試験官の合図
試験官の合図と共に目の前に置かれた紙をペラリとめくる。
問い一……この学園の創設者は?
一問目は簡単だな。パンフレットには載っていたし。田中太郎――と記入しようとして、慌てて筆を引っ込める。
一息つき、再度筆を構え今度はタロウ・タナカと記入する。危ない危ない……勢いで日本語で記入するところだった。
問い二……コンセサス大陸――いま居る大陸だ――の最西端にあるとされている国は?
おお、いきなり意地悪な問題がきたな。答えからいってしまえば、ワルス自治国となる。
この問題で間違いがちなのがサーウェンスという国で回答してしまうことだ。
コンセサス大陸は、その全容が未だに知られていない。その一番の理由としては地球には存在しない、まさにファンタジーな生物、魔物がいる為だ。人間の天敵といっても過言ではない魔物が開拓を拒み、人類の支配に真っ向から対立し続けている。その、人類の最前線で戦い続けているの国がサーウェンスになる。
では、何故サーウェンスではないのか。その理由は初代勇者であり、この学園の創設者でもあるタロウ・タナカが遺した手記に記されている。
――人類の未到達地、深暗魔森にやってきた私は、現在危機的状況に晒されていた。
名称通り深く潜る分だけ、暗闇が深まる。魔が深まる。
ベテランの冒険者チームでさえ苦戦するような魔物がそこらじゅうを闊歩し、互いに縄張り争いを繰り広げる。
漁夫の利を狙い、決着するまで息を潜めている狡賢い魔物がいる。
不安を煽るようなカラスのような嘶きがどこからともなく聞こえてくる。
そんな精神を磨り減らすような状況において、突然の襲撃は容易く我々精鋭の連携を崩した。
地方の村程度では、一匹で壊滅させてしまうような凶悪な魔物――ドーズモンの群れだ。大陸の各地に生息しているが、群れる習性はないなずだ。精々が番とその子供程度である。だが、現に集団で襲われている。
明らかに数十匹はいる。むしろ、そうでもしないと生き残れないような場所なのかもしれない。
触れるだけで肌を切り裂きそうな鈍緑色の剛毛に身を包み、凶暴な真っ赤な眼をもち、三本の髭と二又の尾を持つ、一見すると猿のような魔物だ。だが、大きさが段違いだ。百八十センチメートルはある私が見上げなければならない。
膂力や俊敏性も高く、多少の学習能力も備えている。この森でも厄介な魔物のうちの一種類とされており、ましてや囲まれたとなると、多少の犠牲を覚悟しなければならない。
だが、勇者と呼ばれた私とその仲間、各国から募った精鋭達。現時点の人類最高戦力といっても良い我々はなんとか犠牲者を出さずに襲撃を凌ぎきった。
尋常ではない疲労感をそれぞれが覚え、まだ人類が足を踏み入れるには早いと判断し、最後の力を振り絞り帰還しようとした時のことだ。
“本物”の絶望が現れた。
辺りの魔物や、虫までもが一斉に散りだしたその数瞬後。黒い靄のような、まるで生命とは感じられない何かが我々に近づいてくる。
殺気や闘志など、凡そ戦いの意思が見られないが、そこに居た全員がほぼ同時に理解した。
――アレは危険だ、と。
ドーズモンの襲撃の失敗を繰り返すまいと、素早く陣形をとり、後衛から最高クラスの魔法が放たれる。出し惜しみをしている場合ではないとばかりに、炎のレーザーや極光の矢などが黒い靄に集中する。
完全に命中し、小爆発が巻き起こる。少し間をおいて、前衛の力自慢の冒険者が飛び出す。その巨体から繰り出す斧撃は、先程は一撃でドーズモンの頭を粉砕していた。
だというのに、甲高い金属音と共に巨斧が弾かれ、一瞬発光した黒い靄に何をされたか理解出来ずに、冒険者はその命を散らした。あまりの展開に周囲に動揺が走るなか、私は勇者自慢の動体視力により僅かに黒い靄の動きを捉えていた。
斧戦士は袈裟懸けに切られていた。発光の瞬間に細い糸のような光が迸り、彼を切り裂いたのだ。
幸いにも、黒い靄の移動速度自体は遅いのか、ゆっくりと此方に接近してくる。その間に動揺は収まり、再度陣形をとり直そうとしている仲間に、私は迅速な撤退を告げた。
