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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第五十二章 復讐者来たる
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学園襲撃

「……そこで帝国議会は、旧帝国法の段階的回復を決議しました」

「そこまで」


 初冬の日の昼下がり。ガラス窓は締め切られていて、教室内の生温い空気を逃がさない。今日のような曇天、それも北風の強い日には、学園の誇る床下暖房が活用される。どういう仕組みになっているのか、とにかく熱い空気を下の階の天井と上の階の床の間にうまく流しているらしい。

 しかも今は昼食の後、授業は退屈極まりない帝国法史とくれば、まどろむにはこの上ない条件が揃っているといえる。講師を務めるのも、白髪、ヨボヨボのお爺ちゃん先生で、授業内容のほとんどが、ただ教科書を開いて、生徒に代読させるだけというのもあって、半分以上の生徒は舟を漕いでいた。


「暗黒時代にフォレス法、ついでチャナ法を部分的に適用する状況があった中、八百年代に入ってより後、帝国議会に再び権威が戻ったということもあって、あー……」


 今の部分の説明をし始めた先生だったが、何を言うか、途中で忘れてしまったらしい。


 無駄な時間を過ごしている、と思わないでもない。こんなことをしている暇があったら、フシャーナの許可で利用できるようになった厨房にでも篭って、新作料理の研究に打ち込んだ方がいい。そうは思うのだが、これは俺の性分なのだろう。貴族ということもあり、授業をすっぽかしても卒業は確定している。そう承知はしていても、予め決められた授業を放り出すことに抵抗がある。講師に情熱が見て取れないとしても、誰かが学生のためにと考えて組んだカリキュラムではなかろうか。そんな風に思うと、なるべく真面目に受講して、どこか何か自分の糧にするべく努力しなくてはと、そう考える。

 それにこの雰囲気。どこか懐かしい。興味の持てない授業に居眠りする学生。なんて平和、なんて贅沢なんだろう。若者達は貴重な時間を。その貴重な時間を積み重ねた結果、学識を備えるに至った指導者を。そしてこの校舎も。今、俺達を温めてくれている暖房施設に至るまで。何から何まで無駄遣いではないか。でも、そこに……今では遥か遠くなった前世の記憶を感じてしまう。

 そう考えれば、こういう過ごし方も悪くない。そんな風に思ってしまうのも、少しずつ物悲しさのようなものを感じつつあるからなのかもしれない。今はまだ、俺が帝都に来て掴んだもののほとんどは、手元から失われていない。ニドやルークとも再会できたし、タマリアやベルノストも、一応、まだこの街にいる。

 でも、そんな時間も、もうすぐ終わってしまう。年が明ける頃には、グラーブやリシュニア、それにアスガルとマリータも、学園を去ることが確定している。その時期には、ベルノスト達も、そっとオムノドへと旅立つだろう。そして、その一年後には、俺もこの帝都を去る。

 ティンティナブリアからなら、またすぐ立ち寄れる? そうでなくても、魔術や竜の肉体を使えば、世界中、どこでも簡単に訪れることができる? それはそう。でも、そういうことではない。そうしてまた訪れた帝都は、今の帝都ではないから。俺にとって、この街は過去になる。この街にとっても、俺は過去になる。それが何か悪いわけではないが、どことなく寂しい。


 しかし……


 平和といっても、それは今、ここだけは、という但し書きがつく。

 先日のサロンでの事件があってから、グラーブは登校を取りやめた。次期国王の頭上のシャンデリアを砕いて落下させるという、暗殺未遂事件が起きたのだから、こうなるのは当然だった。ことがことだけに、俺も護衛の役目を引き受けると申し出たのだが、それは当面不要であると伝えられた。いつものように、普段は特に何も命じないが、必要とされた際には即応してほしいとのことだった。

 グラーブは、俺を使う代わりに、学園と連絡を取った。先日、黒い槍が学園の時計台を撃ち抜いた一件は、まだ忘れられていなかったから。この事件と関連があるらしいと考えた彼は、帝都防衛隊に問題解決を要請したらしい。確かに、おかしな対応ではない。今では学園の周囲を常時、防衛隊の兵士が取り巻いている。春に起きた事件の反省もあって、送迎の馬車も民間に任せきりということはなく、身元確かな御者を使い、しかも防衛隊員が同伴するという。


 どうにも引っかかる。


 グラーブが俺に護衛や調査を命じないのは、やはり感情面の問題があるのだろう。それと、俺がただの臣下ではない点も意識されている気がする。つまり、爵位や金銭では本当の意味で報いることができないから、俺への頼み事はすべて貸しになってしまう。だから、ギリギリになるまで俺を使おうとしないのだろうが……それこそ、余計な気配りというものだ。父王は俺のお人好しな部分を最大限利用するのに、息子の方は過剰に及び腰というのは、釣り合いが取れているのか、いないのか。

