第一闘技場
第一闘技場にて。
食堂でルイスに辛酸を舐めさせられたあと、俺は真っ直ぐ第一闘技場に向かい、さっさとルイスと別れた。
ちなみに、ルイスは第四闘技場だ。
ここで何が行われるのかというと。……分からん。大きな括りで表現してしまえば試験であるが、内容が毎年場所ごとに違うのだ。ランダムなのか、何かしら判定してその後決めているのか。
そんでもって、俺の居る第一闘技場。試験内容は何かというと――っていうか、何でこんなに人数が少ないんだ。
ひいふうみい……四十人程度か。前世の基準からすると、一会場に四十人は普通かもしれない。だが、筆記試験の規模を見せられ、闘技場もかなり広く、百人単位の試験が行えそうなところから考えるに、やはり少ない。
うーん、こうなった理由が分からん。顎に手を当て唸っていると、見覚えのある人物がふと目に入った。
流麗な金髪、同年代が醸し出すとは思えない神秘的な雰囲気。その幼女はまさに合格だった。むしろ、何故合格なのに試験を受けているのか不思議なくらいだ。
周りの男児も気になるのか、チラチラと幼女に視線を向けている。誰か話しかけないかなーなんて思っていると、一人の勇気ある男児がモブの群れから飛び出していった。
「あ、あの……はじめまして」
イルフィムだった。あの不遜な態度からは想像もつかないほどオドオドしながら話しかけるその姿は、なんだか可愛かった。っていうか、お前居たのかよ。
「あ、はじめまして」
その美貌同様に合格を与えたくなる鈴声にイルフィムは少し赤面した後、ヤツは満々の笑み――いや、デレデレしながら自己紹介をしなすった。
それを皮切りに、周りのちびっ子どもも彼女の周りに集まっていく。それに乗り遅れた俺は、学園生活にボッチの不安を感じた。
さて、一人ハブられたままだと流石に気まずいので、そろそろ俺もいい感じにフェードインしようかとしていたところで、試験官の登場だ。なんてタイミングの悪い。
「皆さんお待たせしました。これより実技試験を開始します。まずは、受験票をご覧下さい」
眼鏡を掛けた青年、耳が尖っているから、恐らくエルフ。その青年に言われるまま、受験票をみると、またもや記載が変わっていた。今度はHと書かれている。また何処かへ移動するのだろうか、面倒だな。
「アルファベットが表示されていますね。右側から順にAからHまでをそれぞれの教師が担当しています。自分の受験票を見ながら、担当の元へ行って下さい。そこで試験が行われます」
ほうほう、ということは俺は一番左の先生か……どれお手前をと、目を強化する前に気づいた。
試験会場で居たヤバイ爺じゃん。
あれ? おれ殺されるの? いや待て俺。ここは試験会場、そしてこれから行われるのは試験だ。さっきのエルフの青年も言っていたじゃないか。よし、問題ない。助かったぞ青年。
「あれ? 青年が……」
いつの間にか、青年はもう姿を消していた。教師ではないのだろうか。
まあいい。気を取り直して試験だ試験。老い先短い爺如きに怖気づいていられるか。
「ふむ、全員集まったの」
俺が距離でいえば圧倒的に近かったが、近くに居ると鳥肌が鮫肌になりそうだったので、ちびっ子どもと同時にかつ、最後尾に並べるように集まった。爺の魔力マジ半端ない。
「そうじゃのぅ……結果から言うと、五人とも合格じゃ」
