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オワタ・オンライン【∞】  作者: 水沢 流
シナリオ2:海底基地からの脱出
9/14

 ドオン! という派手な爆発音がして、大きな水音が後に続く。

 激しく揺さぶられた建物全体が軋み、そして、電源系統がプツリと落ちる。


 ここは海底研究所。知られてはいけない闇の施設。

 だが、その野望も今日までだ。


 君達は真実を知ってしまった。

 ──さあ、ここから逃げなければ!


「何で、僕はこんなシナリオなんですかーっ!」


 真っ暗な箱の中でラギが叫ぶ。その隣で、フィズがうるさそうに耳を塞いだ。

 あまりの暗さでどこに何があるかサッパリ判らないが、現在地はエレベーターの中だ。


 オープニングでは電気が点いていた。

 停電になったのは、シナリオに入ってからだ。


 耳を澄ませば、こぽぽ…という泡の上がるような音や、水の流れる音が聞こえて来る。

 幸いにしてエレベーター自体は浸水していないようだが、嫌な予感が拭えない。


 何しろ、どこからかシュコーとかフショーとか言う息遣いが聞こえて来るのだ。

 何かいる。そう予想するのは、この暗闇の中でも簡単だった。


「フィズさん、こんなシナリオありましたっけ…?」


 ひんやりとしたエレベーターの壁に、ぺったりと張り付いたラギが怖々と問う。

 それに応えるように、フィズがメニュー画面を呼び出すと、その付近が僅かに明るくなった。


「うーん」


 フィズが眉間に皺を寄せる。


「ボクも長い事やってるけど、このシナリオは見た事ないなあ」


 自慢ではないが、ミニイベントから期間限定まで、大抵のシナリオはこなしてきたのがフィズの自負である。

 だからRO内で、フィズに解けないシナリオはほとんどない。


「やったシナリオは、全部メモってあるんだけど。どれどれ……?」


 言いながら、パネルを操作して検索に入る。

 シナリオコードはD008。それを検索窓に放り込んで、しばらく待つ。


 ──そして、答えは。


『そのシナリオは実在しません』


 身も蓋もないメッセージ。

 見れば、ぽっかりと開いた空欄で、カーソル枠がちかちかと点滅していた。


『シナリオが削除されているか、ジャンクションからアクセスできない可能性があります』


 冷酷なメッセージが、現実を告げる──


「裏シナリオ、かな?」


 ぽそりとフィズがつぶやく。

 直後、パネルを挟んだ向こう側で、ひいいい、とラギがムンクの叫びを体現した。




 裏シナリオ。それは、平たく言えば開発段階で落とされたシナリオだ。

 プレイヤーから人気が出なさそうだとか、大きなトラウマを残すかも知れないとか、設定したAIが予想外の挙動をしてしまって、結果として封印せざるをえなかったとか、まあ色々だ。


 そんな裏シナリオの存在は、ある時までプレイヤーに全く知られていなかったが、一度だけ、何をどう間違ったのか、ジャンクションからアクセス可能になってしまった事がある。


 ──暗黒アリスの遊技場。


 世にも恐ろしい名前で知られる事になったそのシナリオは、平凡なプレイヤーを震撼させた。


 表シナリオのアリスの遊技場がふわふわキラキラしたものなら、暗黒アリスは、モザイクなしでは語れない内容だ。

 お茶の会場で踊り狂うコーヒーカップ、にんまりと笑った後に襲いかかって来るチェシャ猫。

 帽子屋は帽子の材料を求めてナタを片手にプレイヤーを追い回し、トランプの兵隊が獲物を求めて徘徊する。


 当然、そのシナリオは数日で封印され、誤って繋いでしまった人もなんとか廃人にならずに済んだのだが、果敢にも挑戦したプレイヤーが記録した動画は、今でも動画サイトでネタになっている。


 そこには、「何でこんなものが」と恐れ慄くコメントの数々。

 その中に、「仕事のブラックさに嫌気が挿せば……ねえ?」というプログラマのコメントが入り、そこでようやく犯人が特定された。


 犯人は逮捕され、裏シナリオはことごとく廃棄された。

 ROの平和は守られた。


 ──と、公式では発表されている。


「残ってたんだねー」

「しみじみ言わないで下さい!」


 震え声でラギが叫ぶ。

 シナリオとして中途半端、と言う事ほどプレイヤーにとって恐ろしい事はない。

 なにしろ、シナリオの先がもし作られていなかったら、プレイヤーは永遠にそこから先に進めないのだ。

 そうなると、ネットゴーストとして、誰かの救出を待つしかなくなってしまう。


 だがしかし。


「公式では、片付いた事になってるからなあ。…放置されたりして」

「最初から希望を打ち砕かないでー!」


 ラギが両手で顔を覆う。

 そのまま、しん……と沈黙したラギの方にフィズが顔を向けると、にやあ、とラギが不気味な笑いを口元に浮かべる所だった。


「…うるせーなー」


 笑みのまま、ラギがゆっくりと顔を上げる。そこには、さきほどまで怯えていた様子は全く見られない。


「てめーはすっこんでろ、ラギ」


 凶暴に笑いながら、そう言い切る声は、このアバターを使うもう一人──

 つまり、ラガのものだった。




 それから数分間。壁という壁を調べまくった結果、ようやく、非常電源のスイッチが見つかった。

 とは言っても、このエレベーター内部を照らし上げるだけのものだ。

 うっすらとした緑の非常灯が上に灯り、その光が闇を払う。


「ダメだな、動かねえ」


 エレベーターの扉を開こうと奮闘していたラガが、苦笑しながら肩を落とした。


 扉が動かないだけではなく、階のランプも点いていない。

 そのため、現在が何階なのか、それすらも分からない。


 ただ、本来なら非常スイッチがあるべき所に、四個のキーが存在しているのは特徴的だ。

 ちょうど、正方形を×で区切ったような感じのキーが配置されている。

 二等辺三角形の、尖った部分が中央で付き合わされる形、と言った方が正しいだろうか。


 それ以外に目立つものはと言えば、非常灯の辺りに、うっすらとXXVMWという文字が浮かび上がっている程度である。


「クソ、ブッ壊せれば早いのによ」


 忌々しげにラガが毒付く。けれど、それが出来たらROではない。


「XXVMW…が最初の謎ですね」


 相変わらずの平常心をキープしているフィズが、灯りを見上げながらぽつりとぼやいた。

現在の所持品

・なし


エレベーター内状況

★XXVMWの文字

★□を十字に区切った形のボタン

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