大攻勢の後始末・下
アナクが、思い切り剣をドミネールの喉に突き立てる。あまりに乱暴に突っ込んだせいで、剣の先端が欠けて、折れる音がした。
既に悲鳴も漏らさない。数分間に渡る虐待の末に、あっさり死んでしまった。それで苛立った彼女が、仕上げに喉を刺し貫いただけのこと。苛立ち紛れの行動に過ぎない。
「終わった。一度帰るか」
「ああ、迎えもきたしな」
死体の家具と流血のカーペットに飾られたこの部屋の入口の壁に、キースが凭れていた。
「上からうるせぇのが聞こえるなぁと思ったら……遊んでる暇があったら、さっさと戻ってこい。バカが」
「たまたま見かけたんですよ。ついさっき、下層から戻ってきたばかりです。少しくらい、いいじゃないですか」
アナクの復讐によってドミネールの悲鳴が響き渡った。それをキースが聞きつけた。
「それより、どうしてこちらへ? レヴィトゥアの方は」
「いったんは押し返した」
「さすがはキースさんです」
「ケッ」
心配でなかったわけではないが、彼の力量は信頼に値する。やっぱり勝った。少なくとも、防衛は果たした。その様子だと、パーティーの仲間に犠牲が出たりもしなかったのだろう。
「ま、いろいろと話すこともある。後始末も残ってるしな」
「はい」
「帝都のボンクラどもを地上に戻さねぇとだが、面倒臭ぇことに、そろそろワームがわいてやがる。この下、四階じゃあ、奴らが死体にむしゃぶりついてるところだ」
「護衛なしじゃ、上に戻れもしないと」
「その辺もあるから、とっとと帰る……」
言葉が途中で途切れる。
「おや」
どうやら本当に俺とアナクは遊び過ぎたらしい。
絶叫し続けたドミネールは、他のお客様まで招いてしまった。
地下三階の通路は幅が広い。ワームが通行できるサイズだから、幅五メートルくらいはある。そこに青白い光が差し込んだかと思うと、バタバタと足音が響いてきた。
「えっ? ファルス? が、どうしているのよ!」
青い制服に身を包んだ神官戦士が十数人。その真ん中に立っているのがオルファスカとベルだった。ザイフスとラシュカの姿は見えない。
「地下に落ちたはずでしょ!」
「なんとか戻って参りました」
わざわざ返事をしてやる必要があるかは微妙だったが、一応、言葉は返してやった。
オルファスカは、俺とキース、アナクを見比べながら、次の質問を発した。
「悪運の強い……それで? ここで何をしていたの?」
「運よくドミネールを見つけましたので、殺しました」
「なんですって?」
俺を取り逃がした……というか、地下に落ちるのを見届けた後は、ずっとドミネールを探していたのだろう。しかし、思うようにはいかなかった。あのクロウラーの襲来と崩落に巻き込まれて、少なからず犠牲を出してしまったはずから。
そして今、途切れることなく続いていた悲鳴を聞きつけて、走ってやってきた、と。
「おめでとうございます」
「何がよ」
「大方、キブラあたりから言い含められていたんでしょう? ドミネールは始末しろと」
俺の指摘に、彼女は口を噤んだ。
「これであなたは迷宮のボスですよ。彼の代わりに、ここで甘い汁を吸って暮らせばいい」
「興味ないわ。こんな寂れた街なんか……それより、名声を得て、帝都に帰りたいのよ、私は」
「いいんじゃないですか。迷宮への攻撃は大成功でした。そう宣伝して、帰ればいい。僕の邪魔さえしないなら、好きになされば」
俺がそう言うと、彼女の険しい表情は、徐々に微笑に移り変わっていった。
「そうね」
「僕もあなたに興味なんかないんですよ。ここらで円満にお別れしませんか」
「それもいいけど」
数の優位に、状況を誤認する、か。
せっかく長生きできそうだったのに、やっぱり彼女も愚かだ。
「私の汚点を知る人は、少なければ少ないほどいいの。わかるでしょ?」
「プッ」
思わず噴き出してしまった。
「汚点って、今更。裸でムスタムの目抜き通りを突っ走っておいて、よく言う」
「なっ? どうしてそれを」
「まぁ、あなたが僕らを見逃してくれるつもりがないみたいなので、言っちゃいますけど。うすうす勘付いているとは思いますが、あれ、僕の仕込みです」
見る間に鬼の形相になる。
「なんですって……」
「ああ、それと。あなたの名前はムスタムの記念碑に刻まれましたよ。原初の女神そのものの姿で、とかなんとか……ぷっ、ははは」
