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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第二十八章 迷宮都市
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下層からの脱出

「さて……」

「覚悟だけあっても、それで生き抜けるほど甘くはないぞ」

「確かにな」


 俺は鼻で笑った。崩れた岩と土砂によって、俺達は生き埋めにされている。それだけならまだしも、外にはまだ、バジリスクがいる。俺達が力尽きるのを待っているのだ。状況は最悪と言っていい。


「アナク、バジリスクを殺すとどうなる。念のために確かめたいが、知っていることを教えてくれ」

「私は見たことがないが」


 その昔、アルマスニンの仲間がバジリスク相手に戦ったことならあったらしい。言語の理解はできずとも、やはりそれなりの知能はあるらしく、バジリスクは特に剣を持った相手を警戒した。危険と見るや、その目を金色に輝かせる。すると、見る間に睨まれた相手が石と化してしまう。

 だが、そこは数で攻め立てるリザードマンも負けてはいなかった。四方八方から火球をぶつけ続けた結果、紫色の血を流しながら、ついにバジリスクは横倒しになり、丸まって腹をさらした。だが、その直後、紫色の靄が周囲に溢れ出た。これを吸い込んだ仲間は病気になり、数日後には歩くことさえできなくなった。そうして病気になった者は、遠からず全員が死亡した、という。


「なるほどな。だいたい想像通りだ」

「この崩れた岩をどかすだけでも難しいと思うが、それができても睨まれたら終わりだぞ。お前が腰から剣を抜けば、間違いなく石にされる」

「それはどうかな」


 ピアシング・ハンドのクールタイムは終わっているだろうか? それに賭ける手もあるが、今回は避けたい。こいつさえ始末すれば後は安全、と言い切れるならいいが、まだ俺達は危険地帯を彷徨っている。だいたい、バジリスクなんて何匹もいるのだし、そのすべてを毎回消し飛ばすしかないとすれば、事実上、迷宮深部の探検など不可能に等しい。

 だが、世界の欠片の効用はもう一つ。俺には魔法が効かない。抵抗すると決めた場合、ほとんどの魔力が打ち消される。あのアルジャラードの即死魔法すら拒絶した。であれば、普通のバジリスクが使う魔法も、或いは防ぎきれるのではないか。


「正気か? 今の話を聞いていたのか」

「信じられないと思うが、俺には魔法がほとんど効かないんだ」

「何を言っている」

「投げつけられた火の玉は避けるしかない。だけど、俺自身を魔法でなんとかするなんてできない。神通力にもかかりにくかったし、今回はそれに賭けてみようと思う」


 問題はただ一つ。どの程度のダメージを受けたら自爆するか、だ。

 ほとんどの魔法は、俺には通用しない。しかし、自爆の際に発生するであろう腐蝕魔術の汚染物質に対して、俺が抵抗力を有するかどうかはわからない。だから、匙加減を間違ったら、俺も死ぬかもしれない。


「難しい作戦はない。俺がこの土砂をぶち抜いて外に出る。そうしたらバジリスクが襲いかかってくるから、俺はこの剣で目を狙う」

「滅茶苦茶だ」

「そうだな。魔法で身体強化すれば、あの大きな岩を横倒しにするくらいはできるだろう」

「魔法? お前が?」


 魔術の話をすると、彼女は驚きを露わにした。


「見せたことなかったな。でも、お前も使えるんだろう?」

「なっ」

「リザードマンは離れたところからでも火を見つけられる。だから案内するとき、棒の先に魔法で火をつけたんだ。あれで仲間に居場所を伝えていたわけだ。非常時には、逆に火を消す。わかりやすかったよ」


 なぜそれを魔術でやったと見抜けたかは、また別問題だが、何もかもすっかり説明する必要もない。彼女の関心も、別に移っている。


「だが、石にされたらどうする」

「どうにもできない。その時は、自分で考えてくれ。だが、目を潰せたら、声をかけるから、お前は全力でさっき見た、あの岩の狭間に向かって走れ。俺もすぐ追いつく」


 バジリスクの自爆能力を考えるに、トドメは刺せない。石化魔術だけ封じて、ついでに視界も奪ってから、なんとか逃げる。

 果たして、うまくいけばいいのだが……


 ゆっくりと詠唱を重ねて、身体能力を高める。普通ならビクともしない岩を、力で突き崩そうというのだから。


「横で見ていてくれ。もし、上から崩れてきそうだったら、すぐ飛び退く」

「あ、ああ」

「あとは声をかけるまで待機。バジリスクを見るな」


 それだけ言うと、俺は隅の方にある大きな岩によじ登った。ここからやると決めたのは、単純に上に載っている岩もそれなりの大きさで、まとまっているからだ。細かい土砂が崩れているようなところでは、下の方にある岩を押しても、上からまた崩れてくるだろう。

