来客
コン、コン。
ゆっくりとしたノックが鳴った。
夜遅くに来客とはあまり常識的ではない。
だが不思議とそれを不快に思うことはなかった。
普段なら訝しがるはずなのに、今日に限ってそんな思いを抱くことはなく、すんなりと玄関に移動する。
扉を開けばそこにはぼろぼろの外套をきた人物が立っていた。それだけでも十分に怪しいのだがその人物は仮面をしていた。オレンジ色が特徴的な仮面だった。
「どなたですか?」
そう質問をするのも無理はないだろう。
「私は―――だ」
ノイズが走りうまく聞こえなかった。だが再び聞くのは失礼だろうと思い、家に上げる。
声から察するに男性だとわかる。
すぐにもてなさなくてはと思い料理を始める。
その様子を客人はじっと後ろから見ていた。
それがなぜだか妙に懐かしく感じて涙が溢れてきた。
「どうしたのです?」
「いえ、急に悲しくなって…」
「すみません」
「どうして謝るのですか?」
そう訊ねると彼は首をゆっくりと横に振るのだった。
涙も収まり再び料理を開始する。
すると再びノック音がした。
コンコン。コンコン。
「今いき―」
「開けてはいけない」
料理を中断し、扉を開けに行こうとするとそれを妨げるように客人が立ちふさがった。
「どうしてですか?」
「それは説明できない。だが、お願いです。開けてはいけない」
その問答のあいだにノックは激しさを増す。
コンコン。コンコン。コンコンコンコン。コンコンコンコンコンコンコンコン。コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
扉が壊れるのではないかと思うくらいの激しさ。最早ノックではなくそれは殴打だった。
「開けないと…」
「開けてはいけない」
渋々彼の言うことを聞く。キッチンに戻ろうとすると、後ろから呼び止められた。
「これを」
彼が差し出したのは仮面。オレンジ色の独特の意匠をあしらった仮面。
「それをつけてください」
「どうして?」
「必要だからです」
納得いかなかったがその仮面を付ける。
「それから暖炉をつけてください」
「寒いのですか?」
「ええ」
客人にしては傍若無人ぷりを発揮する。だが言われたとおりにする。
そして料理に戻る。
どうしてあの客人はああも注文が多いのだろうか?
料理をしているあいだずっと考えていた。
そうして料理が出来上がって後ろを振り返ると誰もいなかった。
キョロキョロと辺りを見回すと彼が座っていたところに仮面と、もう一つ何かが落ちていた。
それは指輪だった。
エンゲージリング。
死んでしまった彼が付けていた指輪。
急いで玄関から外に飛び出る。
外では朝日が登っていた。それ以外には何もない。
そして悟った。
彼が守ってくれたのだと。
昨日は10月31日、死者が家族を訪問し、悪霊たちが這い回る夜。Holloes eveだった。