歯を食いしばるほどに怒りを露わにした彼女だが、すぐまた、すました表情に戻った。
「そう」
さっと右手をあげる。
「ならもう、決まりね。ロヒブ、最後のお仕事よ。始末なさい」
「承知した」
すぐ横にいたハゲ頭の大柄な神官戦士が頷くと、傍らに立つ仲間に目配せした。
「……やれ」
彼らは一斉に槍を構え、そして……
「ガフッ!?」
ベルの背中を刺し貫いた。
一瞬、彼女は何が起きたか理解できず、目をしばたいた。
「ベル? えっ? なに……どうして!」
「捕らえろ」
背後から伸びる手が、あっという間にオルファスカを羽交い絞めにする。
「きゃっ……こ、これは何のつもり」
俺達をギャラリーにして、いきなり彼らは仲間割れを始めた。もっとも、これも想定内の出来事ではある。
もともとキブラを脅迫して、監督官の地位を得ていたのだから、その材料たるドミネールが死んだ以上、何の対策もなければ、こうなるのは自然な成り行きだった。
「ドミネールの始末が済んだのなら、お前はもう用済みだ」
「そんな……こっ、このっ……よくも」
だが、ロヒブと呼ばれたハゲ男は、そこでいやらしい笑みを浮かべた。
「心配するな。この前は楽しませてもらったからな。片付ける前に、今度はこっちがたっぷり楽しませてやる」
おやおや。このお方も好色でしたか。
俺は呆れて肩をすくめた。
「じゃ、僕らは帰っていいですか」
殺し合いでも強姦でも権力争いでも、やりたい奴らが勝手にやればいい。
「駄目だな」
おっと。
「あまりここでの出来事を言いふらされたくはない」
どっちにしても、目撃者は消しますってか。
本当に、どこまでも救いがない。こんな頭をしているから、ドミネールみたいなクズが居着くんだ。
「ですが、隊長、お待ちください」
「なんだ」
部下の一人が意見した。
「あの白い陣羽織……あれは、西の紛争地帯で名を知られた傭兵、『戦鬼』の異名をとるキース・マイアスでは」
「ふん?」
さすがに大物なだけあって、名前だけは知っているのがいたか。
「資料にもありました。エメラルドの階級章を得た、数少ない凄腕の傭兵です。もし本物であれば、迂闊に事を構えるのは」
「誰にものを言っておる」
ロヒブは威圧的な態度で部下を一喝した。
「たかだか傭兵ではないか……一般市民を殺して手柄にするような、そんな卑しい輩を、どうして恐れねばならん。我々は帝都の迷宮で、幾度となく魔物と戦ってきた。はっは、傭兵? 自分より弱い相手を探して戦ってきただけの小者など」
「へっ」
今まで黙って話を聞いていたキースが、口を開いた。
「違ぇねぇな。そうだ。傭兵ってのは、相手の強さ弱さがわかんなきゃ、務まんねぇ。そこはお前の言う通り、弱いものイジメが俺達の食い扶持だ。確かに俺は、今までずーっと俺様より弱い奴としか、戦ってこなかった」
彼が今、何を言ったか。どれほど恐ろしいことを口にしたのか。
俺には敵の強さを見分ける目がある。だから戦えば、必ず勝ってきた。剣を抜く時は、敵が死ぬ時なのだと。
だが、彼らには理解できなかったようだ。
「ふふん、身の程は知っているということか」
手にした槍を床に突き立て、ロヒブは傲慢な態度で言い放った。
「だが、運が悪かった。居合わせた場所がよくなかったな」
「要するに、どっちにしても、俺様を殺すつもりだと。お前らはそう言ったんだな?」
「そういうことだ。諦めろ」
救い難い。救うつもりもないが。
俺一人すら始末できなさそうな戦力なのに、キースまで敵にまわすなんて。
「下がってていいですよ、キースさん。こんなのは」
「いーや。俺がやる」
「傭兵はやめたんじゃなかったんですか」
「それはそれ、これはこれだ。こいつらは俺を殺すと言ったからな。なら、俺も殺す」
結局、やるしかないらしい。
それなら、きれいに全滅させなくては。
「アナク、少し下がっていてくれ」
「私もやるぞ」
「大丈夫、すぐ済む。それより、間違って捕まって欲しくはない」
一気に片付ける。
俺はキースと目配せした。
「覚悟はできたようだな」
身の程を知らないロヒブは、余裕たっぷりに言った。
「やれ! 逃がすな!」
これが合図になった。
俺とキースは前方へと飛び出した。不運にも前に出た神官戦士が、真っ先に犠牲になる。俺達が駆け抜けた後ろで、遅れて首が床に落下する。
「えっ、はや」
喋っている暇などない。肩口から真っ二つにされ、鮮血を撒き散らしながらそいつは床に伏した。