 指先に意識を集中して、全力で押す。岩を丸ごと持ち上げるのは難しいだろうが、ついさっき、バジリスクの魔法によって崩落しただけの、ただの岩だ。それを不安定な別の岩の上から押し倒すだけなら、きっと不可能ではない。またもし、無理だったとしたら、その時はもう、開き直って火魔術で吹っ飛ばす。重要なのは、この押される岩の上に、また別の何かが乗っかっていないか、気を付けることだ。


「よしっ」


 すぐ背中の岩棚、その突端を蹴飛ばしながら、俺は全身で力を込めた。

 ついに岩がグラリと揺れる。


 青白く発光する岩のおかげで、薄暗いながらも視界がある。それに頼りながら、俺は飛び降りながら剣を引き抜いた。

 闇の中に、金色に輝く二つの目が、こちらを捉える。


「うっ!?」


 一瞬、全身が硬直するような感覚があった。

 動けない。と同時に、目の前のバジリスクも動いていない。俺に押し出されて転落したはずの岩がたてる音も聞こえない。何もかもが止まったような……


 だが、それは一瞬で過ぎ去った。

 背後で土砂を弾き飛ばす岩の音を聞きながら、俺は迷わず右手を振り下ろした。


「グェッ!?」


 痛みというよりは驚き、戸惑いの方が大きいように見える。

 輝く眼球のうち、片方を真ん中から切り裂かれ、そこから紫色の血液が滲み出る。これでもう、その目は触媒として機能すまい。


「ギャァッ!」

「今だ、アナク!」


 バジリスクは危険な魔物だ。しかし、その強さのほとんどを魔力に依っている。強敵への緊急手段が「相手を凝視すること」である以上、白兵戦において隙だらけになるのは、どうしようもなかった。だいたいその最大の武器が、無防備なまま一番前に配置される顔面にあるというのも、この場合は不都合だった。


「早く!」


 叫びながら、俺も後ずさる。倒しきるつもりはない。殺せば呪詛が跳ね返ってくる。

 青白く輝く岩とは対照的に、真っ赤な松明の光がすぐ後ろを抜けていく。俺もその後に急いで続いた。


「これっ、行き止まり」

「登れっ」


 遠目に一瞬見ただけの、暗く狭い通路の入口だと思った場所は、すぐ行き止まりになっていた。しかし、凸凹だらけの岩の隙間が、上に向かって広がっている。


「急げ!」

「松明が」

「捨てろ!」


 俺も剣を鞘に戻して、必死に這い上がる。


「グ、グ、グ……」


 下から、苦痛と混乱の最中にあるバジリスクの呻き声が聞こえてくる。嫌な予感がした。


「グァォゲェォ!」


 聞いたこともない、しゃがれた耳障りな声で、そいつは呻いた。

 と同時に、周囲が激しく震動し始めた。


「まずい!」


 もうこれ以上、グズグズできない。手掛かりにしがみつくのが精いっぱいのアナクのところに体を割り込ませ、強引に片腕で彼女を抱き上げると、俺は遮二無二上を目指した。


「うっ、わ!」


 バジリスクの頭上の岩が割れる。そこから次から次へと岩が降り注ぐ。大粒の岩が、当たり構わず何もかもを叩き潰していく。俺達が昇ってきた足場も、揺らされて一部が砕けた。

 何が起きるかが予想できた俺は、左手が触れた手掛かりを全力で掴み、上へと体を投げ出し、上の階層の床の上を転がった。その瞬間、パン! と何かが弾けるような音がした。


 恐る恐る下を見ると、そこには紫色の靄が漂っていた。

 俺は無言でアナクの手を引き、でたらめに走った。息を止めたまま。とにかく、あれを吸い込んではいけない。触れてもいけない。


 数十メートル離れたところで、ようやく息をついた。俺もアナクも、さすがに息切れしていた。それに、ここはすぐ下と違って、真っ暗だ。


「松明の予備はあるか?」


 俺はリュックを下ろし、手探りで中をまさぐった。


「最後の一本だ」


 彼女はそれに手を添えると、何事かを呟いた。すぐに燃え始めた。


「逃げきれたな」


 軽い興奮をみせながら、彼女はそう言った。


「ああ」


 俺はというと、すぐ次のことを考え始めていた。ここは地下何階だろう? 上に進める階段はあるのだろうか?


