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ここではありふれた物語  作者: 越智 翔
第五十二章 復讐者来たる
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黒い爪痕

「うーん、ダメですかね?」


 学園の廊下。その突き当たりには、一幅の絵画が飾られていた。立派な額縁に飾られたその下には、タイトルも添えられている。


『黒い友情』


 絵の中では、俺とゴウキが握手していた。ただ、俺の服装は制服ではなく、黒っぽいフォレス人貴族風のものになっていたし、ゴウキも例の伝統衣装を身に着けた格好で描かれていた。背後には夜明けの歯車橋だ。青と黄色の、鮮やかな空の輝きに、橋は黒いシルエットと化していた。


「もう、所有権は、帝立美術館にあるんじゃないかな」

「でも、僕が描いた絵じゃないですか」

「そうだけど」


 エオは、この絵がまったく気に入らないらしい。描く前から嫌がっていた。自分の自由な発想で描いたものではなく、学園の講師の勧めに従わざるを得ず、帝都の思想に沿うテーマで、無理やり拵えただけの代物だからだ。しかし、やむなく雑に片付けたはずのこの作品、なんとコンテストで入賞してしまい、半永久的に保存されることになってしまった。間もなく、この絵は美術館に戻される。そうなったら、入館料を支払わないと見られなくなるのだが、ここの学生の絵だからというのもあって、期間限定で、この場所に展示することになった。

 だが、それはエオ本人としてみれば、自分の恥部を学園中のみんなに見せつけているようなものでしかなかった。


「やっぱり我慢できません。破り捨てます!」

「ちょっ、だ、駄目だ、さすがにそれは」


 衝動的に絵に飛びつこうとしたエオを、慌てて取り押さえた。


「放してください!」

「いやいや、エオ、これも考えようだ、いいか」


 どうにか説得しないと、問題になってしまう。エオ自身にも不利益になる。


「この作品は確かに、エオの好みには合わないかもしれない。だけど、これで名前が売れれば、次はやりたい仕事が回ってくるようになる。作り手というのは、割り切るしかないこともあるんだ」

「割り切りたくないです。自分が濁ります」

「わかる。わかるよ。でも、例えば、僕が自分の作りたい料理しか作らないといったら、どうなる? エオは、注文したのと違うご飯が出てきたら、嫌じゃないのか? お客様の都合ありきで出すのが料理人の仕事。それと一緒だ」


 そこまで説明して、やっと彼は体の力を抜いた。それでも不満げに、自分の作品を睨みつけている。


「こんなものが評価されるなんて」

「まぁ、気持ちはわかるけどね」

「僕が帝都にやってきて、残した爪痕がこれだなんて、あんまりじゃないですか!」


 どうにかエオを宥めたところで、後ろから声をかけられた。


「ここにいたのか。ファルス」

「コモ? 何か?」

「教授が呼んでる」


 珍しく、呼びつけられた先は、例の魔女の要塞だった。相変わらず棚には、所狭しと様々な品々が並べられていて、蟻の巣穴みたいに狭い通路しかない。なのに、椅子に座るフシャーナの他に、立ったまま俺を出迎えるケクサディブの姿もあった。