 だが、とりあえずは、その辺はさしたる問題ではない。それより、二つの事件に小さな違和感をおぼえている。特に先日の、グラーブを襲ったあの槍。あの一撃で、会場の入口にあった扉はひどく破壊されたのだが、その傷跡が、あまりに不自然だった。槍はシャンデリアの根元をきれいに貫いていて、そのまま背後の支柱に突き刺さった。しかし、その最初の一撃はというと、ごく低い位置、地上一階の扉をぶち破っている。つまり、普通に投擲したのでは、あんな軌道にはなりようがない。まるで捻りあげられたみたいに、槍の軌道は天井付近へと反り返っていた。

 そうしてみると、時計台を破壊した、最初の一撃もおかしい。防衛隊は、近くの建造物の屋上から、何か機械を用いて槍を投擲したのではないかとみているらしいが、その前提からして疑ってみるべきではないか。二回目の投擲は、それでは説明がつきそうにないからだ。

 ああいう攻撃を可能とする手段として、まず思い当たるのが力魔術だ。あれなら、槍の軌道をいくらでも操作できる。そして王子を暗殺するという大きな仕事なのだから、一流の魔術師が雇われていても不思議はない。

 ただ、そのような合理的な目的をもった何者かによる犯行だとするなら、最初の時計台への攻撃が余計だ。最初からグラーブだけ殺害する方が、無用な警戒心を呼び起こすこともなく、簡単ではないか?


「……つまり、ギシアン・チーレムの法が、現代に適合するものかどうかという議論が当時からあって」


 おっと、いけない。一応、授業中なのだから。

 俺は意識を前に向け直した。その時だった。


 耳朶に触れる微かな破砕音。まるで氷を思わせる……そして続いて小さな、甲高い悲鳴の漣。

 ごく短時間のうちに緊張の波が押し寄せて、俺は意識を覚醒させた。そして振り返った。その瞬間。


 教室の左側、校庭側のガラス窓が、次々と砕け散った。

 窓際の生徒が悲鳴をあげ、或いはガラスの破片を避けようと立ち上がりかけて身を仰け反らしたり、逆にしゃがみこんで身を縮めたりしていた。既に我に返っていた俺は、そっと『矢除け』でガラス片が教室内に降り注ぐことがないよう、弾き出した。それから、周囲を確認した。

 すぐ隣の教室にも、同じような被害が降りかかっているらしい。それと察して、俺は窓際に走りこんだ。


 白刃のような外気が、割れたガラス窓の向こうから流れ込んでくる。澱んだ空気に取って代わって、俺の頬に吸いついていく。割れた窓の狭間から身を乗り出し、暗い空の下に目を向けた。

 暗灰色の空を見上げると、黒い豆粒のような影が見えた。それがみるみる大きくなる。

 軽く舌打ちして、飛び退きながら『魔力障壁』を展開した。どれだけの威力を伴う一撃になるのか。先入観で軽く見積もるわけにはいかなかったから。


 一呼吸分、遅れて、校舎の壁を盛大にぶち抜きながら、黒い槍が床に突き刺さった。物理的な衝撃はそれなりにあったが、それだけだった。だが、少ししてそれこそが問題だと気付かされた。

 校舎の床下、熱気を通すダクトまで、この槍が届いてしまっていたらしい。高温高圧の空気が漏れ始めた。


「あっ……下がって! みんな、危ない!」


 俺が叫ぶまでもなく、既に窓際には誰もいなかった。反対側の廊下側に身を寄せて、事態を見守っていた。

 とりあえず、この亀裂をなんでもいいから塞いでしまわなくては……事前詠唱の済んでいる魔術の中に、それができそうなものがないのを思い出すと、俺は仕方なく詠唱を始めた。その間も、大きく口を開けた壁の外側から、更なる攻撃が降りかかってこないか、様子を見ていたのだが、結局、それ以上のことは起きなかった。


 だが、確かに上空に何者かがいた。ただ、それをはっきり視認する前に、黒い槍が投擲された。ただ投げつけられたというだけではないように思われる。まるで砲弾のようなこの威力を考えると、やはり魔術を用いての攻撃だったと考えるのがよさそうだった。

 惜しかった。しっかり相手の姿を捉えることができさえすれば、正体をはっきりさせられたのに。


 もちろん、その日の授業はすべて中止となった。それだけでなく、今後の登校も差し控え、不急不要の外出も取りやめるべし、というお達しがあった。

 被害は大きく、校庭側の窓はどれも軒並み割られており、寒風が教室に吹きこんでくる状態だった。教室内にも校庭にも、ガラスの破片が撒き散らされていた。幸運だったのは、これだけの被害にもかかわらず、怪我人らしい怪我人がほとんどいなかったことだった。

