未明
――未明。
「ふっ、よっ」
オトンに貰った木剣を、あれ? 手の感覚が……ってなるまで振る。
――早朝。
「邪気退散ソーラン節ドドンパッ」
素振りでかいた汗を冷水で……呪文を唱えながら流す。
――朝。
「――ってあたしが言ったら、ソイツは何て言ったと思う? ……ねぇ、ジョン」
「すみません、聞いてませんでした」
半分寝ながら朝食を……家族全員で摂る。
――午前中。
「つまり、魔族の中にも友好的な者がおり、共存も不可能ではないと、勇者ハルはおっしゃったのです。 ……ジョン様?」
「すみません、聞いてませんでした」
オカンとリーフさん、二人とお勉強を……八割寝ながらする。
――昼。
「……」
寝る。
――午後。
「どうした? 剣が軽いぞ?」
「うぐぐ、くをー」
オトンから剣術の手解きを……握力二の状態で受ける。
――夕方。
「ご馳走さまです」
夕飯を……食べる。
――夜。
「メラゾーマッ」
魔法の練習を……魔王っぽくする。
そして就寝ってのが、将来の目標にむけて頑張っていることなんだけど、三日目で無理だと思った。
幼児にはハード過ぎたようだな。
明日から体に合ったトレーニングにしよう。
――未明。
「まだ起きるには早いな。睡眠は大事だし」
つい起きてしまったが、無理は禁物と再度床に入る。
――早朝
「それで、兄上はどうしたのです?」
「そして俺はこう言ったんだ。言い方ってもんがあるだろう、このハゲもじゃっ、てな」
外出の日の出来事を少し、いや大分脚色して弟に話す。俺は……復讐者だ。
――朝。
「兄上、学校はどうですか?」
「今のところ、予習の範囲内だ」
「もうちっと剣の時間が欲しいんだけどなぁ」
「学食が美味しいよ」
一家団欒で朝食を楽しむ。
――午前中。
「――渡航中に巨大なイカの魔物と戦った際に、海ごと魔物を叩き切ったそうです」
「海を割るなんて、勇者とは強いのですね」
雑談や豆知識ばかりだが、二人に勉強を教えてもらう。
――昼。
「……」
「……」
弟と健やかにお昼寝する。
――午後。
「王手、です」
「むっ」
オトンと盤上で駒を動かし、王を討つ遊びを行い、戦術的な技術を身につける。
――夕方。
「そういえば、お前の学年に剣が強い生徒がいると聞いたな」
「そうね、高等部でも通用するらしいわ」
「へえー、そんな凄い方が学園にはいらっしゃるんですね」
兄貴達から学校の話を聞く。
――夜。
「イオナズンッ」
魔法の練習を……魔王っぽくする。
「って、ダメじゃん!」
正気に戻った俺は、ツッコミをいれた。
ヤバくね? ダラダラし過ぎじゃね?
学校はどうですか? ってなんだよ。俺は親父かよ。
王手ってなんだよ、俺はジジイかよ。
魔法の練習以外何もやってねーじゃん。
「うぅん」
大声を出したせいか、同室の弟がモゾモゾと動く。
「……」
途端に借りてきた猫のように静かになる俺。起きたか? ……大丈夫みたいだな。
「まずいな……」
小声でそっと呟き、明日からの特訓メニューを頭の中で組み立てる。
明日から本気出す、そう思いながら床についた。
翌朝。
起きた時間は昨日と同じく、日が昇り始める頃。やることは素振り。たが、今日の俺は一味違う。
「取り敢えず、三十かな」
目標を決め、余力を持って振るう。
自分の中でルールを決めたのだ。素振りに関しては、回数を決めて手加減してやる。
そうすることにより、しっかりと勉強とオトンの練習に打ち込めるということだ。
「はい、今日のお勉強はここまでにしましょう」
「ありがとうございます」
リーフさんにお礼を言う。それと、寝ててごめんなさいと心のなかで謝罪する。
「ほう、最近調子がいいな」
「まだまだですっ!」
オトンに誉められる。だが、この程度ではハゲもじゃには勝てんだろう。精進あるのみだ。
「……」
弟と仲良く寝る。
適度な鍛練、君に決めたッ!
