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【連載版】裏切られた最強女騎士は、二度目の人生で自由を選ぶ ~私は幸せだけど、元主の王太子は破滅しているみたいです~  作者: shiryu


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第4話 第一王子の破滅の始まり


 第一王子アーヴィン・レグナードの私室は、王宮の中でも静かな区画にあった。

 そこにいる本人の苛立ちだけが、部屋の空気を汚していた。


「……なんだ、あの女は」


 アーヴィンは椅子に深く腰を下ろしたまま、片手で額を押さえた。


「俺が『来い』と言ったんだぞ……!」


 怒鳴るほどの声量ではない。

 だが低い声の底に、抑えきれない苛立ちが沈んでいる。


 机の前に控えているのは、側近数名。

 貴族出身の若い騎士と、実務を回す文官。


 いずれもアーヴィンの機嫌を伺うように姿勢を正し、彼の言葉を待っている。


 苛立ちの原因は一人の女騎士――リュシア・エルフェルト。


 数日前、騎士団の訓練場に赴き、噂の真偽を確かめに行った。


『強い女がいる』

『平民だが剣の腕は団内でも上位』

『男騎士の中でも勝てる者はほとんどいない』


 そんな話が、耳に入っていた。


 アーヴィンは最初、ただの誇張だと思った。

 騎士団は噂話が好きだ。

 新顔を持ち上げ、叩き、勝手に盛り上がる。


 だが、複数の筋から同じ話が来る。

 しかも内容が妙に具体的だった。


 どの隊の誰を倒した、どの訓練で誰が腕を折られた、誰が尻餅をついた――。


(それだけ強いなら、使える)


 それが、彼の結論だった。


 王位継承者争いは、綺麗事では勝てない。

 実績と、結果と、そして駒が要る。


 強い剣は強いほどいい。

 命令に従う剣なら、なおいい。


 そしてアーヴィンは、実際にリュシアを見て思ったのだ。


 顔立ちは整い、身体つきは鍛えられているのに無駄がない。

 鎧の上からでも分かる線のしなやかさ。


 どこか冷えた雰囲気が、逆に従わせたくなる。


(手下に入れてやる価値はある。……幸い、見た目も悪くない)


 そう思って声をかけた。


 だが――。


「まさか、全員の前で断られるとはな」


 アーヴィンが吐き捨てると、側近の一人がすぐに追従するように口を開いた。


「殿下、あの者は礼儀もなっておりません。平民の分際で、殿下の御前で断るなど……生意気にも程がございます」


「ええ。あんな女がいなくとも、殿下の近衛は揃っております。騎士団の噂など、所詮は戯言。例え剣の腕前が良くても、戦場では怖気づいて足手まといになる可能性も」


 別の側近も、同意するように頷いた。


 それは半分は本心で、半分はアーヴィンの機嫌を取るための言葉だ。


 アーヴィンは口元を歪め、短く息を吐く。


「ああ、お前らの言う通りだな」


 側近たちも安心して、言葉を続ける。


「あの者は意気地なしなのでしょう。殿下の剣になる覚悟もない。ただの田舎の剣自慢に過ぎません」


「……ふん」


 アーヴィンは頷きながらも、胸の奥が冷えるのを感じていた。

 側近の言葉を聞いて気が晴れるほど、単純ではない。


(意気地なし? 違う)


 あの女は、怖がっていたのではない。

 むしろ平然としていた。


 膝をついた姿勢も、声も、視線の落とし方も。

 礼儀は守っていた。守ったうえで断ったのだ。


 あれは――拒絶だった。


(俺を拒んだ)


