捕獲作戦・会議
「そんなことがあったのね」
ティンティナブラム城の上層の会議室。まだ秋の名残を感じられる帝都と違って、こちらはもう冬に差し掛かっていた。古びた長テーブルの置かれた部屋の外、無骨な石の廊下を挟んで北方に目を向けると、そこには灰色の空に溶け込むかのような、雪化粧を纏い始めた山々の姿があった。
ここには、主だった者達が集められていた。俺が帝都から連れてきたウィー、シャルトゥノーマやディエドラ、マルトゥラターレにホア、それにペルジャラナンにビルムラール。居残り組の側には、城代のノーラ、ジョイス、それとユーシス、ギムもいた。
「多分だが、ここまで追ってくると思う。こちらのみんなには迷惑がかかると思ったが、帝都の真ん中で戦うよりは、被害も小さくできると考えて」
俺の説明を一通り聞いたノーラは、俺の言葉を耳にして、しばらく身動ぎ一つせずにいたが、それから盛大に溜息を洩らした。
申し訳ない。領地に戻って、そんなに経っていないこの時期、ただでさえ忙しかったに違いないのに。彼女には珍しく、目に見えて疲労感を滲ませていたから。
「わかってはいたけど」
「えっ」
「ファルスって、自分以外の誰かを犠牲にしたくない時って、どうしても余裕がなくなるのよね。だから、簡単に気付けることも見落として、後になってから慌てたりする。でもそれは、優先順位が心と頭で別々だから」
「なに、どういう」
ノーラは首を振って、俺の思考の漏れを指摘した。
「纏めると、こういうことでしょ。ファルスは狙われている。襲ってきたのはあのアナクらしくて、根拠とするには弱いけど、今のところ思いつく理由としては、怨恨。内乱の時にウェルモルドに手傷を負わせたり、サハリアで黒の鉄鎖を壊滅に追い込んだりして、アナクの身内をそれぞれで傷つけているから。で、とにかくファルスは、アナクを捕まえてしまいたい。急いで殺そうとか、そんなつもりはない」
「そうだ。さっきも話しただろう? 何がどうしてあんなデタラメに強くなったのかもわからないし」
「それも理由の一部だけど、一番大事なところじゃないってこと。ファルスは単に、アナクを死なせたくない。だから帝都で決戦するのをやめた」
よくわからない。帝都で俺が戦う? あの、空を飛び、熱線を撒き散らす何者かと? 勝てないとは思わないが、あれを追い詰めたら、周囲の市民に犠牲が出るような攻撃を乱発してくるんじゃないのか。
だが、そんな俺の思いが顔に出たのだろう。ノーラは、また溜息をついてから、もっといい作戦があったことに気付かせてきた。
「私だったら、ここまで戻ってきたりしないもの。もっといい場所があるし、相手がファルスを狙っているとわかってるんだから、そこまで誘い込めば簡単だった」
「そこって、どこ」
「四大迷宮」
あっ、と声が出そうになった。
「フェイムスの深部まで潜った時、ファルスが本気で魔法を連発しても、壁は砕けなかったんでしょ? だったら、そこで戦えば被害はゼロじゃない? 周りに他の人はいないんだし」
そうだった。どうしてその選択肢をとらなかったのか。
「でも、これはナシ。どっちにしろ、しない方がよかったんじゃないかしら」
「どうして」
「帝都でアナクを捕まえたとして、じゃあ、その後、どうするの? 学園の施設を壊したり、グラーブ殿下に槍を投げつけたりしたんでしょ? となったら、理由はどうあれ」
どう考えても無罪では済まない。というか、俺がその場で彼女を殺害することさえ期待されてしまっていたかもしれない。そしてもし、俺が何か理由をつけて……例えば、アナクがどうして短期間でここまで力をつけたのか、どういう動機でこんな真似をしでかしたのかを解明したいとか、そんなことのために全力で戦うのを躊躇ったら、ヒジリやグラーブはどんな顔をするだろうか? お前の言うこともわからないでもないが、そのために奴を逃がす危険を冒していいのか? そう言われてしまったら、返す言葉がない。
「だから結果論だけど、やっぱりこっちまで来たのが正解だったとは思う」
無意識のうちに、アナクを死なせない選択をしていたのかもしれない。もし本当に彼女が一連の騒ぎの張本人だったとしたら。ここでなら、俺の領主としての裁量で、ある程度は罪状を軽くしたりといったこともできる。それは汚職とか腐敗の類ではないかと言われればそうなのだが、少なくとも、現時点までで、俺の知る限りでは、彼女は誰も死なせていない。重傷も負わせていない。取り返しのつかない一線は越えていないといえる。
「申し訳ない」
俺は頭を下げてから、周囲を見回した。
「そういうわけで、この城で正体不明の……多分、アナクだと思うけど、強力な魔法を使うバケモノを迎え撃つことになる」
「それはいかがなものでしょうかな」
これまでやり取りを静観していたユーシスが口を差し挟んだ。
「領主のくせに、外から問題を持ち込んだのは、本当に」
「いえ、そういうことではなく」
彼は淡々と俺のプランの問題点を指摘した。
「並外れた力の持ち主らしいことは、話から分かりますが、そうはいっても、一度、帝都で負けて逃げているわけでしょう。そういう相手が、いくら恨んでいるからといって、この城をそのまま一人で攻撃すると思いますか」
「空を飛べるから、城壁はそこまで問題にはならないと思う」
「そうでしょうとも。ですが、城の中にファルス様の味方がどれだけいるか、わかったものではない。わざわざそんな拠点に、考えもなしに殴りこんだりするでしょうか?」
