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【連載版】裏切られた最強女騎士は、二度目の人生で自由を選ぶ ~私は幸せだけど、元主の王太子は破滅しているみたいです~  作者: shiryu


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第6話 ノアールから見たリュシア



 ノアール・レイモンドは、生まれながらの伯爵令息ではなかった。


 才能はあった。

 魔力の質も量も、子どもの頃から突出していた。


 レイモンド伯爵家当主の隠し子。

 それが、ノアールという人間の始まりだった。


 彼は平民として育ち、孤児院で暮らした。

 十歳の頃、運命のように、迎えが来た。


「レイモンド家だ。お前を引き取る」


 引き取る。

 その言葉の意味が分からないまま、ノアールは馬車に乗せられた。


 あとから知った。

 レイモンド家では、男が生まれなかった。

 跡継ぎがいない。


 だから当主が平民との間に作った隠し子――ノアールが、都合よく必要になった。


 その現実は、甘くなかった。


 貴族の屋敷は広かった。

 けれど、彼にとってそこは「家」ではなく、異物が置かれる箱だった。


『汚い子ね』

『平民の血を入れるなんて……』


 耳に入る囁き。

 正面からの罵倒は少ない。


 伯爵夫人とは、血が繋がっていない。

 当然、彼に優しくはなかった。


 それでも、運命はまた皮肉だった。

 夫人は病で亡くなった。

 次に、当主が死んだ。


 馬車の事故、あまりにもあっけない終わり。

 外で隠し子を作っていた男にふさわしい結末だと、ノアールは思ってしまった。


 そしてノアールは二十二歳で当主になった。

 若すぎると、周囲が嘲笑を隠さない。


 親戚たちが集まり、屋敷の財産を嗅ぎ回る。


 その中でノアールは、逃げなかった。

 幸い、彼には才能があった。

 魔法の才能。それが、貴族社会での武器になった。


 血の繋がっていない妹が二人いた。

 夫人が残した娘たち。


 ノアールと血は違うが、彼女たちは彼に敵意を向けなかった。

 だから仲は良く、守りたいとも思う。


 ノアールは努力をし、伯爵家当主ながら、宮廷魔術師となった。


 それは名誉なことだ。

 同時に、人間の醜さが凝縮される場所でもあった。


 誰が誰を蹴落とした。

 誰が誰の弱みを握った。

 そんな話が日常のように流れる。


(結婚なんて、できるのだろうか)


 時々、ノアールは本気で思う。

 貴族社会では、誰かを信じることが難しい。


 信じたところで、都合よく利用される未来が見える。


 そんなときだった。


 噂が流れた。

 第二騎士団に、女が入った。

 平民だが、異様に強い。男の騎士たちが勝てない。


 ノアールは、最初は興味半分だった。

 第二騎士団に上がる平民など、珍しい。

 まして女性なら、なおさらだ。


 貴族社会の連中がどういう顔をするかも、想像できた。


 訓練場の端、壁際に近い影。

 そこで剣を振っていた女騎士がいた。


 淡々と、当たり前のように、剣を振る。


 そしてノアールは――息を止めた。


(……知っている)


 孤児院にいた頃。

 小さくて、黙っていて。

 でも目だけは強かった子。


 名前は、確か――。


「……リュシア」


 口に出して、確信した。

 リュシア・エルフェルト。


 まさか、と思った。

 彼女は覚えていないだろう。


 ノアールが孤児院を出た時、まだ彼女は小さかった。


 それでも――妙な仲間意識が湧いた。


(孤児院から、ここまで来たのか)


 彼女は騎士になった。

 剣で生きる道を選び、実力で第二騎士団まで上がった。


 それが、嬉しかった。


 だからノアールは、陰ながら応援しようと思った。

 顔見知りにはなっておくべきだと思って、自分から話しかけに行った。


 何より――気になった。


 彼女は確かに強かった。

 絡まれても、自分で解決していた。

 侮辱されても、剣で黙らせていた。


 だが、それは同時に危うかった。

 味方がいない。頼れる相手がいない。

 だから彼女は、常に張りつめていた。


 休まない。自分を削るように働く。

 まるで、いつか折れることを前提にしているみたいに。


 ノアールは、それが怖かった。


(……放っておけないな)


 そう思ってしまった。

 だから時々、話しかけた。


 距離を詰めすぎないように。

 彼女が嫌がらない程度に。


 リュシアは不思議な女だった。

 礼儀はきちんとしている。

 だが感情を表に出さない。


 褒めても、淡々と「恐れ入ります」と返すだけ。


 そして、目だけはいつも冷たかった。

 生きるために冷たくなった目。


(……変えられないのか)


 ノアールは何度も思った。


 けれど、彼ができることは少ない。

 宮廷魔術師としての立場で、騎士団の内側に踏み込みすぎれば、彼女の立場を悪くする。


 だからただ、見ていた。


 そんな彼女が――最近、突然変わった。


 第一王子が、訓練場に来た。

 リュシアを引き抜こうとした。


 その噂を聞いた瞬間、ノアールは背筋が冷えた。


(まずいな……!)


