夢の話と、夢のような話
冬の不幸祭り、本日より開始です。
2025/12/24~2026/01/11までとなります。
楽しんでいただけたら幸いです。
こんな予定ではなかったのだが……
「ほっほう! これがあの話題のコーヒーとは! いや、これは運がいい。並んでも買えなかったのに、帝都を出る前に味わえてよかった。のうアォマ、そうは思わんか」
「お師匠、目的はなんだったのですか」
「おっと、いかんのう、この歳になると、ついつい物忘れが」
今日、俺が別邸を訪れたのは、ルークと落ち合うためだ。相談があるということで、どうしても今日でなくては困ると言われたから、わざわざ都合をつけて足を運んだ。今、ここには常駐していたオルヴィータもいないし、ウィーも出かけている。居残っているのはシャルトゥノーマやディエドラ、ペルジャラナンくらいで、あとはみんな用事で出かけていた。
そんな中、ルークが訪ねてくるのを待っていた。それで彼がやってきたので、少しコーヒーでも飲みながら世間話をして、さぁこれから、というところで、この来客だ。
「改めて、ファルス殿、急な訪問にもかかわらず、歓迎していただき、感謝の言葉もない」
「いえ、そんな。我が家にいらしていただけるとは、光栄の至りです」
「ははは、それではあべこべじゃよ。わしが負けた側なのでな」
「そんなことはございません。これまでの実績がなくなるわけでもないのですから」
中庭に面した二階のテラスで、俺は来客と向き合っていた。
緋色のカンフースーツを身に着けた老人、チャン・クォ。武闘大会の準決勝で対戦した相手だ。チュエンでは有名な武人なのだそうだが、これまで縁もなく、俺の方ではよく知らないままだった。
「気恥ずかしくはあるが、では、若者からの敬意は、ありがたく受け取るとしよう。そんな器でなかろうとも、年寄りならば、年長者らしくあらねばならんからの」
そうして彼は居住まいを正して、本題を切り出した。
「とはいえ、どう切り出したものかの」
「思ったことをそのままお話いただければと」
「といってものう。わしの勘はよく当たるというか、夢で見たとか、そんなようなあやふやな話からせねばならん」
彼には、ランク1でしかないとはいえ『予知夢』の神通力がある。ということは、やはり何かを見たのだ。
「それで構いません。どんな夢を見たのでしょうか」
「話が早くて助かる」
カップを置き、深い息をついてから、彼は話し始めた。
「突拍子もない話だと思うかもしれんが、年寄りの無駄話と思って、我慢して聞いてくれんかのう」
「お気遣いはご無用です。最後までお伺いします」
「では……さっき夢といったが、本当に夢を見たんじゃよ。ただ、たまにわしの夢は、本当になる。必ずというわけではないんじゃが、しばしばといったところでな」
チャン・クォは何を見たのか。
それは、砂漠の中に輝く銀色の炎だった。
「目を凝らすと、それが人の群れであることがわかった。誰かが先頭に立ち、剣を掲げている。その後ろにも大勢の人々がいて、黙って各々の武器を掲げている。それが……黒ずんだ砂嵐の中で、青白く輝いていたのじゃ」
「ちょっと漠然とし過ぎていますね。たくさんの人々が、砂漠の真ん中で武器を持って立っていた、というだけでは」
「じゃが、その場の雰囲気というかな、尋常でない状況なのは、感じ取れた。これは重大な戦いの一場面なのだろうと」
戦い。そして、これが本当に的中する可能性のある予知夢だということを考えると。
俺にとっては、無視できない話になってくる。その銀色に輝く軍勢は、いったい何者と戦っているのか?