 それが、腹が立つ。


 王族に逆らうという意味を理解していないのか。

 それとも理解した上で、やったのか。


 どちらにしても、気に入らない。


「……まあいい」


 アーヴィンは椅子の肘掛けを指で叩いた。

 一定のリズム、苛立ちが指先に出る。


「数日後には魔物掃討作戦だ。俺はそれを成功させ、実績を作らねばならない」


 側近たちが一斉に背筋を伸ばす。

 この話題は重要だ。


 魔物掃討作戦。

 王都周辺で増えた魔物を討ち、被害を抑え、民に王子の力を示す。


 成功すれば名声が立つ。

 失敗すれば笑われる。


 そして王位継承争いの盤面で、致命的に不利になる。


 アーヴィンは本来、こういう場で勝てる男だ。

 だからこそ、彼は自分の駒を増やそうと思った。


 強い騎士は、使い道がある。

 魔物を斬らせるのもいい。

 邪魔な者を消させるのもいい。

 必要な情報を集めさせるのもいい。


 だが、リュシアは拒んだ。


(……だが問題ない)


 アーヴィンは自分に言い聞かせるように思った。


「戦力は揃っている。あんな女がいなくても全く問題はない」


 側近たちがすぐに頷く。


「その通りでございます、殿下」

「我々が必ずや殿下をお守りし、勝利をお持ちいたします」

「殿下の指揮のもとなら、魔物ごときに遅れは取りませぬ」


 アーヴィンは部下の言葉を聞きながら、胸の奥の苛立ちを押し込めた。


(勝てばいい。勝てば、あの女のことなど忘れる)


 そうだ、勝てば全ては正しい。


 ――そして数日後。


 森へ向かう騎士たちの列が、王都の門を出ていく。


 アーヴィンは立派な馬車に乗り、窓の外を眺めていた。


 随行する騎士は数十人。

 精鋭だ。貴族出身の騎士も多く、見栄えもいい。


 いかにも第一王子の軍、という顔をしている。


(これだけいれば十分だ)


 アーヴィンは胸の内で頷く。


 彼は戦場そのものに立つタイプではない。

 指揮官として、上から見て指示をする。

 それが彼の役割だ。


 目的地は、森の奥。

 魔物が増えたという報告がある場所。


 住民の話では、沼地が多く、奇妙な鳴き声が夜に響くという。


 ――そこで、最初の違和感があった。


 森の奥へ進むにつれ、地面が柔らかくなる。

 湿った土。足を踏み出すたび、沈む。


 靴の底に泥が絡みつく。


「……ぬかるんでいますな」


 騎士の一人が眉をひそめる。


 アーヴィンは馬車の中からそれを眺め、軽く鼻を鳴らした。


「沼地か。まあ、多少足元が悪い程度だろう」


 側近がすぐに同意する。


「問題ございません。魔物は結局、数で押せばよい」

「殿下の指揮で、速やかに掃討いたしましょう」


 アーヴィンは頷いた。

 敵は魔物だ、人間のような策はない。


 ――その判断が、浅かった。


 最初に現れたのは、蛙に似た魔物だった。

 ぬらぬらとした皮膚。異様に大きな口。

 そして、背中の腺が膨らんでいる。


「蛙型か。簡単だ、斬れ!」


 騎士たちが突撃する。

 剣が閃き、数体が倒れる。


 だが次の瞬間。


「――ぐっ!?」


 前線の騎士が、突然膝をついた。

 剣を落とし、喉を押さえる。

 顔色が一気に青くなる。


「な、なんだ……!?」


 別の騎士も同じように倒れた。


 呻き声を出し、口から泡を出し痙攣している騎士がいる。


 空気に、甘い腐臭が混じる。

 目が痛い。喉が焼ける。


「毒だ!! 毒霧だ!!」


 誰かの叫び。


 気づいた時には遅かった。


 蛙の魔物は、沼地に適応している。

 人間は足を取られ、動きが鈍る。


 そこへ毒。


 足元が悪いから避けられない。

 倒れた仲間を助けようと近づけば、さらに毒を吸う。


 前線が崩れ、指揮系統が乱れる。

 恐怖が広がる。


「殿下! 下がってください!」


 護衛が馬車の扉を閉め、周囲に盾を構える。


 アーヴィンは窓越しに戦場を見た。

 騎士が倒れていく。悲鳴が上がる。


 沼地に沈み、助けようとした者まで引きずられる。


(……なぜだ)


