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異世界冒険記  作者: 昼飯前
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ちゅいにきた

「ちゅいに、ちゅいにこの時がきた!」


クククッ……と、その影は邪悪な笑いを漏らす。

とある国の貴族の家、その一室で控え目に叫んで、少し満足した後、影はその言葉が出る理由について思い出していた。



ウィザストン家に生を受け、五年近く経っただろうか。家族に愛を目一杯貰い、すくすくと、たまに奇行に走りながら育った彼は、最近こう思うようになった。


――外の世界を見てみたい。


当然ながら、一度も外に出たことがない、というわけではない。

母であるレイナや、使用人のリーフにベビーカーにのせてもらい、何度も外出はしている。

しかしそれは、所詮はベビーカーで行ける範囲程度でしかない。

転生という、それこそ神の悪戯で生まれた冗談のような存在の彼にとっては、直ぐに飽きる狭い世界であった。

そこで、多大な心の傷を犠牲に、彼は“お願い”した。


――ねぇママァ。ボク、一人でお散歩したいなっ!!


前世の記憶を持つ特異な存在である彼は、お願いのやり方も少し違っていた。

具体的には、両手を組み、顎の下に持っていき、口はキュッと結び、潤んだ瞳で見上げながら、お願いした。


実にあざとい仕草である。


しかもそれが自然な涙目上目遣いなのだから、相当な練習量が見込まれる。


――結果。


「ッ!!……んもぅ、ジョンちゃんったら」


なんて言いながら、目がハートになっているレイナから外出の許可を貰ったのだ。


日時は三日後の午前中のみ。時間にして四時間程度と、交通の便が現代日本と比較して格段に悪いこの異世界に於いては、短すぎると言ってもいいだろう。

しかし、監視カメラ等、防犯設備がない為、非常に治安が悪いことや、彼がまだ齢五という完全な幼児であることを考えれば、たった四時間とはいえ、一人で外出とはあり得ない話なのだ。


――そう、あり得ない話なのだ。




「じゃあ、あの子をしっかりお願いね」


“はじめてのがいしゅつ”の日の早朝、ウィザストン家の当主であるガイスト・ウィザストンの妻である、レイナ・ウィザストンら数名が庭にいた。

彼女は、使用人の中でも戦闘に長けた者と、私兵から数名とで選抜された彼らの前で、ある確認をしていた。


その内容とは、こうである。


「何度も言われなくても大丈夫ですよ、レイナ様。ジョンダリア様の護衛はしっかり務めます」


薄手の革鎧の上から服を羽織っている騎士風の出で立ちをした女性は、心配性な母親を苦笑いで落ち着かせた。

因みに、これで八回目の確認である。


内容はといえば、今日いよいよ外出するウィザストン家三男のジョンダリアの護衛だ。

ただし、バレないようにという条件が付く。


「さて、そろそろ準備に取りかかりますので、このへんで。行くぞ」


そう言って身を翻し、門へ向かう騎士風の女性。その後ろを今回の護衛に選ばれた男女が付いていく。


「あっ、ちょっと!……まぁ、大丈夫よね――」


心配そうなレイナの言葉は、果たして杞憂か……。




「お小遣いよし、服装よし、寝癖よし、っと」


鞄の中身と自身の身形をしっかりと確認した俺は、いよいよ外出しようとしていた。


「ううっ、ジョンちゃん……」


玄関まで見送りに来たオカンは、午前中のみの外出だというのに、ハンカチで鼻を啜っていた。

へへっ、もうぐちゃぐちゃに濡れてんじゃねえか、っていう位にはハンカチが既に湿っている。


「大袈裟だなあ、母上は」


貴族用の言葉遣いで心配性のオカンに返事する。だがまあ、それも仕方のないことかもしれない。一応貴族だし、いつ誰の恨みを買っていてもおかしくないだろう。


「――よし、では、行って参ります」


そう言ってオカンに背を向け、門へと歩きだす。


「いっでらっじゃい……」


そんなに悲しいのだろうか。今生の別れじゃあるまいし。


それよりもだな。


――押さえろ、押さえるんだ俺。


そう強く思いながら鉄製の門を開けてくれた門番に礼を言う。

遂に外へと足を踏み出し、 ススっと早歩きで繁華街へと向かう。

そして、ある程度屋敷から離れ、人目を逃れるように路地に入った俺は、叫んだ。


「イエアッ!」


自由だ! 俺は遂に自由になったんだ!