「こ、こいつら! 隊長! やっぱりこいガベッ」
言い終える前に、首が宙を舞う。
「に、逃げろ」
「チッ、面倒臭ぇ」
「僕が」
剣を左手に持ち替え、すぐさま詠唱を済ませる。白い熱の塊が生じると、俺はそれを投擲した。カッと閃光が走ると同時に、遠ざかりつつあった三人が黒い影に変わる。思ったより軽快な爆発音とともに、ちぎれた手足が土の壁にぶつかり、跳ね返されて転がった。
「お、おのれ、この傭兵風情ガッ」
「うるせぇよ」
槍を構え直す暇もあらばこそ、キースの剣は既にロヒブの喉笛を刺し貫いていた。彼は憤怒の表情を浮かべたまま、数秒間、その場で震え、それから膝をついて突っ伏した。
戦ってみれば、一方的だった。一分かからず、生き残りの神官戦士達も全滅した。
残されたのは、オルファスカただ一人。彼女は、あっという間の殺戮ショーを、ただ突っ立って眺めるしかできなかった。
その彼女に、キースの冷たい視線が向けられる。
「ね、ねぇ、あ、あなた」
死の予感に、彼女は身を震わせた。彼女もまた、俺達ごとキースを始末しようとしたからだ。それでも、口元だけは笑ってみせている。
「つ、強いのね」
キースの返事はない。
「わ、私が悪かったわ。ねぇ、見逃して」
相変わらず、俺もキースも何も言わなかった。
「ほら……ね?」
今まで、彼女が何によって生き延びてきたか。頼るべきものは、常にそれだった。
両手を襟にかけ、胸元を少しだけはだけた。それから壁を背に、静かに腰を下ろした。身に着けているのは黒い革のズボンだったが、体のラインにぴっちり纏わりついていた。どんなに形のいい足か、細い腰かが、誰でもわかる。
「好きにしていいのよ」
媚びに媚びた、甘い声。
それを無表情で聞いていたキースが、初めて言葉を発した。
「好きにしていいのか」
その一言を、生存の許可と受け止めた彼女は、満面の笑みを浮かべた。
「ええ!」
「わかった」
無造作に右手が突き出される。カスッ、とまるでスナック菓子を口に入れたときのような音が聞こえた。
彼女は、動かなかった。悲鳴もあげなかった。ただ、信じられないといった顔で、その場に座ったままだった。
キースの霊剣は、無駄なくまっすぐ彼女の喉を刺し貫いた。ほとんど血は出なかったが、それが脳幹を突き破ったであろうことは確かだった。もはやオルファスカは呼吸もできず、声を発することもできない。
「帰るか」
「はい」
こともなげに彼はそう言うと、剣を軽く拭って、鞘に納めた。
オルファスカの不幸は、これまで本当の一流と出会ったことのない……或いは出会っていても、理解できるまで接点を持ち得なかった、その経験の欠如だったのかもしれない。真の強者が、大きな目標や高い志を持った人物が、ただの色香で道を踏み外すはずもないことを、そんなものは路傍の花でしかないと考えることを、今の今まで知らなかったのだ。
今、身をもって学んだが、その経験を生かす機会は、もうなさそうだった。
そうだ。
そういえばそろそろ、ピアシング・ハンドのクールタイムが終わる頃だったか。せっかくだし、オルファスカはまだ死んでない。
入手が難しそうな言語スキルがあったっけ。ワノノマ語の辞書はないが、ついでにここでいただいておこうか。彼女はもう、きっと使わないだろうし。
俺も剣を鞘に納め、最後に座ったままの彼女の影に振り返ってから、キースの後について迷宮の通路を歩き出した。
例のリザードマンの関所を通り抜け、水路の脇に降りてくると、待ち構えていたノーラが駆け寄ってきた。別に幽霊でもないのだから、いちいち触って確かめなくてもいいと思うのだが、肩から胸から腕まで、満遍なく叩かれた。それでいて、言葉を発することもできず、俺に縋りついて、声を出さずに泣いた。
ガッシュもビルムラールも無事だった。しかし、集落はレヴィトゥアの襲撃を受け、そのために数人の犠牲者を出したという。こちら側にはキースのような強者がいたために、局地戦では有利な場面もあったが、全体としてはじりじりと押されていた。だが、強襲を仕掛けるには損害が大きすぎると判断したレヴィトゥアが、いったん撤兵した、というのが実情のようだった。
休戦後に、あちらから使者がやってきたらしい。近いうち、アルマスニンは態度を決めなくてはならなくなった。このままレヴィトゥアに全面降伏するなら、今回の「反逆」についてはお咎めなしとなる。そうでなければ、今度こそ決戦は避けられない。