――それからの日々は、それはもう早かった。
手加減特訓の成果が出たのか、勉強の時間に寝ることもなく、オトンとの剣の時間もちゃんと受けることが出来た。
未だにオトンに剣をまともに当てたことはないが……。いや、大丈夫だ。オトンに才能はあると言われたんだ。例え二つ上の言葉遣いが乱暴な兄貴にも剣を当てられないとしても。
くそっ、魔法の才能がないと思ったら剣も駄目かよ……どうするかなぁ、騎士になるの。
「いや、違うな」
俺は前回の教訓を活かし、寝室で静かに呟く。隣には勿論弟が寝ている。
才能がない程度で諦めてちゃあ駄目だ。それは才能がないことより駄目だ。
もっと頑張ろう。やるだけやって、もうどうすることも出来ないってなったら、そこでまた考えれば良い。
それに、明日は兄貴達が通っている学園の入学試験があり、俺はそれを受けることになっている。国がかなり力を入れているらしく、そこで良い成績を残せば、即騎士に採用なんてこともあるらしい。
まさに俺はエリートの道を進もうとしているのだ。
そこで思いっきり成長してやろう。前世で読んだ小説だと、様々な出会いと別れ、成長があったしな。
俺は小説の登場人物ではないが、このファンタジーな世界の学園に通うんだ。きっと成長出来るだろう。
それには明日の試験に合格しなきゃいけないんだけどね。
――まあ、余裕っしょ、なんて思いながら俺は眠りについた。
ガヤガヤと、チビッ子どもが長大な列を作っている。親が同伴している者も居れば、一人ボッチも居る。
ちなみに、俺は後者だ。
両親は本当は来る予定だったのだが、急なお呼び出しをくらったらしく、何度も謝りながら慌ただしく出ていった。
「次の方どうぞ」
受付の声により、列が少し進む。
「受験票はお持ちですか?」
その言葉に目の前の少年はガサゴソと鞄を漁り始める。
「えーと、あった! 受験番号五百六十番、ルイスです!」
元気よく答えた少年――ルイスは、ウキウキしながら受付の言葉を待った。
「はい、ルイス君ですね。試験会場は第六ホールになります。こちらの地図を見て、分からなければお近くの係員にお尋ね下さい」
受験票を確認し、ペンで何かしらのチェックをいれた後、受付は地図を手渡した。
「はい! ありがとうございました!」
いちいち元気な言葉で会話し、ルイスは列から去って行った。
それに伴い列が前に進む。
「次の方どうぞ」
長かったが、やっときた。
「受験番号三百八番、ジョンダリア・ウィザストンです」
受験票が必要なことは分かっていたので、受付に言われる前に提示する。
「はい、ジョンダリア様ですね。試験会場は第六ホールになります。こちらの地図を見て、分からなければお近くの係員にお尋ね下さい」
先程と同じやり取りで地図を渡される。
「ありがとうございます」
ペコリと頭を下げ、さっさと第六ホールに向かう。
ルイスと同じ場所だな。迷ったらルイスに聞いてみよう。
「受験番号八十番――」
俺が去った後も、まだまだ人は途切れない。
ぐるりと辺りを見回すと、この学園の規模の大きさに改めて驚かされる。
まず、人の多さだ。今年の入学希望者は、ルイスの受験番号から察するに、少なくとも六百人近くいると思うが、今見た感じでは千人は居るんじゃないか。
学園に入って三十分ほど歩いて受付が見えたかと思うと、百人単位の長蛇の列がいくつも出来ていたのだ。俺が並んでいる最中にも続々と後から人が来ていたから、とんでもない数だろう。
次に、その広大な敷地だ。
受付に貰った地図を開くと、学園の門から受付の距離が、一週間程度伸ばした爪の白い部分位しかない。 第六ホールまでも同じ位ある。これを今から歩くと思うと超面倒くさい。
この縮尺を考えると、大体A三用紙一枚分だから……東京ドーム三百個分か(適当)。
とにかく、かなり広い。
そして、入口だ。最初に見たときは一瞬呆けてしまった。
明らかに十メートルはある高さは、見上げた時にドラゴンでも遊びに来るのかというほどの威容を持ち、それ自体が結界型魔術の魔道具となっているのか、魔力を目に集めて見ると光っているのが分かる。開閉に一々時間が掛かりそう門は、毎回数十人単位の教師が出動して動かしているそうだ。
それに連なるように分厚い壁が視界一杯に広がっており、敵には絶望を与え、味方には安心をお届けする。
目立った装飾は特になく、無骨な印象を与えるが、壁とは本来こうあるべきだと物語っているようで、機能美という芸術性がある。と思う。
なんて考えながら第六ホールに向かって歩いて居るんだが、遠い上に暇だ。周りのチビッ子どもは親や友達と話しながら会場に向かっているし、わざわざ一人ボッチの奴を探して話しかけるのも億劫だ。
仕方がない、と地図に挟まれていた学園案内を見る。
――スターク学園。
ローイン王国で学園と言えばここ。という認識まであるほどの知名度を誇る学園の創立者はなんと、勇者らしい。
三百年近い歴史を持ち、その間に輩出された者たちは、あらゆる方面で第一線を引っ張っている。
例えば国。現在の王はこの学園の出身だ。ここで唯一の友と出会ったらしい。軍のトップである将軍も学園出身者しかおらず、貴族も全員通うといっても過言ではない。
国からの援助で学費も安く、寮も有るため毎年入学希望者が殺到するが、勿論教育機関がここだけというわけではない。
一部の大きな都市にはきちんと学園がある。だがやはり知名度や、そこで得られるものなどで圧倒的に劣り、スターク学園は一人勝ちとなっている。
敷居が高いと感じる者や、家の手伝いで長期間家を開けることが出来ない者が地方の学園に通っているんだろう。
服屋に雑貨屋と、一つの都市として機能出来るレベルの学園であり、地理を覚えるのに時間が掛かりそうだ。
他にもランク制度があり、高いランクほど優秀な証だとか。
競争意識は高くなりそうだが、問題も起きそうだな。面倒くさい制度だな。
他にも奨学金制度や学園長の言葉、教育方針などが載っている。
「おっ」
ふと、前方に見覚えのある後ろ姿があった。
――あの溌剌とした後ろ姿はっ!
「うーん」
と思いきや、今は元気が無さそうだ。どうしたルイス。
「えーと、あっちが第四ホールだから、あれ? 通りすぎた? ……あっ」
フラフラと歩いていて、それを心配していた俺と目があった。迷子っぽいなコイツ。
「あのー、第六ホールって、どこか分かる?」
係員に聞けと言いたいところだったが、丁度俺も暇だったので、応じることにした。
「それなら俺も第六ホールだから、一緒に行く?」
これで俺も一人ボッチから脱却だ。
「あっ、うん! ありがとう!」
多少喧しいが、居ないよりマシだろう。ルイスも一人ボッチみたいだし、いい組み合わせだ。
「よし、それじゃあこっちだ」
そう言って俺は、ルイスの体を百八十度回転させた。
俺のルイスに対する最初の印象は、うるさい方向音痴となった。