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オワタ・オンライン【∞】  作者: 水沢 流
プロローグ
1/14

はじまりは最終日

『残り時間。5・4・3──』


 全力疾走する一団の上に、無機質なカウントダウンが降り注ぐ。


『──2』


 貴族邸の出口。巨大な扉を蒼髪の令嬢が走り抜け、


『――1』

「ってちょっと待ったあああァッ!」


 ドゴオオォォン!!!


 派手な音と共に、扉が吹っ飛ぶ。

 その原因──ドロップキックで扉を壊した赤髪の女が、ずざざざっと勢いよく地面を滑って行った。尻で。





「ん、よし! ケツがいてえ!」


 ぱんぱんぱん、とスレた尻をはたきながら、赤髪が立ち上がる。

 その赤髪に、令嬢が冷ややかな目を向けた。


「ちょっと。カウントがゼロになっても鍵がかからないようにロックを解いたのに。わざわざ扉を壊す必要があって?」


 びし、と赤髪に指を突きつけて指摘する。その隣で彼女の執事が頷いていたが、赤髪は悪びれない。


「いいんだよ。最終日だから、ちょっと派手に遊んでみたかっただけ」

「…スマートさに欠けますわ」

「あのなあ、あと24時間でサービス終了なんだぜ。最後ぐらい楽しんでおきたいじゃんか」


 かかかっ、と赤髪が明る声を立てる。そのもっともな理由に、令嬢が押し黙った。


 VRMMO──神経系をゲームに同調させ、仮想現実に入り込んで楽しむネットゲーム。この時代では珍しくもなくなったそれらの中で、Riddle Online──通称「RO」の特殊性は良くも悪くも、熱狂的な一部のプレイヤーを惹きつけるに留まった。


 まず、基本無料ではなく従量課金制のゲームであること。さらに、MMOではありふれた「通貨」にあたる「ポイント」が与えられる条件が、「謎解き」に限定されている事。さらにそのポイントの使い道が特殊である事。


 そう。このゲームは、「謎を解く」という、前時代のリドル・ゲームを応用した風変わりな──考えようによってはマニアックな──ゲームだった。


 ログイン後、ジャンクションと呼ばれる分岐点に集まり、パーティーを組んでシナリオを選ぶ。シナリオのシチュエーションは様々で、崩壊するビルから脱出するというシリアス色の濃いものもあれば、うっかり仕事で大きなミスをしてしまって、上司が来るまでに逃げ出せ!というブラックジョークじみたものまである。


 それらを、謎を解きながらクリアしていくのだ。


 そのシステムは発表と同時に注目され、そして同等の勢いで見放されて行った。シチュエーションの豊富さは話題を呼んだが、レベルが上がるわけでもなく、スキルがあるわけでもない。それでも構わないというプレイヤーが一部残ったが、ユーザーの少ないゲームに未来はない。


 そんな状態のROが、閉鎖に向かうのは当然の流れだった。

 公式発表から一週間。

 サービス終了を目前に控えたROは、皮肉にも過去最高に近い賑わいを見せていた。


 最後ぐらい参加してやろうという者、ネタ程度に参加してやろうという者。単なるやじうまや、モールで記念品ぐらい買っておこうと言う者。

 それを見た古参のプレイヤーが、「どこでも人に会える!」という他のVRMMOでは別に珍しくもない現象に舞い上がって、そこらじゅうで写真を撮りまくったぐらいだ。

 どれだけ過疎っていたかが一目瞭然である。


 だが、それも今日までだ。


「あーあ、ポイントも使いおさめですか。残念ですわ」


 銀髪に紫の目という姿をした令嬢、シェフィリルが口を尖らせる。

 外見設定12歳の彼女は、自称、現実世界での「お嬢様」。アバター作成に半端ない時間をかけただけあって、その容姿はお墨付きだ。すらりとした四肢、やや幼い感じがするやわらかな曲線美。目は大きく、鼻梁は通り、唇はふっくらとしていて愛らしい。ゴシック系の服は何を着ても似合う。別名、ロリコン殺し──もとい、ドールの異名がついているほどである。