 アーヴィン・レグナード。

 顔と言葉が整っている男。


 だが中身は、ノアールの見てきた貴族の「嫌な部分」を煮詰めたような存在だ。


 強い駒が欲しい。従順な駒が欲しい。

 アーヴィンがそう思っているのが、ノアールには見て取れる。


 リュシアが仕える相手をまだ持たない状態で、あそこへ行ったらどうなるか。

 想像するだけで吐き気がした。


 だが――結果は違った。


 彼女は断った。

 しかも、あの第一王子の前で。


 噂を聞いたとき、ノアールは信じられなかった。

 リュシアはそういう誘いを受ける女だと思っていたからだ。


 出世欲などは特にないだろが、生きるために上へ行くのに躊躇いはないのがリュシアだ。


 なのに、断った。


 昨日、廊下で会ったとき。

 彼女は言った。


『いい出会いがありました』


 そのときの表情が、ノアールの胸を刺した。


 柔らかい。

 あの張り詰めた目が、ほんの少しだけほどけている。


(……いい傾向だ)


 そう思えた。

 心の底から。


 彼女はようやく、自分を大事にしようとしている。

 それは、正しい。


 だが同時に――ノアールの胸はざわついた。


(いい出会い? 誰だ)


 男か、と疑ってしまう自分が情けない。

 結局、昨日は聞けなかった。


 聞く権利がない気がしたからだ。

 彼女の人生に踏み込みすぎたくなかった。


 彼女は、さらに驚くことを言った。


『住居の借り方を教えてほしいんです』


 寮を出て一人暮らしをする。

 それは彼女にとって、とても大きい変化だ。


 ノアールは協力すると答えた。

 嬉しかった。


 彼女の生活に、正面から関われる理由ができたから。


 そして三日後。


 ノアールは自分の権限を使い、すでに何件か目星をつけていた。

 物件の情報を集め、管理人と顔を繋ぎ、内見の予定も調整する。


(……やりすぎか)


 一瞬思う。

 だが、やりすぎで困ることはない。

 貴族の権限は、こういうときに使えばいい。


 当日、騎士団の門の近くで、ノアールは待っていた。

 そして、リュシアが来た。


 服装は騎士団で配られるような簡素な服。

 飾り気がない。


 髪も、きっちり結んでいるだけ。


 彼女はずっと、自分を後回しにしてきた。

 そうやって生きてきた。


「ノアール。今日はありがとうございます」

「礼はいい。俺も暇じゃないけど、こういう用事なら悪くない」


 彼女は、少しだけ目を瞬いた。

 たぶん、冗談だと気づいたのだろう。

 口元がほんの少し緩む。


「じゃあ行こう。いくつか候補を用意してある」

「もう?」

「貴族の権限を舐めるな」

「……それ、自分から誇ることではないと思うけど」


 リュシアが淡々と突っ込む。

 ノアールは思わず笑った。


 歩きながら、ノアールは横目で彼女を見る。


 相変わらず、姿勢が良い。

 けれど、以前と違う。

 雰囲気が柔らかくなった。


 ノアールは、その変化を嬉しく思った。


 彼は資料を取り出しながら言う。


「住む家だが、何か譲れない条件はあるか?」

「条件?」

「広い方がいいとか、庭が欲しいとか。日当たりとか、治安とか」

「特に、条件はない」


 即答。やはり彼女らしい。


 だが、リュシアは少しだけ言葉を止めた。


「……あっ」


 何かに気づいたような、小さな声。

 ノアールが眉を上げる。


「何か条件があったか?」

「……その」

「うん?」


 リュシアはほんの少しだけ視線を逸らし、言った。


「美味しい定食屋が近いと……嬉しい」


 ノアールの思考が止まった。


「……はっ?」


 間の抜けた声が出た。

 自分でも驚いた。


 リュシアが、微妙に気まずそうに咳払いする。


「前に行った店が、すごく……美味しかったので」


 真面目な顔で言う。


 ノアールは数秒、彼女を見つめた。

 それから――堪えきれずに笑った。


「あははは! そうか。それは大事だな!」

「笑うところですか」

「笑うさ。だって君がそんなことを言うなんて、今まで一度もなかった」


 リュシアは少しだけ眉を寄せた。

 不満そうに見えるのに、どこか可愛げがある顔だ。


「……変わったと言いましたよね」

「言った。良い変化だな」


 ノアールは笑いながら、資料を軽く叩いた。


「よし。じゃあ条件は決まった。治安、日当たり、設備――そして」


 わざと間を置く。


「美味い定食屋への距離、だな」

「揶揄わないでください」

「真面目さ。ご飯は生活の幸福度に直結する」


 リュシアが、困ったように息を吐く。


「……あなたは、本当に変な人ですね」

「君に言われるとは」


 二人の間に、少しだけ温かい空気が落ちた。


 ノアールは思う。

 この日が、彼女の人生の分岐点になるかもしれない。


 寮を出て、自分の生活を持つ。

 小さな一歩のようで、彼女にとっては大きい。


(だから、ちゃんといい場所を選ばせたい)


 それは当主の義務でも、魔術師の仕事でもない。

 ただ、ノアール自身の願いだった。


 彼女が自分を大事にし始めた。

 その始まりに、少しでも関われるなら。


 ノアールは、歩幅をほんの少しだけ合わせた。

 リュシアが気づかない程度に。


「まず一件目だ。ここから近い」

「はい」


 彼女の返事は短い。

 けれど、その声は以前ほど固くなかった。


 定食屋に近い家。

 そんな条件を真剣に言えるようになった彼女を、ノアールは少しだけおかしく思った。




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― 新着の感想 ―
妹が当主の子供なら半分は血が繋がっているかと思います
妹たちとは父が同じではないのですか?
美味しい定食屋への距離、大事。 衣食住を大事にしようとすることは、自分を大事にしようとしていること。 本当に大きな一歩ですね。
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