何が起きたのかほとんど理解出来ていない仲間達であったが、私の雰囲気で察したのか、直ぐに撤退を始める。
が、そこに更なる絶望が重なってしまった。
もう一体、黒い靄が現れたのだ。他の魔物は近くにはいないと考え、目の前の黒い靄にばかり注意がいっていた為、誰もが気付かなかった。不気味に前後から迫る黒い靄に加え、左手には幅広の激流があった。黒い靄は、心なしか川へ追い込むような位置取りで近づいてくる。
ヤツがどのような攻撃方法を持っているか分からない以上、間を抜けるのは危険と判断し、少しでも生きる可能性がある川へ飛び込むことを仲間に伝えた。
次々と飛び込んで行き、最後に私も飛び込む。激流に違いはないが、我々精鋭はなんとか泳げていた。しかし、突然一人が悲鳴を上げ、水中へ引きずり込まれた。
――川の魔物は逃げていないのかっ! ということは、と思い振り返ると、黒い靄は川辺に留まっていた。
結果的に、危険度はどちらも変わらなかったのかもしれない。たが、こちらを選んだ以上、少しでも生き残れないかと策を巡らす。
すると、魔法使いの仲間が莫大な魔力を用い、一つの魔法を発動した。
パァンッと、弾けるような空音は激流を一時的に対岸まで切り開き、絶望の中に活路を見出した。魔法自体をそこに固定しているのか、水が流れてくる気配はない。が、それも時間の問題。あのような大魔法はそう持たないはずだ。
仲間達もそれは理解しており、全速力で川底を駆ける。逃げ切れる、と確信した直後、再三の不幸に見舞われる。突然川が元に戻りだしたのだ。
魔法使いの方を見やると、巨大な蛇のような魔物に半分程飲み込まれていた。力なく垂れた手足は、彼の最期を悟らせた。
我々のほうも、何人かのスピード自慢は反対側に辿り着いたが、私を含め数人は間に合わず、激流に流されてしまった。
ハッと、目を覚ます。
どうやら助かったようだ。しかし、一体ここはどこなのか。辺りを観察していると、一人の女性がやってきた。狩人のような格好をしており、お盆を片手にしている。
話を聞くに、私はたまたまこの女性の狩猟中に保護され、看病を受けたのだという。他に人間は見ていないという。
運よく助かった自分の幸運と、助けてくれた女性に感謝を伝え、現在地がどこなのか訪ねる。
すると、とんでもない答えが返ってきた。
ここは、ワルス自治国である、と。
聞いたことのない名称に首を傾げていると、深暗魔森の奥にあるのだと女性は言う。信じられない、といった反応をしていると、国を案内すると女性は申し出た。
ならばとそれに応じ、いざ外へ出てみると、言葉を失った。
道端に並ぶ屋台や、行き交う人々、冒険者や狩人といった風体のもの。一般的な町でみる風景ではあるが、決定的に違っているものがある。
それは、素材だ。ドーズモンの毛皮や、とても頑丈そうな骨鎧など、質が段違いに高い。それを皆当たり前のように装備しているのだから、認めざるを得ない。
もう少し観光するかと狩人の女性に聞かれたが、丁重にお断りした。私としては、もう少し見て回りたかったが、仲間の安否が非常に気になる。
それに、深暗魔森は想像以上に危険な場所であると一刻も早く報告しなければならない。もし、私が行方不明になったとされ、それの捜索部隊など編成されでもしたら、徒に犠牲を増やすことにしかならない。
そうならないためにも、最速の帰還が必要なのだ。それを狩人の女性に説明すると、今度は深暗魔森を出口まで案内してくれるという。ここまできたら、とことん甘えさせてもらおうと、案内を依頼した。
そこからは早かった。尋常ではない気配察知能力で、ほとんど戦うこともなく出口に到着したのだ。
狩人の女性には何度も感謝を述べ、ほとんど休みなしで帰国した。悲惨な結果に終わり、色々問題があったが、深暗魔森の報告については、何よりも重点をおいて行った。
危険であること。我々には手に負えないこと。そして――ワルス自治国があることを。
――勇者の冒険録……おまけより抜粋