お? 聞き間違いではなければ、今合格と聞こえたぞ。前の四人も二人一組でそれぞれ顔を見合わせている。
おい、俺だけ仲間はずれじゃないか。なんで奇数でグループ分けしたんだよ。
「あの、本当ですか?」
やはり信じられないのか、一番前にいた男児が爺に確認する。
「ああ、本当だとも。ただ――形式上一応は試験を受けてもらうぞ?」
その瞬間、爺からとんでもないプレッシャーと、おぞましい魔力が噴き出した。
空気が変わった。間違いなくそういえる程の圧力。
形容しがたい未知の恐怖に、堪らず俺は全力で後退すると共に、臨戦態勢に入る。よかった最後尾で。
「くそっ、殺す気かよ……」
試験なので、その気はないはずだが、恐怖を感じずにはいられない。
だが、次の瞬間には重量さえ感じられたプレッシャーは、初めから無かったかのように消えた。
「……やはり感知能力が高い。それに胆力もある。ジョンダリア・ウィザストン、お主はこの学園でその能力を更に高めることが出来るじゃろう。そこの客席で待っていなさい」
この爺、気付いていたのか? 筆記試験で見たあの一瞬で? だとしたら、とんでもない化け物じゃねえか。
同じグループの他の四人を見てみると、俺が突然飛び退いたのに驚いているようだ。どうやら、あのプレッシャーを感じていないようだ。
……恥ずかしっ! 他の四人から見ると、なんか急に飛び跳ね、必死の形相で爺を睨みだした変人じゃん。俺しか感じないプレッシャーって……嗚呼、貝になりたい。
トボトボと客席に向かっている間に、他の試験を見てみると、皆はそれぞれ魔法を使って戦ったり、話をしたりしている。余裕の一番乗りだ。……嗚呼、具になりたい。
だが、一つだけ分かったことがある。どうもこの会場に集められた面子は、何かしら才能があったり、力を持っていたりするようだ。
俺の居たグループだと、四対一で模擬戦を行っている。恐らく初対面のはずなのに、なかなか連携がとれている。動きの素早い幼女が囮となり、その補助を見た目完全にドジっ子の幼女が魔法で行う。身体強化に魔法障壁。なかなかに巧いサポートだ。そこへ見るからに爆発しそうな炎弾を飛び上がった赤髪の男児が放つ。囮からの奇襲。定石ともいえる方法だが、効果は高い。
爺も関心する連携に対して応えようと、魔法を展開する。
――そこへ、本命が襲い掛かる。
鋭い氷の槍が地を這うように猛スピードで爺に襲い掛かる。いけっ! やっちまえっ!
俺の恨みも乗っかった氷槍は、しかし容易く防がれた。うん、分かってたけどね。
上に注意を向けさせた後に、下からの攻撃。物凄くいいと思う。だが、相手が悪かった。百戦錬磨の爺には、単純な連携は通用しない。
氷槍を放った男児は多少落ち込むも、その後爺に褒められたのか、良い笑顔になる。どうやら試験が終わったようだ。
他のグループも終わりだしているし、そろそろ俺も戻るか。
「どっこらせっく……どっこらしょ」
あの爺のいることだし、いつどんな情報が漏れるか分からんからな。なるべく不用意な発言、行動は控えよう。
いまさらだが、あの時強化した目で見たのがばれていたのだろう。好奇心は猫を殺すってやつだな。
特別待遇みたいになると、面倒なことが起きそうな気がしてならないが、ポジティブに考えるならエリート街道への一歩を踏み出したということになる。と思う。
学園生活、いっちょ頑張りますかね!
