貧乏パーティーと回復役の私
蔓延るモンスターと各地に散在するダンジョン。人は研いだ刃でモンスターを切り裂き、鋭い鏃で硬い皮膚を射抜く。足元に展開された魔法陣は光を放ち、撃ちだされた火球は一切のものを焼き払う。ダンジョンは奥深くまで入り組み、命を落とす罠が張り巡らされている。しかし、モンスターを倒し、ダンジョンを攻略することで手に入るアイテムは、高価で有用性が高い。冒険者とは危険を承知の上でモンスターを狩り、ダンジョンに挑む人々の総称だった。
そして、先日にナディアも冒険者の末席に加わったのだ。
「でも、なんか違うんですよね……なんですかね。このがっかり感」
ナディアが住んでいた村から西方へ十数キロ離れた街道で、彼女はため息を零しながら不満を漏らした。それを聞き咎めたのは所属するパーティーのリーダーであるクライヴだ。クライヴはまだ二十代の青年だったけれど、表情や態度が落ち着いており、精神的にも揺らぎが少ないということでパーティーのリーダーに抜擢されたと聞く。日に焼けた精悍な顔立ちは華美ではないものの整っていて、冒険者特有の粗野が感じられない男だ。鍛えられた身体は想像以上に力を持っており、長い手足を活かして長剣を振るう様は騎士のようだと女の子が騒ぐ。
「がっかり? どうしてだい?」
「……その格好を見れば大抵の女の子はがっかりすると思いますけど」
「そう? どこか変かな。あ、ナディア。その足元にあるの、食べられるから踏まないで」
クライヴの長い指がナディアのブーツの先を示す。そこにはどこにも生えていそうな野草がある。ぴたりと足を止めれば、クライヴはいそいそとナディアの足元に屈みこんで薬草を採取し、ひょいっと背負った籠に放り込んだ。その籠には街道で採取した野草がこんもりと入っている。ちょっと視線を前方に向ければ、パーティーのメンバーがクライヴと同じく籠を背負って野草やきのみを集めているのが見えた。もちろん、ナディアの背中にもみんなと同じ籠がある。
現在進行形で街道を往く人々の目にはおかしな一行だと指されて笑われていた。ちなみに野草を集めているのは仕事だからではない。今日の晩飯にするために、パーティー全員で食料を採取しているのだ。
ナディアが加わったパーティーは冒険者の中でも有名な、貧乏パーティーだったのである。
「貧乏パーティーだと知っていれば、入らなかったんですけど……」
「うちは貧乏じゃなくて、節約を心がけているんだよ。だからナディアが入ってくれて、俺としてはすごく助かる……ああ! ナディア! それは採っちゃダメだ!」
葉の裏側が紫色の草を摘んで籠に放り込めば、クライヴが悲壮な声をあげて制止する。しかし、ナディアは聞く耳を持たずに、同じ草を籠に放り込む。
「その草はヒューイがサラダにして食べたあと腹をくだしたんだ! その薬代にいくら掛かったか……! もったいない!」
「仲間の薬代をもったいないというクライヴさんは、とんでもないと思いますけど。そして、これは虫下しに使われる強力な下剤の元になります。サラダにして食うなんて、ヒューイさんのお腹……強いですね」
「知らなかった。下剤になるのか……それにしても、あの1000レビは惜しい。1000レビがあれば回復薬や日用品が買えたのに」
仲間の薬代を惜しむクライヴはパーティーの財布を握っている。彼は金を使うことができない性分で、常に節制を心がけるドケチだ。出費があるたびに形の良い唇から「もったいない!」という言葉が出てくる。
