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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第二十八章 迷宮都市
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迫りくる震動

「逃がすな! 追い詰めろ!」


 後ろから声が飛んでくる。

 人海戦術で、あらゆる通路に神官戦士を配置して追い詰めてくる。こちらも魔術で身体強化して、全力で下の階層を目指してはいるのだが、今のところ、振り切れていない。こんなにしつこいとは思わなかった。もう地下六階まで降りてきたのに、どうしてまだ追ってくるのか。

 このまま、うっかりアルマスニンの集落まで連れていくわけにもいかない。ちゃんと数えたわけではないが、今、オルファスカが掌握している神官戦士の数は、数十人にも達するだろう。彼らの能力が平均的なリザードマンより上ということはないが、この数となると、さすがに犠牲者が出る恐れもある。今後のことを考えると、彼らに疎まれるのは困る。

 しかし、だからといって今、人間の世界でお尋ね者になるわけにもいかないし……


 ふと、とある通路の脇に、下り階段があるのを見つけた。

 これは、どこに繋がっているのだろう?


 後ろを振り返る。大勢の足音が遠くから響いてくる。考えている時間はない。

 俺はそこを駆け下りた。


 降りた先は、一本道だったらしい。

 暗い松明の光では、そのことを把握するまでに時間がかかってしまった。思わず舌打ちする。

 これでは行方をくらませるのが難しい。


「どっちだ!」

「階段があるぞー!」


 もう、このまま突っ走るしかないか。

 俺は開き直って、その一本道を走った。


 突き当たりまで走り抜くと、そこにも階段があった。しかし、これまでとは少し様子が違う。

 地下六階までの壁と床は、土を真四角に掘り抜いて、どうやったのかはわからないが、きれいに固めたものだ。それが、地下七階から先は、アルマスニンの居住域を見てもわかる通り、石材で舗装されている。

 ここは、さっきの地下六階から降りた先の一本道、つまり地下七階から、更にもう一つ下の階層に降りる階段だ。しかし、周囲は土の壁のまま。とすると、ここはかつての人間側の領域の名残ということか?


 だが、検討している余裕がない。とにかく今、俺は袋のネズミだ。選択肢などない。

 その階段も、降りるしかなかった。


 一歩踏み入れると、空気がより湿っぽくなった。

 これまでと違って、階段の通路が狭い。人一人がやっと通れるくらいの幅で、天井も低い。上の階層の、真四角に掘り抜かれたきれいな通路とは大違いだ。足下のステップも、どことなく頼りない。汚れた黄土色の足場は崩れかけており、ところどころヌルヌルしている。

 やたらと長い下り階段を、それでもなんとか降りきった。その先にあったのは、左右に分かれた道だった。

 右か、左か。これなら、追手は少なくとも、どっちに俺が逃げたかわからないから、二手に分かれてくれるだろう。


 それにしても、落ち着かない場所だった。

 天井に松明を向けると、頭上から襤褸切れみたいな何かが垂れ下がっている。苔とか、その残骸みたいなものだろうか? それが水分をたっぷり吸っている。ここはこれまでの階層とは違って、排水も換気も充分ではないらしい。

 だからといって、今日明日にも崩落します、というのでもないだろう。今だけやり過ごせればいい。


 俺は右に道をとって、走り出した。

 しばらく進むと、通路は一本道のまま、右に折れた。それが僅かな距離でもう一度、右折。つまり、来た時と逆方向に走っていることになる。だが、それもすぐ左折に切り替わり、その後、二つの左折があった。いずれも一本道のままだったが。

 これは、あれか? 防衛を意識した作りなんだろうか。武器は右手に持つものだから、最初の二回の右折は、この奥から人を送り出したと考えれば、防衛線にしやすいポイントになる。


 かなりの距離を進んでから、もう一度だけ、左折があった。

 それから少し行くと、急に視界が真っ暗になった。


「これは……」


 今までにないほど、濃密な湿気を感じた。

 天井が広い。頼りない松明の光が、ほとんど届かない。左右にもかなりの広がりがある。だから壁が照らし出されない。


 この大部屋の中に、おずおずと踏み出していく。あちこちに土色の柱があるが、そのいくつかは崩れかけている。また、床にもあちこち、ひび割れやら、大きな凹みなどがある。そういう場所には、天井から落ちてきたような土砂が、まるでクレーターの底みたいに溜まっている。