言われてみれば、そうかもしれない。あの黒い槍や熱線をもってしても、この堅牢な城壁を易々と破壊するというわけにはいかないだろう。とすると、周囲の人間を脅かすことで俺の行動を縛るといった作戦もとりにくくなる。ここにも非戦闘員の知人は少なからずいるが、彼らは簡単に分厚い石の壁の向こうに逃れることができてしまう。
ギムが尋ねた。
「むしろ帝都が心配ということはないでしょうか」
「そこは考えすぎなくていいかと。もしそういうことなら、そもそもファルス様が帝都にいる間に、他の知人を一人ずつ始末していたでしょうから。あくまでファルス様の目の前で、その友人を狙うことに意味があるのでしょう。そうすれば、ファルス様をいちいち怖がらせることができますから」
「つまり」
俺は思考の淵に沈みつつ、呟くようにして言った。
「そいつを引っ張り出したいのなら、ここでは駄目で、誘い出すためにもっと無防備な状態にならないといけない」
「左様ですな」
「でも、それは」
俺の周囲の人達を危険にさらせと、そういう話になってしまう。
だが、俺の懸念などお見通しと言わんばかりに、ノーラはユーシスやギムと目を見合わせた。
「それで、実はちょうどよかったのよ」
「ちょうど? 何が?」
「城の外に出る名目が」
ノーラの視線が、北の山に向けられた。
「ミール王に書簡が届いたの」
「ああ」
「陛下は貿易の再開を快諾してくださったそうよ。それで、山脈の道を改めて拓く必要があって」
「工事……いや、その前に、討伐か」
彼女は頷いた。
「オーガが山から下りてきて、森に踏み込んだ人を襲った事件も起きたみたいで」
「なんだって」
チェギャラ村の人々が犠牲になったりしていなければいいのだが……
「それは撃退したそうだけど、それもあって、山狩りもしたい。でも、アルディニア側にはその余力がないの。わかるでしょ?」
チェギャラ村の統治者は誰だろうか? もうエルは世を去っていても不思議はない。とすると、残る男子はヤシリクだけ。彼が跡継ぎになっているのではないか。しかし、だとすると、いくらフクマットと手を組んで頑張ったところで、二つの村の戦力など、たかが知れている。村まで降りてきたオーガを追い返すくらいならできても、山狩りなど、とてもではないが、手が回らない。
ミール王が軍団を派遣すればいいのだが、あそこはあそこで、なかなか懐事情が厳しい。それに北方辺境の開拓に冒険者を駆り出して、やっと前線を維持できている有様だ。その上で、いくつもの領主の土地をまたいだ先にあるチェギャラ村まで、別途兵士達を送りつけるとなると、相当な大事業になってしまう。
「こちらから、どれだけ頭数を出すのか」
「そんなには。少数で山に入るつもりだった。だって……ファルスなら、わかるでしょ?」
そう言いながら、彼女は黒い蝶の髪飾りに指先を触れさせた。確かに、山に住まうオーガどもくらいなら、これがあれば簡単に殲滅させられる。
「最低限、周囲を警戒してくれる人がいれば、あとは」
「ってこったな」
ここでやっとジョイスが頷いた。ノーラも人間だから、休んだり眠ったりはする。だが、その間、ジョイスが夜の闇を見通していてくれれば、不意討ちを恐れなくてよくなる。
「とはいえ、我々は難色を示しておったのです」
ユーシスが割り込んだ。
「魔物の群れはそれで片付くとしまして、しかし、これから冬ですから。雪山で遭難する危険までは、どうにもなりますまい」
「でもオーガが山から下りて、あちらとこちらの村を脅かしたら、それはそれで問題でしょう? だからちょうどよかったの」
城代としては、魔物の被害が懸念される状況を看過はできない。だからやるつもりではいた。
俺がいれば、遭難のリスクもずっと小さくなるから。確かに、吹雪がきても、俺が魔術を使えるのなら、いくらでもやり過ごせる。地面に大穴を開けて、そこに潜り込んだっていいのだし、飛行能力もあるから、現在位置を見失いにくい。持参した食料が尽きても、なんなら俺一人だけ遠くまで飛んでいって、当面の必要量を運んだっていい。
「そこで、恐らくアナクだと思うが、あれに襲撃される件も一緒に解決してしまおうと」
「そういうことになりますな。いや、ファルス様も、領地の視察のためという名目でお帰りになられたのですし、こちらからの陳情の手紙があったかどうか……さすがにそんなのは、その襲撃犯とやらも把握しきれたりはしないでしょうから。雪山に向かえば、そもそもこういう予定だったのだろうと思ってくれるのではないでしょうか」
とすると、敵を誘い込む条件は整っている。人里を離れるから、同行者以外の安全を気にする必要もない。
「ただ」
それでも、最高の条件とはいかない。まず、こちらも土地鑑のあるわけでもない場所で敵を迎え撃つという点。山奥ということは、いざという時には逃げ場もない。同行者は、俺とはぐれたら、そのまま遭難する危険性もある。しかし、それより何より、目的を果たしにくい条件が解決できていない。
「空を飛べるのは、あちらも同じだ。誘い込んでも、あっさり逃げられたら意味がない」
そう指摘されると、誰もが重苦しい顔で唸るしかなかった。いっそ、殺害していいのなら、解決は簡単だ。致死性の攻撃を容赦なく浴びせてしまえば、逃げ切る前に仕留めてしまえる。それこそノーラなら、余程のことがなければ、腐蝕魔術で確実な死を齎すことができる。だが、それではわざわざ領地まで戻ってきた意味がない。
そんな中、ホアがポツリと呟いた。
「魔術、なんだよな?」
「えっ? ああ」
「だったら、どうにかできるかもしんねぇな」
そう言うと、彼女は不敵な笑みを浮かべてみせた。




