超光速恋愛
「そっか、お姉さんも大人なんだね」
失望の色濃く、少年は言った。
「ゴメンね。でも、楽しい話はできるし、一緒に遊べるから」
私はとびきりの明るさで言った。彼の機嫌を損ねるとこの超光速宇宙船・春雷の速度が落ちる可能性があるからだ。そう、乗船時に注意された。しかし、私も所詮女だ。若く見られて悪い気はしない。明るく言ったのは義務感からではなく、純粋に心が踊ったのだ。
「ホント? じゃあ、オセロしよう」
ぼくの部屋に来て、と彼。はいはい、急かさないでとついて行く。よっぽどうれしいのだろう、小走りというよりほとんど走っているという感じだ。
彼の船室は、一等船室。私などとは扱いが違う。当然だ。言い方を変えれば隔離されているのだから。……確か、極力彼の機嫌を損ねないようにするのが船内の行動指針であったはず。この場面では、普段彼の船室には誰も近寄らないとはいえ、私が入ってもおかしくないだろう。いや、入らなければならない。
「オセロは、君が持ってきたの?」
「春雷、って呼んでよ。……オセロはもともとここにあったんだ。不思議。ボクの好きなものがそろってて、学生寮の自室みたいなんだ」
私の部屋には、ない。彼だからこその、特別仕立てだ。
「そういえば、船の名前もボクと同じ名前なんだよね。何か騙されてるようで、おかしな感じ」
「この船は、超光速宇宙船。速そうな名前がつくのは自然じゃないかな」
「そう、超光速宇宙船。……子どもが乗るのは禁止されてるはずでしょう。どうして中学生のボクは乗れたんだか。絶対に何か陰謀があるんじゃないかな、って。だから、その陰謀を暴くための仲間が欲しかったんだ」
陰謀も何も、私はその理由を知っている。……いや、春雷に乗船している客はすべて知っているのだ。
——超光速宇宙船。
地球人類の科学がどれだけ進んでも、越えることができなかったテクノロジー。
実現したのは、宇宙人のおかげ。
もともと、宇宙人は地球人と太古の昔から交流があった。「竹取物語」などのお伽話がその好例。宇宙人は、数世代を重ねて距離を伸ばす準光速宇宙船で地球に来ると、必ず地球人をさらったという。次に地球に来るときには、超光速宇宙船で来る事ができるからだ。ちなみに、もとの惑星に戻る時も超光速宇宙船として帰還していたそうだ。
つまり、さらった人が超光速航行の鍵となる。
原動力は、愛情。
好きな人に逢いたい、大切な人の元に戻りたい、懐かしの故郷の土をもう一度踏みたい——。
そんな思いが、専用の装置を搭載した宇宙船を限界超過速度に引き上げる。
実は、この現象は地球に住む人類の場合はかなり希薄だったらしい。地球人類がほかの星系に散在する人類よりも宇宙進出が遅れた主原因だったりする。
逆に、この現象が特に強い人種もある。
ある星系に住む人種では、生まれた時に将来の伴侶がすでに生理的に決定されており、仮に離れていても適齢期になればお互いが近くに寄ろうとする力が働くのだという。もちろん、本人の意思は関係ない。なぜなら、その組み合わせが運命なのだから。
超光速宇宙船の動力源としては、幸か不幸か、ほかにないほど好都合で高性能を誇った。
「そうね。一緒に暴きましょう。……きっと、素敵な陰謀があるに違いないわ」
にっこりと私は返した。春雷はおそらく、生まれてすぐ別の星に連れ去られたのだろう。かわいそうではあるが、この航海が終われば陰謀は終わる。素敵な出会いとともに。
「じゃ、また今度遊びましょう」
オセロをたっぷりと楽しんだ後、私は春雷の部屋を出た。
「どうですか、彼の様子は」
船内通路を歩いていると、一人の男が近付いてきて言った。乗組員の制服を着ている。
「おっと、ここでは何ですな。ラウンジにでも行きましょう」
気取った風に言ってはエスコートする。
「……スイマセンね。一応、彼と接触したということでいろいろ聞かせてください」
ラウンジの隅に陣取り、男はカクテルをよこしながら聞いてきた。
「この状態はおかしい、一緒に陰謀を暴こうと言われたので、仲間になりました」
正直に答えた。乗客の義務である。事故防止はもちろん、乗客の目的からも外れてはいない。
「一緒に陰謀を暴くのですか?」
さすがに男は面食らっている。
「目的地につけば、自然に陰謀は分かるでしょう」
くすくす笑う。
「そりゃまあ、そうですな」
言っときますが、これがあの子の幸せですよと念を押してくる。
「分かってます。……あの星系の人類は幼年期、女の子が運命に決められた男の子を殺そうとするんですよね。まるで、赤い糸に逆らうかのように」
「ええ。そうして、深い悲しみと自責の念にかられて自らも命を絶ちます。……幼いうちに引き離し、成長してから再会させるのが一番なんです」
男は、赤いカクテルを口にした。私もそれにならう。
「とにかく、航海は順調です。さらにスピードが上がりつつあるとの報告もあります。あなたが彼とどう接したのか、どうしても知りたかったんですよ」
にっこりと、言った。
「それはいいですね」
心の底から微笑んで返した。速いほうが良い。
私も、家出して好きな人の元に行こうとしているのだから——。
「もう一杯、いかがですか。良い航海を祈って」
「ええ。……聞きそびれてましたが、これは何というカクテルなんですか?」
男はバーテンダーを呼んで注文した。
「『駆け巡る愛』を追加だ。もちろん、二つ」
一つは春雷のために。そして一つは、私のために——。
おしまい
ふらっと、瀬川です。
他サイトに発表済みの旧作品です。
宇宙を駆け巡る小さな恋のロマンを感じつつ、カクテルを楽しんでくださいませ。