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「じゃあ、私はカフェオレで」
そう言って、ミケがメニューを置く。
その途端、みゃおん、とシアンが受信を告げた。
「どうしたの? シアン、って――」
ミケが目を見開く。視界に、ホワイト軍曹の名と解答が飛び込んで来たからだ。
いわく、『NEWSは東西南北』。
「東西南北!」
思わず尻尾がピンと立つ。確かに、NEWSはニュースではなく、北(N)・東(E)・W(西)・S(南)の略だ。十字キーを東西南北と考えれば、《N》マークもうなずける。
「すっごい……すごいね! シアン!」
感激に顔を輝かせてシアンと見つめあうミケに、ぐるっと店内を一周してきたラーツがにやっと笑った。
「な? すごいだろ?」
とん、と自分のこめかみを指差して、ラーツが得意げに胸を張る。
「世の中にゃ、優秀なブレイン様が沢山いるんだよ。面白いだろ?」
「そうですね……。あ、もう一件受信だ! 壊れた風見鶏さんから」
「うん?」
ミケの後ろから、ラーツがシアンを覗き込む──。
「えっと、MENWのWをひっくり返すとM、だから一致しないSが正解……だって」
「な、何だってー!?」
「みゃ!?」
ラーツの大声にシアンが逃げた。ミケも同じぐらい驚いた。
ぶわっと尻尾と耳を逆立てたミケが、おそるおそるラーツを振り返る。
「ら、ラーツさん?」
「いや、今さっき拾った写真がメニューの裏を映した写真でさ、そこに『-MENU』って書かれてたんだよ。メニューからメニュー引いたら綺麗サッパリなくなるじゃん、って思ったんだけどさ、NEWS-MENUなら確かにSとWとUが残るよな」
「そうですね」
「でさ、ついでに↓↑↑↑って矢印があったんだけど、この通りにするとMENUからU、NEWSからSが残るわけだ」
「うんうん」
「で、Sは(南)で下だろ。あっは、すっげえ頭いいブレイン達が控えてるぜ! 運営より一歩先に行ってる! アタシがメモみつけるよりも先にSの仕掛けに気付くんだもん。NEWSのブレインといい、嬉しいね、最高だ! あたし達ツイてる!」
ぎゅっとミケを抱きしめてから、喜々としてラーツが十字の下を押す。
途端にメニューが消え、机から十字がひとつせり出してきた。ちょうど、オブジェのように机に十字が立つ感じだ。
「綺麗!」
ミケが目を輝かせた。
VRMMOでこうした仕掛けは珍しくないが、店内という状況とのミスマッチさが面白かったのだ。
大概のVRMMOでは、店は買い物の為だけにあるものだし、むしろ買い物に謎解きが必要なんて設定をしたら、非難轟々になるのが目に見えている。
だからミケも、そんなシステムに出会った事はない。ゆえにここが初挑戦だ。
ブレインがいなければ、今ごろ右往左往していただろう。
十字はおそらくガラス製。照明の色を受け、氷のような質感にうっすらとした金色を反射するその十字にも、よく見ればボタンがついている。
今度は東西南北という事ではないらしい。たったひとつ、下にRと彫られている。
「面白いですねー」
「ここじゃ、こういうのが普通なんだよ。残念ながら、コ○ミコマンドはないけどな」
「誰に喋ってるんです?」
「盛大な独り言っ」
ぱちん、とカメラ目線でウィンクをかましてラーツが笑う。
ともあれ、仕掛けこそルール。それが、ROのシステムだ。
ミケの前に腰掛けたラーツが、さきほど見つけたメモをひらひらと振る。
落ち着いた間接照明の光が、メモを暖かく照らし上げていた。
「後は、この水滴マークの紙をどうするかだなあ。ミケ、何か他にみつけた?」
「私は水道の所で時計を見たぐらいですよ。そうそう、あれ、すっごく可愛い時計なんです!見ます?」
「おう、見る見る。どっちかって言うと、ミケが持つ方が似合いそうだけどな」
「あはは。ラーツさんだと、懐中時計って雰囲気ですもんね」
他愛もない会話をしながら、そろって席を立ち、キッチンへと向かう。
濡れたカウンターを横目に裏手に回り込み、水道の前まで移動すると、時計と蛇口が二人を出迎えた。
「こいつか」
「これです」
ちょん、と時計をつついてミケがうなずく。時計はミケが見た時と同じように、電池なしで停まっていた。
赤が三時、橙が六時、黄が二時、緑が五時、青が九時、藍が五時、紫が三時。
いずれも長針は0分を指している。
「確かにかわいいな、これ」
でも少女向きだ、と言いながらラーツがその一つを持ち上げる。ついでに後ろカバーを外し、つまみをいじり──少しして、眉をひそめながら、再び机に時計を戻した。
「電池がなくて動かないのかと思ったら、違うなあ。完全に固定されてる」
「壊れてるんですか?」
「いや、こう言うインテリアみたいだ。時計としての役割は期待されていないっぽい」
「インテリアでもかわいいじゃないですか。後でモールで探します?」
「いや、踏んづけそうだからいらない……」
ラーツが渋い顔をする。リアルプレイヤーの生活もかなり雑らしい。
他に目につくのはガス台だ。おそらく、水を入手したらここで湯を湧かすのだろう。
「戻ろっか」
[ご自由にどうぞ]と書かれたナッツを数個、カウンターの皿から摘んだラーツがミケの肩を叩く。ミケが皿ごと席にそれを持って行こうとすると、その裏の水滴マークと時計マークが、良く磨きぬかれたダークブラウンの机に写り込んだ。
ミケがそれに気づかないまま、机に皿を置く。
待っていましたとばかりにラーツが手を伸ばし、その皿の中身を減らして行った。