目を覚ましたのは
目を覚ましたのは、真っ暗ななんだか暖かい場所だった。
正確には、目を覚ましていないかもしれない。何も見えないし。
意識はある為、取りあえず現状把握に努める。
腕は、一応動く。動かしにくいが、動く。
まず、ここはどこだ? ふよふよした空間で、俺は漂っているようだ。
ふむ、全くわからん。
そこで、意識を失う前の事を思い出してみよう。
――確か、いつものように残業して夜遅くに家路につき、俺の城への階段をガラスの靴で登っている時だった。
ふとした拍子に靴が脱げてしまい、それを急いで拾おうとしたら、足を滑らし、四十段近くある階段から転げ落ちてしまったのだ。
それも仕方のないことだろう。何せ時間がなかったのだ。十二時になると魔法が解けてしまい、カボチャの馬車に乗った毒リンゴを持ったマレフィセントが襲いかかってくるのだ。
それを恐れた俺は、慌てて取りに行こうとし、さっき言った通り不幸な事故に見舞われてしまったのだ。
ふむ、脳に異常はないな。
となると――というか、どこか既視感を覚えるこの状況。
突然の事故、真っ暗な空間、動かしにくい体、ふよふよした感覚。全てを繋げると、ある答えが見えてくる。
――そう、カプセル型医療器具、エッグちゃんだ。
正式名称は長いから覚えていない。が、十中八九そうではないかと感じている。
俺は、幼い頃をある研究所で過ごした。人類の人工的進化を目論見、日夜人体実験を行っているイカれた場所だった。
しかしある日、チャンスが訪れた。何者かが侵入したのだ。
至るところに戦闘の跡があり、死体も見た。だが、そんなものに構ってられない。ここから脱走できるのだ。
研究所を走り回り、遂に見つけた。狭いがこの小さな体であれば通れる!
そう思い、僅かに光が差す瓦礫へ飛び込んだ。
思いの外狭かったが、行ける! グイグイと体を隙間に捩じ込んでいくが、かなり圧迫される。ちょうど今圧迫されているような感じだ。
しかし、それも遂に終わりを告げる。長かった障害の果てに、俺はシャバの空気を、陽の光を浴びることが出来る。
「オギャア! オギャア!」
「元気な男の子ですよ! 奥様」
「あぁ、私の子……」
ほとんど聞こえないが、数人の話し声、目の前には薄ぼんやりと人の影。
まあ、なんとなく分かっていたが、俺はどうやら赤ちゃんになってしまったようだ。
おったまげた。
俺がまだオギャオギャと泣いていると、バタンと、扉の開く音が。
「生まれたか! 俺の子が!」
喧しいオッサンがきた。ふむ、俺の親父と見た。
「ええ、元気な男の子ですよ」
それに産婆的な人が先程と同じように答える。
ちなみに俺は今、この人にタオルでフキフキされている。苦しゅうない苦しゅうない。
「どれ、見せてくれんか!」
突然目の前に大人の顔面が映る。見せてくれって言いながら見に来てんじゃん。
「おおぅ、なんて愛くるしい顔だ、んん〜」
そう言って、あろうことか、奴は、俺に、きすを、迫っ……た。
――ウオオオォォォオオオアァン!!!
チュッと、俺の新しい人生のファーストキスは、親父に奪われた。
「オギャア!オギャア!」
俺は泣いた。
「あらあら、元気ですねぇ」
「フハハハ! 今日は宴だ!」
そしてそのまま泣きつかれて、眠りに落ちた。
――あの悪夢の日から、一週間が経った。
取りあえず現状把握だ。今回は真面目にしよう。
まず、俺のことだ。
ジョンダリア・ウィザストン、零歳。前世の記憶持ちの実質二十一歳児。父であるガイスト・ウィザストンと母のレイナ・ウィザストンの間に生まれ、手の掛からない三男としてすくすく育っている。
兄二人の他に姉もおり、末っ子として大変可愛がられている。羞恥心は一週間の間に消滅した。
どうも家は貴族らしく、領地を持っている模様。俺は三男だから関係ない筈だし、そういうのは無視している。
使用人が数人おり、その中に出産の手伝いをしてくれた産婆的な人もいた。ちなみに、その人には今も世話になっている。
主に下半身の(性的な意味ではない。間違いなく)。
さらに、とんでもないことに、魔法がある。手品や、科学的現象ではない。魔法である。
興奮して色々出たね。主に下半身から。
おっと、真面目に真面目にっと。
次にこの世界、というか国について。
ローイン王国。デッカイ大陸の西の端に位置している国である。現在は平和であるが、数十年前、戦争をしていたらしい。
親父の寝る前の自慢話で聞いた。中々経験豊富な親父で、色々話してくれるのだ。こちらが理解しているとは微塵も思っていないようで、昔の親父の色恋騒動から武術の話までしてくれる。親父は相当なプレイボーイだったようだ。
ククク、これをオカンに話したらどうなることやら……。
まあ、そんなこんなで一週間過ごしたんだが、俺は今とてもウズウズしている。
ほら、まただ。
「ウォーター」
そう使用人さんが呪文の後、魔法名を唱えると、用意していた桶に水が溜まっていく。
そしてタオルを濡らした後、俺の尻を拭う。
その目はどこか真剣さを帯びており、まるで芸術的な絵画を描いている高名な画家を見ているような気に――と、脳内保管する事で最初は羞恥に耐えていた。最近は慣れてきた為、おねっしゃーっす位なノリでこなしている。
それよりも、だ。
ッケェー! 魔法使いてぇー!
と、魔法を見るたびにこの発作が起き、中々治まらないのだ。
それも仕方のないことだろう。なんせ、ゲームや漫画やアニメ、小説に映画でしか見たことのない魔法があるのだから。
他にも、魔物や、人間とは違う種族のエルフ、ドワーフなど存在し、正にファンタジーな世界なのだ。興奮しない訳がない。
しかし、当然ながら危険である。腕の一振りで人間を容易く吹き飛ばす一つ目巨人や、尻尾の一薙ぎで人間を死に追いやる竜など。
だから俺は目下の目標として、強くなろうと思う。
その為の第一歩として、よく寝てよく食べよう。うん、そうしよう。
ふあぁ、と、小さな欠伸をひとつ。俺の意識はすぐに眠りに落ちた。
ちなみに、何故か言語は日本語だった。