 思うに、人間側が過去、ここまで侵攻したものの、拠点設営に至らず放棄した場所ではなかろうか。どうあれ、あまり安全そうな場所には見えない。


 それより、こんな見晴らしのいい場所では、見つけられてしまう。いや、広さもあるし、火を消して気配を殺せば、むしろやり過ごせるのでは……


 そんな思考が、物音に中断された。

 俺から見て正面方向、つまりこの部屋に入ってきたのとは反対側から、小さな光が点るのが見えた。青白い光が、見る間に広がる。ということは。

 すぐ背後からも、足音が迫ってくる。じゃあ、何か? あの左右の通路、どっちを選んでも、どうせこの部屋にしか行き着けなかった? なんてことだ!


「まったく、往生際が悪いったらないわね」


 部屋の中央に立ち尽くす俺に、苛立ちのこもった声が叩きつけられる。


「どう? 王の騎士から、殺人犯になった気分は」

「別に、どっちも大して違いなんてない」

「あっはは! そう、そうなのね。想像もしなかったわ」


 さて、この大部屋の中、俺の前後に数十人。

 こうなれば、素直に捕まるか、それとも殲滅するか。どちらかしかない。だが、大人しく逮捕されても、先はない。公平な裁判を受けられる可能性はないに等しいし、ドミネールの追跡、アナクの救出といった問題にも対処できなくなる。何より、迷宮の奥底で石像になるという俺の最大の目標にも、手が届かなくなる。

 とすれば、殺人犯になってでも、ここは抵抗する以外にない。


「信じられない。この人数相手に、まだ逆らう気なの?」

「信じてもらえると思うんですか。無実を訴えて大人しくお縄につけば、公平に裁いてくれるだろうなんて」

「なるほどね。破れかぶれってことなら、わからなくもないけど」


 だが、今のところ、命令に従っている神官戦士達を殺すというのは、少しは気が引ける。

 いっそ、一気に突撃してオルファスカを討ち取って、そのまま強行突破というのは……


「ん?」


 今、グラリと足下が揺らいだ気がした。


「あら、地震?」


 とすれば、大変だ。思わず、俺もオルファスカも、その仲間や神官戦士達も、暗い天井を見上げた。崩れかけた柱もある。これが倒壊したり、天井が崩れたりしたら。


「収まったわね」


 いや、地震でないとすれば。ワームがすぐ下に……いや。

 こんなに大勢がいるのに、臆病なワームが飛び出てくるなんて、考えにくい。


「じゃ、改めて。そこの殺人犯を……えっ、えっ、なに?」


 最初は小さく、次第に大きく。

 小刻みな震動が真下から伝わってくる。それが視界に映る柱を左右にぶれさせる。これは、まさか……


「走れ!」


 俺は叫んだ。

 だが、彼らは反応しなかった。できなかった。無理もない。普通の戦士としての能力はあっても、迷宮探索もせず、砂漠での示威行動もしていない。ただ挺身隊の若者達を取り締まるだけなのだから。何が起きるのか、まったく把握できていなかった。


 床が破裂した。そう見えた。

 そこには、さっきまでなかったもう一つの柱が見えた。但しそいつは節くれだっていて、灰色の表面にはかすかに光沢があった。その頭は天井を支えず、無数の牙が不規則に蠢いていた。奇妙な不快感を醸し出すその金色の足はか細く、それぞれが別個にとりつく場所を探していた。

 俺を捕らえようとした数人の神官戦士が、その大きな顎に挟み込まれていた。彼らは、途切れ途切れに悲鳴をあげるばかりだった。


「クロウラー……」


 ここはもう地下八階。人形の迷宮においても、相当な深さといえる。

 それでも、多くがリザードマンの支配下にあるこの階層に、どうしてこいつが姿を見せたのか。少しして、原因に思い至る。俺達が、ワームを間引きまくったからだ。奴らはもう少し深い階層にも潜んでいる。それが間引きによって浮いたスペースを埋めるため、這い上がってきた。その分、深いところにいたクロウラーにも、餌を探して浮上する必要が生じた。


 逃げる? この機に乗じて。どっちを突き破る?