「一人一人の顔は見分けられんかった。じゃが、誰もが薄汚れておった。飢えに苦しんでもいたのじゃろう。長い長い旅路の、最後の戦いなのだろうと、それだけはわかった。ただそれだけのことなのに……どういうわけか、わしには、それがこれまで見た何よりも美しいと、そう感じずにはいられんかった」
「美しい、ですか」
彼は大きく頷いた。
「わしの知る限り、人がこれまで成し遂げたことのない、この上なく崇高な……そんな輝きを見出したのじゃ。あれほど心を揺り動かされたことは、これまで一度としてなかった。なのに、どうしてもそこに近付くことができなんだ」
「それは、どうして」
「恐らく」
彼は、いかにも残念と言わんばかりに深い溜息をついた。
「そこにわしが加わることはできないという意味なのじゃろう。この通り、歳じゃからな。そこに立つ前にポックリ死んでおるのかもわからん」
「なるほど」
と言いながら、まだ何を言われているのかが、ピンとこなかった。
「要するに、夢で見たことは本当になる場合がある。今回も、本当になる気がする。先々、重要な戦いが起きるような、物凄く大事な場面を見た。そこまではわかったのですが」
「うむ」
「ではなぜ、僕の家を訪ねることにしたのですか」
「うむ」
そこで彼は答えようとしたのだが、その時、建物の側の扉が開いた。
「コーヒーのお替わりはいかがでしょうか」
そう言ってトレイを手に割り込んできたのは、ルークだった。オルヴィータの手伝いをするうち、すっかりコーヒーの淹れ方を覚えてしまい、こうして今、来客に出す分も、彼が用意してくれていた。
「おぉ、ありがたいのう」
「いただきます」
チャン・クォの弟子、アォマも座ったまま、頭を下げた。
「僕はいいよ」
「おっ、そうか?」
「もったいないな」
「お前が飲んだらいい」
ルークが目に留まったのだろう。チャンは話しかけた。
「しっかりした体つきをしておるのう。見ればわかる。わしらとは違うやり方ではあるが、よく鍛えられておる」
「あ、はい! ありがとうございます」
じっとルークを見つめた彼は、俺に確認した。
「大した話ではないが、彼にもここにいてもらっていいかの」
「はい」
「うむ」
彼は改めて、さっきの俺の質問に答えた。
「それも、夢で見たからじゃな」
「また夢ですか」
「今日、ここに行けば、その来たるべき時において重大な使命を果たすであろう何者かに出会える。となれば、わし自身はそこにいられなくとも、なにがしか力になれるやもしれん。それでここまで来たと、そういうことじゃ」
それは、ありがたいのだけれども、あまり嬉しくない話だった。
俺がそこに関わるとすれば、相手は誰か。人類の国家といった程度の相手ではない。国単位で敵になる可能性があるにせよ、そこでは終わるまい。当然、視野に入ってくるのは、使徒、破壊神……
「では、どうすればよろしいのでしょう」
「わからぬ」
肝心なところは白紙。座ったまま転びそうになるような、この拍子抜けな感じ。
「じゃが、そうだのう、アォマ」
「はっ」
声をかけられて、その弟子……肩幅の広い長髪のハンファン人、アォマは、振り向いた。
「お前は帝都に残れ」
「はいっ?」
「ファルス殿の下で、更なる研鑽を積むがいい。お前もそろそろ、わしの手元を離れる時期じゃしな」
「そ、そんな」
師匠の突然の無茶ぶりに、彼は目を白黒させた。そして彼は、俺と師匠を見比べ、若干、敵意のようなものの滲んだ視線を向けてきた。
「あんな偶然で勝っただけのことで、師匠を上回る腕とは」
「アォマ」
声が一段低くなった。
「お前の未熟さを再確認することになったな」
「な、なんと?」
「見ていてわからなかったか。わしは手加減されておったのよ」
「はぁ!?」
やっぱり、彼ほどの歴戦の武人ともなれば、一度槍を交わしただけで、こちらの意図くらいは感じ取ってしまうか。
「うっかり殺してしまわないように。それでいて、手の内は見せないように。これがもし、なんでもありの殺し合いであったなら、わしが十人おっても歯が立たぬわ」
「そ、そんなバカな」
「それが読み取れんようでは、お前もまだまだということよ」
そこまで言ってから、彼は意味ありげな笑みを浮かべて、俺に確認した。
「のう?」
返事などできようはずもない。
「というわけで、ファルス殿。ご迷惑でなければ、アォマのことは、下男か何かだと思って扱き使ってやってくれんかの」
「う、ご、ご本人の意思が……」
「こやつはやると言っておるので、構うことはないでの」
顔が引き攣ってしまう。これだから武人という人種は。
見た目、穏やかな態度をとっていても、深いところではこういう強引さというか、やはり力で物事を押し通すという意識が根底にあるので、本当に厳しい時は厳しいし、容赦がない場合には容赦がない。
そこまで話すと、チャン・クォは勢いよく立ち上がった。
「本日のところは、これで失礼させていただこう。後々、またアォマに挨拶に行かせますでな」
「は、はぁ」
「今日はお時間をいただけて、本当にありがたかった。では、これにて」
