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【連載版】裏切られた最強女騎士は、二度目の人生で自由を選ぶ ~私は幸せだけど、元主の王太子は破滅しているみたいです~  作者: shiryu


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第3話 自分のために生きよう



 ――数日後。


 休暇日が来た。


 回帰前、私は近衛になってから一日も取っていない。

 取らせてもらえなかったのか、取ろうとしなかったのか。


 今になっては、どちらでも同じだ。


 部屋の中で、私はしばらく考えた。


 何をすればいい?

 剣を振るう?


 ……それだといつも通りだ。

 それでは休暇の意味がない。


(……街に出るか)


 ただそれだけのことなのに、少しワクワクした。


(何をすればいいかわからないけど、新しいことだ)


 私は外套を羽織り、財布を確かめ、寮を出た。


 門を抜けると、街へ続く道が見える。


 賑やかな声。

 焼き立てのパンの匂い。

 人の暮らしの音。


 それらが、私の知らなかった世界のように思えた。


 同時に、胸の奥が少しだけ疼く。


(……私は、何を見落としてきたんだろう)


 その答えを探すみたいに、私は街へ向かって歩き出した。


「ひったくりよ!!」


 ……街を歩いて数分後。


 鋭い叫び声が、背中の方から飛んできた。


 反射で足が止まる。

 私は振り返った。


 中年の女性が、必死の顔で走り出している。


 その少し先に、袋を抱えた男がいた。


 逃げる男、追う女性。


 周囲は驚いて道を開けるが、誰も手を出せない。


 ……仕方ない。


 私は人の流れを縫って走り出す。


 男は路地へ飛び込んだ。

 狭い。暗い。


 逃げるにはちょうどいい場所。


 私は同じように路地へ入った。


 ふむ、私のほうが足は速いな。


 男は振り返り、私を見ると顔を歪めた。


「ちっ……!」


 次の瞬間、私は距離を詰めていた。


 腕を掴み、捻る。


「いたたたたっ!! な、なんだよお前!!」


 男の腕が不自然な角度に曲がる。

 骨が鳴りそうな感触。


 私は淡々と力を調整する。

 折るつもりはない、大人しくさせるだけ。


「動くな」

「痛いって! 離せ!!」

「離したら逃げるだろう」


 男が呻きながら暴れようとする。

 でも無駄だ。


 私は体重を乗せ、腕を捻ったまま壁に押し付ける。


「うぐっ……!」


 回帰前なら、こういう小賢しい犯罪者に関わる余裕はなかったな。


 その時、背後から足音が増えた。

 路地の入口から、男たちが入ってくる気配。


 私は男を押さえたまま、視線だけをそちらへ向けた。


 五人。

 いずれも荒れた目。手に短い棒や、石。


 こいつの仲間か。


 ひったくりの男が、歪んだ顔で笑った。


「兄貴たち! やっちゃってください!」


 ……やっぱり。


 男たちは私を値踏みするように見て、下卑た笑みを浮かべた。


「おいおい、上玉じゃねえか」

「ひったくり追ってきたのか? 正義感が強いねえ」

「このあと楽しめそうだなぁ?」


 鳥肌が立つ。


 けれど、怒りは湧かなかった。

 ただ、冷えた。


(……ああ、こういうのは嫌いだ)


