売春宿で出会った女を連れて国に帰るなどと、初対面の人に言う男は、そうはいないだろうから。ライはラシュカの客だと思っていた。
「本当よ?」
「隠さなくてもいいんですが」
「本当だってば」
はて……
軽い引っかかりを覚えた。
「もう一つ。彼は、ドゥミェコンへの物資輸送をしている商人ですか?」
「そうよ」
やっぱり奇妙だ。では、あの大荷物はなんだ? 売れ残り? まさか。
それに、古伝派のカタいカタいセリパス教徒が大勢いるワディラム王国出身の若者が、そんなにも性に対して緩い態度をとるものだろうか。サハリアは西方大陸としては最も男尊女卑の傾向が強いし、貞操観念にも厳しいものがある。もちろん、そこは個人差もあるだろうが。
まだある。ピアシング・ハンドが示す二人の年齢だが、ライはまだ十八歳だ。身元も確かでない、遠い帝都出身の年上の女性を、彼が自分の一存で娶ったりできるだろうか。彼にだって親族くらい、いるだろうに。
もっとも、俺は現地を知らないし、よって現地の人々の心情もわからない。旅先で、会って二日の女性と結ばれる、なんてこともないとは言えないのだが。
「これからどうなさるんですか? 一緒に旅するみたいですが」
「ギルドを通したわけじゃないけど、これが最後の仕事ね。彼を無事に故郷まで送り届けて、それから結婚するの」
「結婚!?」
「驚くことじゃないでしょ。私ね、もう飽き飽きしたのよ。爪先立ちで分不相応な見栄を張るのには」
わからなくもない。変に欲張ったおかげで、オルファスカ一行に連れまわされて、散々に苦労させられたのだから。
「別に誰でもよかったんだけど、まぁ、ちょうどよくチョロい男が捕まったんだから、これでいいかなって」
「大丈夫ですか?」
この確認だけは、俺の良心から出た一言だった。
「なに?」
「彼は本当に大丈夫な人ですか?」
だが、ラシュカは肩をすくめた。
「もちろんじゃない。かわいいもんよ」
「おーい、ラシュカー、そろそろ出発するぞー」
列をなす駱駝の横から、ライの声が響いてきた。
「はーい! ……じゃあね、もう二度と会うことはないと思うけど」
「ええ、まぁせいぜいお元気で」
軽く手を振って、俺とノーラは二人を見送った。
荷車が音を立てて固い砂漠の地面の上を転がっていく。見る間に彼らの姿は小さくなり、砂丘の向こうに消えた。
「なんとも言えないなぁ。あれだけのことがあって、でも一応、最後は落ち着くところに落ち着けるって」
「そうかしら」
ノーラは冷ややかに言った。
「えっ? じゃあ、もしかして」
「うん、わざわざ確認するまでもなかったけど、一応、心の中を覗いてみたの」
ということは……ああ。
「ライがワディラム王国出身なのは本当だけど、荷運び商人なんかじゃないわ。もともとこっちにいた親族の仕事を引き継ぐ形で、この街に居着いて一年は経ってる。物資の小売で利益を得てきたみたいだけど、いろいろ怪しくなってきたからって逃げることにしたみたいね」
「嘘はお互い様ってか」
「明後日の晩には、ラシュカはまた、ライの仲間達に手篭めにされるわ。で、そのまま砂漠に捨てられるか、奴隷として売り飛ばされる予定になってるみたい」
「あるかもなーとは思ったけど、あー、やっぱりかー……」
まぁ、彼女も善人ではなかった。オルファスカの片棒を担いだかと思えば、それを裏切ったり。ムスタムでは、オルファスカの押しかけ嫁計画にも手を貸していた。ザイフスによるノーラの強姦未遂にも絡んでいる。それに、今回大勢の犠牲を出したキブラの大攻勢にしても、彼女がコーザを抱き込んで吐き出させた情報があって成立したものだ。受動的ではあったにせよ、その道義的責任を無視できるものではあるまい。
要するに、今から俺達が必死になって庇うほどの人ではない。
しばらく無心に黄色い地平線を眺めていたが、ふと、空腹を思い出した。
「……アナクを探そうか」
「そうね」
そうして俺達は、また街の中へと引き返した。




