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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第二十六章 因縁と怨恨の地
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ゴーファトの夢

『清らなるおのこよ、泉に集え

 その身を覆ってはならぬ

 立てよ、星を仰げ

 しかる後、身を開け

 尊き流れを導かんがため』


『入るのは出でること

 出でるのは入ること

 巡れ巡れ

 追うものは追われ、追われるものは追う

 流れをとどめてはならぬ

 枯れ果てるは悲嘆

 押し止めるは災厄』


『大地の流れと、身の流れ

 もし大地の流れを断つ者あれば、その身を献じよ

 八は四

 四は二

 二は一

 選ばれし清らのおのこ

 時を継いで新たなり、古きを捨てて新たなり

 死してなお、とこしえに生きよ』


 理解不能な言葉の数々。

 書き写された現代語訳を目にしながら、俺は背中に汗が滲むのを感じた。


「これが読み取れたすべてです」


 根城にしている宿屋の一室に舞い戻り、蒸し暑い中、カーテンを閉め切って。俺はアドラットと例の碑文の解読を進めていた。

 しかし、俺が手にしている紙片はごく一部で、しかも書写の際に不正確な部分もあったらしく、かろうじて理解できる文章になったのは、これくらいしかなかった。


「これだけでは、意味がサッパリわかりませんが」


 アドラットも、首を傾げている。

 俺は深呼吸してから、思考をまとめつつ、言った。


「拾い出せるだけ、拾い出してみましょう。もうあなたには説明しましたが、この件にはパッシャが絡んでいます。それに、ゴーファトもこの碑文の内容を把握している可能性が高いです」


 実際、彼は一切の不利益を度外視して、この碑文と遺跡の何かを得るために行動した。言いがかりをつけて領内の少年を攫い、生贄の儀式に使った。それで領民の不満が鬱積して、小さな反乱も繰り返された。彼は態度を改める代わり、暴力で対症療法に徹した。

 今、アグリオは滅茶苦茶になっている。なのに、彼の関心事は反乱の鎮圧ではなく、ファルスの捜索と確保なのだ。


「つまり、それだけの値打ちがこれにあるということですね」


 アドラットも頷く。

 ゴーファトは暴君だ。しかし、愚かではない。その彼が、これだけの損失を出しながら、なお固執するものなのだ。パッシャと繋がれば反逆罪に問われてもおかしくない。それでもやめられない。余程の利益があるからなのだ。


 そして、この碑文がその拠り所とするならば、また一つ、可能性が消えたことになる。ドロルはピアシング・ハンドのことを知らない。少なくとも、ゴーファトに教えてはいない。というのも、俺を利用するのと生贄を殺すことに、何の関連性もないからだ。


「しかし、具体的には何を得られるというんでしょうか」

「ここを見てください」


『時を継いで新たなり、古きを捨てて新たなり

 死してなお、とこしえに生きよ』


 俺自身が不老不死を求めているからか、どうしても敏感にならざるを得ない。


「前にゴーファトと一緒にいた時、こんなことを言っていたんです……」


 記憶を掘り返す。

 あの人肉ディナーの翌朝。二人で高原の狩場を散策していたときの言葉。


『要するに、これから死ななければいい。不死を得ることができるのであれば、女など不要なのだよ』


 では、彼はこのスーディアで、不老不死を得ようとしている?


「そんな、馬鹿げてる」


 アドラットは、困惑の表情でそう言った。


「ええ、馬鹿げています。でも、他に説明がつきますか? ここに書いてあるじゃないですか、とこしえに生きよ、と」

「では、ファルス様、彼は永遠の命を得るために、領民を犠牲にしていると」

「身勝手といえばそうですが、確かに自分のことだけを考えるのであれば、辻褄は合うと思います、それに」


 この推論には続きがある。

 不死を匂わせる言葉に、俺が探りをいれると、ゴーファトはこうも言った。


『もし、私が不死身になれるのなら、そうだな……君のような若く美しい少年になって、永遠に輝いていたいものだよ』


 更に、前日の夜には、こうも口にしていた。


『あの頃に君と出会っていたら、私は愚かな失敗をするところだった』

『花は散らすしかないと、そう思い込んでいたのだよ』


 俺を呼び寄せた理由。タンディラールのスパイだと認識していながら、なおも傍に置き、親しげにする理由。そして何より、俺をスーディアの後継者に定めようとした、その理由。