 とはいえ、これで合計三度目の襲撃だ。最初は学園の時計台、次はグラーブ、そして今回は複数の教室に無差別攻撃を浴びせてきた。どうにも目的が絞り込めないが、これでは次に何が起きても不思議はない。


「見たのね?」

「はい」


 そして、事ここに至っては、目にしたものをフシャーナに報告しないという選択肢もなかった。


「上空に何者かがいた。その何者かが、黒い槍を降らせてきた、と」

「そう見ています。ちゃんと確認できたのは、降ってきた槍だけですが……ほぼ真上から降ってきました。あれを地上から投げたとするなら、相当な力で打ち上げなくてはいけないはずで、どちらにせよ、人目を避けられるようなものとは思われないので」

「狙いをつけるのも難しそうだものね。第一、そんなに距離のあるところから槍を投げるとしたら、じゃあ先に起きた校舎の窓を割ったのは誰、ということになるし」

「それはそれで、実行犯が他にいたとすれば、できなくもないですが、じゃあそれをしたのは、どこに潜んでいて、どんな手を使ったのか、ということになります。風魔術なのか、力魔術で小石でも放り込んだのか、そこはわかりませんが」


 そこまで話したところで、俺もフシャーナも腕組みして、深い溜息をついてしまった。

 魔術を使うには普通、金がかかる。鍛錬を積み重ねた術師、必要とする触媒など、とにかくコストが大きい。或いは神通力の持ち主が犯人なのかもわからないが、それだって雇って使っているのなら、やっぱり安くはない。しかも、金さえ出せばそういう人員を手配できるかと言えば、そうでもない。俺とか俺の周囲がおかしいだけで、高位の魔術師は希少な存在だ。

 無論、それだけの労力をかけても、グラーブ王子の暗殺という仕事には、やるだけの値打ちがあるのかもしれない。そこまでは理解できる。しかし、それではなぜ、彼のいない学園にこんな大規模な襲撃をしかけた? いや、これは陽動で、別途実行部隊がグラーブを襲っているとか? 意味がない。彼は今、公邸の奥で護衛に囲まれている。学園に何が起きようと、彼にも、その護衛にも、油断などない。


「ありそうなこととしては、目的を絞らせないため、というのが説明になりそうだけど」


 自信なさげにフシャーナが言った。


「ほら、本来の目的はグラーブの暗殺だとして。でも、関係ないところに目立つ攻撃をすれば……でも、ないわね」

「それだと、狙われた中で一番大きな目標であるグラーブに、みんな注目しますよ。今日の襲撃も、殿下が登校してないことを知らずに仕掛けた、とか解釈すれば、矛盾はなくなってしまいますし」

「じゃあ、逆かしら。学園に攻撃を仕掛けたいけど、その目的を絞らせないために……でも、これも変だわ。なし」

「だとしたら、最初の時計台への攻撃がまったく意味不明です。あれは明らかに示威行動でしょう」


 時計台そのものを破壊したい、なんて理由であんなことをしたのでもなければ。あれは意思表示だ。自分は敵意を抱いているぞと、それを可視化するために、敢えて目立つだけで人的被害のないところを攻撃した。


「でも、わかっていることもある。あなたの報告が正しいとすると、少なくとも犯人の一人は、高位の魔術師で、飛行能力を有している。つまり、かなりの確率で、力魔術の使い手と判断できる」

「帝都防衛隊に対処を任せるとすると……」

「中にはエリートもいるから……一人前に魔術を使える精鋭も、ごく一部、指折り数えられる程度にはいるんだけどね。でも、それと互角か、それ以上の相手かもしれない」


 俺は肩を落とした。


「結局、僕の出番ですか」

「絶対にそうと決まったわけではないけど、悪いけど、それが一番、被害が小さくなるなら、お願いするかも」

「はぁ」

「非公式にだけど、何かあったらお願い。お礼は個人的にさせてもらうから」


 そこまで言いかけて、フシャーナは微かに頬を染め、慌てて両手を突き出し、振った。


「ち、違う! そういう意味じゃなくて」

「僕、まだ何も言ってないんですが……」


 俺は肩を落として、改めて深い溜息をついた。

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― 新着の感想 ―
授業中に襲ってきたテロリストにかっこよく対応とかファルスさんマジリスペクトっす
時計塔=モーンナーだから、今度こそ使徒関連あるかな。 少なくともモーンナーとファルスの秘密は知ってそうな奴ではある。
フシャーナ様本当に可愛いよ…
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