と、いうことで。答えはワルス自治国となるのだ。まあ、実際に見た者は勇者以外に居ない為、これに異を唱える者もいるが、ワルス自治国は確かに存在しているとされている。それほどまでに勇者の権力、影響力とは高いのだ。
よし、この調子でどんどん解いていくか。
「……そこまで」
教壇に立っている試験官の合図に、それぞれの反応を見せる。
緊張が解れたのか、ふうっと息を吐く者。間に合わなかったのか、悔しそうに筆を置く者。大きく分けてその二つの反応に分かれた。一応俺は前者で、見直しまで何とか終わった。
歴史、数学、生物、魔法の四教科全てを終え、自己評価をしてみる。
「……余裕だな、うん」
瞑目してウンウン頷いている間に、後ろから他の試験官が解答用紙を回収していく。
机にトントンして角を揃えた後、一旦教壇に全員が整列する。
「皆さん、午後からは実技になり、受験する場所が変わりますのでご案内します。まずはワイズシュテリン先生、お願いします」
その言葉にフムと一つ頷いて前に出たのは、戦闘狂の疑いがあるあの爺さんだ。
「では……ほれっ」
俺達の方に手を翳し、軽い掛け声と共に放たれる魔法を、毎度の如く俺は強化した目で捉えた。
暴力的な魔力を持つ者とは思えない程の繊細な魔力コントロールにより、この場に居る全員に向かって細い魔力の糸が伸びる。流麗な放物線を描き、着地したのは受験票だった。ぼんやりと薄く光ったかと思うと、次の瞬間には光は消えていた。
見覚えのある光景に、俺は早速受験票を見てみる。
――第一闘技場と、そこには記入されていた。
突然の魔法に、俄に会場がざわつきかけるが、それを見越してか試験官が声を発する。
「今光りました受験票を確認して下さい。そちらが午後の試験会場になります。一時間の休憩をとった後、実技試験が始まりますので遅れないように集合お願いします。では、解散して下さい」
よし、飯を食うか。
「そうなんだ! スゴイね!」
ぼくは全然だめだったよ、なんて言いながらニコニコとこちらを楽しそうに見ている。なんだよ、お前の出来も聞いてやろうか。
「まあ、勉強はある程度していたからね。ルイス君はどうだった?」
現在地は食堂。会場を出る際にルイスに声を掛けられ、二人して同じ定食を食べ、筆記試験の出来を確認している。どうだったー? 俺? 全然駄目だったよー! みたいなやつだ。
「ぼ、ぼくは……」
お? 試験の出来を聞いた途端、ルイスの表情が曇る。定食を食べる手も止まり、心なしか太陽の光が弱くなった気がする。あ、気のせいだわ。
第一印象に過ぎないが、筆記が得意そうな感じではなさそうなので、芳しくない結果だったのだろう。
食事中に落ち込まれても困るし、大人な俺がフォローしてやるか。
「駄目だったんだね」
あ、間違えた。
「うぅぅー……。うん……」
更に落ち込むルイス。成る程、とことん落ち込むタイプか。まあでも、この学園は、というよりもこの世界は、戦闘技能の高さが重要視されている。当然、魔物がいるからであるが、かといって文官の地位が低いわけでもない。宰相と将軍は同格とされているし、魔法研究の権威ともなれば、そこいらの貴族など相手にならない。
だが、最終的には魔物と戦うのは武官だ。いくらいい武器を作ろうが、使い手が居なければ意味がない。それに、魔物という脅威にさらされ続けている為、常に手が足りていない。
その為、実技の試験は点数の七割を占めているとされている。
「午後からは実技があるじゃん。一緒に頑張ろうよルイス君」
まだチャンスはあると、その意思を込めてルイスを励ます。なんてったって七割だからな。実技が得意そうなルイスにはもってこいだろう。
「そう……だね。よし! 頑張ろう! ぼく、実技は得意なんだ!」
小さな右手で握り拳を作り、あっという間に復活するルイス。単純なのは良いことだ。
「それじゃあ、第一闘技場に行こうか」
完食した定食を持ち、席を立つ。続いてルイスもガラガラと椅子を引き、立ち上がる。返却口はどこだ。右か?
「あっ、ジョンダリア君、返却口はこっちだよ」
そういって俺は、グルリと体を百八十度回転させられた。こいつは一本とられたぜ。