 彼女に従っているのが執事のジェイリー。黒髪に片眼鏡の男で外見設定は25歳。実世界ではシェフィリルの恋人らしく、こちらでの「関係」は二人の趣味によるものらしい。紫がかった黒髪を後ろで一つに束ね、所作は見事なまでに無駄がない。さらっと涼しい顔で謎を解いてみせる事もあるが、大抵はシェフィリルに出番を譲る。


 扉を破壊した赤髪黒目の女は、ラーツ。外見設定は18歳。海賊娘と本人が豪語する通り、パイレーツ風の服をざっくりと着込み、長い赤髪はまとめもせず背中あたりまで垂らしている。無理を通せば道理が引っ込む、分からない時は他人に頼れ!が信条の猪突猛進型だが、同行したメンバーが一人でも多くクリアできるようにと気を配るあたり、過去に同行したプレイヤーからの評価も高い。


「ラーツさんおつかれー」


 急ぐ気ゼロで、壊れた扉を潜ったのが、緑の髪の少年、外見設定5歳のフィズ。若く見えるが廃人レベルのプレイヤーで、使える物はパーティーでも使え、というしたたかさだ。以前にGMをやっていたという事もあり、仕掛けに気付くのはかなり早い。


「お手数かけます…」


 にこにこと温和な笑顔を浮かべて出てきたのが、眼鏡をした青年──ラギ・ラガ。場面により、いきなり性格が変わる彼は名前を二つ持っている。一見して二重人格のようにも見えるが、実際には一つのアカウントを双子で共有しているだけだ。活発な方がラガ。温和な方がラギ。


「んー、終わった終わったぁー」


 間延びした声を上げながら最後に加わったのが、猫耳猫尻尾の少女ミケ。今回が初参加だと言う彼女は、他のシステムから流れて来た。つまり、全く別のVRMMOに参加していて、見知らぬ扉をくぐったらここに出てしまった、というわけである。

 全体未聞のバグだと運営にケチつけしなかったのは、他のメンバーから今日が最終日だと聞いたせいもあるだろう。


「ミケ、だっけ?」


 にかっと笑うフィズの周囲を、くるりと光る妖精のようなものが回って止まる。ファンタジー世界で言う所の妖精に似た姿を持つそれが、フィズの頭の上に留まってぼんやりと光った。


「最終日に迷い込むとか、ツイてなかったね。ブレインもいなかっただろうし」

「そうですね。でも、みんながいてくれたから。そんなに困らなくて済みました」

「そう言ってくれると嬉しいけどさ。ビックリしただろ?いきなり謎解き世界にコンニチワ、なんてさ」

「そりゃ驚きましたよ。混線にしてもこんなの始めてでしたし……。でも、シナリオがちょうど似た世界観だったから、思ったより楽しかったです」

「あはっ、そこで楽しんじゃうんだ」

「はい。遊びは全力で!ってのがアタシのポリシーですからっ」


 ぐっと親指を立ててミケが胸を張る。それを見て笑い出したフィズの頭上で、「ウィスパー」が大きく伸びをした。若葉のドレスに緑のとんがり帽子を持つそれは、蝶に似た羽を持っている。フィズがちらりと視線を上げると、ウィスパーはすいっと舞い上がってまた飛び始めた。


 ウィスパー──囁くものと呼ばれるそれは、プレイヤー一人につき1匹与えられる使い魔のようなものだ。ちなみにミケのウィスパーは、小さな鳥翼のついた黒猫の姿。これらウィスパーは、単なるペットではなく、協力者であるブレインの情報を、プレイヤーに伝える為の中継システムである。


 謎解きは、何もプレイヤーが全て行うわけではない。彼らのプレイは常にライブ中継され、見ている側が「ブレイン《頭脳》」となって、ウィスパーを通してプレイヤーに回答を教えて良い事になっている。共有コミニュティで飛び交っているヘルプ・コールを拾ってプレイヤーが正解を教えてあげるも良し、参加しない見学者が、外の世界から正解を教えてあげるも良し。


 《SMT…Last?》という問題で、「曜日なので、最後はS」と教えたのはフィズのブレインだし、《marshal-火星》というヒントで「marshal-mars=hal。そこのパスワードはhal」と教えたのはラギ・ラガのブレインだ。