「ファルス」

「なんだ」

「お前はとんでもないやつだ」

「なんだ、いきなり」

「長老の仲間達が数人がかりで、大勢の犠牲を出しながら倒すようなものを、たった一人で」


 俺は肩をすくめた。


「人でなしだけどな」

「私には理解できない」


 暗闇の中、赤黒い松明の光を照り返す二つの瞳は、いつになく輝いていた。


「お前は遠くを旅してきたといったな」

「そう……だな。フォレスティア、セリパシア、そしてやっとサハリアか」

「それだけか?」

「あとは、誰も知らない世界の彼方」


 前世の話など、してもわかるまいが。


「そうだな。お前はきっと、私の想像の及ばないところからやってきたんだ」

「どうした、いきなり」

「なに」


 彼女は小さく微笑んだ。


「外の世界には、面白いものがあるんだなと思っただけだ」


 俺はあえて大袈裟に手を広げて、訴えてみせた。


「じゃ、外に案内してくれ。世界を見たいんだろう? 俺もだ」

「はっははは」


 ひとしきり笑った後、彼女は明るい声で宣言した。


「もちろんだ。私は迷宮の案内人なのだからな」


 それから俺達は歩き出した。

 アナクによると、ここはもう、最下層ではないらしい。左右の壁が、まるでコンクリートのような灰色になっているが、これは下層に近いリザードマンの領域にはよくみられるものなのだという。この塗り固められた壁の内側に、実は金属の柱などもある。つまり、この下にあった廃墟は、侵攻中のリザードマンが建築中のまま、バジリスクの反撃ゆえに放棄した拠点である可能性が高い。

 その証拠が、さっきの狭い岩の隙間だった。要するに、あそこからバジリスクが這い上がってくるので、大昔のリザードマンが岩を投げ込んで、とりあえずで登り道を封鎖したのだ。両手両足がある人間なら、あれでも這い上がれるが、胴体の大きいトカゲであるバジリスクには、あそこは潜り抜けられない。

 ただ、ではここがレヴィトゥアの縄張りかというと、それは違うようだ。人気がない。使われている形跡がない。大昔に建設されてから、ずっと忘れ去られたままの領域というのも、たまには見つかるものなのだとか。そして、特に用途もないので、またすぐ忘れられていく。


 この通路には、何もいなかった。リザードマンはもちろんのこと、その他の魔物も、ワームすら。人間側が掘った土壁と違って、こちらは金属その他でしっかり補強されているのもあり、彼らが穴を開けるには少し手強かったということらしい。また、獲物がいないので、窟竜その他も用がない。唯一、クロウラーだけはここの壁も容易くぶち抜けるらしいが、運よくそうならずに済んでいた。

 比較的短い距離を進んだだけで、俺達は幸運を手にした。上への階段、それも複数の階層を一気に登る連絡通路に行き当たったのだ。


 俺達は、登れる限り登った。最後に、古びた金属の扉があったので、それを押した。


「開かないな」

「ちょっと待て」


 アナクは扉の向こう側の状態を察したらしい。


「塗り固められている」

「えっ」

「鍵がかかっているわけじゃない。単純に、扉の向こう側に壁があるんだろう」


 あり得ないことではない。大昔、ここからリザードマンが這い上がってきていたとか。それを防ぎたい人間側が埋めたのか、それとも人間を奇襲したいリザードマンが壁を仮設置したのか。それはもう、わからないが。


「出られないとは残念だな」

「いや、それならぶち抜けばいい」


 俺達は、階段をいったん降りて、踊り場まで戻った。


「どうするつもり……えっ」


 詠唱を重ねるごとに、俺の右手は強く輝いた。取り込んだ魔術核の質が、前とは段違いに良い。じわじわと赤黒くなるなんてことはなく、すぐさま黄色に、そして真っ白に輝き始めた。


「ファルス、お前、火魔術まで」

「いくぞ」


 拳大の、灼熱の球体が、ふわりと手を離れる。かと思うと、猛然と斜め上へと突き進んでいき……一瞬、視界を真っ白に染めた。

 破砕音と共に扉は砕け散り、その向こうには迷宮の土壁が広がっていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 前回のアナクとファルスの対話を読んでいてふとミルークとの話を思い出しました。久々にミルークに会いたいですね。 この騒動が終わった後アナクはどうなるのでしょうか…… アナクは富める人になって…
[一言] チート主人公!チート主人公じゃないか! ファルス君もやればできるんですね。やれない理由がとてもたくさんあるようですが
[良い点] 白色の炎って約6500度なんですね。調べたところ、金属の沸点高いものでも5500度付近だし、火球は爆発しないで扉を溶かして透過しそうな気もするのです。 [気になる点] 片目だけしか潰してな…
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