チャン・クォが帰ると、急に静かになったような気がした。俺は軽く溜息をつき、その場に残った食器を洗い場にもっていき、片付け始めた。それが済んでから、ハッとして、慌てて中庭に戻った。
「悪い悪い、急な訪問もあって、何しにここまで来たか、すっかり忘れてた。時間、今日しかないって言ってたのに」
「あ、ああ。今日しかないっていうのはちょっと違うんだが……なぁ、ファルス、やっぱりここを出て、ちょっと散歩しないか」
別邸を出て、北にある橋を渡ってまた南に向かうと、西一号運河と二号運河の合流する、東西を繋ぐ運河に出られる。この辺りには建物もまばらで、盛り土の上に整備された公園からは、対岸の建物の間から、ラギ川を垣間見ることもできた。
日差しは強いが、風は爽やか。季節は確実に巡っている。
「こんなところまで出てきて、何の話だ」
「悩んでいるというか、迷っているというか。どうしたらいいのか、わからないことがあるんだ」
珍しいこともあるものだ。
迷いとか悩みというのは、背景に恐れがなければ成り立たない。例えば、あの限定版のプラモデルを買うべきかどうか? でも、お高い。すると今月の小遣いのやりくりが難しくなるし、仮に他にもっと欲しいものが出てきたら、それは諦めなくてはならなくなる。そういう不安があるから、どうしようか決められなくなるのだ。
だが、ルークに恐れなどあるのだろうか。真なる騎士を目指す身の上である以上、その道を進む限りにおいては、悩みなど生じようもない。そこに苦しむ人々がいるのなら、身を張って戦い抜くだけだから。
彼は、運河に面した盛り土の上に腰を下ろした。
「言いにくいんだが、いや、言わないとな」
「何があったんだ」
「オルヴィータに、結婚してほしいと言われた」
「はぁっ!?」
いつの間に、そんなことに……と思ったが、よく考えてみれば、ひと夏の間、行動を共にしているし、その前にも接点ならあった。
「でも、俺は真なる騎士を目指している身の上だから」
「そういうことか。納得した」
世俗を捨て、人々のために粉骨砕身するのが真なる騎士の道だ。なのに結婚なんかしたら。所帯を持ったら、家族のために生きなくてはいけない。だったら断るしかないのだが、しかしそれはそれで正しいことなのか。自分に対して愛情を向けてくれた人の気持ちを無碍にするのが、本当にいいことなのか。ましてやルークは、別にまだ、正式に騎士として認められたのでもない。道から降りることも、クル・カディが認めている。逆に真なる騎士として正式に受け入れられる方が難しいだろう。その状況で、何を根拠にオルヴィータの思いを撥ねつけるべきといえるのか。
俺もすぐ横に座った。
「それは悩む話だな」
「ああ」
オルヴィータの気持ちも、わからなくはない。
俺という領主の下で働いている身の上とはいえ、実は世間一般の女性とは、立場が大きく異なる。血縁も地縁も何もない、孤立した人間だから。帝都の人間に近いと言ってもいいくらいだろう。だからこそ、ちゃんとした大家族に受け入れられるべきともいえるが、それは嫁ぎ先が好ましければの話だ。仮にもし、彼女に厳しい生活を強いる相手だったとしても、そこから逃れる術はない。いや、俺が介入すれば別ではあるが。なので、相手選びが思った以上に難しい立場ではあった。
「正直、一人で生きて一人で死ぬだけだって思ってきたから。夢のような話だ。嬉しくなかったわけじゃない。でも」
ただ、それはそれとして……
「いいんじゃないか」
俺の一言に、ルークは驚いたように振り返った。
「僕から見ても、お前はいい男だから。逃がしたくないのはわかる」
……ルークの欲のなさ、人への親切さ、そして明るさ。
こういう魅力を目の当たりにして、この人ならと思わない方がおかしい。物欲に目の眩んだ女ならともかく、人柄を見るのなら、ルークを選ぶのは変な話ではない。
「何があっても、俺は、だって」
「世間一般の夫としては、役立たずになるかもしれないけど」
「そこなんだ」
「だから、そこはいいんじゃないかって言ってる」
俺の言葉に、今度こそルークは、驚いたように目を見開いた。
「世間一般の夫って、なんだ? 働いて稼ぎを持ち帰る男のことだろう?」
「まぁ、そうなるな」
「真なる騎士に、これといった稼ぎはない。だから役立たずだと。でも、オルヴィータについていえば、そういう夫はいてもいなくても、大差ない。僕がいるから」
俺がルークの活動に理解を示して、オルヴィータとその子供達を養うのに手を貸せば済む。たったそれだけのことだ。
普通なら、こうはいかない。でも、今の俺は貴族だ。その貴族の地位を捨てたとしても、ティズの後見は残る。だから、俺の周りの人達を社会的な意味で守ることはできる。
「だから、あとは、お前の気持ちだけだ」
「でも、真なる騎士は、どんな有力者にも仕えることはできない」
「お前は、だろう? 要は僕はお前よりオルヴィータの味方をすれば済む。案外、お前が留守にしてばかりいるからって、他の男と結婚したいと言い出すかもな。でも、そうなったら、僕はオルヴィータを守ってお前を叩き出せばいいんだ」
そう言われて、少ししてから、ルークは頬を緩めた。
「ありがとう」