初めてクライヴを見たとき、ナディアは彼に一方的な好感を抱いた。村を作物を荒らす魔物を討伐してくれた冒険者たちに、付いて行きたいと頭を下げるほどに、ナディアはクライヴに夢を持ったのだ。クライヴを始めとするパーティーのメンバーは渋っていたけれど、ナディアが回復魔法を得意とすることを知ると、掌を返すように歓迎してくれたのは記憶に新しい。理由は簡単だった。回復薬は消費も激しく値段は一律で割引が効かない。それに引き換え魔法は魔力が尽きない限りバンバン使えるし、休めば自動回復するのである。つまり、ナディアのことを回復薬の代用品として、パーティーへ引き入れることにしたのだ。
あんまりな扱いに憤りを感じたけれど、彼らのもったいない精神を間近で見ると「しょうがないな」と許した。
「私の魔法をアテにするのはいいですけど、こっちが倒れたら共倒れになりますからね」
「大丈夫さ。俺がナディアを守るから」
そういって頼もしく笑うクライヴに、ナディアはため息をつくことで胸の高鳴りを誤魔化した。ドケチな男だが悪いやつではないし、顔もいいし、身体だって魅力的だ。クライヴに抱いている好意は恋というよりは憧れに近いものがあったけれど、それを彼に知られるのは何となく癪である。けれど、そっぽを向きながら「ありがとう」とお礼を言おうとしたそのとき、前方にいたパーティーメンバーが駆け足でやってきた。ヒューイとミミだ。二人は両手に何かを抱えている。
「クライヴ! 見ろよ、これ! キノコがたくさんだぜ!」
「ミミもきのこをたくさん、みつけましたの! かごがたくさんになってしまいますの!」
「キノコか……俺はキノコは好かないのだが……背に腹は代えられないな」
貧乏パーティーなので、人数も最小限である。リーダーで剣士であるクライヴ、粉砕系の武器を使うパワーファイターのヒューイ、そして攻撃魔法のみ使えるミミ。これに回復役のナディアを入れて四人のちんまりしたパーティーだ。ナディアは逞しいヒューイと幼いミミが手にもつ、ピンクとグリーンのまだら模様のキノコを見て、顔をしかめた。
どうして、この彩色で食べられるキノコだって思うんですか……! どう見たって有害じゃないですか……!
「キャンディーみたいにかわいいんですの!」
「そうだな。確かに可愛いが……」
「それ、大丈夫じゃないですよ」
「まぁ、任せときなって」
ナディアは額を抑えながらヒューイとミミのキノコを取り上げようと手を伸ばすが、その前にヒューイがキノコの傘をかじった。もぐもぐと咀嚼するヒューイを見て、血の気がざっと引いたのがわかる。
「お、うまいぞ。これは鍋物にぴったり……だ……」
言葉の途中でヒューイが口から泡を出して、白目で倒れた。
「だから言ったじゃないですか! 大丈夫じゃないって言ったじゃないですかぁあああ!!」
「すまんな、ナディア。ヒューイには聞こえていないと思う」
「わー、ばっちいキノコ、触っちゃいましたの!」
ぽいぽいとキノコを街道に捨てたミミは、倒れたヒューイの上着で手を拭いている。きゅるんとした瞳にぷっくりしたほっぺたが可愛いらしいが、性格的にはパーティー一番のちゃっかり者だ。
とりあえず、ヒューイの口からキノコを掻き出し、魔法をかけるために詠唱を始める。すると魔法陣が足元に刻み込まれ、暖かな風がナディアを中心として吹き込んだ。風の粒子がきらきらと光るのを視界に収めながら、ヒューイの状態異常を治す魔法をかけた。
「え、お、おお―……」
「起きましたか」
すぐに意識が戻ったところを見ると、強力なキノコではないらしい。症状を聞くと舌のしびれを感じたということなので、どうやら麻痺系のキノコだ。
「それにしても、便利だな、ナディア。感謝するぜ」
「感謝する前に人の話を聞いてくださいよ……あと、無闇矢鱈に口にいれないでください」
「おう、わかった!」
絶対にわかっていない。
にっかり笑って頷くヒューイに、ナディアは似たような騒動が近いうちにあるに違いないと踏んだ。それにしても食べたら麻痺状態になるキノコは売れないだろうか?