俺は、ドミネールから奪った金貨を、長老に手渡した。万が一にも、人間に敵対的なレヴィトゥアの側についてもらいたくない気持ちもあったからだ。もしアルマスニンが服従を選んだら、今度こそレヴィトゥアの地上侵攻への障害がなくなる。この金貨が、その決断までの時間を引き延ばすのにしか役立たないとしても、少なくとも裏口の利用期限を延長し、また人命を守るという点では有用な投資だと言えた。もっとも、それにどれだけの「意味」があるのかは、俺にもわからない。
長老は、一応の返礼として、俺達が倒した窟竜の首を引き渡した。毒があるため、およそ食料にもならず、せいぜいのところ加工すれば爪の部分が刃物代わりになるのと、採取できる毒が利用できる程度の代物ではあったが、切り落とした首を地上に持ち帰れば、人間なら多額の報奨金を得られると知っていた。そのため、わざわざ仲間を派遣して、死体を運び込んでくれていた。
帝都の若者達は、コーザとその仲間以外にも、結構な数が逃げ込んできていた。人間同士の殺し合いが過熱して、もはや上層にとどまっていても生存は難しいと判断せざるを得なかったのだ。そして、オルファスカ率いる神官戦士団は、この混乱をまるで収拾しようとしなかった。結果、数十人の若者が地下に転がり込み、難を逃れた。彼らについては、後程、アルマスニンが戦士達に命じて地上に送り返す予定となっている。
短い休憩の後、俺達は保護された挺身隊員に先立って、地上を目指して出発した。
俺達と入れ違いで、アルマスニンの仲間が周辺のワームを狩ってくれたおかげで、帰路は平穏そのものだった。特にこれといって目立ったものもなく、俺達は順調に先に進んだ。
変わったものを見かけたのは、さっきの地下三階、ドミネールやオルファスカを殺した場所に差し掛かった時だった。
「おい、なんだ、あれは」
無数の死体が、片付けられないままに転がっている。見覚えのあるままに。ところが、そんな中に、見慣れないものが混じっている。
具体的には、オルファスカの死体のすぐ近くに、大きな影がしゃがみ込んでいた。
「あれは、生きてるのか」
俺は即座に答えた。
「死んでます」
生きていれば見えるはずのものが見えないからだ。それでも、何が起きているのかを確かめようと、俺達はすぐ近くにまで立ち寄った。
「うげ」
「これは……見ないほうがよかったですね」
ガッシュもビルムラールも、すぐさま顔を背けた。無理もない。
喉を一突きされて死んだオルファスカ。その体の上にのしかかったまま、息絶えていたのは、ザイフスだった。ことの良し悪しはともかく、彼の彼女に対する執念がどれほどのものだったのか。死体になってもなお肉体関係を持ちたがるとは。いや、だからこそか? 時間が経てば、死体は硬直し、やがて腐り出す。そうなる前に、最後にいい思いをしたかったのかもしれない。
だが、ことに及んでいる最中に、不運な事故が起きた。彼の背後から、恐らくはサソリが忍び寄ったのだろう。そして……
アナクがしみじみ言った。
「私も死ぬ覚悟はないでもないが、こんな死に方だけはしたくないものだな」
下着を脱いで、無防備になったザイフスの肛門に、その毒の尾を突き刺したらしい。ちょうどその部分が紫色に膨れ上がっている。
相当な激痛だったことも想像に難くないが、刺さった場所も問題だった。毒はそのまま内臓に注入され、彼はこの場所で、もはや立ち上がることもできず、苦しみ悶えながら死んでいったに違いない。
「カカッ、本望だったんじゃねぇか? さ、行くぞ。今度こそ、たっぷり寝ねぇとな」
ともあれ、これでオルファスカとその仲間達も片付いた、か。
もっとも、片付いてしまったのはそれだけではない。キブラ直属の神官戦士団も、ほとんどが死亡したはずだ。挺身隊員の犠牲者数に至っては、数えるのも馬鹿馬鹿しい。なんら得るところなく、無意味に大勢が死んだだけだった。
こうして迷宮への大攻勢は、指揮官不在のままに、なんとなく終わった。号令も何もなく、各自それぞれが戦うのをやめてしまった。
憔悴した生き残りが迷宮から這い出てくると、どこに何の報告をするでもなく、勝手に宿に戻って寝た。そして、彼らが武器を手に迷宮に潜ることは、ついになかったのだ。