 それだけが、はっきりしていた。


 私はひったくりの男の腕をさらに捻った。

 男が悲鳴を上げる。


「いでえええっ!! ちょ、ちょっと待っ――!」

「うるさい」


 私は男を壁に押し付けたまま、暴漢たちを見た。


「来るなら来い」


「強気だ、なぁ!」


 先頭の男が棒を振り上げる。

 振り下ろす――その軌道が見えた。


 私はひったくりを放した。


 放した瞬間、男が逃げようとする。

 私は足を引っかけ、転ばせる。


 そのまま暴漢の棒を腕で受け流し、肩で体当たり。


「ぐっ!?」


 男の体が壁に叩きつけられる。


 次の一人が殴りかかってくる。

 私は肘を落とし、鳩尾へ。


「がっ……!」


 息が抜けた男が崩れる。


 三人目が背後から掴もうとする。

 私は相手の懐に肩を入れて体を回し、腕を取って投げた。


 地面にたたきつける、鈍い音。

 路地の土埃が舞う。


「なっ……!」


 四人目が石を投げた。

 私は身体を半歩ずらす。


 石が壁に当たり、砕けた。


「遅い」


 私は踏み込む。

 掌底で顎を押し上げ、吹き飛ばした。


 最後の一人が、怯えた顔で後ずさる。


「お、おい……何者だお前……!」


 ひったくりの男も、地面に這いつくばったまま震えている。


 私は息を整えた。


 回帰前なら、ここで言っていたかもしれない。

 王太子の剣だ、と。


 ……でも今は。


「ただの、リュシアだ」


 それだけでいい。


 男たちは言葉を失っていた。


 私は彼らを一瞥し、路地の入口へ向かって声を張った。


「憲兵を呼んでください! ひったくりと暴漢です!」


 近くにいた誰かが、慌てて走っていく足音がした。


 ほどなくして、鎧の擦れる音が近づく。

 憲兵が二人、路地へ入ってくる。


 状況を見て顔を引きつらせた。


「……お前がやったのか?」

「はい。逃げようとしたので止めました」

「……全員?」

「はい」


 憲兵は一瞬黙り、すぐに暴漢たちを拘束し始めた。

 手際はいい。


 私はひったくり男が落とした袋を拾い、表の通りへ戻った。


 そこには、さっき叫んでいた女性がいた。

 息を切らしながら、私を見る。


「あなた……!?」


 私は袋を差し出した。


「これ、あなたのですよね」

「そう! そうよ! ああ、よかった……!」


 女性は袋を抱きしめ、泣きそうな顔で笑った。


 周囲の人もざわつく。

 誰かが「すげえ」と言った気がする。


「ありがとう、本当にありがとう! 綺麗なお嬢さん!」


 綺麗。


 その言葉に、私は少しだけ戸惑った。

 剣しか見てこなかったから、そういう言葉に慣れていない。


「いえ……当然のことをしただけです」

「当然!? そんなわけないよ! あいつら、いつも誰も追えなくて困ってたんだから!」


 女性は私の手をがしっと握ってきた。

 握力が強い。


「お礼しなきゃ気が済まない! ねえ、うちの定食屋で昼食食べていきな!」

「いえ、私は――」

「だーめ! 断るの禁止! 命の恩人みたいなもんだよ!」


 押しが強い。


 私は一瞬、逃げたくなった。


(……逃げる理由もないか)


 こういう善意から逃げるのは、今は何かが違う気がした。


「……わかりました。少しだけ」

「よし! 決まり! さ、こっちこっち!」


 女性は私の腕を引っ張って歩き出す。

 私は引かれるまま、通りを進んだ。


 店はすぐだった、小さな定食屋。


 扉を開けると、湯気と香ばしい匂いが押し寄せてくる。


「いらっしゃい……って、お母さん!? どうしたの!」


 中から、少女の声。


 カウンターの奥から、小さな女の子が飛び出してきた。

 十歳くらいか。


「聞いてよ! このお姉さんがね、ひったくり捕まえてくれたの!」

「えっ!? すごい!」


 女の子は私を見上げて、目を輝かせた。


「ねえねえ、お姉さん騎士さま!? 強いの!? 剣持ってる!? 魔法も使える!?」


 質問が止まらない。


 私は一歩引きそうになった。


(……子どもって、こんなに喋るのか)