売れたらパーティーのお財布が潤うし、試しに市場へ持っていくのもいいですよね。もし、高値で売れたらちょっとくらいはお小遣いにしても……だって、私の装備……木の杖ですし。
転んでもタダでは起きない。貧乏パーティーに入って間もないナディアにもその精神は根付きつつある。
元気になったヒューイを放っておいて、街道に捨てられたキノコを拾い上げて籠にいれる。するとミミが小首を傾げて心配そうにナディアを見上げた。
「ナディア、それ食べるんですの? それとも誰かに、もるんですの?」
「そんなことはしません。折角なので市場に持っていきます」
「売れるのか!」
顔を輝かせたのはクライヴだ。
「さぁ。とりあえず、売れたらいいじゃないですか」
「そうだな。元手はタダ同然だから売上はそっくり純利益になるな……ふふふ、これで少しは蓄えができる」
どうやらクライヴの頭の中で、キノコは相当な売上を出したらしい。取らぬ狸の皮算用という諺を知っているだろうか。冷静につっこもうとしたナディアだが、頬を染めてお金の計算をしだしたクライヴに何も言えなかった。ヒューイとミミは二人仲良く食べられる草を探し始める。
とりあえず、木の杖から一番安い魔法具であるメイスに買い換えたいナディアは、あたりに薬草が生えていないかと視線を巡らす。そして、一歩を踏みだそうとしたとき、腕を捕まえられた。腕の持ち主を見ればクライヴが微笑みを浮かべている。
「ナディア、ありがとう」
「へ? あ、ヒューイさんのことですか? いいですよ、別に」
あまりにも優しい表情をしているので、一瞬、何の話をしているのかわからなかった。どうやらヒューイに魔法を掛けたことらしい。
「助かった。状態異常のポーションを使わなかったから100レビの節約ができた」
「あ、はい」
予想通りのクライヴに呆れを通り越して、本当にブレないなと思う。いつでもどこでもこの男は、金の計算をするのだ。
「それとひとつ。採取しに行くのはいいけど、俺の側から離れないでくれ。いざとなったら守りにくいからな」
「……それって、回復役の私が倒れると不便だからですか?」
少しだけドキドキと高鳴った胸の鼓動に顔を顰めながら、クライヴに尋ねると彼は意外にも首を振ってみせた。
「俺は守るって決めたものは守りたい。それだけだ」
「……じゃあ、怪我をしたら私が治します。でも、出来る限り怪我はしないでください」
「もちろん。怪我をしたら……」
そこで言葉を切ったクライヴは整った顔を曇らせた。
「切り裂かれた衣服はナディアでも、修復不可能なんだろ?」
「……そうですけど、そうですけど! いいじゃないですか! 怪我を治せるんだからいいじゃないですか!」
「あ、ああ、もちろん感謝してる。でも、ほら、衣服って意外と高いだろう。そうだ。フリーマーケットにでも行ってみるか? ナディアの杖も安くで買えるかもしれない!」
名案だ! とばかりに手を打つクライヴに、ナディアはふるふると拳を震わせる。
ちょっと鈍感じゃないですか? なんで怪我をしないでくださいっていう心配が、衣服の代金になるのか、わけがわかりません……! それに杖を武器屋でなくフリーマーケットで購入するなんて初めて聞いた。
「クライヴさんって、女性への贈り物もフリーマーケットで済ませそうですよね!」
「ふふ、馬鹿だな、ナディアは。俺は贈り物はしない主義なんだ」
「……そう来ましたか」
ブレないクライヴにナディアは数回目のため息をつく。ちらりと見上げた男は整った顔をしているというのに、中身が少しばかり……いや大分……残念である。前方に目を向けると、ミミとヒューイが何かを発見したらしく、止める間もなくヒューイが地に伏せた。
「だから! なんでもかんでも口に入れるんじゃないって、言ってんですよ!! この脳筋が!」
「うーん、聞こえていないと思うんだが……」
隣りで呑気そうにしているクライヴの手をとって、ヒューイの元にかける。どうやらこの貧乏パーティーでのお仕事はたくさんあるようだった。知らずのうちに笑みを零すナディアを見て、クライヴは眩しそうに目を細めたが、彼女は気づかない。