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──CALL。
「お?」
通信が入ったのに気づいて、ナッツを食べ終えたラーツが腰を浮かす。
真剣にメニューを睨んでいるミケは着信している事に気づかない。それなら、とシアンを掴み寄せ、ラーツはその顔を覗き込んだ。
その瞬間、シアンがジト目になった。「なんでアンタが見るのよ」とでもいいたかったのだろう。
軽く、両者の間に火花が散る。
「ケチくさい事言うなって」
へらりと笑ったラーツが先を促す。ブレイン名は壊れた風見鶏だった。
待ちきれず、いいから情報を出せとせっつく彼女に、根負けしたシアンがしぶしぶ内容を展開する。
『時計は虹の七色。そして英語で7字。
七時を指している時計がないことから、時間から色を特定する流れではないと判断。
英語の文字数と一致するのは赤・橙・緑』
「ほうほう」
シアンを掴んだまま、ラーツが棚の前に行く。
頭文字を取るならROGだが、鍵が開く様子はない。元より数字用だ。
「違うなあ」
首を傾げる。
だけど、考え方は面白いのでメモに記す。メニュースロットを開き、情報を放り込んでクローズ。コマンドを受けたメニュー画面が、ヒュン、と細い光のラインを残して閉じた時、ようやくミケがシアンの不在に気付いて顔を上げた。
「あれ、シアンー?」
「わり、借りてた」
返すよ、とミケに歩み寄ったラーツがシアンを突き出す。
それを見ていたラーツのウィスパーが、不意にもそっと羽を膨らませた。そして、飛んだ。
「いでででで!?」
ビシビシビシッ!とウィスパーにどつかれてラーツが叫ぶ。中継システムとは言え、ウィスパーにも個性はある。
平たく言えば拗ねたのだ。そこは自分に頼る所だろ!と言わんばかりにどつかれた赤髪が、あっという間にボサボサになって行く。
「さっき通信で使ったじゃん!『あたし宛』の情報だったらいくらでも受けるって!」
ひがむな!いじけんな!とわめくラーツ。
その間に、シアンがミケの前にふわりと移動し、目を細めてくるると喉を鳴らした。
「おかえりー、シアン」
「みゃあお」
「…あんたら仲いいな」
「ラーツさん達は仲悪いんですか?」
聞かれ、鸚鵡とラーツが顔を見合わせる。
──刹那の沈黙。
「そんなことないよ、な!な!」
「クルルルッ!」
がしがしと乱暴に鸚鵡を撫でるラーツの手と、鸚鵡の嘴が戦いの火蓋を切った。
「喧嘩しなくてもいいのにねえ」
「みゃん」
同意を示したシアンが、引き続き表示されるメッセージをミケに提示する。
通信は良好らしく、すらすらと淀みないメッセージがシアンとミケの間に表示されて行った。
ブレイン名は、引き続き風見鶏。
『ケルトの蓋を取り、ナッツ皿を代わりに載せ、水を出す方法を考える。
時計のマークもあるから、時計(時間)に関係していると予測できる。
右下に水滴マークが書かれた紙。時計で言えば、5時を指していると推測できる。
しかし5時を指しているのは、2つの時計。
そこで、唯一英語の文字数をオーバーした時刻を指している青に注目。
9時からBLUEの4“字”を引くと“5字”。
つまり、ナッツ皿の上にナッツを特定数、おそらく9個を載せれば、水が出ると思われる』
そこまで読んで、ミケがまじまじとナッツ皿を見下ろす。
皿は既に空だ。何一つ残っていない。
「ラーツさん、ナッツ……」
「ごめん、もうねーわ」
ほら、とカラになった皿を揺らしてラーツが苦笑する。
直後、シアンとミケが同時にジト目になった。無言の抗議がラーツに刺さる。
「代わりのナッツ探してきてください」
「……おう。じゃあその間にミケは、残ったUの文字の意味でも考えててくれや」
それと水の出し方な、と一言つけてカウンターの方へと戻る。
ついでに、皿があった辺りに目を凝らしてみたが、皿から水が出たという濡れ方ではなかった。
「ま、いいか」
ダメなら次を当たればいい。
なにしろ同じ記号でも、シナリオにより意味合いは様々だ。△+□が角度を足す問題であることもあれば、部屋にある△と□の個数を足す問題である場合もある。その辺りの意味にプレイヤーが悩むケースは珍しくもないが、足してみて違ったら個数を探して、それでも駄目なら△の形をしたものに記号がついていないか探して……と場面を見ながら試して行くのだ。
あくまでも出た情報の中でしか行えないのが、普通のVRMMOのように「自由度」を売りにできないROの悲しい宿命。そんなゲームだから、過疎ったとも言えるが。
「……ハラ減ってんのかな、あたし」
不意にラーツがぼやく。ちら、とガス台の方を見た時にフライドチキンが見えた気がしたのだ。
空腹のパラメーターがないシナリオで、ナッツ食べておいてフライドチキンの幻まで見るとは、よっぽど自分は食い意地が張っているらしい。シナリオとは全く関係ないが。
「もし他に食べ物があるのなら、それも食べておきたいなあ」
苦笑し、濡れたカウンターの水でナッツのカスがついた指をぬぐう。水滴マークがついたメモを手拭き代わりにすると、濡れたあたりにぼんやりと図が浮かび上がった。
水道の蛇口マークと、時計のマーク。時計マークは蛇口に一番近い方から赤、橙、黄…の色で表示されていて、それより先は乾いているせいか見えない。
「おお?」
改めてメモを持ち直したラーツが、カウンターの水に紙全体を押し当てる。それから少しして、濡れた紙にマークが次々とが表示された。
蛇口のマークを先頭として並ぶ、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の時計マーク。
そして「an angle」の文字。
「ふむ」
an angle──角度? と腕組みをしてメモを見下ろす。
ややキツめの目元が怪訝そうに歪められ、やがて、視線が蛇口の方へと空を滑った。
現在の所持品
★メモ(蛇口と、それに続く赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の時計マーク)
・ケトル(=普通のヤカン)
・NEWSと書かれたメニュー
店内状況
★水の出ない蛇口(近くに七色の目覚まし)
・ガス台(後ろに四角い鏡)
・三桁の数字で開くロック(コーヒーカップの入った食器棚)
・四桁の数字で開くロック(出口の扉)
★十字のオブジェ(机上。下方に「R」マーク)