もう怖いものなんてない。一頻り開放された気分を堪能した俺は、当初の目的を確認する。


目的、それは――外出。以上。


……想像以上の無計画さに恐怖すら覚える。自由になれたのは良いけど、特にする事があるわけではない。

ていうか、本当にどうしよう。


「とりあえず歩くか」


折角外出できたんだ。普段の買い物では行けない所に行ってみよう。


うーん、不安だ。




「うまっ、オッチャンこれうまっ」


屋台で良い匂いをそこらじゅうに振り撒いていた、焼き鳥みたいな肉を食いながら屋台のオッチャンに言う。


もう一本くれないかなという打算が2割、本当に旨いってのが8割だ。


四季森という、この国の西方に位置する広大な森に生息する“虹鳥”のモモ肉に、タレをたっぷりつけて焼いた一品は、俺の胃袋を大いに刺激した。

タレの香りは、早く口にいれろと強制しているかのような魅力を持ち、抗えず口に運ぶと、最初に爆発するが如く肉の弾力が口内に襲いかかる。

繊維一つ一つがしっかりしており、けれども小学生低学年レベルの顎の力で、簡単に噛みきれる柔らかさを備えている。

舌上では、溢れんばかりの肉汁と、秘伝のタレが見事にマッチし、もう一口、と思わず言ってしまいそうになる。

ゆっくりと咀嚼し、感激した俺は、改めてオッチャンに告げた。


「美味しいです、とても」


朝早いこともあり、客が少ないのか、オッチャンは対応してくれた。


「へへっ、たりめえよぉ」


少し照れたのか、鼻を掻く仕草が愛らしい。

日焼けした筋肉質のオッチャンは、前世の岩下さんを思い出させる。


――五、六年は経ったかなぁ。


もう二度と戻れない世界を懐かしんでいると、目の前に串が差し出される。


「なぁにガキが辛気くせえツラしてやがる、三十年早えぞ」


差し出された串の意味に気付いた俺は、ありがたく受け取る。

今日初めて会ったというのに、なんて暖かい人なんだ。


「あ、ありがとうございます。……ん?」


受け取ったのはいいが、オッチャンの手はいまだに引っ込まない。どうしたオッチャン。


「五百ビズだ」


「金とんのかよ!」


と言いつつも、しっかりとお金は渡す。だって美味しいんだもの。




あれから少しオッチャンと話し、そろそろ移動するかと考えていると、去り際にオッチャンに話しかけられた。


「ガキが一人で出歩いてると、いくら人通りが多いとはいえ、危険がねぇ訳じゃあねぇからな。気い付けろよ」


散々言われた言葉ではあるが、筋肉質で強面なオッチャンに言われると、不思議と恐怖心が湧いてくる。


「気を付けます。では、また」


おうっ、というオッチャンの元気な言葉を背に、フラフラと歩きだす。


ローイン王国の首都であるここは、国の中心地であるためか、かなり人口が多い。

特に今の時間帯は、主婦や冒険者などが頻繁に道を行き来している。

ワイワイガヤガヤと喧しい通りを歩いていると、周囲の建物より二回りは大きい建物が目に入った。


「冒険者ギルド的なやつかな……」


開きっぱなしの観音開きのゴツい木製扉の上には、六芒星の看板がある。

なぜ六芒星かは知らないが、ゴリマッチョのオッサンやローブを着た怪しい奴らが出入りしていることから、当たりをつける。


「どけ、ガキ」


頭上から声を掛けられた為、何事かと首を上に捻ると、髪の毛はないけど、やたら髭がボーボーなオッサンに睨まれていた。


「あ、す、すいません」


こ、こえー。あ、間違えた。


確かに建物の入り口で突っ立っているのは迷惑だなと、自分の非を認めた俺は、素直に謝罪し素早く建物の壁に張り付いた。

か、金はもってねーぞ。さっき焼き鳥で全部使っちまったからな!


「フン」


俺が避けたのを見て、不遜に鼻を鳴らした奴は、さっさと中に入って行った。


……よし、決めた。


十歳までにあのオッサンの身長を越えてやる。そして今日の仕返しを絶対にするんだ。

見下ろしながら鼻を鳴らした後、あのツルツル頭を恐ろしく滑らかに撫でてやる。トゥルンッとね。


――は無理として、冒険者ギルドみたいな組織が有るんだ。そういう職業になるのも悪くないかもしれん。


魔物もいるみたいだし、バッタバッタ薙ぎ倒してみたい。


「でも、才能なさそうだしなぁ……」


壁にかっこつけて寄り掛かりながら、そう呟く。


そう、夢は膨らむのだが、現実が伴っていない。魔力無さそうだし、発動方法はよく分からんし。


折角第二の人生を歩めているんだ。なるべく長生きしたいし、楽しみたい。


……よし、決めた。


将来は騎士になろう。安定した収入を得られそうだし、ある程度は安全そうだ。でも、それまでは好きに生きる。冒険者になり、剣を振るい、魔法を放つ。

貴族といっても三男坊だからな。跡継ぎは兄がやってくれる。


そんな風に将来を考え、ふと空を見上げると、既に太陽が真上に昇ろうかというところまで来ていた。


「え? もう?」


時間が経つのが早い気がする。まだ屋台しか回ってないし。

いや、そう考えると、屋台だけで午前中を過ごせるみたいだな。いやー凄い都市だ。


「はぁ……」


結局、収穫と言えるものは特にないまま、自らの家に帰ったのだった。


家に帰ると、オカンがハンカチを濡らしていたのは言うまでもない。

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