「フィズさん」


 ぴこぴこと、猫耳を立てたり寝かしたりしながらミケが首を傾げる。


「プレイヤー同士の相互協力は分かるとして、何で外部からヘルプがもらえるんですか?」

「そりゃ、リアル世界でのマネーにできるからだろ。昔から似たようなシステムはあったんだよ。RMTって言うルール違反行為で、ゲーム通貨を現実の金と交換するってやつ」

「ああ……」


 それはミケも知っている。

 というか、ミケがいたシステムではまさに、それが横行していた。


「ゲームの世界でも、現実の金持ちの方が有利になっちゃうんですよね。あれ。ほんっと貧乏人を馬鹿にしてますよね」

「まーね。ただ、このROはそれを逆手に取って、リアル店舗と提携してゲーム内ポイントを公式に使えるようにしちゃったんだよ。古いシステムで言えばマイレージに近いというか──まあ、経営手段としては面白い試みだったと思うんだよね」


 ふ、とフィズが遠い目をする。


 ROはシナリオエリア──プライベートスペースと呼ばれるシナリオ専用の空間の他に、巨大なショッピングモールを抱えている。

 ポイントはここで使う事ができ、仮想世界にしかないアバター専用の買い物や食事はもちろんのこと、通常のネット通販感覚で、実際の買い物を楽しむ事も出来るのだ。


 仮想世界で品を買って、現実世界で届くのを待つ。テイクアウト可、と言うラベルがついた品は全て、購入手続きを取る事で、リアル世界での宅配を待つ事ができる──。


 シナリオには全く興味のない一部のプレイヤーまでもが、この仮想店舗を楽しむためだけにチケットを買っていたぐらいだ。それほどまでにモールのアミューズメント性は強かった。運営を経営破綻に追い込むほど維持費も食ったが、かかったコストに見合う出来だった。品揃え的にも、そして、グラフィック的にも。


「ミケさん」

「はい」

「よければ、記念にモール見て行きなよ。これに並ぶ商店街ってなかなかないと思うからさ。それじゃ、ボクはそろそろ行くから。ミケも最終日を楽しんでねっ!」

「はい。いろいろとありがとうございました!」


 さようならー、と手を振って消え行くフィズを見送る。それからミケはちらりと自分のウィスパーを見上げ、ぽりぽりと尻尾の先で背中をかいた。


「あたし…この世界嫌いじゃないなあ。ね、シアン」


 みゃあ、とウィスパーであるシアンが同意の声を上げる。

 その数秒後、ミケとシアンの姿が扉の前から消えた。





 ふわ、と体を包んでいた光が消える。

 目を開き、ジャンクションに戻された事を確認し、ミケは中央の水晶柱に歩み寄った。大きなドーム状の空間になっているそこは、黒い壁に緑の光が錯綜する独特の空間だ。四方にはモール──つまり商店街への出口がある。中央の水晶柱では、これから開催されるシナリオや、その空き状況、予約メンバーを確認できる。


「埋まってる……」


 パネルに触れて調べた結果、どのシナリオも満員の表示だった。

 ちらりと手元を見れば、うっすらと腕に浮かぶ数字が、チケットの残り時間を示している。


 ──二時間。


 新しくシナリオをやるには心もとない時間だ。

 シナリオ中に時間切れになっても、シナリオが終わるまでは強制ログアウトにはならないシステムだが(申告すれば別)、シナリオはすでに一つ経験している。フィズはモールが面白いと言っていた。ミケはモール未体験だ。


「カフェ……でも行こうかなあ」


 仮想のカフェでお茶して、お土産を買って、お土産を現実世界に届けてもらうのも面白いかも知れない。それだって、貴重な体験になるはずだ。

 カフェにも最終日を楽しむプレイヤーがいるだろうし、せっかくだから、思い出話でも聞かせてもらおう。

 そうと決まれば、話は早い。


「行くよ、シアン」


 声をかけ、ゲートを通ってモールへと跳ぶ。

 その背後で、シナリオの一つ──『美味しいコーヒーは如何?』にミケの名前が表示され──プレイの残時間表示が、何の前触れもなく消滅した。

次から本編です。

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