「今日は話題が二つほどある」


 彼がそう切り出したところで、フシャーナは勢いよく立ち上がった。どことなく機嫌が悪そうだが、変に気遣うほどでもない。


「少し長くなるし、やっぱり下で話しましょ。ここじゃ椅子も足りないし」


 それで脇の階段から地下に降りて、以前、ゴーレムを叩き潰したあの部屋まで進んだ。


「今日は、どういう」

「二つとも君に関係する話だな。一つは書庫の処分だ」


 彼はさっきの説明の続きを始めた。


「まず、来年度の任期をもって、フシャーナは学園長の職を辞する」

「少しだけ聞いてましたけど、そうなりましたか」

「仕方ないじゃない。表に出てきちゃったし、あれこれ身元を探られたら、この若さが目につくのは避けられないもの」


 だが、後任はケクサディブで決まっているはずだ。


「でも、どうして書庫の処分なんて話になるんですか」

「いい質問だ。見ての通り、わしは年寄り、いつポックリいくかわからん」

「長生きしましょうよ」

「そうしたいところだがね。どっちにせよ、そのうちくたばることになる。で、そうなると、次の学園長が誰になるか、なんだが」


 これも以前に聞かされた話だ。


「クレイン教授、でしたっけ」

「か、彼女の派閥の誰かだろうね。そうなる公算が高い。とすると、だ」


 二人はほぼ同時に頷いた。


「書庫の資料が危うい。保護せねばならん」

「はい?」

「読んだでしょ? 帝都の裏の顔を書いたモノを」


 覚えている。偽帝アルティの攻撃を受けた帝都が、なぜ内部への侵入を許したのか。女神の絶対防御が破られたきっかけは、帝都民の裏切りにあった。だが、その裏切りを引き起こしたのは、当時の上流階級の人々の横暴だった。


「まさに帝都の正義に疑義を投げかける……無視できない歴史的資料ということなのだが」

「世に出すべきものじゃないですか、本来なら」

「そう言いたいところだが、わしらは逆の可能性を懸念しておってな」


 どういうことか、考えを纏めるのに、数秒間を要した。


「まさか、史料を抹消されると」

「あり得るのよ。クレイン教授の昔の発言、知ってる? 嘘はつかないけど、本当のことを言わないこともあるっていう」

「えっ」

「自分の活動にとって不利になる事実は避けて通る、ということよ。仮にも学者を名乗る……真実を追求して研究成果を世に出すべき立場の人の言葉ではないわ」


 ケクサディブも言った。


「それに彼女の論文は、匿名での査読ができんからな」

「はい?」

「ほれ、どんな論文でも、書かれている内容に妥当性があるかどうか、第三者が確認せんと、どうともわからんだろう? だから、他の人が読んで中身を確認するんだが、彼女は一方的に査定されたくない、顔を出して執筆者と対話させよというのでな。事実上、査読が拒否されて、それがまかり通っておる」


 それは怖い。あなたの論文には問題があります、と指摘するには、リスクをとって顔と名前を出さないといけない。だが、権力を背にした彼女にそれをしたら、どうなってしまうのか。


「そうなると、書庫にある歴史の真実も、封印されたまま無視される……だけならいいが、うっかり貴重な記録が焼き捨てられる、なんてことになったら、と懸念しておってな」

「なるほどです」

「とりあえず」


 フシャーナは目元を覆いながら、溜息交じりに言った。


「ゴーレムの改造を急ぐつもり。書庫は完全封鎖して、内部の清掃と管理は、全部自動化する。治癒魔術の触媒だけは、外部に搬出するような形で。あなたもこっちの管理に関わってるし、情報共有しておく必要があると思ったから」