 彼がかつて「理想」とまでいった美少年の肉体に生まれ変わる。次期スード伯にしてしまえば、これまで築いた地位や身分を失うこともない。何より、こうして美少年の肉体に転生し続ければ、死ぬこともない。


「……僕の体を、奪い取ろうとしている?」

「そんなこと、できるんですか」


 あり得ない。常識ではそうだ。そんな魔法や神通力など、見たことも聞いたこともない。

 しかし、俺にはできてしまう。ピアシング・ハンドという奇跡を、身をもって知っている。あり得なくはないのだ。

 実際には、魂の加齢があるから、肉体だけ交換しても不死には至り得ない。そのことを俺は知っている。だが、一般人がそれを認識しているはずはない。或いは遥か古代においては、肉体の不死と魂の死を経験した誰かがいたのかもしれないが、現代には伝えられていないのだから、それはないも同然だ。だから、少なくともゴーファトの中では、美しい永遠の命という図式が成り立つ。


「では、その『時を継いで』の部分は、何を指していると思いますか?」

「それは……わかりません」

「その前も謎めいていますね。八は四、四は二、二は一……二の倍数がどんどん半分になってるだけみたいですが」

「意味不明ですが、どうも最後の一が『選ばれし清らのおのこ』なんでしょうね」


 ただ、その前提というのが『大地の流れを断つ者あれば、その身を献じよ』なのは、余計に意味がわからない。


「この『流れ』って言葉が多用されているのも、どういうことなのか」


 流れ……なんだったっけ……どこかで聞いたような……


 ちなみに、アドラットにはまだ、俺の目的自体は伝えていない。使徒のことも言えずにいる。どちらもやむを得ない。領主暗殺なんて、密命とはいえ、れっきとした犯罪行為なのだから。使徒のほうは、別の意味でまずい。女神の秩序を拒絶する、いわば魔王の仲間みたいなものだから、そんな奴と話し合い、交渉めいたことをするような関係性となれば、俺自身の立場も危うくなる。

 なので、伝えることができたのは、パッシャが関与していること、スーディアの隠された女神神殿とそこにあった儀式の形跡のこと、これだけだ。


「とにかく、そう仮定すると、ゴーファトがあなたを捕まえたい理由もわかりますね。しかも血縁がないのに、次期領主に据えようというのも納得はできます。地位を譲るといいながら、要するにまた自分のものにするのですから」

「反乱なんかは、あとで鎮圧すれば済みますからね。でも、不死と新しい肉体は、無理にでも手に入れてしまうしかないでしょうし」


 だが、アドラットは考え込んでしまった。


「でも、どうなんでしょうか。腑に落ちない」

「何がですか」

「いえ、もし私がゴーファトなら、妥協も考えるのでは、と。今、あなたの肉体を手に入れることはできない。逃げられてしまったから。でも、新しい美少年の肉体が欲しいだけなら、別に他で調達したっていいはずです」

「それはなんとも言えませんし、僕の勝手な想像でしかありませんが、もしかすると、肉体の乗り換えは一度しかできないのかも……」


 と言いながら、自分で気付いてしまった。

 いや、でもあり得ない。


 一度しかできないのなら、それだけの値打ちはない。美少年に成り代わっても、少し寿命が延びるだけ。すぐにまた、醜悪な中年男になってしまう。

 ただ、俺の肉体は老化しない。成長はするが、その後は若いままだ。シーラがそうなるように作り変えたから。しかし、そのことをゴーファトが知っているかとなると、また別問題なのだが。

 とはいえ、そこから思考を拡張させていくと、別の結論を導き出せる。ゴーファトは、俺の肉体が特注品だとは知らない。しかし、いずれかの「神」の力を借りれば、不老の肉体を得ることができるのは知っている、とすれば。

