やっと
「やっと着いたー!」
相も変わらず喧しいルイスが試験会場の入り口に到着し、周りの喧騒に負けないくらいの歓声をあげる。
「そうだねー」
対して、やる気のない声で返事した俺はルイスの歓声に少し顔を顰める。やっと第六ホールに着いたのだが、やはりというべきか、とても混んでいる。
付き添いが許されているのがここまでなので、頑張れだの受かれよだの励ましの声が耳に入ってくる。立ち止まっているもんだから、物凄い人口密度になって苦しい。あっ、今なんかいい匂いした。
「大丈夫だって、パパ、ママ」
その匂いを辿ると、一人の幼女とその両親がいた。
「ふつくしい……」
俺は思わずその言葉を口にしていた。それほどまでにその幼女は美しかった。
流れる金糸のような髪は、目のくらむような天使の輪をつくり、肩甲骨辺りで一つに括られていた。
澄み渡る碧眼は長い睫毛に縁取られ、太陽の光を真っ直ぐに反射し、輝いていた。
スッと綺麗に通った鼻筋は、その下にある薄紅色の唇と、完璧なバランスで置かれていた。
尖り過ぎず、丸過ぎずの綺麗な輪郭の上に、全てのパーツが揃っていた。
貴族だろうか、煌びやかな服を着ているにも拘らず、それが霞むほどの顔面を持っていらっしゃった。
俺がこの学園の教師ならば、迷わずこういっただろう。
――合格、と。
「何見てるの?」
と、ここで俺の異変に気付いたのか、ルイスが声を掛けてくる。
俺の内心を知る由もないルイスの瞳は、どこまでも無垢な光を宿している。
「ああ、この学園って広いなーって思って。んじゃあ、入ろっか」
幼女を鑑賞していたなんて、言えるはずもない。それに、この混雑の中に突っ立っているもの邪魔だろう。
スイスイと人の波を縫うようにして進み、入り口に入る。
「……ん?」
第六ホールに入った途端、違和感を覚える。
感じる……感じるぞっ! これは間違いない、魔力だっ!
感じるままに魔力の出所である前方へ目をやると、巨大な板があった。いやまあ、入った瞬間目に入ったけども。
なかなかに規模が大きいと思われる魔法が発動されており、そこには席順が表示されていた。
三百八番はどのへんだ。と探していると、ほんの少し受験票が熱くなった。
「うわわわっ」
ルイスにも同様の現象が起こったのか、お手玉のように受験票を空中で転がしている。
遂に一つお手玉で失敗し、ヒラリと裏返って落ちた受験票には、矢印が薄く浮かび上がっていた。
ふと、自分の受験票の裏側を見てみると、そこにも矢印が。最初はなかったはずだけどな。
「うーん、もしかして……」
その矢印の方向と、巨大な板――魔法板とでも呼ぶか――を見比べると、どうも自分の席があるようだ。
「じっ、ジョンダリアくんっ! どうしよう!」
慌てるルイスに俺は受験票の裏側と、魔法板を指差し見比べさせる。
「この矢印の方向に席があるみたいだね」
ルイスはパチクリと目を瞬かせ、首を傾げながら受験票と魔法板を見比べる。気になるのか、チョンチョンと矢印を触ったり、ぐるりと向きを変えたりしている。
「それじゃあ、試験頑張って」
そろそろ面倒になってきたので、ヒラヒラと手を振り自分の席に向かう。
「あっ、うんっ! 頑張って合格しようね!」
ちょっと元気でた。
さて、矢印の通りに進み、自分の席に来たはいいものの、誰か座っていやがる。
机の右前に置いてある番号札と自分の受験票を一応見て確認をするも、三百八番で間違いない。
一体誰なんだこいつは。
「すみません」
肩を軽く叩く。
のろい動きで振り返ったそいつは、なんか暗かった。面倒臭そうな目線に、少しムッとした口の形。何故だろう、ちょっとムカつく。
「何?」
言葉少なに返事をされたが、そこは俺。寛大な心で無礼を許し、完璧な作り笑いでこう言ってやった。
「席、間違ってますよ」
はあ? といった感じで眉を吊り上げたそいつは、しぶしぶといった感じでポケットから受験票を取り出す。
――イルフィム・オーラス