 勝てるはずだった。

 数もいる。装備もある。


 なのに――。


「撤退だ! 撤退しろ!!」


 誰かが叫ぶ。

 指揮官であるアーヴィンの声ではない。


 現場の混乱が生んだ、悲鳴に近い命令。


 アーヴィンは叫びたかった。

 撤退など、許されるはずがない。


 だが現実は、彼の許可を待たなかった。


 ――撤退した。


 馬車が揺れる。

 車輪が泥に取られ、何度も大きく跳ねた。


 車内でアーヴィンは拳を握り締めていた。

 爪が掌に食い込み、痛い。


 だがそれでも力が抜けない。


 外では呻き声が続く。

 毒にやられた者たちが、運び込まれている。


「殿下……死者が十三。重傷者が八」


「……っ」


 アーヴィンの喉が詰まる。


 数が問題ではない。

 失敗した、という事実が問題だ。


 馬車の中で、ついに彼は爆発した。


「な、なぜ……なぜこんなことになった!?」


 声が裏返り、情けない響きになる。


 アーヴィンは机代わりの台を殴った。

 側近たちが青ざめる。


「殿下、落ち着きを……」

「落ち着けだと!? これでどう落ち着けという!!」


 アーヴィンの脳裏に浮かぶのは、王都の貴族たちの顔。


『第一王子は見栄だけだ』

『所詮は血筋頼みのお坊ちゃんだな』


 そんな言葉が、今にも飛んできそうだった。


「このままでは、王位継承権争いが……!」


 彼の声に、絶望が滲む。

 側近たちは必死に言葉を探す。


「殿下、今回は不運が重なっただけでございます」

「情報が足りなかったのです。次は――」


「黙れ!」


 ――アーヴィンは知らない。

 もし、リュシアがいたなら。


 彼女がいたなら、結果は違ったことを。


 リュシアは一人で前へ出て、斬る。

 泥に足を取られない体捌きで、魔物の群れを割る。

 毒を浴びる前に、喉を断つ。


 そして勝利を作った。

 だから、アーヴィンは上へ行けた。


 王太子へ、王に最も近い場所へ。


 その裏で、リュシアが汚れ仕事をした。

 邪魔者を消し、必要な情報を拾い、命令に従って血を流した。


 寝る間も惜しんで。食べる間も削って。

 アーヴィンのために。


 ――だが今、彼女はいない。


 馬車の外で、重傷者の呻き声が聞こえる。

 血の匂いが漂ってくる。


 護衛の騎士が呟いた。


「殿下……この損害は……」


 アーヴィンは歯を食いしばった。


「黙れ」


 怒りが、喉を焼く。

 だが怒りでは、失点は消えない。


 苛立ちだけが積もる。


(……あの女がいれば変わったのか? いや、そんなわけはない)


 思考がそこへ滑るのが、さらに腹立たしかった。


 必要ないと言ったのは自分だ。

 いなくても問題ないと頷いたのも自分だ。


 なのに。


「……くそ……!」


 アーヴィンは顔を歪めた。


 それでも彼は、まだ知らない。


 失ったのが、ただの強い騎士ではないことを。

 彼の欲しいものを、黙って拾い集め、彼の泥を肩代わりし、彼の勝利を作り続けていた存在だったことを。


 そして――。


 寝る間も食べる間も惜しんで、自分のために働いてくれたリュシアがいない世界では。

 アーヴィン・レグナードに、明るい未来はなかった。


 名もなき女騎士が、街で温かな定食を食べていることを――アーヴィンはまだ知らない。



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― 新着の感想 ―
早速に溜飲が下がる展開はいいね。
 ( *´艸)
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