 普通の、ただ美しいだけの少年の肉体を、自分がもらいうけ、しかも同時に不老の特注品に作り変える。


「僕の体で不死身になるとしたら、どうでしょう? 見た目の好みは人それぞれですが、もし一度しか乗換えができず、しかもその一度で永久に見た目が決まってしまうとしたら、妥協なんて絶対にできないでしょう。というより、そんなことができるなら……」


 彼は、まず別の肉体で実験したはずだ。


「……まず、彼なら自分の甥のジャンを犠牲にするはずです。そのほうが一切がうまくまわるからです」

「なるほど。ジャンはスザーミィ家の男子としては、ゴーファト本人を除けば最後の一人。しかもまだ妻子がいない、となれば」

「それこそ、ジャンに乗り移ってから、僕を跡継ぎに指名すれば、何の不自然もありません。それをすっ飛ばしているところからしても、そうそう何度もできないものなのかもしれない、と」


 そこまでわかったところで、どうするべきか。


「アグリオで出会ったパッシャの構成員は、目的を『世界の修復』だと言っていました」

「どういう意味ですか」

「女神の支配以後の世界は歪んだ、間違ったものであると。だから、それを本来のありように戻すのが目的だと」


 するとアドラットは厳しい顔をして、口元を引き結んだ。


「その考え方のよしあしはともかく……ということは、ゴーファトはこの件について、女神と龍神以外の……つまり、魔王と呼ばれる何かの力を借りるつもりなのでしょう。それが恐らく、パッシャが関与し、協力している理由でもあるはずです」

「となれば、阻止しなくては」


 アドラットが深刻な表情でそう言った。

 無理もない。もし、この推測通りとすれば、滅んだはずの魔王が生きていることになる。そしてパッシャの狙いは、活動休止していた魔王に、何らかの力を注ぎ与えることだ。


「儀式を完成させてはいけません。しかし、僕が逃げ回るだけでは……極端な話、僕が自殺すればゴーファトは僕にはなれません。でも、その場合はさすがに諦めて、別の肉体を探し求めるかもしれません。つまり」

「根元を断たなくては、終わらない。そういうことになる」


 彼は重々しく頷いた。

 パッシャの計画を頓挫させるためには、やはりゴーファトを討つしかない。


「もしかすると、この異変に気付いている人達が、他にいるのかもしれません」

「あてがあるのですか」

「ワノノマの魔物討伐隊です」


 アドラットは、目を見開いた。


「お気付きでしょう? 彼らがただの冒険者なんかではなかったこと。みんな、あの国の武人です」

「パッシャの動きに気付いて、ここまで乗り込んできたとなれば、納得はできますね」


 女神かその関係者が封印した、古代の遺跡をこじ開けたのだ。もしかすると、それがきっかけで龍神あたりが気付いたのかもしれない。モゥハは今でも姫巫女の傍に留まっているというから、異変を知ったら神託を下すに決まっている。

 また、そうでなくても、そもそも魔物討伐隊にとって、パッシャは標的だ。長年にわたり、女神陣営の急先鋒を務めてきた彼らにとっては、真っ先に追跡すべき相手だ。


「逃げ回るにしても、限度があります。ですが、魔物討伐隊の手を借りられるなら」

「悪くない考えだと思います」


 そう言いながら、アドラットは身を起こした。


「どうしますか。そういうことなら、一刻も早く彼らを見つけるべきだ」

「まだ昼間です。市内の争いも再発しているはずです。気持ちは焦るばかりですが、ここはせめて夕方になるのを待ちましょう」


 いても立ってもいられない。

 それは俺も同じだ。アドラットにも、あえて待つだけの冷静さならば、残されていた。


「やることはたくさんあります」


 ノーラ達を見つけ、安全を確保する。

 ワノノマの魔物討伐隊を味方につける。

 そして、パッシャの妨害を潜り抜けてゴーファトを討つ。


「でも、まずは休みましょう」

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― 新着の感想 ―
[一言] 魔宮モーの聖女人形の例もありますし、死してなおとこしえに生きよと言われてもあんまり良い予感はしませんねw
[気になる点] 魂の年齢に限りがあるかどうかってまだ明らかになっていませんよね? 何となく限りありそうだなと思っているのですが、これが作中で明言されたからなのか単に自分の想像なのかどっちか分からなくな…
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