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うそつきシリーズ

まほうつかい

作者: きか

 私は幼い頃、あの人のことをまほうつかいだと信じていた。

 月に一度の(年を重ねるうちにそれは決まってその月の第三日曜日だと知った)その日に、私は母に連れられて、あの人の元を訪れた。

 あの人は私に会う度に満面の笑みを見せ、そして毎回一つだけ、私に魔法を見せてくれた。

 私はあの人の使う魔法が大好きで、毎月あの人と会える日を心待ちにしていた。

 消えるトランプ。

 空中に浮かんだまま静止するボール。

 舞い散る色鮮やかな紙吹雪。

 きらきら光る大きなシャボン玉。

 あの人は私の周りにいるおとなの男の人たちよりまだだいぶ若く、若い男の人を見なれてなかった私には、そんなところすらいかにもまほうつかいらしく思えた。

 魔法を見た後、母に連れられて夜道を歩くとき、私は母に熱心に魔法についての話をした。


 ――すごかったの。

 ――不思議なことが、たくさんおこるの。

 ――まほうつかいって、すごいね。


 母は興奮して話す私に、「よかったね。」と優しく笑いかけてくれたけれど、あの人と会うときはいつも私とあの人のふたりっきりで、母があの人と顔を合わすことは決してなかった。

 私があの人と会う時、母は私に、ここでおとなしく待っていてね、とそう伝えると、私を置いて、どこか見えない場所に行ってしまう。

 連れられていった場所で、しばらく時間をつぶすと、やがてあの人が現れ、私とあの人との楽しいひと時が始まるのがいつものお決まりのパターン。

 ふたりではしゃぎ、笑い転げ、しかしもういいかげん遊ぶのにも疲れ家に帰りたくなり、私とあの人との時間が終わりに近づくと、私たちはいつも最後に近所の公園を訪れた。

 ちょっとここで待っててね、とあの人は私に言い、ふと気づくと母がそばに立っていて、あの人の姿はどこにもなくなっていた。

 おねがいだからきえないで、と泣いて頼んだこともある。

 けれどあの人は困ったような顔をして、ごめんね、と悲しそうな顔をして謝りながら、私が泣きやむまでは側にいてくれるのに、ふと注意を逸らしたその瞬間に、煙のように消えてしまう。

 あの人は、消えてしまう定めなのだ、と、私は納得せざるを得なかった。



 あの人の呼び方も、いつしかまほうつかいのお兄さんから魔法使いのおじさんになり、次第にあの人は私に魔法を見せるより、魔法の勉強だといって、アミューズメントパークや不思議な場所に連れて行ってくれることの方が多くなっていた。

 年月を重ねるうち、私の周囲の状況も変化していた。

 身長が伸び、通う学校が変わっただけでなく、母に恋人ができ、来月には私に新しいお父さんができる予定になっている。

 母の恋人はよい人で、本来ではお邪魔虫のはずの私の存在にも、こんなに大きな娘ができてうれしい、と喜び、実の娘のように思ってくれているようだった。

 そして私は、自分がそれにこたえられないことに、少しだけ罪悪感を抱いていた。

 今日はあの人と会う日だ。

 あの人と私は今日もいろんな場所を訪れ、はしゃぎ、私たちはそれをふたりで楽しむ。

 けれど、いつもと同じように公園に向かった後、お別れをする前に、あの人は悲しそうな顔で私に告げた。

「……ごめんね。僕はもっと魔法を勉強するために、遠い所へ行かないといけないんだ。だからもう、君と会うことはできなくなってしまった。」

 魔法が下手で、最近は私に魔法を見せることもなくなっていたし、このままではいけない、と思ったのだそうだ。一度、遠くに行って、勉強しなおしたいんだ、とそういいながら、ぎこちなく笑う。

 どう考えても、あの人らしい、へたくそな嘘だった。

 だから私はあの人の手を握り、どこにも消えてしまわないように捕まえて、お願いしたのだ。

「そんなことを言わないでください、お父さん。あなたに会えなくなるのは、私は嫌です。あなたが私に会いたくなくても、私はあなたに会いたいです。だってあなたは、私のお父さんじゃないですか。」

 まほうつかいなんて大嘘だった。

 あの人はお父さんで、月に一度、決められた日に、私に会っていただけだった。

 どうしてかわからないけど、ずっと私に嘘をついていたのだ。

 僕はまほうつかいで、君に魔法を見せたくて、こうして会いに来るんだよ、と。

 あの人は私に一度も、自分が親であることを明かしてくれない、ひどい人で、うそつきだった。

 うそつきで、うそつきな、どうしようもない人だった。

 けれど私は思うのだ。

 あの人は、お父さんは、確かにうそつきだったけれど、でもそれ以上に、私のほうがうそつきだ。

 だって私は、ずいぶん前から、あの人が、お父さんが、まほうつかいではなく、なにものでもないことを、知っていた。

 知っていて、毎月あの人に会うことを、心待ちにしていたのだから。

 心の中ではいつだって、お父さん、とそう呼びかけていたのだから。

「お父さんは、あんな子供だましのウソで、私がいつまでも騙されていると思っていたのですか?馬鹿にしないでください。私はあなたが私のお父さんだ、って知っています。それとも、お父さんは、私に新しいお父さんができるから、もう私に会いたくなくなってしまったのですか?」

 つないだ手からはお父さんの体温が伝わってきて、その手が震えているのがわかった。

 私はその手をじっと見つめることはできたけれど、見てお父さんが何を考えているのか知るのがこわくて、私は顔を上げることができない。

 季節は秋も終わりに近づいていて、少し肌寒い空気の中、ふたり黙ってうつむいた先で、落ち葉が私たちの足元を色とりどりに染め上げているのが見えた。

一行もそうした記述は出てこないけど、実はテーマは手品師です。

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