「なにしてるの? 早くファルスを殺しなさい!」

「撤退! 撤退だ! 急げ!」


 神官戦士達も混乱している。個人的には、ここは逃げるべき状況だと思う。殺し合いなんかしている場合じゃない。


 広い空間の中で、クロウラーはとぐろを巻きだした。ちょうど部屋の中央にいる俺を取り囲むように。これでは逃げるのが難しい。どちらの出口もクロウラーの胴体に塞がれている。そして都合の悪いことに、いまだピアシング・ハンドはクールタイム中。どうすれば……

 脅威の順序を考えろ。今、一番危ないのはクロウラーだ。ワームすら捕食する巨体は、正面からみても直径十メートルくらいはありそうだ。しかも表面は頑丈な甲羅に覆われている。この剣なら切り裂けるかもしれないが、トドメを刺すには至るまい。まだ『壊死』の効果が残っていてくれれば、或いは一発で両断できるかもしれないが、既にかなりの時間が経っている。あてにはできない。

 とすると、ここでの最適解は……


 俺は、走り出したい衝動をあえて抑え、静かに詠唱を始めた。

 節足動物相手に『即死』の魔法が効果を発揮するかどうかは、運次第だ。それでもうまくいけば、これ以上の破壊をもたらさずに決着をつけられる。体の大きさや表皮の固さなど、問題にならない。火魔術などで対抗することも考えたが、この今にも崩落しそうな空間で大爆発なんて、自殺行為だろう。


 クロウラーは、暗所に生きる魔物らしく、光より音に反応しているように見える。こういった状況に不慣れな神官戦士達は、悲鳴をあげながら出口に殺到している。そこをクロウラーが追いつき、覆いかぶさって丸飲みにしている。部屋から出たくても、その前には灰色の胴体が横たわっており、金色の脚が辺りを探っている。尻込みするのも無理はない。

 詠唱に時間がかかりすぎている。クロウラーが暴れるほどに、足場が不安定になっている気がする。この個体は特に大きいのだろう。まだ体の一部は、出てきた穴の中に嵌ったままだ。


 絶叫と混乱の中で、俺はようやく小さな安堵を得た。掌の中の暗い藍色の鏃。そして目標はあまりに大きく、外しようがない。

 俺は、それをそっと投擲した。


「やったか?」


 障害物となる人間に命中することもなく、それはスッとクロウラーの胴体に吸い込まれていった。その瞬間、そいつは声も上げずに激しくのた打ち回った。


「う、わっ!?」


 あまりの震動に、俺はついに立っていることができなくなった。体を支えようとして咄嗟に剣を引き抜き、床に突き立てる。


 これは失敗……

 だが、これでは印を組んで詠唱し直すなんて無理だ。


 そう思った時、不意にクロウラーは動きを止めた。力なく、その場に突っ伏したのだ。

 やった……と思ったその時、別の不安が影のように俺を覆った。


 後ろに引っ張られるような。滑っていくような。いや、現に滑っている。滑り落ちようとしている。

 前方から、あのクロウラーの巨体が横滑りになって迫ってくる。まさか。


 最後の大暴れで、底が抜け始めたのだ。


「おっ、うああ!」


 何か、どこかに捕まらなくては。

 俺は必死に手を伸ばした。衝動的に、すぐ目の前に迫ったクロウラーの甲殻に剣を突き刺した。そして、柄に両手でしがみつく。


 恐ろしい浮遊感の後、俺はその甲殻の上に叩きつけられた。かと思うと、また滑り落ちていくような感触が。剣を握り締めたまま、上を見た。微かな光の届くあの広間は、遥か頭上だった。そして俺は、なおも落ちていく。

 できることなど何もない。

 俺は舌を噛まないよう歯を食いしばり、全力でクロウラーの死体にしがみついた。


 次の瞬間、大きな衝撃とともに、視界が暗転した。

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― 新着の感想 ―
オルファスカから逃げたとして、地上に出れば犯罪者扱いされるのだから皆殺し一択しかないはずだが。ここに来て何を躊躇しているんだ?ノーラの影響で殺意にすら殺意で返せなくなってきてないか?
[一言] 一見クソビッチが追いかけているように見えて、実は人質(神官戦士)をとって要求している状況というのがおもしろい。
[一言] ファルス君の隠密Lv5は仕事しなさすぎではなかろうかw 有用性から常にスキル付けていながら、専門家に教えを請う機会を作らず、何となくで使用している掻痒感 自力でスキルを得たキースのLv5、ヘ…
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