 そうなると、俺も残り一年と少しの間、書庫の保全のために、できることは手伝わなければいけないかもしれない。


「それで、もう一つの話題は」

「来年の夏の予定を空けておいてほしい」


 ケクサディブがそう言うと、フシャーナが続きを口にした。


「南方大陸、本当に行くから」

「えっ」

「ソフィアさんの治療はまだ途中だけど、この分なら半年以内には結果が出ると思ってる。そうなったら、マルトゥラターレさんの帰郷を手伝わないといけないでしょ」

「それは、もちろん、僕の仕事ですが」


 俺自身、ないし俺の関係者が、彼女をルーの種族の集落に引き渡す。でも、フシャーナがその役目を果たす義務はない。


「別に、そこから先は任せていただいても」

「私が行きたいだけ!」


 やけっぱちな口調に、思わず苦笑させられた。


「ということでな。わしもこの歳でなければ、不思議なルーの種族の里とやらを、この目で確かめてみたかったのだが、こればかりは仕方ない」

「窓口を増やしておく必要もあると考えているの」


 フシャーナが、やや真面目な顔をして言った。


「今のところ、あなた以外に彼らとの接点を保っている人がいないから。何かあって、対話ができなくなる可能性もある。こういう時、間に入れそうなのがいればいいけど」

「そういうことですか。確かに」

「利益になるかどうかはともかく、即衝突、なんてことになるのだけは防がないとだから」


 趣旨については理解できた。だが、具体的には何をするのか。


「そうなると、教授一人連れて行っても仕方がないですね。要はこれを機に、顔繫ぎできる人間側の代表を何人か作ろうってことでしょう?」

「そうね。だから、なるべく有望な若者を連れていきたいところなんだけど。でも、どこかの国の紐付き……いや、そういうのも必要だけど、それ以外のもいないと、変なことになりそうで」


 特定の国だけが、ナシュガズ伯国に大きな影響力を行使する。それは確かに好ましくない。一応、宗主国の顔をしているはずのポロルカ王国ですら、最低限の干渉しかしていないのに。


「せっかくだし、僕の周りの人間を連れていくのもありかもですね。別にどこかの国のお偉いさんの子息ってわけでもないので」

「そういう形にするのがいいかしら。でも、人選はよく考えないと」


 ルーク辺りは適任ではなかろうか。真なる騎士を目指すのだし、その立場からすれば、万人に対して公平に振る舞うことを強いられる。


「まぁ、心当たりはあります。その辺は、そのうちに」


 話し合いを終えて校庭に出てきたところ、やけに騒然としていた。多くの学生が出てきて、あれこれと話し合い、校舎の方を指差していた。何かあったのだろうかと思い、周囲を見回すと、そこにラーダイとランディの姿があった。


「どうした? 何かあった?」


 俺が声をかけると、二人は目を見合わせた。


「お前、どこ行ってたんだよ」

「教授に呼ばれて、ちょっと話し合いを」

「見てなかったんだろう。ファルス、あれだ」


 ランディが指差したのは、校舎の正面だった。その中央には木造の塔があり、その天辺には時計がある。その時計の中心に、黒い棒状のものが突き刺さっているように見えた。


「なんだ、あれ」

「わからない」

「槍、じゃねぇかな」


 槍が時計に突き刺さっている。だが、かなりの高所だ。一般人が地上から投げて刺さるような高さ、角度ではない。


「なんでそんなものが、あんなところに?」

「わかんねぇよ」

「近くにいた人が、音に気付いたらしい。あれが時計に突き刺さる時の衝突音だな。それで、最初はそんなところに物がぶつかるなんて思ってないから、少しまごついたんだが」


 黒一色に塗り潰された、槍のようなもの。それが学園の時計を損傷させた。だが、どこから飛来したのか、誰が投擲したのかはわからないという。


「それで今になって、みんな騒ぎ始めたばかりってところだ」

「物騒だな」

「だから、今日は気をつけて下校しないとな。春にも怖い事件があったんだし」


 また何か、厄介事が降りかかるんだろうか。

 しかし、どうにも既視感のある光景に見えた。なぜそうなのかは、上手く説明できそうになかったが。


 やがて、外に出てきたフシャーナが事態を把握すると、事件性があるかもしれないということで、学生は緊急下校が決まった。

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― 新着の感想 ―
推定復讐の矢が時計塔に刺さるのは意味深ですね。モーン•ナー関連な気はしますけど……
時計の針がイメージされるととなると転生前のやり取りが思い出されます 時計の大きな針は長針と短針があるから、第二の矢として送り込まれた存在がいるのか!? 神様の力の残量的に出来るか怪しいものの、絶望して…
章題からのメタ予想ですが、もしかしてこの槍、復讐の矢!? 大胆な宣戦布告……ということでしょうか……
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