 知らなかった。

 騎士団には子どもはいない。

 戦場にも、できればいない方がいい。


 私は子どもと話す機会がなかった。

 いや、避けていたのかもしれない。


「剣は……今は持ってない」

「えー!? じゃあどうやって捕まえたの!」

「素手で」

「素手!? すごーい!!」


 女の子は本気で感動している顔をした。


 母親らしい女性が、私の背中を軽く叩く。


「ほらほら、座って座って! 今作るから!」

「本当に、そこまでしていただかなくても……」

「いいの! 私がしたいの!」


 押しが強い。

 でも嫌じゃなかった。

 強いのに、温かい。


 私は言われるまま、店の席に座った。


 店内は昼時らしく、人が数人いる。

 皆こちらをちらちら見ながらも、嫌な視線じゃない。


「お姉さん、名前は?」


 女の子が隣に座って、顔を覗き込んでくる。


「リュシア」

「リュシアお姉ちゃん!」


 その呼び方に、私は一瞬言葉を失った。


 お姉ちゃん。

 それは、私が一度も呼ばれたことのない呼び方だった。


「お姉ちゃんって呼んでいい? だめ?」

「……好きにして」

「やった!」


 女の子は嬉しそうに笑った。

 その笑顔が、眩しい。


 厨房から、油の弾ける音がする。

 香りが濃くなる。


 私は鼻をくすぐられて、無意識に息を吸った。


(……匂いが、こんなに強い)


 回帰前の食事は、最低限だった。

 パンと水、それに乾いた肉。


 味などどうでもよかった。

 生きるための燃料。

 それ以上でも以下でもない。


 でも今、ここにある匂いは違う。


「はい、お待たせ!」


 女性が、盆を運んできた。


 湯気が立つ白い飯。

 香ばしい焼き魚。

 味噌の匂いがする汁物。

 小鉢の漬け物。卵焼きまである。


 私は、目を瞬いた。


「……これが、定食?」

「そう! うちの看板!」


 女性が胸を張る。

 女の子も得意げに頷いた。


「母ちゃんのごはん、世界一なんだよ!」


 私は箸を手に取った。


 こういうちゃんとした食事を前にするのは久しぶりで、緊張する。


 まずは汁を一口。


「っ……」


 熱い……でも優しい。

 身体の奥へ、じわっと染みていく。


 そして魚。

 皮が香ばしく、身が柔らかい。

 口の中でほろりと崩れる。


 私は、息を呑んだ。


(……美味しい)


 初めて、そう思った。


 いや、美味しい、という感覚自体は知っていたはずだ。

 だけどそれは、言葉として知っていただけだった。


 胸が熱くなる。

 腹が満たされるだけじゃない。

 心のどこかが、満たされていく。


「どう? 美味しいでしょ!」


 女性が期待の目で見てくる。

 女の子も身を乗り出している。


 私は少しだけ口を開いた。


「……はい、美味しいです」


 それだけ言うのに、喉が詰まった。

 自分でも不思議だ。


 私は戦場で泣かなかった。

 処刑台でも、泣かなかった。


 なのに、今は泣きそうになる。


「でしょ! ほらほら、いっぱい食べな!」

「リュシアお姉ちゃん、もっと! 卵焼きも食べて!」


 女の子が卵焼きを押してくる。


 私は頷き、食べた。


 とても美味しく、店内の空気も温かい。


(……これが、暮らし)


 私は今まで、何をしていたんだろう。


 剣を振るって、命令を聞いて、誰かのために動いて。

 でもその誰かは、私を守らなかった。


 ここには、命令もない。

 支配もない。


 ただ、ありがとう、と言ってくれる人がいて。

 笑って暮らしている子どもがいて。

 温かい飯がある。


 私は箸を止めて、少しだけ息を吐いた。


(……生まれてから初めてかもしれない)


 こんなふうに、安心したのは。


 女性が私の顔を覗き込む。


「どうしたの? 口に合わなかった?」

「いえ……逆です」

「逆?」

「……美味しすぎて、困っています」


 一瞬、女性が目を丸くした。

 次の瞬間、豪快に笑った。


「なにそれ! 困るくらい食べな!」


 女の子も笑う。


「リュシアお姉ちゃん、変なのー!」


 私は、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 ちゃんと笑えているかは分からない。


 でも、胸の奥が温かい。


(……こういう温かさを。これから、知っていきたい)


 剣を振るうだけの人生じゃなく。

 誰かの命令のためではなく、自分のために。


 そして――こういう場所を守れる自分でいたい。


 私はもう一口、味噌汁を飲んだ。



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― 新着の感想 ―
この世界観に味噌汁の違和感Σ( ˙꒳˙ )でも定食だからな 美味しいご飯は心も体も暖かくなるよね(*´`*)
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