プロローグ
「上原梨華です。よろしくお願いします」
どこからともなく、ため息が漏れる。そのため息の正体はクラスの連中(主に男子)だ。
――そりゃあこんだけ可愛かったらため息も漏れるわ。歓声じゃなくて感嘆ってあたりがリアルだよね。
「なあなあ、あの子超可愛くね?」
隣の席の佐藤が俺の肘を小突く。
「そんなの見れば分かるよ」
「だよなぁ……あんなん彼女だったら最高だろうなぁ」
ほうっ、と隣からまたため息が漏れる。
そりゃあこんだけ可愛い子が彼女だったら最高だろうさ。ああ、そうだろうさ。
「でもなぁ……」
思わず漏れた言葉を、佐藤は聞き逃さなかった。
「なに? あんな可愛い子に何か不満でもあるわけ? ないよなぁ? なぁ? 無いと言わないと俺の黄金の左手と右手でお前の首を今すぐ絞めちまいそうだよぉ」
「さらっと恐ろしいことを言うな。不満とかじゃなくて……」
「じゃなくて?」
じゃあいったいなんだって言うんだ、っていう顔をしないでくれ。聞いたらきっと呆れるから。
「……いや、なんでもないよ」
実際文句の付けようの無い美少女だ。こんな田舎の学校にあんな美少女が転校してくる確率なんて、地球が明日滅びるくらいにありえない。分かってる。分かってはいるんだ。
たださあ、ただ――なんでその美少女が母ちゃんと同じ名前なんだよォォォォォォォォオオオオオオ!!!
どんな確率だよ、いったい! それこそ地球が明日滅びる以上に宇宙が明日滅びるくらいにはありえないよ! いったいなんの嫌がらせだよ! ふざけんな神様! やり直せ! できることなら彼女の名前を変えるところからやり直してくれェェェェェェエエエエエエエエエエエ!!!!
……とか当然、隣の席の友人には言えないからね。黙っておくけどね、うん。
「なーんでよりによってその名前かねぇ……」
しまった、と思って横を見ると佐藤は呆けた顔をしていた。
ぼそっと呟いた言葉を、今度は聞き逃してくれたようだ。美少女転校生に見惚れててくれてなによりだよ。
名前さえ「リカ」以外なら、ゴリ子だろうとジャイ子だろうと許せたのだが、こりゃあ『可愛いな』だけで終わるパターンかもなぁ。
美少女転校生に恋をするというお約束はどうにも守れそうにないよ神様。でもそれは神様が悪いから許してよね。
はぁ、せっかくの美少女が……。
いくら見てても飽きることのなさそうな美少女転校生の自己紹介に耳を傾ける作業をやめて、窓の向こう側に視線を移す。憎々しいくらいによく晴れ渡った空だった。
――こりゃあ、プールの日には男子連中が五月蝿いだろうなぁ……。