「えー、であるからしてー。であるからするのです。あー、それから――」
入学式当日。
実技試験の時、教師じゃないのかよと思ったあのエルフの青年が、壇上でご高説をたれております。
学園長でした。御歳二百歳。どおりであのそうそうたる教師の一番前で仕切っていた訳だ。一番偉いんだもの。
今年の新入生は約五百人。まあ毎年こんなものらしいが、俺は多いと思う。
そしてその代表を務めるのはなんと、あの超絶美幼女だ。代表挨拶の時は結構ざわついた。
相も変わらず可愛らしい声で一言も噛まずに挨拶を述べ、この会場の大半を虜にした。父兄の皆様も鼻を伸ばしていらっしゃった。
在校生代表として、兄貴が挨拶を述べた後、それぞれのクラスにいくことになった。自己紹介とかするんだろう。
引率の教師に従い、式場から退場する。今回はオトンとオカンが来てくれたので、控えめに手を振っておく。
学園の規模が大きい為か、やたらと移動時間が掛かる。それに伴って、休み時間も長いのが特徴だ。基本は同じ教室で授業を受けるが、別の教室、例えば闘技場などで授業がある場合は、二十分の休み時間が設けられている。
やっとつきました教室。出席番号順ってことで、廊下側から二列目の後ろから二番目と良くは無いが悪くはない微妙な席に決まり、早速自己紹介が行われる。
一番手だからか、結構緊張しながら前に出て、深呼吸してから己の存在をアピールする。
「えーと、アイフ・ストールズです。得意な魔法は風魔法で、少しだけナイフを扱えます。これからよろしくお願いします」
なんという殺伐とした自己紹介なのだろう。ナイフを扱えるって。前世じゃあまずありえない。確実に変人認定されるだろう……いや待てよ? 例えばこんな自己紹介はどうだ?
「――それと、ナイフを扱えます」
はあ? といった反応が教室のあちこちから感じられる。それも当然だろう。
普通ならば、野球をやっていました、サッカーをやっていましたなど、一般的に触れる機会の多いことが特技だったり趣味だったりする。
だが、ナイフとはなんだ。刃物に触れる機会なんて、精々が料理の時くらいだろう。しかも、刃物といっても調理が目的の包丁だ。ナイフとは概念が違いすぎる。
「はっ! ナイフだぁ? なぁに訳の分かんねぇこと言ってんだぁ?」
そこへこのクラスの、ひいては学校の番長をもぎ取らんとしている生徒がちょっかいを出す。
周りへの自分の強さを誇示するために、格好の標的となったのだろう。教室が少し悪い雰囲気に変わる。
「はい、ナイフです。このように……」
彼は冷静に答えながらスッと懐へ手を入れると、何かを取り出した。
「ッ!」
誰が息を飲んだ音か。声にならない悲鳴が教室であがる。
「な、ナイフ……」
流石にヤンチャな不良とはいえ、刃物を前にしては強気には出られない。
それを蔑むような瞳で一瞥した後、徐に右手でナイフを弄び始めた。
クルクルと、指一本で回転させたり、左手と交錯させ、マジックのようにナイフを消して見せたり。
まるで体の一部かのように自由自在にナイフを操り、軽く上に投げたかと思うと、逆手でキャッチした瞬間、自分の手の平に勢い良くナイフを刺した。
「なあっ!」
先ほどから呆然としていた不良も、まさかいきなり自分の手にナイフを刺すとは思わなかったのか、情けない悲鳴とも取れる声を出す。
が、ナイフ使いの彼には手を痛めた様子は見られない。恐る恐る彼の手に視線を移すと、刃の部分ではなく、柄の部分が彼の手の平へ向いていた。
「ねっ? ナイフを扱うのが得意なんです――」
「……いや、ないな」
ポツリと呟く。前世だと確実に変人扱いだろう。どう考えても特技がナイフなんて変だ。
まさにこの世界だからこそ通用する自己紹介なのだ。
と、そうこうしているうちに、俺の番が回ってきた。普通で良いんだ。適当に終わらせよう。
「ジョンダリア・ウィザストンです。得意な魔法は特にありません。武器は剣を使います。これからよろしくお願いします」
軽く頭を下げ、自分の席に戻る。無難すぎる自己紹介だ。更に質問を許さない素早い退散。完璧だ。
ヤツがいなければ。
「はい!」
教室に大きく響き渡った元気な声に、視線が集中する。――この元気な声はまさかっ!
「どうぞ」
教師の許可に、勢い良く立ち上がったそいつは、遠慮なく俺に質問をした。ルイスてめえ。
「得意魔法は何ですか!」
「さっきないって言ったけど……」
そしてやはりアホだった。