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【連載版】裏切られた最強女騎士は、二度目の人生で自由を選ぶ ~私は幸せだけど、元主の王太子は破滅しているみたいです~  作者: shiryu


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第9話 第一王子の次の企み


 第一王子アーヴィン・レグナードは、自室で一人、苛立ちを噛み殺していた。


 机の上には報告書。

 討伐隊の損耗。死者と重傷者の名前。撤退の経緯。

 どれもこれも、見なくても脳裏に焼きついている。


(……失敗だ)


 先日の魔物掃討作戦。

 あれは「実績」になるはずだった。

 王位継承権争いに必要な、わかりやすい成果。

 誰が見ても優秀だと頷く戦果。


 なのに、戦果どころか、醜態を晒した。

 沼地で足を取られ、隊列が乱れ、毒を扱う蛙の魔物にやられた。

 情報収集を怠った――その一言で片づく失態。


 アーヴィンは、唇の端を歪めた。


「……くそ」


 自分の声が、部屋の中でやけに生々しい。


 陛下の言葉が、耳の奥に残っている。


『期待外れだな、アーヴィン』


 淡々とした一言。

 それだけで十分だった。


 腹の奥が冷えるような感覚。


 さらに弟たち。


『兄上は、王太子の器ではないのでは?』

『これで継承者争いは決まったようなものですね』


 笑いを噛み殺すような声。

 薄く丁寧に包んだ言葉の刃。


 あれは侮辱だと、誰が聞いてもわかる。


(……俺が、あいつらに)


 アーヴィンは拳を握った。爪が掌に食い込む。


 それは王宮内だけでは終わらない。

 社交界や舞踏会。茶会の席でも。


『掃討作戦は残念でしたね』

『お怪我がなくて何よりです』

『次は、きっと素晴らしい成果を……』


 どれも飾った言葉。

 けれど、その飾りの下にあるものが透けて見える。


 失敗した、王の器じゃない、期待外れ……などの言葉が聞こえるようだ。


 直接的に言われないぶん、余計に腹が立つ。

 わざと丁寧に、わざと柔らかく、失敗をなぞってくる。


 そしてそれを聞きながら、誰もが目で言う。


(第二王子の方が王に相応しい)

(第三王子の方が優秀だ)


 アーヴィンは椅子を蹴った。


「……くそっ!」


 机の上のペン立てを払う。

 小物が散らばり、硬い音が床に跳ねた。


 胸の奥の苛立ちが、少しだけ形になる。


(このままでは、支障が出る)


 支障どころじゃない。

 継承権争いが、傾く。

 流れが変わる。


 貴族の誰もが「勝ち馬」を探している。

 そして今、勝ち馬は――俺ではない。


(早く成果を出さないと)


 焦りが喉に張りつく。

 それを振り払うように、アーヴィンは深く息を吸った。


 その時、扉が控えめに叩かれた。


「殿下。失礼いたします」


 側近たちが入ってくる。

 三人。いつもなら、心強いはずの存在。


 だが今は、苛立ちの対象にすらなり得た。


「……報告しろ」


 アーヴィンが低く言うと、側近の一人が喉を整えた。


「本日の社交界の状況ですが……」

「聞かなくてもわかる。俺の失敗を、皆が楽しんでいたんだろう」


 側近が一瞬、言葉に詰まる。

 しかしすぐに、慎重に続けた。


「……殿下を侮辱するような者は、表立ってはおりません。ただ――」

「ただ?」


 側近が目線を伏せる。


「第二王子殿下の派閥が、声を大きくしております」


「……ほう」


 別の側近が続ける。


「以前はアーヴィン殿下の派閥が優勢でしたが、今は……風向きが変わっております」

「わかっている」


 アーヴィンは、口元だけで笑った。

 目が笑えていないのは自分でもわかる。


「で? 誰が調子に乗っている」

「ローディア侯爵です」


 名前が出た瞬間、空気が少しだけ重くなる。


 ローディア侯爵。

 優秀だ。金も人も情報も持っている。

 そして社交界の連中が、皆一目置く存在。


 側近が言う。


「ローディア侯爵が第二王子殿下の派閥の頂点にいるからこそ、彼らは大きな顔ができるのです」

「……なるほど、つまり」

「侯爵を失脚させれば、第二王子殿下の派閥は揺らぎます。まだアーヴィン殿下が盛り返す機会はあります」


 アーヴィンは、椅子に深く腰を下ろした。

 指を組み、目を細める。


(ローディア侯爵を)


 失脚させる。排除する。

 あの男を引きずり下ろす。


 それができれば、第二王子の足元は崩れる。

 社交界の空気も変わる。


(……そうか)


 アーヴィンの脳裏に、ある「形」が浮かんだ。

 そして、口元が上がった。

 ニヤリ、と。


 側近たちが、わずかに顔を見合わせる。


「殿下……?」

「情報を集めますか? 侯爵家の事業に手を入れ――」

「待て」


 アーヴィンが遮った。

 側近の言葉が止まる。


「俺にいい考えがある」


 側近たちが、身を固くする。


「なんでしょうか……?」


 アーヴィンは指先で机を軽く叩いた。

 一定のリズム。

 考えがまとまっていく音。


「今度の社交界で――」


 そして、計画を話していく。


 話していくうちに側近たちの顔色が変わっていくが――アーヴィンはただ、笑った。


 側近の一人が、恐る恐る言う。


「そ、それは……!」


 驚いている。だが感嘆ではない。

 困惑の色だ。


 別の側近が眉を寄せる。


「本当にそれは大丈夫なのですか?」

「失敗すれば……どうなるか……」


 消極的な声。

 慎重さと言えば聞こえはいいが、要するに怖気づいている。


 アーヴィンの笑みが消えた。


「なんだ」


 声が冷たくなる。


「俺の作戦に何か文句があるのか?」


 側近たちが、目に見えて強張った。


「い、いえ……そのようなことは……!」

「で、殿下のご判断に従います」


 慌てて頭を下げる。


 アーヴィンは鼻で笑った。


「完璧な計画だ」


 言い切る。


「これが成功すれば、影でコソコソと失脚を狙って動く必要もない」


 指を組んだ手に力を込める。


「むしろ、ローディア侯爵を味方にできる」


「……味方に」


 側近が思わず繰り返した。


「そうだ。侯爵がこちらに付けば、第二王子の派閥は終わる」


 アーヴィンは頷いた。


「俺の失敗? そんなものは上書きすればいい」


 たった一つ、大きな成果で。


 側近たちが何か言いかけて、言葉を飲み込む。

 反対したいのだろう。だが反対できない。

 この部屋の空気が、それを許さない。


 アーヴィンは立ち上がった。


 窓の方へ歩き、夜の王都を見下ろす。

 灯りが点々と連なる。人々が眠る街。


 その上に立つのが王だ。


 アーヴィンは、低く言った。


「今に見ていろ」


 窓ガラスに、自分の顔が薄く映る。


「この国の王になるのは、俺だ」


 背後で、側近たちが息を呑む気配がした。

 誰もがわかっている。

 この男は今、追い詰められている。


 そして追い詰められた時ほど――危険になる。


 アーヴィンは笑った。

 それは、明るい未来を思い描く笑みではない。


 誰かを踏み台にすることを決めた笑みだった。



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