一瞬だけ見えたムカつく野郎の名前を、俺は記憶にしっかりと刻み込む。あのハゲもじゃと同じブラックリスト入りだ。絶対にいつかギャフンと言わせてやる。
俺が新たな復讐を誓っていると、悪ガキ――イルフィムはフンッと鼻を鳴らしながら受験票を俺に押し付けてきた。
三百八番……第四ホール。
「ホール、間違ってますよ」
成る程、こいつは馬鹿だ。という思いを笑顔の仮面で包み込み、優しく間違いを指摘してやる。
ハッとして受験票の右下を見やり、イルフィムは少し赤面した。
「す、すまん……」
間違いが恥ずかしいのか、先程までの態度が嘘のようにおとなしくなり、まるで満員電車の中で反対側のドアが開き、チョップ謝りをしながら出て行くサラリーマンのように腰を低くしながら第六ホールから出て行った。その背中は少しだけ煤けて見えた。
「よっこいしょういち」
律儀な奴なのか、しっかり椅子は戻していったので、変なことをしゃべりながら椅子を引き座る。
隣の奴に訝しげに見られるも、次の瞬間には興味をなくしたのか自分の勉強に戻る。
俺はお勉強の時間である程度はできているので、今更追い込む必要はない。オカンとリーフさんのお墨付きももらっていることだし。
ということで、試験開始まで少し暇がある。そこで、魔法板について少し考察してみよう。
まず、魔力を目に集中する。慣れたもので、直ぐに収束し効果を発揮する。ほんの少し揺らぎながらも、しっかりと文字として形を保っている魔法板は、魔力でどこぞにつながっていた。
どんどん追っていくと、教壇に繋がっているのが分かる。そこにはかなり複雑な魔方陣――というよりは、回路があった。
魔方陣についてはあまり詳しくないので、どういう内容なのか不明だが、なんとなく想像はつく。
効果としては、最低でも三つはあるだろう。
一つ目は魔法板を作る魔法。縦八十に対して、横五十程度のマス目に受験番号が記入されたものをデカデカと主張している。
二つ目はそれを維持する魔法。空気中から僅かずつ魔力を取り込み、それを先ほどの魔法板に運用している。
三つ目は受験票に矢印を表示する魔法。恐らく受験票がこのホールに入ると起動し、案内するような仕組みになっているのだろう。
そんなこんなで時間を潰していると、懐かしのチャイム音が聞こえてきた。地球と全く同じなのは学校の創設者が異世界人である勇者だからか。
ガチャリと右奥の扉から試験官らしき人達が数十人出てきた。つい魔力で目を強化し、大まかな力量を探る。
――二人、ヤバイのが居る。
一人は青年といってもいいくらいの年齢の、恐らく人間。とんでもない量の魔力を内包しており、岩タイプ使いのブリーダーを彷彿とさせる細目は、なかなかに腹黒い印象を与える。
もう一人は老人だ。暖かい孤児院をやってそうな雰囲気ではあるが、魔力の量はもちろん、なんだか荒々しい魔力であり、雰囲気に似合わず好戦的な印象を受ける。
観察しているのがばれて、目をつけられると面倒臭そうなので、目の強化を解く。エリートを目指してはいるが、熱血修行みたいなのは嫌なのだ。
コツコツと先頭を歩いていた試験官が教壇に上がり、持っていた分厚い書類の束を教卓に置く。
「皆さん、お静かに」
四百人近くいれば姦しいどころではない規模のざわつきが、一瞬にして静かになる。決して大声ではないのだが、魔法を使っているのか鮮明に聞こえてくる。
「ただ今より、試験を開始します。時間は六十分を四度。その後昼休憩に入り、午後からは実技試験を行います。場所は筆記試験終了後に受験票を配布致しますので、その会場に向かって下さい。では、書類を配布します」
言うと同時に連れで来ていた試験官が一人ひとりに配布しだす。手際よく配られ、あっというまに俺の手元にも裏向きで置かれた。
中年の女性に配られたのは少し残念ではあるが、ヤバイ二人とは近づかなかったので、よしとする。いやでも、綺麗なお姉さんがよかったな。
「全員配り終えましたね。……それでは、試験開始!」
流石にそこには気合が入るのか、鋭い声で試験が始まった。